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2007年2月28日 (水)

カネボウ 7月から社名とブランド変更

東武鉄道伊勢崎線で浅草を出て、4駅目に鐘ヶ淵という名の駅がある。云わずと知れたこの辺り一帯の地名から名付けられた駅名だ。この地、東京府南葛飾郡田村、通称鐘ヶ淵(当時)に1887(明治20)年、東京綿商社として創立、紡績会社として創業した企業がある。1893(同26)年、鐘淵紡績株式会社に社名変更。1936(昭和11)年、鐘紡絹石鹸を発売・化粧品事業の基となった。1939(同14)年には日本初の合成繊維(ビニロン)の製法を発明するなど、戦前の繊維産業は、鉄鋼や現在の自動車産業に匹敵する日本の基幹産業であった。鐘紡は第二次世界大戦直前には国内企業売上げ第1位を誇る日本最大の企業に成長しており、隆盛を極めていた。

毎日新聞(2/28)から
栄枯盛衰は世の常とは云いながら、創業からおよそ120年、04年からは産業再生機構の支援を受け、05年12月にカネボウ化粧品は花王に、カネボウ本体はユニゾン・キャピタルなど3投資ファンドに売却されることが決定。化粧品以外のブランド、社名の使用期限は08年1月末と決められていた。

「カネボウ」ブランドの日用品と食品、製薬の3事業を展開するカネボウ・トリニティ・ホールディングスは27日、ブランド名を7月1日付けで「クラシエ(Kracie)」に変更すると発表した。社名も「クラシエホールディングス」と変更する。今後、カネボウの商標と社名は、花王が買収した化粧品事業(カネボウ化粧品)にのみ使われることになる。「クラシエ」は消費者の生活を豊かにし、快適な楽しい「暮らしへ」という願いを込め、社内公募とアンケートなどで決定したという。《クラシエ=Kracie=暮らしへ、ということか》

カネボウ・トリニティは日用品と食品、製薬の3事業で経営再建中。小森社長は、06年度の売上高は前年度の845億円から800億円程度へと減収になる見通しだが、営業利益は約3%から6%程度に改善する見込みであることを明らかにした。

日本の経済を戦前支えていた繊維産業では、鐘紡のほかには富岡製糸場や岡谷製糸がある。小学校を終えたばかりの12、3歳から14、5歳の女の子が、1日の労働時間14、5時間を働き通すいわゆる女工哀史の時代である。現在「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界遺産に暫定リスト入りした。群馬県富岡市で1872(明治5)年操業を開始。官営でスタートしたが1893年三井家に払い下げ、1902年、横浜の生糸商原合名会社に渡り、1939(昭和14)年片倉製糸紡績会社の所有となる。1987(昭和62)年までの115年間、製糸一筋の操業を続けた。

敷地面積約1万5千坪に開設当時の東・西繭倉庫、操糸場、事務所、外人宿舎などの煉瓦建物群がそのままの形で残っており、重要な日本の近代化に貢献した遺産として知られている。2005(平成17)年、「旧富岡製糸場」として国の史跡に指定、翌年には1875年以前の建造物が国の重要文化財に指定された。現在2005年9月30日付けで地元富岡市に寄贈され、翌10月1日から市が管理している。

元に戻って地名から採った「鐘ヶ淵」という駅名は、現在の東京都墨田区隅田。これでは地域の歴史が消えて行く。日本中に荒れ狂った市町村合併とは関係ないのだろうが、名前の由来や謂れは駅名とともに、カネボウも、忘れ去られて行くことだろう。極端なひらがなやカタカナ(アルプス市など滑稽以外にない)にした市や町は、地域の歴史を放棄したようなものだ。『そうではないぞ、歴史はこれから始まるのだから、これでよいのだ』と云うかも知れないが。それにしても、たかが100年、されど100年の思いが強い。

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2007年2月27日 (火)

卵子バンク 代理出産

Akasia


 ギンヨウアカシア
 (銀葉)
 又の名、ゴールデンミモザ

 マメ科 アカシア属

Akasiab_1

 寒さに弱いため
 鉢植えは冬場は室内に入れましょう、
 とあるが、
 わが家では、
 室内には入れたことがない


写真の少ないブログで寂しかったのが、久し振りに花で飾ることができた。歌にもなっている藤に似た形状で白い花を房状につけるアカシアは、ニセアカシアという。子どもの頃生活した戦前の姫路の城下には、天を衝くようなポプラの樹とともに、大木になったこのニセアカシアの街路樹が毎年花を咲かせていた。

1昨年9月、東京都西麻布の「エクセレンス」が韓国で代理出産が受けられるルートの仲介を始めたことに触れたが、昨年7月には卵子バンクを始めていたことが1月24日分かった(毎日新聞)。有償で卵子提供を希望する日本人女性を「卵子バンク」に登録し、不妊のカップルなどに斡旋する事業だ。現在9人が卵子提供者として登録されている。同社はホームページで登録者を募集。提供者の条件として20〜28歳、職業、学歴不問。報酬は100万円。

斡旋手続きは卵子提供登録者と、卵子購入を希望する夫婦らを直接面接させ、契約が成立すれば、提供者は韓国に2週間程度滞在して、同国内の病院で採卵する。購入を希望した夫婦の夫の精子と体外受精、妻の子宮への移植も同国内の病院で実施する。夫婦が支払う費用は、同社への斡旋手数料、提供者への報酬、病院費用などで400万円近くになる。

韓国内では05年に「生命倫理および安全に関する法律」が施行され、卵子の売買や、営業目的の斡旋が禁止された。「エクセレンス」の卵子バンクは同法に抵触する可能性があるが、代表は「日本人が日本で契約し、韓国の病院に行くだけなので問題ない」と話しているという。

日本産科婦人科学会や03年の厚生労働省の生殖補助医療に関する報告書では、第三者による営利目的の精子、卵子提供(斡旋やそれらを使う体外受精の実施)を認めていない。同様に韓国でも営業目的での卵子の提供を禁止している。実際に「エクセレンス」が云うように、治療ができるかどうかは不透明だ。昨年12月、日本学術会議は生殖補助医療に関する検討委員会を設置した。法の不備を潜るように、安易なビジネスが拡大しないよう、法の整備を急ぐことが急務だ。

毎日新聞(2/26)から
昨年の暮に、日本学術会議の生殖補助医療に関する検討委員会がやっと設置されたばかりが、国内ですでに5例の代理出産を実施した諏訪マタニティークリニック(参照を参考)の根津八紘院長は25日、代理出産の法制化に向けた私案を公表した。
 子宮を失った女性と夫との受精卵をボランティアの女性が出産することを認めるが、
 金銭目的の商業的代理出産を禁止し、関与したものは処罰する内容になっている。

出産を担う女性は、家族などのボランティアを原則とする一方、医療費や収入減への補填、常識の範囲内の謝礼などの補償は認める。また、依頼した夫婦が生まれた子の引き取りを拒否した場合は、出産する女性に中絶や子どもを養子に出す権利を認める、など。

《逆に、既に昨年ブログでも触れたように、出産する女性の側で、愛情から依頼した側への生まれた子の引き渡しを拒否する例は、アメリカ辺りでは発生している。或いは生まれる前に引き取りを拒否するケース以外に、出産後判明する障害児であった場合などについても、細やかな法整備が必要になるだろう。》

根津院長の私案では、原則家族のボランティアとしているが、家族内に代理出産を引き受ける女性がいない人のため、将来的に「代理出産仲介センター」を創設し、ボランティアによる登録制度にすることを提言。代理出産による女性の死亡や後遺症に対応する保険の創設、弁護士・公証人の介在、生まれた子の速やかな養子縁組なども盛り込まれている。

《子どもが授からず、何年も不妊治療に通う女性や男性、夫婦がいる。現実は日本産科婦人科学会でも、卵子・精子の営利目的の斡旋や体外受精の実施は禁じている。が、しかし、海外へ行ける人たちは、煩わしい法律の問題があるにしても、望みどおりにわが子として腕に抱くことが可能になるのだ。そこに「エクセレンス」が入り込む余地がある。妊娠して出産までのリスクはあるが、報酬100万円が手にできれば助かる人もまたいるのも事実だ。今回の根津院長の私案は、人の命を売買する営利事業にストップを掛けることになる意味でも、法制化されることを期待する。絶対に営利であってはならない。》

参照「代理出産 その二」06/12/22

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2007年2月26日 (月)

給食費・授業料未払い 先生まで

毎日新聞、先ず2月16日の記事から
大阪市立の小中学校の給食費と高校の授業料を滞納していた市職員が昨年末で15人おり、未納額が計約100万円に上っていたことが15日、市教育委員会の調査でわかった。うち、私立中学の男性教諭(53)ら3人は、13日現在でも計46万円を未納のままになっている。今回の調査は、昨年末に子どもが在校していた職員だけを対象にしており、市教委は調査が十分でないことから、請求権が残る過去5年分についても再調査することになった。

市教委は初めて、給食費と授業料、幼稚園保育料で3カ月以上の滞納者を調査した。市全体では
 給食費 927人(計2143万円)-うち市職員11人(計45万円)
 授業料 565人(計4351万円)-うち市職員 4人(計53万円)
 保育料  16人(計 93万円)-うち市職員 0
 が滞納していた。
これらの人たちの未納理由は「生活が苦しい」など経済的な点を上げるのが多かったが、15人のうち6人については所属校では「支払いがズーズなケース」と指摘していたという。13日現在も未納のままの男性教諭は、子どもの授業料計37万円を払っていなかった。他の2人はいずれも環境事業局の職員。市教委は、法的措置も視野に厳しく督促し、処分も検討する、としている。また、再調査は、請求が可能な授業料と保育料を対象にし、その01〜05年度の未収総額は計8000万円に上っているという。

《今まで保護者の側だけが問題になっていたが、その陰で今まで表ざたにならないままに、子どもに無銭飲食をさせていた先生や市職員がいたことになる。自分の子以外の未納の子には納入するように説諭したはずだ。我が身への反省は何もなかったのだろうか。先生の給料で給食費が払えないほど「生活が苦しい」の言い訳が通用するものなのか。》

次に24日の記事から
給食費の滞納問題で、余裕があっても払わない親はごく少数で、親全体に規範を押し付けるのは筋違い、だという日大教授・広田照幸(教育社会学)の話を聞いてみよう。
「文科省による初の全国調査で、給食費を払わない保護者がたくさにることが明らかになった。メディアではとんでもない事例が幾つも紹介され、「最近の親は・・・」と云いたくなるようなムードが作られている。」と書き始め、『困った親』のイメージは、マスコミの誇大な操作によって作られたもの、と云う。そして、「給食費を払う余裕がちゃんとあるのに、妙な理屈をこねて払おうとしない親というのは、確かに「困った人たちだな」と、私も思う。」「しかし、怒りにまかせて短絡的に、最近の親はダメだ、と結論づける前に、少し冷静に考えてみたほうがよい気がする。」と次にような計算をしてみせる。

「全国調査によれば、学校給食実施校数は約3万2000校、給食費未納の児童生徒数は約9万9000人である。単純計算では、未納の児童生徒は小中学校1校当たり約3人というところだ。現在の親が平均1・5人の子どもを育てていると仮定すると、払わない保護者の事例は、1校当たりわずか2ケースほどに過ぎない。その中には経済的に苦しいという理由で払えないケースが相当数あるはずだから、払う余裕がちゃんとあるのに払わない親は、「最近の親」の中のごく1部に過ぎない。全国調査で調査漏れの事例がおそらくあるだろうから、実際はもう少しは未納者の比率は高いかも知れない。しかし、そうだとしても、「困った親」がレア・ケースであることは疑う余地がない」と云う。

《最近の困ったダメ親は、日本中では1校当たり、たった2例に過ぎないじゃないか。これですべての親をダメ親と呼ぶのはおかしい、と。しかし、マスコミは給食費未納の親だけの総称にダメ親のレッテルを貼っているわけじゃないだろう。保護者は子どもたち以上に権利と自由を叫び、ことあるごとに学校に責任を丸なげし、己の育児責任を顧みない。広田が云うように給食費未納に関しては、レア・ケースであり、常識はずれのことかも知れないが、1人1人の金額は小さくても、塵も積もれば山となる、の例えもある。この常識はずれが集まって22億円にまで膨らむのも事実だ。親は食うものを食わなくても、子どもには食べさせる責任がある。給食費未納はどのよな言い訳もできないことだ。》

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2007年2月25日 (日)

トランス型脂肪酸

寡聞にしてまたまた耳なれない言葉に行き当たった。
毎日新聞(2/24)から
心臓病との関連が指摘され、米ニューヨーク市が飲食店を対象に削減を義務付けた*トランス型脂肪酸(トランス酸)への関心が高まっていると聞く。
 *米国連邦政府保健福祉省食品医薬局(HHS FDA)の2003年7月11日付け規則

《トランスといえば若い頃、秋葉原へ足しげく通い、山水だ、いやタンゴだ、とパワートランスや出力トランスを値踏みした。真空管アンプが華やかな時代だった。続いてはドラッグにまつわる話題としてトランスという語が恍惚の意味で使われたことで、単語としては知っていたが、数年前から話題になっているトランス型脂肪酸のトランスは全く別のものであることは知らなかった。

トランス型脂肪酸でいうトランスとは有機物の構造のことで、その構造にトランス型とそれに対応するシス型とがあるのだそうだ。

油脂はもともとグリセリンと脂肪酸から構成されている。そして脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸とに分類される。両者の違いは単に構造の違いだが、この違いが性質に大きな違いを及ぼすのだそうだ。飽和脂肪酸(バターやラードなどの動物性脂肪に多く含まれている)は固まり易く、不飽和脂肪酸(オリーブオイルやサラダ油などの植物性脂肪に多く含まれている)は固まりにくい。
 ♦飽和脂肪酸は固まり易く、当然体内でも固まり易いため血液の粘度を高めて血液を流れにくくする -- 不足すると血管がもろくなり、貧血やめまいなどを起す。
 ♦飽和脂肪酸は中性脂肪*や悪玉コレステロール*(LDLコレステロール)を合成する作用が高いので -- 摂り過ぎると、肥満、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中などを引き起こす。

そして実は、トランス型脂肪酸は不飽和脂肪酸なのに、固まり易い性質を持っている。*中性脂肪は体内の9割を占める脂質で、残りが細胞膜などを構成するリン脂質とコレステロールとから成っている。コレステロールは過剰にとると人体に悪影響を及ぼすが、我々にとって不可欠な物質でもあるのだ。》

【閑話休題】
日本人の平均的な摂取量は欧米人に比べて少なく、大きな健康リスクにはなっていないが、体内での働きを巡っては誤解もあるようだ。トランス酸はどのような食品に多く、どのようなことに注意すればいいのだろうか。トランス酸は不飽和脂肪酸の一種。植物油からマーガリンや洋菓子を作る時などに使われるショートニング(味付けのないマーガリン)を製造する際、水素添加して半固体にする時に生成される。

牛などの反芻動物の胃の中でも微生物の作用で生成され、牛乳やチーズなど乳製品や肉類にも含まれるが、量的には僅か。日本人の主な摂取源はマーガリンなどを使った加工食品で、乳製品や肉類からの摂取は少ない。

トランス酸については「体内で利用できない有害物質ではないか」との指摘もされているが、油脂の研究で知られる菅野道弘・元熊本県立大学長は「飽和脂肪酸と同じように生体膜に取り込まれて利用され、蓄積することもない」とトランス酸自体が有害なわけではないと話している。しかし、とり過ぎると悪玉コレステロールが増え、心臓病の死亡率が高くなるとの研究報告はある。このため、米国は総エネルギー摂取量のうちトランス酸の割合を1%未満に抑えるよう推奨している。米国政府が昨年1月から含有量の表示を義務付けたことから、ニューヨーク市は今年7月から飲食店を対象に1食当たり0・5グラム以下に抑えるよう規制することになった。

日本人の摂取量は、内閣府・食品安全委員会によると、平均1日当たり1・56グラムで摂取エネルギーに占める割合も0・7%と米国の推奨値を下回っている。これに対し、米国人は1日当たり約5〜8グラム、エネルギー比で約2〜3%も摂っている。

 主な食品のトランス酸含有量(100グラム当りの平均値)
   食パン       0.52(単位グラム)
   クロワッサン    2・8
   ロールパン     0・8
   ドーナツ      1・9
   クラッカー     1・4
   ポテトチップ    0・3
   ポテトスナック   0・4
   チーズ       1・78
   牛乳        0・15
   バター       3・3
(注)品目によって大きな差がある。ドーナツの場合差は大きく、油脂の種類によって含有量に約30倍も差がある。外食チェーン店のドーナツでは1個(約50グラム)で日本人の平均量を上回る約2グラムという例もあり、ファストフードの揚げ物の取り過ぎは要注意。

日本人の油脂の摂取は欧米人と比べて少なく、心臓病の年齢調整死亡率は80年代以降、減少している。油脂と健康問題に詳しい浜崎智仁・富山大学和漢医薬学総合研究所教授は「日本人がトランス酸の摂取をさらに減らしても、心臓病の死亡率を下げる効果は殆ど期待できない」という。厚生労働省新開発食品保健対策室は「トランス酸が減っても、その分、飽和脂肪酸が増えれば心臓病のリスクは変わらない。欧米と違い、トランス酸だけの含有量を表示することに大きな意味はない」と表示には消極的だ。

《その昔、ウォール街の大恐慌が世界を脅かした時、日本にもその影響が起り、アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひく、と例えられたことがあった。今度のニューヨークの削減義務づけのトランス酸騒ぎも、日本では“「狂った油」トランス脂肪酸、規制しなくていいのか、”と声をあげる向きもある。菜食中心の日本人も、欧米化されてきたとはいえ、まだまだ欧米人ほどの脂肪の摂取量はない。リスクを感じることもない。どんなものにも人間が口にしているものには多少のリスクはあるだろう、それをあれこれ挙げていけば、今に、食べるものはなくなっていくだろう。》

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2007年2月24日 (土)

赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」 - 2 -

毎日新聞(2/21、24)から
熊本市は昨年12月、市内の慈恵病院(蓮田太二理事長)から、育児が困難な親から新生児を預かる「赤ちゃんポスト『こうのとりのゆりかご』」の設置の申請を受けていたが、幸山政史市長は設置を許可する方針を固めた。22日に改めて厚生労働省と法律上の問題点などを協議した上で最終判断することになった。

熊本市の関係課で協議をし、刑法の保護責任者遺棄罪や児童福祉法などの規定に触れないか、国とも意見交換を行ったが、市長の「新生児の命が救われる」とする人道面を重視する一方で、捨て子を助長すゃることの懸念など、法整備が必要なことを話し合った。

厚生労働省は22日、「現行法では明らかに違反とは言い切れない」として設置を認める考えを示した。ただ、同省は今後、同様の施設設備を設置する動きが出ても、一律には容認するわけではなく、個別のケースごとに慎重に判断するとしている。

23日になって安倍首相は、首相官邸でこの問題に関して「大変抵抗を感じる」と述べ、ポスト設置に強い懸念を表明した。これに倣うように塩崎官房長官や柳沢厚労相からも懸念する発言が相次ぎ、設置を許可するかどうか最終的な同市の判断に影響を与える可能性も出てきた。

安倍首相は「子どもを産むからには親として責任を持って産むことが大切」、「基本的にそういうお子さんたちに対応するための施設もある。匿名で子どもを置いていけるものがいいのか」と設置には強い懸念を示した。塩崎官房長官は同日の記者会見で、厚生労働省が22日にポスト設置は法的には問題ないとの見解を示したことについて「美しい国づくりを目指す安倍内閣からしても、法律以前の問題として考えなければいけないことがたくさんある。法解釈以前に、親が子どもを捨てることが起きないためにどうしたらいいかを考えることが人間として大事ではないか」と指摘した。

《安倍が云う「親として責任を持って産むことが・・・」はあくまでも正論。その正論で云々できないところが現在の性風俗の堕落したところ。遊び感覚でするセックス、その結果の妊娠。捨てる以外に道のない親(男女)が捨てるのだ。大人がいくら正論をかざしてみたところで中高生に、ニートに子どもが育てられるわけがない。拾って育ててくれる人があればそれに越したことはない。昨年書いたように、この病院は特別の思想信条、信仰をかかげる施設だ。日本の法律では妊娠154日以前は中絶すればただの医療廃棄物となるが、カトリックでは受胎の瞬間に人と認め、いのちを認め、人工妊娠中絶を許さない。レイプの結果の妊娠であってもだ。この点でこの病院では赤ちゃんポストは設置の意味はあると言えるだろう。》

読売新聞が23日に書いている
厚生労働省は、設置を熊本市が許可する場合には
 ♦ポストの付近に、児童相談所などに相談するよう親に呼び掛ける掲示をする
 ♦赤ちゃんを預かった場合は必ず児童相談所に通告する
 ♦赤ちゃんの健康と安全への配慮を徹底する
 ♦親が考え直した場合には、引き取ることができるような仕組みを考える
の4点を検討するよう要望した。

さらに、厚労省の辻哲夫・事務次官は22日の記者会見で同病院の申請した赤ちゃんポストが「医療法や児童福祉法に違反しているということは言えない」と述べ、「申請を認めないという合理的理由はない」との考えを明らかにしていたが、翌日の阿倍の発言となったものである。

参照 赤ちんポスト「こうのとりのゆりかご」06/11/23
 

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2007年2月23日 (金)

クラスター爆弾と「オスロ宣言」

毎日新聞(2/23)から
不発弾で一般市民が無差別に犠牲になっているクラスター爆弾*の禁止を目指す国際会議「オスロ・クラスタ-爆弾会議」が22日、ノルウェーのオスロ郊外で開幕した。日本や英独仏など48カ国、赤十字国際委員会(ICRC)や国連など6国際機関や非政府組織(NGO)が参加、禁止条約制定をうたう「オスロ宣言」案を討議する。宣言案は08年までの条約作りを目指すことになる。

*クラスター爆弾 -- 対人・対戦車用の空対地爆弾。集束爆弾ともいわれ、1個のケースの中に数個から数百個の子弾(爆弾や地雷)を搭載する。飛行機から投下後に空中でケースが分裂し、子弾を散布することにより広範囲にダメージを与える。

すでにベトナム戦争においても使用されており、その当時は「ボール爆弾」と呼んでいた。爆弾本体に野球のボール程度の大きさの子爆弾が300個ほど内蔵され、そのまた子爆弾の1つ1つに600個ほどの金属球が入れられており、これが爆発によって飛散する仕組みになっている。

搭載する子弾の数が多いため、どうしても不発弾が混じることになり、戦闘終了後も残留することで、戦闘に無関係な市民や子どもたちを殺傷する事故が起ることになる。子弾が地雷の場合の危険度はさらに高いものになる。アメリカで82〜97年に製造されたクラスター爆弾には不発弾になりやすい構造的な欠陥があることが、米政府の報告書からわかった。陸軍としては生産過程で欠陥に気づいたが、改善には経費がかさむためごく1部を除いて事実上放置していた、という。この爆弾は03年のイラク戦争や昨年夏のレバノン紛争で使用されており、残された不発弾で民間人の多くが死傷した。国連のレバノン南部地雷活動調整センターの調査によれば、2006年8月までにレバノンで使用されたクラスター爆弾は、子爆弾の4割までもが不発のまま残っているという。レバノンの戦闘では子爆弾644発を搭載したクラスター爆弾が最低でも1800発使用されたと見られ、これの散乱した不発弾全ての撤去には1年以上かかるとみられている。

03年のイラク戦争においても、アメリカ軍は国防総省が04年に米議会に提出した報告書から、子爆弾の不発率が4〜16%と極めて高いクラスター爆弾を、1500〜2500発使用したことが分かった。これだけでもイラクには不発弾4万〜12万個が残された計算になる。

こうした爆弾の07年時の米軍の保有量は450万発(子爆弾6億個)以上にのぼることが判明した。大量の在庫を抱えた米軍が、何時終わるとも見えない泥沼のような他国侵略で、今後も使用を続ける可能性が懸念される。そしてまた、日本も

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アッという間の油断だった。この後約2倍になろうという量を書いた。そして消えた、一瞬だった、全てが徒労になった。大国の傲慢、その影で姑息にふるまう日本の立場(日本の自衛隊も1987年から16年間にかけて数千発、計148億円分のクラスター爆弾を保有し、「専守防衛」の名の元に、仮想敵からの侵攻に対する攻撃のため備蓄していたのだ)と、世界の使用禁止への動きを綴った。
 宣言案によると「使用、生産、備蓄の禁止
 備蓄した爆弾の廃棄や被害者支援の枠組みの創設」など
堅苦しいテーマに疲れは倍増している。気を取り直して再度書くには疲れ過ぎている。会議は07年5月にリマ(ペルー)で、07年11〜12月にウィーンで、08年初めにダブリン(アイルランド)で引き継ぎある。いずれかの回で、改めて書いてみたい。それまでお預けにしておこう。
 

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2007年2月21日 (水)

‘はい’という返事

会社勤めから遠ざかって随分と経った。会社の手が離れてからは、しばらくの間、自分で手続きをしていた春の税務申告も昨年までは必要のない年齢になっていた。しかし、地方分権のあおりを喰らって、昨年から再び自分で市・県民税等の申告が必要になり、今年も昨日、市役所まで出向いて手続きを終えてきた。今年は納めた中から、いくがしかの還付金が発生した。

さて、本題に移るが、申告者のために用意された会議室は、およそ50人ほどが順番を待つためのパイプ椅子、と応対するための市役所の人たちが申告者と対面するテーブルが20卓ほどが、整然と並べられていた。担当者が前後にテーブルを置き、その前後の相談者を相手に1人で2人の相談に乗り、電卓を弾き、届け出書類への書き込みを指示し、てきぱきと処理をしていた。相談をする人たちに、若いと言える世代は見かけられない。全員が老いた男女だ。当然だが、サラリーマンは会社がすべて処理して税務署へ提出するからこういう所へ出向くことはない。いきおい年寄りだけになる。その年寄り相手だから書類への記入にも眼鏡の掛け替えを含め、必要以上に時間が懸かる。驚いたことだが担当者も、ずいぶんと根気強い応対をしている。やっと1人終えると、次を呼び掛ける。

受付で渡された受付番号を手に畏まっていた。「確定申告○○番の人」、2度、3度繰り返すが返事がない。もう1度呼ぶ。影のように静かな動きで女性が声を上げた担当者に近づく。別の担当者が続いて番号を呼ぶ。前の席の男性が黙って立ち上がって呼んでくれた担当者の前に座る。また声が上がって番号を呼ぶが、4、5回繰り返してもどこからも返事がないし、誰も立たない。この年齢になると耳の遠い人だって混じっていておかしくない。もう1度呼ばれた時、後ろの椅子がカタコト鳴って妻(だろう)に付き添って老人の夫婦が呼んだ人に近づく。すべてがこの調子だ。一種異様な雰囲気に驚いた。誰も呼ばれても返事をしない。私もそうだが、一線を退いてからは、年金だけが頼りで生活してきた。それが地方分権だかなんだか知らないが、年寄りは早く死ねと言わんばかりに、年金の中から再び高額の市・県民税の徴集が始まった。

皆一様に長年働き続けて社会のために貢献してきた年齢の人たちだ。「今さらどうして」との思いも交じる。呼ばれても‘はい’と言えないほどくたびれているのだろうか。本来呼ばれたら元気に‘はい’と返事をして人生を渡ってきた人たちの筈だ。人との繋がリに挨拶や返事の大切さは十分知っている年代の人たちのはずなのに、どうしてこうも弱々しいひとたちと映ったのだろうか。幼稚園児のような無闇に大きな声を出す必要もないのに、何だか弱々しく草臥れた人たちに見えた。そして私の番号が呼ばれた。結構大きな声だったと思う。返事してテーブルに近づいて座った。

手続き終えて帰り際に見回した会議室内は、一桁だった順番待ちの人は、50人以上に膨らんでいた。最後の人は恐らく冬の日が沈む時間になっただろう。

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2007年2月20日 (火)

小学生に性教育は?

毎日新聞(2/20)「石田衣良の白黒つけます」 から
今回は石田の結論から先に書いておこう。「今回は素直に、小学生にも性教育は必要ということで、白黒つけさせてもらいます」となった。何故か?「これだけ性情報が氾濫してる現代社会から、逃げることはもうできないからね」、とのことだ。

《私の結論は、石田と同じ理由で全く必要がない、である。振り返ってみれば、性情報に全くと言えるほど恵まれていなかった幾世代も前の小学生が、性を知らなかったことで、どれだけ不幸な人生を送ることがあっただろうか。性に関して教育を受けなかったことで、何か失ったものがあったかと問われても、思い当たるものは一つもない。今回のアンケートで「視聴覚教室という密室で、犬の交尾を見せられた」女性の話が出て来るが、一昔も二昔も前の、雌しべと雄しべから始める性教育よりはまだましかも知れないが、いきなりポルノ雑誌の写真のような動物スタイルを見せることが、正しい性教育のための映画だろうか。幼いながらも女性にとっては、男に獣性を感じ、却って性恐怖症や、女性は男性に征服される立場の生き物のように思う子が出てもおかしくないだろう。これが正しい性教育の材料だとは決して思えない。続いて同じ女性の後半の文言だが、「高校生になると、きちんと教えてくれなかった両親に腹が立ちました」とある。

親が子への性教育で一番難しいのが、“セックスと快楽”が不可分のものであることだ。どうしても、後ろめたい親には、“愛”だけで説明することの難しさが付きまとう。“愛”という綺麗ごとだけではないセックスもあるからだ。『愛の結晶』という言葉で表わされる「わが子」、犬で表現する性教育なら、次に子が必要になる(欲しくなる)発情期まで、セックスは必要のないものになるはずだ。だが親たちは続ける。(最近のセックスレスは問題が別。)昔は男性に対しては受け身だけで説明されていたが、女性にも男性と変わらない強いリビドーのあることを、親はこの女性(女子高生)に、どう説明できるのだろうか。彼女は「自分の子どもには、愛の素晴らしさ、その証として生まれたことを、きちんと伝えたいと思います」、と語るが、やはり、“愛”だけではない快楽の部分は避けるだろうし、綺麗ごとになるだろう。

加えて子供たちの目の前には止どまることのない、氾濫する性情報がある。保護者たちが目を逸らさせようとしても、入手経路は豊富にある、隠し通すことは不可能だ。正邪入り乱れた知識(世の中に出回っているものが、全て悪書であるとは言えない)が収まり切れない量で子どもたちを襲う。“愛”だけで教える性教育など、面白くもおかしくもなくなる。ここでも悪貨は良貨を駆逐する原理が働く。どんなに清く正しいことを教えようとしても、子どもたちには悪いことほど興味を持つのが当然だ。

今の世の中、知らなくてもよいことを、小学生の段階で早々と吹き込まれて早熟となり、必要以上に性への関心を高め、いち早く実行する子が生まれる。よく言われる「寝た子を起す」だけのことだ。現在世に氾濫している情報を一掃することが可能なら、無地の上に、清く正しい性教育が施されるかも知れないが、それは考えるだけでも余りにも荒唐無稽なことだ。朝晩顔をあわせると挨拶にキスを交わす両親を見て育った西洋文明の中から生まれた性教育。両親の抱き合う性交シーンがイラスト風に簡略化されている教科書で育てられた性教育。今は昔の話になるが、日本のお母さんたちはびっくり仰天したものだ。そして、親たちは性教育は学校教育だ、と先生たちに丸なげして押し付けた。》

折角なので集計されたデータを見てみよう。
 【小学生に性教育は必要か?不必要か?】
〈有効投票数:5735、男性:2597、女性:3138〉

         必要    不必要
  全体    78・4%   21・6%
     男  72・1%   27・9%
     女  83・6%   16・4%
 10代以下男  70・7%   29・3%
 10代以下女  79・5%   20・5%
 20代  男  77・4%   22・6%
 20代  女  86・5%   13・5%
 30代  男  73・3%   26・7%
 30代  女  83・3%   16・7%
 40代  男  73・0%   27・0%
 40代  女  83・0%   17・0%
 50代  男  61・5%   38・5%
 50代  女  77・8%   22・2%
 60代  男  50・0%   50・0%
 60代  女  70・0%   30・0%
 70代以上男  50・0%   50・0%
 70代以上女  78・9%   21・1%

《男も女も性教育の担当を誰がするもの、と考えているのだろうか。7〜8割以上もの人間が必要だとは言いながら、じゃあ自分がやってやろう、と言える人間がどれだけいるのだろうか。 10代以下の男女が必要だというのは、必要という以上に、良くも悪くも性への興味からもっと知りたい、というだけだろう。この結果が現在の日本の若者、10代後半から20代前半を中心に性感染症(STD)の増加がとまらない現実を招いているのだ。とりわけ不妊症の原因になる性器クラミジア(性行為によって感染する)は、20代前半女性の15人に1人が罹患しているとみられているほどだ。》

石田がアンケートの最後の締めに使ったメールを記しておく。
「必要というより、性教育を受ける権利があるという感じです。わたしは小学校高学年で性交の知識を得たのですが、それがすぐに自分のこととは直結しませんでした。でも知識を得たことにより、性交のリスクも性犯罪などについてもよくわかりました。現役の塾教師で、毎日のように子どもたちに接しています。みな大人が思っている以上に自己防衛にたけています。きちんと性交のリスクと責任を教えれば、子どもの自己責任能力と自己決定力をのばす助けになると思います」(横須賀市・夏樹)。

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2007年2月19日 (月)

携帯等 西と東

毎日新聞(2/19)から
今日午前8時半ごろ、大阪市中央区の市営地下鉄御堂筋線本町駅のホームで、兵庫県川西市の女性会社員(25)が男性にぶつかり、線路内に転落したが、駅員が線路に飛び下り、ホーム下の避難場所に誘導して助かった。直後に同駅に入ってきた新大阪発天王寺行きの下り電車が、女性から約20メートル手前で急停止した。女性は転落の際、頭に軽傷を負っただけで済んだ。

大阪府警東署の調べでは、女性は混雑したホームを携帯電話のメールを打ながら歩いていたという。この影響で下り4本が3分の遅れ、約4500人に影響が出たという。

死亡事故にでもなっていれば、海の向こう(米・ニューヨーク)で法制化されようとしている交差点内でのiPodの使用禁止や、映画館内やコンサート会場内での携帯禁止(こちらは12日、ニューヨーク市条例が成立した)のように、日本でも、運転中の携帯禁止に準じた法令の必要が取りざたされていたかも知れない。街に出ると嫌でも目に飛び込んで来る。歩きながら、自転車を走らせながら、勿論電車の中、スーパー内、食堂内などなど。或いは2004年11月に施行された改正道交法で、いっとき減っていた運転中の携帯使用。つい先日、危ないというより、阿呆の名こそ似つかわしい若い母親を目にした。赤子を抱き、そのまま片手で携帯で話しながら運転している。死ねばいい、と瞬間思った。

死ななくても取り返しのつかないことになった事故が現実に起っている。古い話だが、2002年8月4日夜。神奈川県横浜市内在住の57歳の女性が、金沢区の市道を徒歩で帰宅中、後ろから走行してきた自転車が衝突し、転倒した女性は首などを強打。手足に痺れが残って歩行困難となる後遺障害に悩まされ、職も失うことになった。後ろから来た自転車に乗っていたのは当時16歳の女子高生で、無灯火走行だった。しかも事故直前から携帯電話の画面に注視したまま、前方を全く見ない状態で運転を続けていたという。

民事訴訟での判決は、「原告の後遺障害との因果関係も認められる」として賠償責任が生じることを認めた。被告の父親の賠償責任は認めなかったが、結果として被告に対し、約5000万円の賠償支払いを命じているのだ。無灯火の上、前方不注意、恐いもの知らずの若者の行為の結果だが、己の招いた代償はあまりにも大きいものになったということだ。

携帯や、日本でも広がっているiPod。私もテープ使用時代のウォークマンを耳に、日中歩いてみたことがあった。数分と聴いておられなかった。恐かったのだ、大きなボリュームで聴いたわけではないのに、世の中の音が全く消えて行った。不安で不安で音楽を楽しむどころではない。1、2分も無理だったし、その日1回きりで歩行中の使用は全くしなかった。余ほど周りへの配慮を無視しない限り、通常の神経で聴けるものではない。乗り物の中で、音漏れのシャカシャカも神経を苛立たせるが、マナー知らずは携帯の声高の会話も同類だ。

アメリカでは携帯で、上に書いた厳しい条例が作られ、映画館の中での携帯の呼び出し音、コンサート会場で携帯で音楽を拾い、通話先の有人に聴かせたりするマナー知らずには、厳しいお灸が据えられることになったようだ。公園会場では携帯電話で話す、ダイヤルする、通話を聞く、さらには公演中に1回着信音を鳴らすだけでも条例違反となり、罰金50ドルとなる。問題を提起したのは劇場側からの苦情で、演目中にひっきりなしに鳴り響く呼び出し音や、やかしい会話だったという。

勿論、条例に反対する人たちもいた。「携帯電話の使用だけではない、思いやりに欠ける駆動は、数多くある。公演中に話したり、勝手な時に大声で歌ったり、飴や咳き止めなどの包装を開けたり、咳きやアレルギーの症状のときには公園会場を訪れることさえ迷惑になる。礼儀や常識を法制化してはならない」と。禁止条例は60日後に発効する。

以前ブログに書いたことがある。現在畏まって聴く娯楽にクラシック音楽がある。例えばテレマンの「ターヘルムジーク」。これは「食事の音楽」という意味だ。貴族たちが、ワイワイガヤガヤと食器を鳴らしながら、旨いものを口に頬張り、ぺちゃくちゃとお喋りをしている近くで、楽団員たちが食事が進むように弾いて聞かせた音楽のことだ。コンサートだからと咳(しわぶき)もせず、唾も飲み込めず、聴くのがコンサートではない。したければ咳き込めばいい、鼻をすすればいい、音楽は窒息するような思いで聴くものではない。私は携帯を持たないからコンサートでその点での迷惑は誰にも掛けないが、遠慮なく自由に咳はしている、何度でも。余韻を楽しもうとする人間の頭上で、声高に、我先に「ブラボー、ブラボー」を叫ぶ阿呆どもよりは優れた客だと自負している。

アメリカの路上横断時のiPod規制法案は、2007年1月、音楽に気を取られ、市内バスの進路に出て死亡した23歳男性の事故などを受けてのものらしい。施行されると、音楽プレイヤー、ビデオプレイヤー、携帯電話、スマートフォン、ゲームなどあらゆる携帯電子機器を利用することが禁止される。違反者には100ドル(日本円で約12000)の罰金が科される。

日本でも、携帯等はマナーを期待するだけで解決される問題ではなさそうだ。

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2007年2月17日 (土)

明日香美人は拝めるか

毎日新聞(2/16、17)から
何とも歯痒い思いでいるが、奈良県明日香村の高松塚古墳で、壁画の保存、修復のために3月下旬に着手される石室解体に向けて準備が進められている。

今までも、特別な立場の人以外には直に目に触れることが許されなかった明日香美人が、今回の修復が終了した段階で、国民の誰の目にも触れないままに、またもや、密室の中に納められる可能性があるかも知れないことが分かった。保存処理後は、文化庁は石室に戻すことを計画しているのだ。これでは一体国宝とは国民のための国宝ではなく、誰のためのものなのか。

京都教育大教授・和田萃(古代史)は次のように話している。「昭和47(1972)年に壁画が確認された数日後に見せてもらった。西の女性群像が湿気を帯び、非常に鮮やかだった。最近の写真を見ると、目を覆いたくなる。原点は現地保存だ。解体して博物館で展示するなら、考古学の現地保存という鉄則は消え、何でもありになってしまう」、「高松塚は特別史跡で、国宝なんですよ」と。
これに対して神戸山手大教授・河上邦彦(考古学)は「それ(国宝指定)は、人間が勝手に決めたこと。壁画は恐らく国宝として残るが、古墳を特別史跡のままで維持できるかどうか。壁画は日々、状況が悪くなっている」。

川上自身は考古学者として、「絵よりも古墳の方が大事だと思っているが」とした上で、「それでも(キトラ古墳のものとあわせて)、二つとも外へ出すしかないという状況を認識するべきだ。日本の風土、気候の中では、古墳の壁画は遅かれ早かれ、出さなければならないという流れになった」と。

現地保存に拘わる和田にしても「高松塚は鎌倉時代に盗掘されながらも、築造後1300年間、あれだけの状態で保たれていた。それが、なぜ発掘後30年あまりでこんな状況になってしまったのか。やはり、人為的なミス、保存技術のまずさだと思う」と嘆いている。

発掘直後に眺めた和田が最初に話しているように、「西の女性群像が湿気を帯びて・・」と認めているように、発掘した時点から黴の発生する条件は学者たちには分かっていたはずだ。それを確認していた本人が、人為的なミス、保存技術のまずさと論(あげつら)ってみたところで同罪は免れまい。案の定というべきか、昨16日、石室の天井石上面に、黒い黴が広範囲に点在しているのが確認された。1センチ大のものが十数カ所で見つかり、小さなものは最大で長さ70センチ、幅20センチの範囲に広がっていた。繁殖の様子から、74年の保存施設完成後に発生したと見られる。墳丘と保存施設の屋根との間に生じた隙間から流れ込んだ土(厚さ数ミリ〜10センチ)で覆われていた。浸入した雨水が黒い黴を発生させた可能性は極めて高い。

現代技術の粋を尽くして作り上げたはずの施設だった。それが文化庁が隠しとおして来て、高々30年も経過しない間にこの体たらくだ。あれこれ話し合っている時間が無駄に思われる。1300年の年月、耐えてきたことは奇跡でしかない。人智では測ることのできない幸運に守られていたとしか思えない。現在解体のための準備作業に携わっている人は、「修復しても、再び石室に戻すことはできない」と断言している。

最先端技術で立派な施設を作り、また暗闇に入れても1000年、万年の保証が断言できることではないだろう。それなら、特別な人だけが見ることができる密室に置かず、外に出して、誰でもが見られるような施設に展示することが、文字どおり国宝と言えるのではないだろうか。

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2007年2月16日 (金)

人口減

柳沢厚労相の発言から、一向に少子化の問題が議論されないままに日数だけが過ぎて行く。

昨夜のテレビ番組で愕然とする数値がクイズになって出された。回答者の1000万円が懸かった最終問題だ。回答者は紺野美紗子、さて、4択のその問題。
 西暦3000年の日本の人口は?
    A. 2万9000人
    B. 2千900人、と読み上げられた瞬間、場内から哄きが沸き起こった。想像を絶する数字に見ているこちらも肌寒くなる思いで凝視していた。次の数字は?
    C. 290人 最後の数字は予想どおり
    D. 29人
回答者の紺野美紗子が口にしたのは「考えても全く分からない、どうせ間違うのなら遥かにかけ離れていた方が間違いでも諦めがつく」というような言葉だった。そして「思いきって Dの29人」と決断した。そして、1000万円を獲得した。

「少子化」についてこれ以上に強いインパクトのある話題はかつてなかった。ただ、西暦3000年まではあとほぼ1000年ある。現在の出生率のままでずっと推移するとは思わないが、単純計算すると数学的には間違いない数字なのだろう。では一体、1000年後とは、と考えてみても想像することも出来ないが、例えば過去に遡って考えてみることも年代の開きのおおよそが、掴めるのではないか。

それでは日本の凡そ1000年前はどのような時代だったのだろうか。西暦1007年ごろの日本は、およそ400年間続いた平安時代の中期、1016年には藤原道長が太政大臣のころだ。平清盛が生まれるのはまだ100年ほど後の1118年だ。この頃の日本列島の人口は451万人とみられ、平安末期には683万人が推定されている。1000年後の1億2000万人との隔たりは、これこそを隔世の感というのだろう。

これが1000年かけて減少の方向へと動いて行こうとするのだ。地球温暖化、オゾン層の破壊、CO2問題、地球資源の枯渇などの他、人類が住めなくなる地球になる心配と同時に、日本人が地球から消え、新生国家が生まれるのをだまって見ているわけではないだろう。

地球人口の増加があるのに、先進国と呼ばれる国は揃って出生率の低下とともに人口減で悩んでいる。韓国では1953年当時出生率5・0強あったものが、2005年には日本よりも低い1・08を記録している。また、フランスの出生率の持ち直しが評価されているが、1950年当時の2・9が1・9に落ちている。日本ではやはり1950年当時の3・7が2005年1・26にまで落ちた。政府はしきりに対策を進めようとしている矢先の柳沢の発言だ。安倍は少子化問題に専念させようとして「発言自体は不適切だが、目指している方向は誤りがない」と擁護をするだけだ。

政府は、年金制度を守るためには、現在1・26の出生率を1・39にまで上げてもらうように女性に生めよ増やせよの少子化対策を考えている。02年度国立社会保障・人口問題研究所がまとめた2050年の目標設定値が1・39を前提としたものだ。フランスで効果が上がったような施策に頭を使うのではなく、今の政府は希望的数値や単なる統計学を弄ぶだけで、柳沢の口にした「生む機械」のことを全く考えていない。まさに生きた女性への配慮が欠けている。

それにしても、1000年先の29人が数字の遊びだとしても、少子化に対して考えさせる問いかけであった。

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2007年2月15日 (木)

八甲田山 雪崩で遭難

八甲田山と聞いて年輩者の脳裏には1902(明治35)年1月23日、青森の歩兵第5聯隊が雪中行軍の演習中に記録的な寒波の影響で猛吹雪に遭遇し、210名中199名が遭難した事件を即座に思い浮かべる。八甲田山周辺は世界でも有数の豪雪地帯で知られるところだ。

2月14日、午後のテレビで八甲田山へスキーに出かけたスキー客らが午前11時半頃遭難にあったらしい、と報じられた。前日にはテレビなどではしきりに日本海を南下して来る低気圧を報道し、吹雪、強風に対する注意を繰り返し呼び掛けていた。青森地方気象台でも11日、13日、県内全域に雪崩注意報が出され、14日も雪崩直後の11時10分に雪崩注意報が出されている。当日は、出発前の話し合いでガイド隊長の決定に従って旅館を出発したのが午前9時だった。この直後10時20分には多かったスキー客をさばくため運行していたロープウェーを強風のため停止している。遭難したグループは早い時間に頂上の山頂公園駅を降り、すでに滑降に移っていた。

滑降コースは雪中行軍の遭難者の兵(倒れまいとして立ったまま仮死状態で発見された)を彫った銅像に向かって滑る人気の「銅像ルート」で、中級か熟練者たちがスリルを楽しむための山岳スキーのコースになっている。遭難の第1報が入ったのが午前11時20分ごろ。山頂公園駅から約1キロ当たりまで滑降していた。この時付近は天候の変化に見舞われ、吹雪で視界は悪くなっていた。雪崩は突然一行の上方から来たようだ。一行を率いていたガイドの其田忠佳(55)は「斜面に木があったので雪崩はないと判断した。まさか上から来るとは」と振り返っている。

同日はスノーボードツアーも予定されていたが常設コースに変更されていた、という。何でもない状態で変更はないはずだ。変更するだけの要因があったとみなければならない。スキーの判断は適切だったか。ガイド5人が所属する酸ケ湯温泉(青森市荒川)の関係者は「スキーを実施するかどうかはガイドの判断で、スキーの腕前は相当なものだ。朝の時点では少し風が強い程度で厳しい天候だとは思わなかった」と話した。しかし、雪崩は先週末には東側の斜面(今回は北側斜面)で表層雪崩を発生している。地球全体を覆う温暖化の影響なのかどうかは分からないが、豪雪地帯ではあっても14日の午前9時半、平年よりも約8度高い氷点下1・6度を観測しており、この温度はこの日の最高温度でもあった。表層雪崩が発生したとの見方もあるようだが、「雪氷防災研究センター」(新潟県長岡市)の石坂雅昭副センター長は「まだ寒い時期なので、全層雪崩は起きにくい、積雪と外気温の変化により、雪の層が変化して滑りやすくなっていた可能性がある。(中略)表層雪崩の予測は難しい」と話している。

雪崩は24人を巻き込んで2名の命を奪った。全員の年齢は分からないが、現在スノーボードに押されてスキーを楽しむ人の年齢は、年ごとに高齢化しているように見える。亡くなった2人が44歳と39歳。入院中の人たちは俗に言う壮年以上の高齢の方だ。重傷の76、74、50、38、67、46歳。重体の59歳の他、軽傷の44歳、となっていて、皆さんスキーに関してはベテランと呼べる域に入っている人たちだ。

今回の遭難は、逆にベテランであるが故の遭遇か。特にガイド仲間からは「スキーの腕前は相当なものだ」と認められている其田氏の判断が甘かったのではないか。経験からそう思ったのだろうが「斜面に木があたので雪崩はないと判断した」と。また旅館を出発する前のミーティングでは、気象庁や青森地方気象台の発表する気象情報、低気圧の接近を話題にすることはなかったのだろうか。山の天気や自然を見くびったのだろうか。それともガイドや自分達のスキーの技術を過信したのだろうか。当事者ではないから、勝手なことは言えないが、若い頃多少なりとも登山を嗜んだことのある経験から言えば、急変する山の天気、まして低気圧の接近が予測される前だ。引くことの勇気も又、自然と接するためには必要なことなのだが。

私には起るべくして起った遭難のように思えて仕方ない。

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2007年2月14日 (水)

「喉頭軟化症」の子 普通学級へ

毎日新聞(2/14)夕刊から
喉の病気の一つ「喉頭軟症」という、たんの吸引が必要な東京都東大和市の青木鈴花ちゃん(6)が、4月、市立小学校に入学することが決まった。文部科学省によると、たんの吸引が必要な児童が養護学校ではなく普通学級に入学するケースは珍しいことのようだ。市教委は今後、両親と話し合って受け入れ態勢を決めるが、*たんの吸引は本人にさせる方向で検討しているという。

*現在通っている市内の保育園では、鈴花ちゃん本人がたんの吸引をするのを禁じている。このため、付き添いの看護師一人が、たんの吸引をしている。しかし、自宅では約3年前から自分で吸引しているという。

鈴花ちゃんは、病気のため、空気を気管に通す器具をのどに装着し、1〜3時間ごとにたんを吸収する必要がある。現在通っている保育園でも当初「看護師が付きっきりで看護できない」として入園拒否をしたが、1昨年11月、同市に入園を認めるよう提訴した。昨年1月、東京地裁は同市へ仮入園を認めるよう命令。昨年10月の判決でも「身体的・精神的状態や発達は、障害のない児童と変わりない」とし、看護についても「付きっきりの必要はない」と判断し、正式に入園を認めるよう命じた。同市は判決を受け入れたが、小学校への入学については判断していなかった。

父親の繁宜さん(41)らは「自分でたんの吸引ができ、生活に支障もない。入学を認めて欲しい」と同市教育委員に相談していた。医師や学校長らでつくる就学指導委員会が「就学に問題はない」と判断したことを受け、市教委は1月末に入学を許可した。

鈴花ちゃんと同じような気管切開した児童は、たんの吸引をする看護師や介助スタッフのいなことを理由に、普通学級への入学を認められない場合が多いのだが、医療的ケア全国ネットワーク(東大和市)主宰者の下川和洋さん(41)は「教育、医療的な評価を踏まえた妥当な判断」という。

《楽観視していいものか、「身体的・精神的状態や発達は、障害のない児童と変わりない」というが、明らかに変わりがある。彼女への同情だけで判断して良いものか。1〜3時間おきにたんの吸引をしなければならないというのは明らかに、身体的障害を持っていることなのだ。家庭での吸引の訓練を3年ほど前から始め、入園、入学の準備をし、父親も「自分でたんの吸引ができ、・・・」とし、入学を希望しているが、幼い小学生、何かあった場合、周りが気を遣わなければならないでは、迷惑をかけることになる。周りをナイチンゲール精神に溢れた人間が取り囲んでいれば問題ないのだろうが、普通学級は他人の好意や介護を頼りにして行くところではない。少なくとも、たんの吸引は完全に他人の手を借りなくてもできるようになるまで、普通学級には通わせない方がよい。間違えば、心無い子のからかいや、いじめの対象になりかねない。

掲載されている写真で見る限り、とっても愛くるしい可愛い女の子だが、今までは傍らには必ず看護師や介護の大人が付き添っていたから、いじめなどの心配はなかったのだろうが、一人になった時、いじめやからかいへの対応は大丈夫なのだろうか。それがトラブルになった時、学校の管理怠慢などと攻撃が始まることになるのではないだろうか。親はその覚悟はしているのだろうか。親は望んで普通学級に行かせることの責任を取らねばならないことを覚悟しているのだろうか。それでなくても周りは躾も何もされていない子たちの集団、小学1年生にヒューマニズムを説くことは無理だ。かといって、好意と同情を期待することでもない。》

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2007年2月13日 (火)

給食費滞納問題

毎日新聞(2/12)から
差別社会だ、母子家庭だ、父子家庭だとの苦しい保護者の声に隠れて、払えるのに払わない無責任極まる保護者の給食費滞納が全国で膨大な額に上ることが先月発表された。

代わって学校や教員がポケットマネーを出してカバーする学校もあった。一方、生活保護による教育扶助を受け取りながら、納めない保護者もいる。いろいろな対策が検討されているが、ある地域では保護者から連帯保証人を明記した確約書を提出させ、支払いを求める法的措置に備えている取り組みを検討していることが11日、大分県別府市で開かれている日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会で報告された。

宮崎県清武町の小中学校5校では、05年4月から連帯保証人を明記した「学校給食費納入確約書」の提出を保護者に求めている。提出先は町立給食センターを運営する「学校給食会」で、法的措置の根拠にするという。また、教職員に負担がかからないよう、給食費の徴収は最終的に給食会が行うことも明確化している。

全国集会での報告によれば「目的は法的手段を取ることではなく、支払う自覚を持ってもらうこと。手探りの状態だが、『払えるのに払わない』というケースは減っている」と効果を説明した。昨年6月現在で全児童・生徒の98%、2805人が提出に応じているという。

また、長野市立篠ノ井西中学校の事務員、荒井正則さんは「給食費の経理は『私費』として学校任せになっている」と指摘する。滞納の補填のため、別の経費から負担するなど学校間で異なる扱いが生じる恐れを挙げ、「(経理を)透明化する意味でも、給食費を自治体の会計として扱うべきだ。また、子どもの“発達保障費”として無償化してもいいのでは」と問題提起した。

《子どもの発達保障費って一体なんだ。子どもの発達保障は生んだ親が責任を持つものだろう。3度の食事を与えてこそ育児と言えるのだ。そのうちの1回、学校で食べる食事の費用を納めるのが親の責任だ。食費を納めないで食べるということは、一般社会の人間なら食い逃げに当たることぐらい理解する。無銭飲食という立派な犯罪行為になるのだ。それを「もうこの際面倒だ」とでも言わんばかりの無償化にしようとは、今まで苦しくても真面目に納めて来た人たちに、どんな顔向けが出来るのだろう。将に、悪貨は良貨を駆逐するの図を地で行くようなものだ。そこまでして、子どもにおもねる必要があるのだろうか。子どもは宝だと言っても、倫理を弁えない救いようのない親の元にいた子たち、成長しても碌な大人にはならない。幼いうちにきちんと躾けられてこそ、将来のある子どもとして成長して行くことが出来る。無償化にするくらいなら、いっそ給食制度そのものをなくせばいい。どうせ貧しい敗戦後の置き土産だ。飢えで死ぬ程の苦しみを味わった敗戦後でもなくなった。親子の絆さえ薄くなった現在、少々貧しくても弁当を作ることで親子の絆を築き直すように努力すればよい。廃止できないのなら、再度言っておこう、給食費を払わない保護者の子には、昼食を食べさせないがよい。取り交わす確約書に1文を挿入しておけば済む。給食の材料を仕入れるためには、資金が必要だ、その資金が保護者が納める給食費というもの。そして、買い集められた材料で加工されたものが子どもたちの胃袋を満たす。この単純な仕組みさえ理解できない保護者がいるなんて、日本も心の貧しい時代になったものだ。美しい国など寝言に過ぎない。》

参照「学校給食費不払い 22億円に」07/01/25

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2007年2月12日 (月)

北朝鮮をどうする

毎日新聞(2/10、12)から
またもや世界中の巨頭たちが金さんに振り回されている。いつもと全く変わらない虫のよい話しで来ることは分かり切っているはずなのに、アメリカを始め他の国は、極めて楽観的な見通しで6ヶ国協議に臨んだ。

6カ国協議は2日目の9日には早くも議長国・中国が提案した合意文書案の討議を始める異例のスピード展開になった、と報じた。核問題をこれ以上悪化させたくない米国と、金融制裁の打撃を緩和したい北朝鮮がともに歩み寄った結果であり、文書採択に向けて細部で合意できるかどうかに焦点は移ったかに見えていた。

10日に入って中国は素早い合意文書案を提示したものの、各国からの異論が相次いで出され、「一つの問題がか一決したら、新たな問題が浮上することもある」(米・ヒル首席代表)などと口にしなければならないムードに変わった。協議開始前、議長国中国の武大偉外務次官は「3日間で十分だろう」と話し、自信を見せていたが、いざ協議が始まると、楽観ムードは一気に消えることになった。早速北朝鮮が核廃棄の「初期段階措置」に踏み切る見返りとして、電力200万キロワット相当のエネルギーを、60日以内に、使えるかたちで提供することを要求して来た。

6カ国協議に入る前の先月中旬、ベルリンでの米朝の間に一定の合意が出来ていることの裏づけがあったものの、蓋が開くや否やいつもの北朝鮮の要求がとてつもないものになって出て来たのだ。そうなると、他の参加国からも自国の利益を主張して注文が続出し始めることになった。支援を分担することになる5カ国の腹の探りあいという複雑な状況をもたらした。米国務省当局者も「支援の規模は論議されない」と語っていただけに、北朝鮮が出して来た200万キロワットの要求は米国にとって誤算だった。また、北朝鮮への支援を牽引してきた韓国は、他の国から負担を全面的に押し付けられそうな雲行きになり慌てて、10日には「単独支援はない」(韓国政府当局者)と牽制を始めた。

 〈中国が提示した合意文書要旨〉
♦北朝鮮は寧辺(ニョンビン)など五つの核関連施設を2カ月をめどに稼動停止する
♦北朝鮮以外の5カ国は北朝鮮へのエネルギー支援を同時に履行する。数値は明記せず
♦朝鮮半島の非核化、経済・エネルギー支援、日朝関係正常化、米朝関係正常化、北東アジアの保安協力の五つを議題にした作業部会を設置する
♦これらを核廃棄に向けた「初期段階で取るべき措置」とする

因に200万キロワットとはどれくらいのものなのか?
 ○日本の家庭の標準的な契約電力は4キロワットからすると、約50万世帯に供給する電力量相当、
 ○愛知県のトヨタ自動車直営12工場の合計消費電力量は50万キロワット、
 ○100万キロワットの発電能力を持つ最新原子炉2基分、に相当する

日本の対北朝鮮支援について「まったく関与しないのは難しい。」として作業部会の設置のためには支援も必要とするが、外務省幹部の中では「話し合いだけで『進展』と認めたら、こちらが譲歩したように見える」と指摘する。国内の対北強硬派から「拉致での成果がないのに支援」と批判されることへの懸念は、政府内にも根強いものがある。塩崎官房長官も8日の記者会見で「拉致解決に向けて前進していると思えなければ意味がない」と述べ、作業部会の場で拉致問題の進展を得ることが、日本が実際に支援を行う場合の前提であることを強調した。

一方、北朝鮮の姿勢は従来のように、6カ国協議の場を核問題に絞り、朝鮮中央通信は9日、「世界の多くの国々が朝米間の核問題を根源的に解決しようとする我々の原則的立場に共感を表示し、朝鮮半島非核化に実質的に貢献する結実ある協議になるのを期待している」と評価し、この会議で拉致問題の解決を主張する日本を「朝鮮半島の核問題解決に関心がない」「会談を故意に妨害しようとしている」「日本はこのような国際社会の流れに逆行している」と批判した。

北朝鮮が今回、6カ国協議にあたって事前の2国間協議を日本だけに応じず、6カ国協議自体は北朝鮮への見返りが中心になっており、拉致問題を提起する糸口さえ掴めずにいる。認めるか認めないか、或いは好むと好まざるとに拘わらず、今や核保有国として片足を踏み込んだ北朝鮮は、国際的には日本などより遥かに強い発言力を持つ国として、認めざるを得ない。北朝鮮にとって、日本の拉致問題一辺倒の国是など痛くも痒くもない問題であろう。日本が拉致問題に拘(こだ)わっているうちに、世界を相手に、北朝鮮は独自の路線を走り始める危険性が極めて高い。

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2007年2月11日 (日)

性生活

毎日新聞(2/5)夕刊から
毎週月曜日夕刊の“恋したい”のタイトルに似合わない、あからさまなセックスを取り上げるコーナーについては幾度か取り上げた。今回はまさにそのものズバリの内容だ。昨年から続いているこのコーナーにはタイトルの『恋』の相談は、1度もない。殆どは中年、老女が夫に飽きて浮気の相談、姦通の相談事、でなければ夫の浮気の勘ぐりの相談で埋まっている。このようなコーナーを設けている新聞社だ、社が独り善がりで話題づくりをしている「離婚後300日以内は前夫の子」を取り上げて、現在でも十分壊れている性モラルの一層の破壊を企てているかに見える。

相談は52歳の女性から
〈夫は40歳でセックスが好きな方です。優しそうですが実は甘えん坊でワンマン。何となく分かっていましたが、「私がついていないとだめ」と錯覚し、結婚しました。セックスはしつこく、私は早く終わらせたくて演技したこともありましたが、10年前からはそれもおっくうになり、ただ抱かれていて、けんかになることもしばしば。「したくない」とはっきり言うと「浮気をしろと言ってるのと同じ」と言います。セックスって、しないといけないのでしょうか。私は変なのでしょうか。(広島県・52歳)〉

回答するのは北村邦夫医師(56)、日本家族計画協会クリニック所長
開口一番医師の言葉は皮肉だ。「世間の女性たちがうらやむような彼をお持ちですよね。今では日本中、セックスレスブーム。とりわけ男性側に元気がなくて、僕の身近なところでも「うちのだんななんて・・・」との嘆き節が聞こえて来ます。「女性から誘うこともできないしねえ」と。それが、逆に求められ過ぎてへきえきしているとは。「ぜいたくな話よ」と言われかねません。

そして、つづいて〈男性の立場で申し上げると、妻が性に消極的であれば、これ幸いに外に相手を求めがちです。が、彼は「浮気をしろということか」と、それでもあなたとのかかわりを強く求めていらっしゃるご様子。あなたがおっしゃる通りの男性とお見受けしました。〉

〈男性ホルモン、愛情ホルモン、性欲ホルモンなどと言われていることからすれば、二人の年齢差だけで言えば、性欲ホルモンレベルはベストカップルに近いようにも思われます。しかし、セックスを望む人もいれば、消極的な人もいます。したくない、というあなたの気持ちは決して「変」ではないのです。〉

そこで医師としての意見を述べる。〈セックスに伴う痛みや苦痛、過去のトラウマなどが原因ならば、カウンセリングや医療的なサポートをすることも不可能ではない。セックスは1人の行為ではないところが厄介。早漏で射精までの時間が短過ぎて女性に満足が与えられないのか、それが回数の50%以上あれば「早漏」との定義もある。この定義を大袈裟に解釈すれば、仮にパートナーが1時間の営みでも満足できずに果ててしまった男性は、早漏の烙印を押されることになります、と。〉

《始めの相談の文言だけでは分からないが、現在40歳の夫とのセックスが疎遠になってから、10年が経過しているという。干支のひと回り、12歳離れた当時の相談者の年齢は42歳ということになる。それまでの彼女が初婚なのか、再婚か、結婚生活や子どもがいるかいないかも分からない。若い男との結婚に、セックスへの期待がなかった訳ではないだろう。当初から歓びがなかったとすれば、私の世代では先ず、女性の冷感症(不感症、感じない、その気になれない、オルガズムを感じない、など)が疑われた。勿論男性の早漏も問題とされた。抱かれている妻が、ただマグロが横たわっているだけの状態では興が裂かれるのは当然だろう。しかも彼女、「しないといけないのでしょうか、変ですか」、とは他人に相談することか。

これだけの露骨な文言が表現でき、文字にできる。新聞に投書する前に、夫との会話をどれだけしたのだろう。それとも他人にわが家の恥部を曝け出したい露出狂なのだろうか。はたまた自分で相談する例題をひねり出し、回答してくる内容を楽しんでいるだけではないのだろうか。》

回答者のまとめは、
〈あなた自身が彼とのセックスを今後どうしていきたいかです。結合する営みには抵抗があるものの、同室寝や触れることはイヤではないのか、それさえもイヤなのか。前者であれば、彼の欲求を満たすために物や手などを駆使する。後者ならば、夫婦とはいえ、望まない行為を強要するのは暴力の範疇に入れられるべきもの。彼との関係を再考する必要があるかもしれません。あなたがどうしても無理なのに、彼が生活を続けたいというのであれば「セックスするとかしないとかなんぼのもんじゃい」と、考えを改めてもらうしかないでしょう。〉

《離婚する理由に多いのは、性格の不一致というのがある。これの殆どはセックス(性欲レベル)の不一致だといわれている。如何に結婚生活での性生活が大事な要素の一つかは昔から言われている。相談の女性だが、回答者が言うように、自分はしたくない感情の中で、夫のものを、「物や手を駆使して」慰めてくれることは望めるのだろうか。そのうちにはそれこそドメスティック・バイオレンス騒動を惹起させ、裁判ざたになる可能性は高いのではないか。利害関係のない人から聞いてみるのも一つの解決への道かも知れないが、相談者の場合、一刻も早く、相手との会話をお互いの納得がいくまですることだ。閉経期に来ている女性の難しい身体だが、年齢差を承知の上で一緒になったのだから、壮年の男の性を考えてやることも必要だろう。それでダメなら別れる方が先の長い男性には幸せかも知れない。

70歳を過ぎた男のブログで取り上げる内容ではないのかも知れないが、余りにも女性の勝手な言い分に、沈着な医師とは異なる意見を綴ってみた。》

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2007年2月10日 (土)

懲戒・体罰に関する考え方

文部科学省は、体罰の範囲見直しを求めた教育再生会議の第1次報告や深刻ないじめ問題を受けて5日、学校教育法で禁じられている体罰に関する考え方をまとめ、都道府県・政令市教育長らに通知した。(毎日新聞2.6)

現行学校教育法は、GHQの占領統治下、旧憲法下最後の第90回帝国議会(現国会)において、現行憲法などとともに制定されたものだ。1947(昭和22)年3月31日公布、翌4月1日に施行された。
第1章 総則
 第11条 校長及び教員は教育上必要があると認める時は、文部科学大臣の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。(改正 平成11.7.16 法087及び平成11.12.22 法160)
 と明記されており、日本においては学校教育法によって体罰は一律に禁止されている。
後に、1949年8月2日法務庁(当時)は次の通達を発表した。(生徒に対する体罰禁止に関する教師の心得)
 ♦あちこちで目にする次のような7項目だ
 ⒈ 用便に行かせなかったり、食事時間が過ぎても教室に留めておくことは肉体的苦痛を伴うから体罰となり、学校教育法に違反する。
 ⒉ 遅刻した生徒を教室に入れず、授業を受けさせないことはたとえ短時間でも義務教育では許されない。
 ⒊ 授業時間中、怠けたり、騒いだからといって生徒を教室外に出すことは許されない。教室内に立たせる場合には体罰にならない限り懲戒権内として認めてよい。
 ⒋ 人のものを盗んだり、壊したりした場合など、懲らしめる意味で、体罰にならない程度に、放課後残したりしても差し支えない。
 ⒌ 盗みの場合などその生徒や証人を訊問することはよいが、自白や供述を強制してはならない。
 ⒍ 遅刻や怠けたことによって掃除当番などの回数を多くするのは差し支えないが、不等な差別待遇や酷使はいけない。
 ⒎ 遅刻防止のための合同登校はかまわないが、軍事教練的色彩を帯びないように注意すること。

今回の通達では「体罰に当るかどうか否かは客観的に判断する」ことを前提に、「一定の限度内で懲戒のための有形力(目に見える物理的な力)の行使が許容される」という判例も盛り込んだものになった。文部科学省は「有形力の行使がすべて体罰ではなく、事案ごとに客観的・総合的に判断されるということを表わしたかった」と説明している。拡大解釈されるのでは、との懸念については「身体に対する侵害や肉体的苦痛を与えるような懲戒は体罰に該当すると明記している」と説明している。通知は①生徒指導の充実②出席停止処分の活用③懲戒・体罰の3項目にまとめられた。

その懲戒・体罰に関する考え方の要旨は次のとおり。
 ①体罰は如何なる場合も行ってはならない。
 ②身体に対する侵害(殴る、蹴る、など)、肉体的苦痛を与えるような懲戒(長時間の正座など)に当ると判断された場合は、体罰に該当する。
 ③体罰に当るか否かは児童・生徒の主観ではなく、年齢、健康、場所や時間など諸条件を客観的に考慮し判断する。
 ④有形力(目に見える物理的な力)の行使は、すべてが体罰ではなく、許容された裁判例がある。
 ⑤「放課後の居残り」「授業中の教室内での起立」「学習課題や清掃活動を課す」「学校当番を多く割り当てる」などは肉体的苦痛を与えない限り体罰に当らない。
 ⑥暴力行為に対する防衛や児童・生徒間の暴力行為の仲裁で、やむを得ずした有形力の行使は体罰に該当しない。

また、問題行動を起す児童・生徒の教室外への退出についても「別途指導が行われれば、差し支えない」などと明記され、出席停止処分については「粘り強い指導を行った上で、正常な環境を保持することが困難な場合に適用する」と従来の考え方を示し、出席停止を受ける児童・生徒のために個別の指導計画を作成するよう求めている。伊吹文科相は「子どもを預けられた限りは、保護者が安心できる態勢を作るようにしたい」と語っている。

《伊吹文科相が言うようには行くものではない。何かにつけて自己主張するだけの保護者が安心することは先ずないだろう。厳しく規定されるとは言うものの、「体罰」という言葉に神経質になり過剰反応するような世の中だ。教室で暴れたからと、立たせると必ず来るのは「うちの子だけですか」と駆け込んでくる保護者が殆どだろう。私は「体罰は必要」の考え方だ。私の子を学校に預ける時、言うことを聞かない時は体罰を加えてくれるように教師に頼んだ。「頭、顔だけはぶたないようにしてくれれば、尻や手をひっぱたくことぐらいはして欲しい」と。一人っ子の人見知りをしない方で、口が達者で授業中にも女先生の邪魔をよくしたらしい。ある日、口にテープを貼られて学校から返って来た。「取って帰ればいいのに、この子は・・」と帰宅した私への妻の報告だ。厳しい学区制度が守られていた時代で、今保護者が避ける公立の小学校だった。

私立がもてはやされるようだが、例えば公立にあるいじめなどのトラブルは、どこの私立にも同様にある。ここにも日本人の好きな付和雷同が存在している。「私立の方がいいんですって、あちらさまは私立よ、それじゃうちも私立でないと、ね、あなた」だ。保護者のどれだけの人が、両者を比較して評価する学識を備えているのだろうか。過剰に報道するメディアを判断材料にする人が殆どであろうと思う。耳に伝わって来る噂をたよりに、納豆が店頭から消え、温泉が賑わい、「ヨン」にカメラを向け、韓流に涙することとちっとも変わらない。「公立の倍も授業料払っているのよ」、中流が自慢できることもステータスだ。

現在、多少の体罰が必要とされるのは、家庭内教育や躾けの堕落による。保護者自身が公共のマナーを守らない実態を、子どもたちは毎日目にする。身近なところでは、停めてはならないところに駐車する車、走ってはならない歩道を走る自転車、飲んで運転してはならないのに起きる飲酒運転事故、などなどきりがない。

先生や教師たちは、このような親から何も躾けられず、動物のままで図体だけが大きくなっただけで学校にやって来る手に負えない連中に苦しんでいる。昔は子どもたちが、学校は勉強するために行くところとは、小学1年生になる時にはすでに理解できていた。学ぶための心構えは親が躾けて先生に預けた。質のことは措くとしても、世の中に大学卒が溢れている現在と異なり、国民の殆どは小学卒、よくて中学卒の時代には、親は自分を踏み台に、乗り越えてくれることを望んで学校へ行かせた。

何一つ躾けられないで、動物と変わらない状態のまま育った子どもを預かって、人として成長させるためには、教師たちは最低限必要な体罰をもってするより仕方ない。悪いことをすれば叱られる、何が悪いことなのか、自分がされて嫌なことは他人にはしない(先人はこのように教えた。我が身をつねってひとの痛さを知れ)、決められたことはきちんと守ること、守らないと必ず罰がある、などなど。本来は親が教えなければならなかった家庭教育の段階から始めることになる。自分たちは犬ではない、犬以上に学習能力があることを悟らせるために。》

参照「キレる小学生」05/09/26
参照「“学級崩壊”は親の責任」06/06/09

 

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2007年2月 8日 (木)

離婚後300日問題

どうも威丈高になって声を上げているのは毎日新聞だけなのか。社の姿勢なのか、今回の取り上げ方はどうもいかがわしくなって来た。民法772条を取り上げて、故意に733条を問題にしないところがある。私のブログでは当初から772条よりも、733条に重きを置いた主張を展開して来たが、荒れ果てた現在の日本の性モラルを正常とするような毎日新聞の主張にはどうしても納得がいかない。

前婚の解消以前の性交渉を、当然とする主張なのだ。毎日新聞2月8日では、離婚.再婚する人たちの割合は年々高まっている。「離婚に至る大部分のケースで、別居が先行したり、訴訟などに持ち込まれる場合には、夫婦関係が長期間ないのは常識」という、昨年3月15日の法務委員会での枝野幸男(民主)議員の法務省の姿勢批判の言葉を持ち出している。続いてその場の法務大臣とのやり取りを記しているが、「規定は離婚直後の妊娠でも前夫の子だ。否定するには、前夫の協力を得て裁判をしなければならない」という枝野に対し法相(当時)は、「ご指摘のような事情は特異のケースだと思う。見直しには慎重の上にも慎重に検討するべきだ」と答えている。

枝野がいう「離婚直後の妊娠」とは一体なんだ。民法733条でしてはいけないとする離婚後6ヶ月の経過を待たずにできた懐胎だ。離婚するのは本人の自由で勝手だ。どうしても性衝動が抑えられないのなら、妊娠しないこと(避妊)を心掛けるのが当然だろう。これを法律がいけない、とするのは勝手に過ぎる。

しかし、毎日新聞は「300日規定」の主な問題点、として次のように書いている。
♦「前夫の子」となるのを拒んだことにより、戸籍のない子どもが存在する
♦今の夫の子とするため前夫を巻き込んだ裁判が必要
♦DNA鑑定など科学的証明があっても、規定が優先
♦裁判で現夫の子と戸籍登録できても前夫の名が残る
♦離婚後に妊娠しても、早産などで300日以内に誕生するケースがある
♦規定が周知されていない

ここに列記されていないが、民法733条の条文を意識して書かないのだ。これこそが現在混乱を生んでいる元凶なのに、法と実態の乖離を主張したいがために目を瞑っているのだ。モラルを持たないものの味方を装い、法治国家であることを疎かにしようとしていることになる。

最後の項目は特におかしい。知らないことで済むなら何をしてもよいことになる。また上のいずれの項目も、すでに全て私のブログでは民法733条に違反したことが原因であることを書いた。法的には前夫との婚姻関係にあるか、離婚後6ヶ月を経過しないうちの性交渉の結果だ。前の夫との婚姻関係が解消されないうちに妊娠したケースが幾つもある。これは考え方によっては一妻多夫を地で行くようなものだ。完全に法律に違反していることになる。これらのこともふまえながら、毎日新聞は、大見出しに『実態と法 かけ離れ』と書いている。

道徳を大目標に掲げる安倍内閣に、道徳や法を無視する性の乱れに加担しているのが、現在毎日新聞がやっている、社のいう「300日規定」問題だ。懲りずに繰り返し書いて来たことで、法務省が「ここへ来てようやく実態調査に乗り出した」と自画自賛している。

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2007年2月 7日 (水)

勝負あったのか

今日(2/7)野党が衆議院予算委員会に1週間ぶりに顔を出した。野党の審議拒否は、少子化問題を討議する大事な委員会の初っぱなに、「女は子どもを産む機械」発言で時代錯誤を露呈した柳沢厚労相の罷免を求めてのものであった。、出来の悪い子ほど可愛いいと見えて、安倍はずっと彼を庇い続けて来たが、国会審議の場は野党不在の一週間だった。

野党の審議拒否で不在のまま、2006年度補正予算案が通過。野党の柳沢更迭要求に対し、首相の現職に止まって責任を果たしてもらう、と回答の押し問答が続いたが、与党側の思惑には4日に行われる、愛知県知事選、北九州市長選の様子を見てからの判断にしよう、との時間稼ぎの魂胆があった。結果はどうであったか、北九州市長選で敗北、愛知県知事選で辛うじて勝利と出た。これで勝負あり、と?

可笑しいのは選挙の結果と、柳沢罷免を天秤に掛けたように見えたことだ。宮崎県知事選で無所属のそのまんま東氏の当選がよほどショックだったのだろう。判断しかねるところもあったのだろうが、腹をくくっていた。本来柳沢の人間としての資質の問題と、この度の選挙の結果とには何の関係もないはずだ。選挙に勝とうと敗れようと、失言大臣の責任問題は、それ事態で判断する必要があった。大臣の一言で、選挙が左右されるのなら、今までにはもっと酷いことを口にしたものもいた。対立する党が一挙手一投足に反応するようには国民は素早い反応をするわけではない。選挙民が即座に反応するほど政治に関心が高ければ、日本はもっと早く民主国家になっていただろう。

日本人は、昔から「お上」意識が強く、お上の言うことには逆らえない、との諦めムードを持つ国民性がある。言い換えれば“言っても仕方ない”という感情だ。考えれば、都道府県、市町村で行われる選挙の投票率を見れば一目瞭然だ。権利を持ちながら、半分もの人が無関心、棄権をするところ、時もある*。そして、行われる施策には好き放題の難くせをつける。日本人の民主主義理解は、自由や権利の主張はするが、責任には知らぬ顔する程度のものだ。彼らの選挙結果をまって、柳沢の人事を決めるなど、全く持って辻褄の合わない話だ。

*(例:統一地方選挙---与えられた選挙権の行使に国民こぞって参加した昭和26年当時、約90%、同50年当時、約72〜77%、から最低の数字になった平成7年には55〜60%にまで下がってきている)。

北九州、愛知ともに敗れた場合には、安倍も仕方ないから柳沢に責任をかぶせて更迭を考えていたのだろう。愛知での辛勝で完全に開き直り、北九州での敗北には触れずに柳沢の留任を決めた。喜んだのは柳沢本人と与党だけではない、厚生労働省としてはトップの首が飛んだのでは、今国会に提出するはずであった15もの法案の採否の問題や、それ以前の問題として省それ自体の機能が働かなくなることも心配だったからだ。

やっと国会も正常化したかに見える。あとは7月の参院選が控えている。今国会を、数の暴力で押し切るだけの審議ではなく、密度の濃いものにして欲しいものだ。

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2007年2月 6日 (火)

携帯 有害サイト

毎日新聞(1/26)から
未成年者が携帯電話を新規契約するする場合、現在も申込書のほか親権者の同意書が必要。NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクモバイルの大手3社は03年以降フィルタリングサービスを無料提供しているが、同意書に明確に記載されていなかった。

このため、販売現場ではさおビスについて説明さえしないケースも多く、未成年者の利用率は数パーセントにとどまるとも指摘されている。総務省も昨年11月、3社に対しサービスの普及促進を図るように要請していた。

3社は出会い系など有害サイトへの未成年者のインターネット接続を制限する「フィルタリング」サービス普及の取り組みを強化する方針を決めた。未成年者が携帯電話を新規契約する際の親権者同意書にサービスが利用できることを明文化した上で、親の意思を必ず確認する。3社は直営の携帯ショップや大手家電量販店にこの方針の通知を始めた。
♦NTTドコモは、サービス利用について、新規契約時に親の意思確認を必ず求めるように親権者同意書の内容を改めた。
♦ソフトバンクモバイルは販売店向けの新規契約マニュアルに親への意思確認を徹底する文言を追加するとともに、対象年齢を従来の18歳未満から他社と同じ20歳未満に引き上げる。
♦KDDIも2月から同様に同意書の内容を切り替え、販売店への周知徹底を充実させる。
また、既に契約済の未成年ユーザーにもフィルタリングサービスの利用を促す狙いから、チラシやホームページを使った広報活動を充実させる。

警察庁によると、06年上半期に出会い系サイトに関連した全国約900件の摘発事例のうち、約85%に18歳未満の未成年が関与するなど事態が深刻化している。また、東京都でもフィルタリングサービスの普及の努力義務を携帯電話の販売店などに課す「青少年健全育成条例改正案」を2月議会に提出する方針を打ち出している。

パソコンの有害サイトと同じなら、フィルタリングソフトは簡単に解除(初期設定など)することが可能だ。不馴れな大人以上に子どもたちの知識は上をいっている。交友関係の仲間の誰かに依頼すれば、簡単に有害サイトの閲覧は取扱いができるだろう。自分自身が操作法法をマスターすれば容易に親の目はごまかせる。それよりは、何をばかな、と言われるかも知れないが、初めから、サイト自身が取り込めないようにはできないものか。或いは機能が組み込まれていない機種が作れないものか。何段階かに別けて、小学生にはシンプルな電話機能だけ(防犯機能など役に立たないから)のもののように。もっと言えば小学生には携帯電話は持たせない方がいいのだが。どんなに巧妙にフィルタリングをかけても、その上を行くソフトを開発するものがいる。そのノウハウをダウンロードすることが可能になれば歯止めにはならない。

世間には、携帯電話を規制しても、携帯電話以上に有害な情報は山と溢れている。それも年齢には拘わりなく取り込むことが可能だ。清濁併せて吸収することになる。情報過多になっても取捨選択の価値基準はまだ備わっていない。そこで慌てて教育だ、モラルだ、となるが、これで片付くようなら現在苦しんでいるいじめなど、疾うに解決できている。今の日本、教育やモラルでは何事も治まらないが、それでもやはり、時間が懸かってもしっかりと子どもに善悪を見極められる価値観が身につくように、教え育てられる親を増やす以外に道はないだろう。

規制はいくら強固にしても、気休めにしかならない。

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2007年2月 5日 (月)

痩せすぎモデル

昨年9月にスペインのファッションショーで、痩せ過ぎのモデルの出演禁止措置が取られ、フランスのモデル業界でも波紋を巻き起こしたが、今度は同じくファッションでは世界をリードするイタリアのファッション界のデザイナーたちが騒がしいようだ。スペインでは痩せたモデルに憧れて、過度のダイエットを行い、行き過ぎて拒食症などの健康被害を生じるものも出て、つい先日政府がスタンダードを発表した。それによると、洋装店の店頭には日本の規格で言う9号以上でないと飾れなくなり、それ以下のサイズは店頭には出せなくした。同時に、いわゆるL、LLサイズもウインドーに出すように指導した。

毎日新聞(2/5)から
スペインの若い女性の健康を優先させる政府の取り組みから、イタリア政府が、痩せ過ぎモデル対策として独自の指針「マニフェスト」を作成したが、ファッション界のデザイナーたちから反発を買っているということだ。イタリア政府も社会全般の拒食症をなくそうとキャンペーンを進めているところだ。昨年のスペインのショーで痩せ過ぎモデルが出演禁止となった措置を受けて、伊青年・スポーツ省がマニフェストを考案、同12月にミラノ、ローマの各ファッション協会と合意した。

イタリアでも一般の少女が過度のダイエットを行う傾向を憂慮し、「健康的なモデルの美」を提唱。16歳未満がショーに出演することを禁じたほか、ボディーマス指数(BMI、体脂肪指標)を参考に、それぞれのモデルが食事面でも問題がないよう、健康診断書を提出することが、「好ましい」とした。

ところが初めてマニフェストが適用されるケースとなった1月末のローマでのファッションイベントで論議が湧き起こった。担当大臣の説得も「診断書の提示はプライバシーにかかわる」(モデル業界)、「診断書ではねられたモデルは心理的に傷つく」(心理学者)などの反論が出、結局は「16歳未満の出演禁止」以外の条項は強制力がないため、多くのショーで痩せたモデルが例年通りに出演した。デザイナーの1人は「健康診断書を求めるなどばかげている。拒食症はなくすべきだが、極端な規制はおかしい」と語っている。

統計によると、イタリアでは約300万人が拒食症か過食症に悩み、うち95%が女性であるという。メランドリー青年・スポーツ相は「ファッション関係者の良識に委ねたい。マニフェストは解決のためのあくまで第一歩で、先行きは長い」と理解が広がることに期待する様子だ。

パリ・コレにしろ、ミラノ・コレクションにしろ、テレビに映る画面には次から次にキリギリスかカマキリのような姿の女性が、異様な歩き方で出ては引っ込む。見ていて少しも美しいとも綺麗とも思えない。彼女たちが日本にやって来て同じことが起る。日本人モデルも混じるが、今にも折れそうな細い腕、細い脚。ショーの終わりには日本人の女性デザイナーが誇らしげにモデルに混じって舞台に現れる。海外にも名前は知られているというが、まるでビール樽が舞台に置かれたような見事な体躯の持ち主のこともある。キリギリスのためのドレスもいいが、3L、4Lのドレスも必要のはずだが、スタイル画が描けないのか、そのドレスにつくブランド名を気にするのか。

中肉中背に短足、典型的な日本人女性の体型だが、デザイナーたちは競って長身痩躯の絵を描く。想像上にだけ存在するような極細のキリギリスを。モデルは無理にもデッサンやドレスに合うように身体を作らねばならず、嫌でも細く細くを目指すことになる。実際には一般の女性の誰にも着られないドレスが仕上がる。着ようとすれば痩せる以外にはない。そして無理なダイエットが流行り、不健康でも痩せることに精を出す。遂には拒食症に過食症に陥って、憧れのドレスにも手が届かないで諦める。

女性のダイエットが引き起こす拒食症や過食症はどうやらファッションを衒(てら)う世界的な傾向のようだ。スペインやイタリアが国家的な問題でもあるように、日本も、痩せ過ぎるモデルには健康的な美の欠けていることを、また、ファッションリーダーたちにはスタンダードの見直しを求めていくような指導をするべきだろう。

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2007年2月 4日 (日)

続々・離婚後300日以内出産は前夫の子

立春にはなったが、スキー場には雪が降らず、湖は結氷せずワカサギ釣りもできない冬が、このまま終わるのだろうか。

毎日新聞(2/3)から
DNA鑑定の結果、裁判で「今の夫の子」と認められても、子どもの戸籍に前夫の名前が記される。戸籍法が記載を義務づけているからだが、親たちは「なぜ、子どもには無関係の前夫の名がついて廻るのか」と見直しを求めている。

この女性(38)は前夫に「嫡出子否認」の手続きを取ってもらう承認を得て、前夫と子どもに親子関係がないことを証明するDNA鑑定を実施。家庭裁判所の調停を経て、約3ヶ月後に今の夫の子として戸籍登録した。

04年夏、海外旅行のため、双児の女児の旅券を申請するのに取り寄せた戸籍謄本に嫡出子否認の裁判の確定とその日付け、前夫の名前が期されているのを見て気づいた。戸籍法の施行規則は、民法772条の規定を裁判(嫡出子否認や親子関係不存在確認)で覆した場合、その手続きと前夫の名前を記すとしている。法務省によると、本籍地を移したり、役所の電算化などで新しい戸籍になれば記載は消えるが、削除されたわけではないので戸籍を辿れば確認することができる。

この女性は「裁判が終わり、問題は解決したと思っていたのに。将来、子どもやその結婚相手が見たらどんな思いをするだろう」と言う。民法改正に取り組むNGO「mネット・民法改正情報ネットワーク」の阪本洋子共同代表は「前夫の名前が戸籍に残るのが嫌で、出生届を出さない母親も多い。前夫にとっても名前が他人の戸籍に記されるのは迷惑な話」と指摘する。

《考えてみれば、この女性も再婚したのが9月30日、双児の女児の出産は12月19日。3ヶ月と20日で出産したことになる。分娩日を遡れば受胎は2月のことだ。前夫との離婚は3月13日というから離婚前だ。例え別居をしていたとしても、法律上は不倫、浮気、俗に言う姦通して設けた子ということになる。民法772条のいう300日以内(281日目)にも当る。そこで戸籍法の手続きがふまれただけのことだ。同じ民法733条には前夫との結婚解消後6ヶ月を経過しなければ、再婚をすることができない、とある。今持ち上がっている幾つかの例は、すべて法的には婚姻期間中か、離婚後6ヶ月を経ずして性交渉を持った結果発生した問題だ。前にも書いた、このような男女の性衝動を物差にして、法律を変えようとするのはどう考えてもおかしい》。

♦実は02年に、自治体の戸籍の窓口担当者でつくる団体「全国連合戸籍事務協議会」が、民法722条の改正や運用の見直しを法務省に求めていたことがわかった。「子どもが実父の戸籍に入れない」「前夫を巻き込んだ裁判をしなければならない」などの問題を指摘しての要望であったが、法務省は「応じ難い」と回答していた。

出来ちゃった結婚が当たり前のようになっているが、これでいいのだろうか。披露宴での客の前での性衝動が抑えられなかったことの恥ずかしさなど、売春や援助交際が当たり前の現在、羞恥心は持つことの方が古い時代の笑い話なんだろうか。そう言えば、花嫁の角隠し、あれは‘私は純真無垢’ですを表わしている。お腹に子がいては・・・。一緒になっても遊びの延長にあったこととて、簡単にさよならで母子家庭の増加を呼ぶことになる。子育てもままならず、虐待に殺人で世間を騒がせる。やはり、親の親、またその親の世代の責任は大きい。

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2007年2月 3日 (土)

野党審議拒否

言葉知らずか、比喩べたか、もっと言えば女性蔑視か無能なのか。

毎日新聞(2/3)から
柳沢厚労相の発言問題を理由に野党が補正予算審議を拒否していることに対し、2日の閣議後の会見で各閣僚から批判が相次いで出た。

長勢甚遠法相は「大事な補正予算を審議しており、論議に参加するのが当然だ。(野党の)やり方はよろしくない」と指摘した。久間章生防衛相も「言葉をとらえて審議しないっていうのはちょっとどうか」と述べ、麻生太郎外相は「厚労相の話に不満だったら、(審議に)出て来てただすのが普通だ。出てこないっていうのはあんまり理解できない」と語った、という。

一方、当の柳沢厚労相は「私の発言でこうした事態が生じた。ますます反省度合いを強めている」と反省しきりだと。

過去にも同様のことは何度もあった。その度に多数党からは、これまた同じような言葉が口にされた。一見民主主義を楯にとった正当性のある発言のようだが、数を頼みとする多数党の傲慢でしかない。少数党が、言葉に挑発されて、或いはしぶしぶながら、或いは国民の賛同が得られず、或いは鉾を納めて審議の場に出たとする。途端に有無を言わせぬ数の暴力で押しつぶされる。これが民主主義だ、と。このようなことは多数党はお見通しだ。だから「お出でお出で」と挑発する。少数党の出席がなければ、もっと解決は早くなる。反対ゼロで審議は解決だ。

安保闘争や労働運動に、国民の心が燃えていたころは、反体制力の力も強く、国会も怒号が飛び交い、物が飛び、殴り合いも生じた。それでも空しく少数党には勝ち目は巡って来ることはなかった。世の中が落ち着き、国民皆中流の意識が蔓延し、贅沢が浸透して裾野を広げた。社会主義大国が姿を消し、冷戦の終結とともに反共思想も過激な運動からの転向を余儀なくされていった。敗戦後常に一定の数を確保していた対立党が、労働運動の沈静化に伴って数を減らし、与党が巨大化していった。反対党の数の減少は、与党にとって一党独裁の傲慢が生まれる。何を審議しても数で押し切れる。現在の政府は一党では数で必ずしも有利でない。どうしても数の確保が必要となって、宗教団体の組織票が約束できる党との連立を組んだ。

こうして絶対に負けることのない数を背にして審議には出て来るべきだ、とは言ってみたが、不祥事続きもあることから、世論も気にしなければない状況だ。日本の最大の少子化問題を担当する大臣の、失言とも言えない時代錯誤の女性観をもとに、これから何に取り組み、どう対策がたてられるのか、想像することも不可能だ。もっと不可思議なのは政府与党の女性議員たち、彼女たちは自身、女ではないのだろうか。数を頼みの仲好し内閣、庇えば庇うほど、安倍本人の人事掌握の無力を浮き彫りにするだけなのに。

さて、女性が子どもを生む機械なら、男性は一体何だ。その機械が錆つかないための潤滑油か、それとも自身が壊れるまで動き続ける機械なんだろうか。

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2007年2月 2日 (金)

アニータ騒ぎ

「日本へは売春しに行った」と嘯いた、元売春妻のチリ人・アニータがやって来た。元青森県住宅供給公社職員であった夫が業務上横領したした中から、8億円も貢がせた挙げ句、チリに逃げた。日本側は追いかけて返還を迫ったが、「もう使っちゃてないよ」と開き直られ、僅かの回収で、残りは回収不能とみた公社側の諦めで自由の身となり、彼女のこれまでの人生のドキュメント製作のため(元夫との離婚協議ともいわれている)、チリTV局の番組収録で、獄中の夫に再会するために日本にやってきた。

それを追い掛けるこの2、3日間の、余りにも情けない日本のメディアの姿を見せつけられることになった。納豆騒動から、芋づるのように次々と出てきたあるあるの捏造事件の過熱報道。これに関連して取り上げ、ブログに一度書いたあと消した朝日新聞社の過去の捏造問題があった。同社は自らの足元も確かめずあるある捏造を攻撃したが、今になっては消す必要がなかったこのメディアの体質がはっきりと見えた。今回は、他社の記事の盗用だ。少なくとも責任ある記事を書くのに、その出典(盗用された側は、他社紙まで目を通していることが明瞭だが)に頬被りをし、デスクはそれが見抜けず、盗用された側からの指摘を受けて、「悪うございました」で済ます。メディアとしての矜持(きんじ)などどこにも見えない。しかし、この節操のない姿勢はひとり朝日だけに限らない。

多くのメディアが1人の外国人女性アニータの日本上陸に、甘い菓子に群がる蟻のように、押すな押すなの勢いで取り囲んだ。騒動に巻き込まれたタクシー同士の衝突事故まで巻き起こす騒ぎになった。道ばたに垂れ流したクソのような話題に、何故日本のマスコミはこうも群がるのだろう。新聞報道はまだしも、テレビは新聞が取り上げたネタの落ちこぼれを拾って歩くだけだ。芸能ネタはもともとハイエナのような仕事を本分としているから仕方ないのかもしれないが。「話さないことの権利や自由」を踏みにじるように、「知る権利」を振り回し、返事するのが当然であるような言葉で切り込む。アニータには日本のメディアなど関係ないのが理解できていない。彼女は映画づくりの、或いは離婚協議のために獄中にいる元夫に面会するために来ただけのことだ。これだけであれば、どこかの二流紙が取り上げるだけで済む。

当然、彼女の本国でも日本の過熱した報道振りは放映されるだろう。本国でもスキャンダルまみれのアニータだが、まるで凱旋将軍を迎える時のような日本の報道陣の過熱振りは、自国でも売春の斡旋疑惑まであった「汚濁まみれの女」を大歓迎する日本のマスコミの姿と映るだろう。マスコミ陣も、一体何を今さら聞こうとしたのだろう。貢がれた彼女に罪はない。時の住宅供給公社の横領を許した体質と、彼女にうつつを抜かした元夫の間抜け振りを、そして、日本の恥を地球の裏側まで広めたことを、もう一度思い起こさせようとしているのか。「日本人って、ほんとうにバカなんだよ」と。こんな恥ずかしい取材は二度として欲しくないものだ。

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2007年2月 1日 (木)

あるある 騒動

連日、捏造問題が報道される。新聞もテレビも週刊誌も、「他人の不幸は蜜の味」宜しく寄ってたかって次々に見つけ出す。何処のメディアも同じことをしゃべり、文字にする。あれもあった、これもそうだった、と引っ掛かるバカな消費者に、少しは利口になりましょう、とのコメントを付すこともない。飽きもせずレポートする。“お前たちのうち、罪なきもの先ず石を投げよ”とはキリスト様のお言葉だ。

しかし、メディアとなるとそう簡単に鉾を納めるわけにいかない。臆面もなく旨い蜜に飛びついていく。テレビはそのおこぼれを拾って歩く。そのうちに、目を冷ました消費者が、わいわい、がやがやと騒ぎ出す。オイルショックの年のトイレット・ペーパーを買いだめした阿呆と同じだ。このような一過性の出来事に右往左往するほど私はバカではない。その裏側を見れば必ず、仕掛けるやつがいる。労働組合華やかな時代、会議で、集会で叫ぶアジテーターだ。無関心層へも深く浸透していき、パニック状態になり、うねりは大きくなってトイレットペーパーと同じように、スーパーから商店から今回も納豆が買い占められて姿を消した。。必ずいる、己だけが良ければそれで良い、我(が)の強い欲張りが人よりも多くを求める。もともと醗酵させてつくる納豆だが、大量に買い占めた阿呆の助けに、とおせっかいなテレビ局は、もったいないことはするんではないよ、と料理方法を授ける。

他社を出し抜いて報道したくなるメディアは必死になって重箱の隅を突つき始める。そして見つけだす。やっぱりあったぞ!と勝鬨をあげる。捏造の構造を追求していくには納豆だけで十分なはずだ。あとは皆、似たり寄ったりで代わり映えするものが出ることはない。

私はこの手の類いの番組には全く興味がない。特にダイエットを標榜するとなると、放っておいてくれ、となる。痩せていようが、肥っていようが自分の身体だ、他人にあれこれ言われる筋合いはないし、聞く耳も持たない。それで寿命を縮めようと、死のうと、だ。若い頃から病院のベッドで死んだ人を幾人も見て来た。入院すれば死ぬことを学んだ。病院に行けば実験台になって殺される、と思い込んでいる。これから先も私は病院で死ぬことはない。身体は若い頃から酷使してきた。人間の身体がどこまで耐えられるか、睡眠時間も極度に短い労働(平均睡眠4時間、約15年間)に耐えてきた。病気一つしないで済んだ。健康診断も碌にしていない(会社には内緒だったが)。栄養ドリンクを飲んだこともない。人間のからだが如何に頑丈にできているか実感した。四十歳を過ぎてからの成人病検査も四十歳の年にしただけだ。何をしたところで死ぬ時は死ぬ、と思っているからだ。タバコも60歳近くまでは一日60本吸っていた。健康保険料はこの歳まで自分への還元は全くない。ひとさまへの貢献だけだ。2、3年、いや4、5年に一度、アスピリンを飲むことだけはある。私の身体はそれで回復する。

医学の発達とともに、余計な病気が増えた。シンドロームに、ストレス。これらは本当は病気じゃないのに、言われると病人になった気になってしまう。医者は病名が見つけられない病気につけるに困ってこれらの名前を冠した。薬を貰って安心する。それが「鼻糞丸めて万金丹」の単なるポリシーボ効果でしかないものまで有り難がる。そして精神が徐々に落ち込み、蝕まれていく。本当に病人になってしまう。世の中の痩せるための宣伝の9割は女性のためにあるようなものだ。手を変え品を変えて売り出される健康器具、美容器具、薬などなど。「食べて痩せられる」は女性にとってこれ以上ない心くすぐられるキャッチフレーズになった。このとき、「そんなアホな」と考える人がいなかったのか。聞いた途端にスーパーに走り込み、騒動の幕が開いた。やはりバカな連中だ。

災害は忘れた頃にやって来る。賢い消費者にならなければ、必ず、また同じことを繰り返すことになる。

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