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2007年2月17日 (土)

明日香美人は拝めるか

毎日新聞(2/16、17)から
何とも歯痒い思いでいるが、奈良県明日香村の高松塚古墳で、壁画の保存、修復のために3月下旬に着手される石室解体に向けて準備が進められている。

今までも、特別な立場の人以外には直に目に触れることが許されなかった明日香美人が、今回の修復が終了した段階で、国民の誰の目にも触れないままに、またもや、密室の中に納められる可能性があるかも知れないことが分かった。保存処理後は、文化庁は石室に戻すことを計画しているのだ。これでは一体国宝とは国民のための国宝ではなく、誰のためのものなのか。

京都教育大教授・和田萃(古代史)は次のように話している。「昭和47(1972)年に壁画が確認された数日後に見せてもらった。西の女性群像が湿気を帯び、非常に鮮やかだった。最近の写真を見ると、目を覆いたくなる。原点は現地保存だ。解体して博物館で展示するなら、考古学の現地保存という鉄則は消え、何でもありになってしまう」、「高松塚は特別史跡で、国宝なんですよ」と。
これに対して神戸山手大教授・河上邦彦(考古学)は「それ(国宝指定)は、人間が勝手に決めたこと。壁画は恐らく国宝として残るが、古墳を特別史跡のままで維持できるかどうか。壁画は日々、状況が悪くなっている」。

川上自身は考古学者として、「絵よりも古墳の方が大事だと思っているが」とした上で、「それでも(キトラ古墳のものとあわせて)、二つとも外へ出すしかないという状況を認識するべきだ。日本の風土、気候の中では、古墳の壁画は遅かれ早かれ、出さなければならないという流れになった」と。

現地保存に拘わる和田にしても「高松塚は鎌倉時代に盗掘されながらも、築造後1300年間、あれだけの状態で保たれていた。それが、なぜ発掘後30年あまりでこんな状況になってしまったのか。やはり、人為的なミス、保存技術のまずさだと思う」と嘆いている。

発掘直後に眺めた和田が最初に話しているように、「西の女性群像が湿気を帯びて・・」と認めているように、発掘した時点から黴の発生する条件は学者たちには分かっていたはずだ。それを確認していた本人が、人為的なミス、保存技術のまずさと論(あげつら)ってみたところで同罪は免れまい。案の定というべきか、昨16日、石室の天井石上面に、黒い黴が広範囲に点在しているのが確認された。1センチ大のものが十数カ所で見つかり、小さなものは最大で長さ70センチ、幅20センチの範囲に広がっていた。繁殖の様子から、74年の保存施設完成後に発生したと見られる。墳丘と保存施設の屋根との間に生じた隙間から流れ込んだ土(厚さ数ミリ〜10センチ)で覆われていた。浸入した雨水が黒い黴を発生させた可能性は極めて高い。

現代技術の粋を尽くして作り上げたはずの施設だった。それが文化庁が隠しとおして来て、高々30年も経過しない間にこの体たらくだ。あれこれ話し合っている時間が無駄に思われる。1300年の年月、耐えてきたことは奇跡でしかない。人智では測ることのできない幸運に守られていたとしか思えない。現在解体のための準備作業に携わっている人は、「修復しても、再び石室に戻すことはできない」と断言している。

最先端技術で立派な施設を作り、また暗闇に入れても1000年、万年の保証が断言できることではないだろう。それなら、特別な人だけが見ることができる密室に置かず、外に出して、誰でもが見られるような施設に展示することが、文字どおり国宝と言えるのではないだろうか。

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