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2006年12月31日 (日)

年末

フセインが、絞首刑を宣告されてから4日目にして素早い執行(30日午前6時、日本時間同日正午)となった。テレビは室内と思われる刑場の死刑台への下り階段の傍で、「くたばっちまえ」との執行人の侮辱の言葉を最後に、首に黒い布を巻かれ、後ろから押されるように階段を下りようとするところでカットされていた。彼が最後にイスラムの神への祈りの言葉は、二度目を繰り返そうとして、口にした途端に足元を開かれ吊り下げられたようだ。独裁支配者のあまりに哀れな最後だ。イラクは今、内戦状態にあり、今までもフセインを支持してきたスンニ派の復讐が、より激しく勢いを増して広がることが懸念される。日本では権力の側からの宗教弾圧は幾つもあったが、宗教人同士の、或いは派閥間の戦争に発展した宗教戦争と呼べる諍いはない。

それにしても思う、何時まであのオームの麻原を税金を浪費し、無駄飯食わせて生かしておくつもりなんだろうか?能のない弁護士連中が、こちらは無闇に時間を浪費して来た。空しいことだ。

〈閑話休題〉
このところ酒に押され気味だったタバコが久し振りに槍玉に上がった。国立大学法人保健管理施設協議会の調査結果が発表された。常々言い続けていることだが、タバコよりも余程人体へのドラッグ性の高い酒には精々飲酒運転絡みでしか報道しないマスコミも、タバコとなると、一斉に牙を剥き出して責め掛かる。今度は大学キャンパスのあら探しをしたようだ。キャンパス内の完全禁煙を実施している国立大学は一割に満たない、と。非喫煙者が吸い込む副流煙のリスクが増す建物内での喫煙も、完全に禁止している施設も半数以下だった。

03年5月に健康贈進法が施行されたが、大学では対策が遅れている実態が明らかになった。同協議会の調査グループが今年11月、84国立大を対象に実施して、69大学からの回答をまとめたものだ。
「建物内のどこでも吸える」は03年4月は19%が今回--ゼロ
「建物内完全禁煙」--49%(34大学)
あとは喫煙室を設置する「分煙」としていた。

キャンパス内が完全禁煙は旭川医科大、岐阜大など4大学(6%)
因みに、05年に文科省が全国の幼稚園から高校を対象にした調査では、45%が完全禁煙を実施している。だから何だと言うんだろう。大学キャンパスはいざ知らず、幼稚園や小・中・高校内で先生、教師たちが「副流煙」害を与える程、タバコを口に歩き廻っているのだろうか。病院なみに「分煙」以上の完全禁煙にする必要が何処にあるのだろうか。

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2006年12月29日 (金)

道交法いっそう厳罰化へ

仕事納めにさんざん飲み明かしたあと、すでにのんびりと休暇に入り、飛行機に乗って海を越え、日本を離れた人たちも多くいるようだ。私のブログにも海外旅行のスナップを掲載しているが、サラリーマン時代に出かけたことは1度もない。そんな余裕は時間的にも経済的にも不可能であった。特殊な仕事場であったことが理由だが、定年後であっても、常に旅行シーズンと呼ばれる季節からは外れた静かに落ち着けるタイミングを選んで出かけた。

出かける度に嫌な気分を味わっていたが、外国での国内移動では目立たないものの、日本から離れる機内、特に戻って来る機内の汚らしさには吐き気すら覚えた。空港に到着して飛行機から降りるため、タラップのあるドアまで機内を歩くが、毎回毎回のことながら、まるでゴミの山を跨いで通るような錯覚すら覚えた。多いのは紙類だが読み捨てて放り投げたままの新聞紙、雑誌、零したジュースやアルコール、食い散らかした菓子や残飯の類いなどだ。日本人だけではない、各国の人種が混じっている。皆、常識人らしい顔をしていているが、心は貧しい情けない人たち、道徳心などかけらもないようだ。今日、取り上げるのは同じマナーの話。言われても聞く耳持たない酒飲みへの厳しい刑罰が検討されている話だ。

毎日新聞(12/29)から
年末年始を迎え、アルコール、酒に飲まれた連中が走り回るこのシーズン、時宜を得たニュースになった。警察庁が28日に公表した道路交通法改正試案は、飲酒運転やひき逃げの懲役刑や罰金を大幅に引き上げるなど、01年に引き続き一層厳しい厳罰化を図っている。しかし、どれだけ厳罰にしても、事故を起されて命を取り上げられた遺族にすれば、再び生きて帰って来るわけではない。01年の改正による厳罰化も、喉元過ぎてしまえば元の木阿弥になり掛かっている。時間が経つに連れ、言い逃れの手段を見い出し、飲酒運転のひき逃げではアルコールの濃度を下げるための水のがぶ飲みや、時間稼ぎのための逃亡、といったいわゆるひき逃げの件数が増えているのが実態だ。

今回の試案では酒類を提供した側や、飲酒運転の車への同乗者も罰則の対象となる厳しいものだ。
 (主な道交法試案の罰則引き上げは)
 
 違反行為       現行     改正試案
 救護義無違反  5年以下の懲役  10年以下の懲役
 (ひき逃げ)  罰金50万円以下  罰金100万円以下

 飲酒運転    3年以下の懲役  5年以下の懲役    
 (酒酔い)   罰金50万円以下  罰金100万円以下

 飲酒運転    1年以下の懲役  3年以下の懲役
 (酒気帯び)  罰金30万円以下  罰金50万円以下

 車輌・酒類提供 幇助(刑法)は  5年以下の懲役
 (酒酔い)   違反者の半分以下 罰金100万円以下

 車輌・酒類提供   同上     3年以下の懲役
 (酒気帯び)           罰金50万円以下

  同乗       同上     3年以下の懲役
 (酒酔い)            罰金50万円以下

  同乗       同上     2年以下の懲役
 (酒気帯び)           罰金30万円以下

 飲酒検査拒否  罰金30万円以下  3月以下の懲役
                  罰金50万円以下
たしかに、検問にかかってアルコール濃度の測定を拒否する悪あがきは、テレビでもしばしば放映されるが、お優しい現在の民主警察ではどうにもならない歯痒さがあった。これで酒飲みたちすっきりと応じるのだろうか。

 刑罰を重くしても飲酒運転への抑止にはなるが、決して万能ではない。安全教育を言う人もいるが、これで酒飲みが理解するならこれ程楽なことはない。万能でなくても厳罰化することで、1人でも被害者になる人を減らすことが出来るなら、やはり厳罰化にせざるを得ないだろう。今までにも繰り替えしブログで取り上げて来たが、長い間、日本人が称えて来た「酒は百薬の長」といった間違った認識を変えなければ、飲酒運転事故がなくなることはないだろう。タバコと同じくアルコール類の容器(ビンやカン、化粧箱など全て)には必ず、人体への害を表記させることなど、ドラッグと何ら変わらぬ依存性の怖さを、広く知らせることが欠かせない。適度の基準などないのに、適度をいうのは逃げ口上なのだ。

さらにはアルコールとは直接の関係がないが、後部座席のベルトの着用が新たに義務づけられることになった。昨年の死亡事故では、後部座席の非着用者の致死率が着用者の約4倍に上っていた。今年10月の調査でも一般道で7・5%、高速道で12・7%と低着用率にとどまっていた。これに対する罰則は設けられないが、当面は、高速道での違反については行政処分の対象にすることになる。また、高齢運転者対策として、75歳以上の高齢者には認知症検査と高齢者標識「もみじマーク」の表示を義務化することになる。

また、自転車の運転について、車道の危険性が高いところや、現行(標識での許可のみ)認められていない歩道の通行を、児童・幼児が運転する場合はこれを認めることにしたり、保護者に児童・幼児のヘルメット着用を努力目標として求める、としている。

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2006年12月28日 (木)

日本人は働き過ぎか

時恰も話題はホワイトカラー・エグゼンプション*(文字取りの意味だと、一般労働者・免除で何のことか理解できない)が来年の通常国会で厚生労働省による素案をもとに、関連法案として提出されることになりそうだ。早ければ2008年度には立法化され、施行される可能性がある。12月27日に同省が示した原案では、適用対象者の基準年収額については「相当程度高い」としているが、現在では1000万〜400万円まで幅広く想定され、具体的な年収額は明示されていない。
 *white collar exemption、ホワイトカラー労働時間規制適用免除制度(現在労働基準法に定められている1日8時間の規制を免除し、それ故に残業という概念を取り払う、ということ)

ただでさえ超過残業による過労死が発生する過酷な作業環境が、法案通過、成立となればノルマ達成のためには一層厳しい残業でない残業が強いられることになる。時間の規定が外されるから今まであった超過時間の25乃至50%増の割り増し賃金の支払いがなくなる。働いて働いて身体を壊し、死亡しても自己管理の問題で会社には問われる責任はなくなる。このまま通過してしまうのだろうか。このホワイトカラー・エグゼンプションについては別に更めて取り上げたい。

今回のテーマは日本人は働き過ぎ?働き過ぎじゃない?
私の経験から結論を先に言えば、決して働き過ぎではない。なぜなら、日・祭のたびに休むことができ、家庭サービス、子どもの相手、高速道の長時間移動が可能な、小旅行、その上海外旅行ができれば働き過ぎとは言えない。本当の働き過ぎは、敗戦後の日本経済を支えてきた団塊世代の前の労働者たちを言う言葉だ。彼らには日曜も祭日もなかった。子どもの相手ができる親などいなかった。家に帰ればバタンと横になり、そのまま眠りに入る、たまにある休日は、本人が身体を休めるための休日になり、とても子どもの相手はできるものではなかった。勿論その当時でも大企業の労働者や一般事務職の職場では、物見遊山のできる家庭もあっただろう。しかし、手を汚して働く当時の世界最低賃金の日本の労働者には家族サービスができる人間は数える程にもいなかった。その頃のことが頭にある世代には、現在の職場は天国だ。世界最低賃金は最高に昇り詰め、超過労働にはきっちりとした割り増し給が加算され、休日も数多くなった祝祭日の増加で増え続け、土曜日には半どん(仕事は午前中だけのことをそう呼んだ)から休日となる企業も増えて「花の金曜日」なる表現さえ生まれた。仕事の多くをコンピューターが処理をしてくれ、手作業で苦しんだ昔を知る人には今の職場は極楽のようなところに映る。とは言うものの、一方で、過労死が問題になる現実がある。聞いてみよう。

毎日新聞恒例の石田衣良の読者アンケートの集計(12/26)から
 有効投票数3484(男:1654、女:1830)**
        働き過ぎ  働き過ぎでない
 全体      73・6%  26・4%
   男     70・7%  29・3%
   女     76・2%  23・8%
 10代以下男  72・7%  27・3%
 10代以下女  62・5%  37・5% 
 20代  男  77・8%  22・2%
 20代  女  82・5%  17・6%
 30代  男  72・8%  27・2%
 30代  女  75・7%  24・3%
 40代  男  61・3%  38・7%
 40代  女  70・9%  29・1%
 50代  男  71・6%  28・4%
 50代  女  71・6%  28・4%
 60代  男  81・3%  18・7%
 60代  女  86・7%  13・3%
 70代以上男  47・4%  52・6%
 70代以上女  78・6%  21・4% 

労働者それぞれの基盤が、大企業か中小企業か、また事務職か工場労働者かによっては大きく変動する。また、70歳以上の男性に働き過ぎと思う数が決して多くないのは、上に述べたような辛かった時代からの変遷を熟知している世代だからだろう。反対に若い世代の特に女性が働き過ぎと感じるのは、遊びたい欲望に対する反動のようなものだ。モラール(労働意欲)の高低、労働に対する認識にももっと深く立ち入って分析する必要がありそうだ。

では、働き過ぎではない、の意見から聞いてみよう。
「周りを見ていると死にそうに働いている人2割と普通に働く人が残りの半分、さらに残りはあまり仕事しない人だなと。25年働いた結論です」(川崎市・さちぽん)「いくつか転職して働き過ぎの企業戦士も見ましたし、同等に怠け過ぎの社員にも出会い・・・結局、個人差です」(茨木県つくば市・佳子)「ひとこと言わしてもらいます。わたしは大阪船場に商売を習いに来ました。朝は7時から始まり夜は8時終わり。休みは月に1日で、食事は5〜10分間。それにくらべると今は・・・」(住所不明・匿名)

続いて働き過ぎと感じている人の意見。
「主人の会社は数千人のリストラの影響で、残った人間に仕事が上乗せされました。週90時間働き、子どものも会えず、休日出勤です。周りの人もみんなそう。過労のために人身事故も起きています。訴えた人たちは降格や出向になり、やがて辞めていきました。家族揃って食事がしたいなあ」(大阪市・匿名)「手段が目的になっている。家族や愛する人のための仕事でなく、仕事あっての愛する人、家族になってしまった。本末転倒」(静岡県三島市・中助)「働き過ぎる仕組みなのです。一般サラリーマンの場合、残業手当を貰わずに、正規の給与だけでは生計が成り立たないのが実情です」(川崎市・匿名)
 《この人の場合、月々の収入が分からないが、我々の時代は上からは、自分の給料に見合った生活をしろ。と教えられた。》

アンケートの結論を石田衣良は「日本人は働き過ぎ」に軍配をあげるが、私には、テーマに対して設問が浅薄すぎて答えが出せない。

ホワイトカラー・エグゼプション、企業側の言い分は、例えば10の仕事をAは8時間で終え、Bは10時間懸かって終えた。Bの超過時間2時間に割り増し賃金を支給するのはおかしい、仕事が出来ない人間の方が高給取りになる、とするものだ。戦後の復興期、共産党に指導された労働組合による平等論が大手を振ってまかり通っていた頃、こうも言った。「自分の未熟な技術、或いは知識のせいで、会社の材料に損害をかけ、時間を無駄にし、ロスをだし、その遅れをカバーするためにした残業代をよこせだと?ふざけるな!」だった。この規制が外れれば、時間外手当をつけなくてもよい層へ、仕事量はどんどん流れ込むことが想定される。ますます過労死の危険が膨らむことになりそうだ。当然、労働者側は認めない、と言うが、立法化を防ぎきれるだろうか。

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2006年12月27日 (水)

「職安」の窓口手当て

「職安」職業安定所のことだが、これが現在言われている非常にお目出度い名前の「ハローワーク」、何故このように呼び方をつけたのかは分からないが、これもわざわざ括弧つきで説明が付く早い時期にカタカナ語になった言葉だ。たしか1980年代までは普通に「職安」で通っていた。そのころの企業はまだ55歳定年制が多く、大企業の60歳定年制の導入が話題になった頃だ。

私も失業保険を貰いながら2度目の就職先を探していた。今と違って毎週一回の職安への顔出しが決められていた。顔を出さないと保険金の支給は下りなかった。それに顔出しの時間は一定ではない、毎週時間が変更された。保険金の受給をしながら一方で働く不正受給者を選別するために考えられた細工だった。支給金額は当然日割りの一週間分であった。途中何度か求職者へ希望の仕事を職安が紹介してくれた。理由なく断わると働く意志なしとして給付が止められた。当時の職安はこのように殺伐とした場所であった。

それから20年近く経過した。名前もハローワークが通称となり、週一の顔出しも必要ない簡便化されたものになり、毎週一度は対応していた失業者とはそれまでの4分の1の一ヶ月に一回に減り、窓口はコンピューターが導入され、個人も各自のパソコンや携帯での求人検索が可能になり、一段と職を求めて窓口に来る人との対応は負担の軽い業務の職場になっていると思う。しかし、ここ職安で働く職員に対し、給料を上乗せするシステムがずっと引き続き行われいたようだ。いわゆる「窓口手当」だが、人事院は「時代にそぐわない」として直接職業紹介にあたる職員、失業保険の業務に関係する職員、一部の所長、次長が対象となっている「調整額*」の廃止を、一方厚労省は従来からの主旨どおり「失業者に対するため、精神的緊張が極めて強い」ことを理由に存続を求め、お互い駆け引きに激しさを増しているという。
 *調整額・・「一般職の職員の給与に関する法律」に基づいて人事院が規則(俸給の調整額)で定めている。廃止されたところもあるが、現在は職安、海上保安庁の巡視船任務、国立の障害者施設の職員、保護観察官などに適用されている。因に「職安」の一人当りの全国平均は約1万円、毎月約1億円が支出されている。

先に見たとおり、職安の窓口に来る人数は本当に大変であった当時に比べると、仕事量やその精神的負担など、ないに等しいほど軽減されている。失業者を厚労省がいう「精神的、情緒的に不安定な者が多く、さらに酒気帯び、狂暴性を有する者もあり・・・」ような職を求めて来る人たちを、精神病患者や飲んべえなど、ならず者集団か何かの如き発言は、失業者への愚弄としか思えない。1980年代の6ヶ月間通った職安の所内で、その間、ただの1人も酒気帯びの人を見たこともないし、声高に所員と話す人に逢ったこともない。確かに世相の移り変わりは激しいが、窓口にどのような人が来ようと、職安に限らない、どこでも、どの企業でも誠心誠意対応するのは当たり前のことだ。今となっては不要の手当てでしかない。

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2006年12月25日 (月)

日本列島が博打に沸いた日

見出しはマスコミを真似てみた。何でも大げさに書いて読者の目を釘付けにしようとする。関心のあるものにはニュースなのだろうが、さしづめ昨日の中山競馬場に集まった12万人にはそりゃ沸いたことだったのだろう。私には箸が転んだほどにも面白くも値打ちもないことだ。

私は馬の走りよりは、若者がつどった全国高校駅伝の抜きつ抜かれつの方が、よほど手に汗握る思いがして釘付けになった。しかし、新聞第一面は馬を大きく取り上げた。それでも、多少は遠慮があるのか、いつものように十八番(おはこ)の「日本列島が・・」「日本中が・・」とは書かなかったが、最強引退(無理矢理に並べた四字熟語だね)、並べて人馬一体「極限の舞」ときた。これだけでは済まずに、27ページには12万人「ありがとう」だって。何故これほど明確な博打について美しく表現することが許されるのかわからない。「天皇賞」などと名付けられた博打の日もある、だからか。

明治の昔、日清戦争、日露戦争で西洋の軍馬に劣ることを懸念した政府は、当時の富国強兵ならぬ富国強馬を目指して日本の馬の改良に取り組んだ。急遽馬政局まで拵えて優秀な馬の育成、官民の馬産事業を興すために、競馬を行って優劣を競わせ、併せて馬券を発行し馬市場への資金流入を図り、馬券発売を前提にした競馬の開催を検討した。違法であった賭博行為も「軍馬育成の国策に適う」として馬券の発売を先行させて競馬の開催を実施することになった。1905(明治38)年のことだ。

元々が博打である上に、競馬運営に不馴れで、一部では営利主義に走ったり、配当金への不審、八百長などの騒動が相次いで発生することになった。競馬場はあっという間にやくざが出入りする柄の悪い場所へとなって行った。1908(明治41)年、馬券販売人を賭博容疑で検挙する。世論は支持し、マスコミは競馬撲滅論を書き立てた。競馬関係者の政府への物言いも通らず、10月5日、突如馬券発行禁止の閣令が出された。

馬券が発行できなければ収入源を失う。軍馬育成に遅れが生じては国策が頓挫する。困った政府は従来あった組織の解体を命じ、補助金を出して1908年11月競馬規定を発令する。1923(大正12)年、陸軍と競馬関係者らが働きかけた(旧)競馬法が成立する。続いて1936(昭和11)年、日本競馬会が創設される。その後の第2次大戦中は戦局の悪化に圧されるように北海道と東北地方で僅かに小規模なものが行われていた。

1945(昭和20)年の敗戦は、軍馬育成の目的をうしなったが、1946年再開された競馬会がGHQによる独禁法指摘を受けて1948年解散する。この年9月から競馬法に基づき、農林省の管理のもとに国営競馬が行われるようになった。しかし、時の総理吉田茂によってその存在が問題視され、国会での議論に掛けられ、特殊法人日本中央競馬会の主催する中央競馬が誕生した。

根が博打の競馬だ、敗戦までは国是に添った旗印で馬を走らせてきたが、今は富国強馬に変わる旗印はない。賭博としての博打が残るだけだ。ヤクザ世界の賭博と何も変わらない。馬だけではない、自転車がある、ボートがある、オートがある。その昔矜持を持った新聞人は競馬の賭博性にこぞって撲滅論を掲げた。競馬の持つその性質には当時と何も変わったものはない、賭博があるだけだ。美辞麗句で誉めたたえる対象ではないはずだ。同類の博打はまだある、宝籤にサッカー籤などは、その最たるものだ。

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2006年12月24日 (日)

クリスマス イヴ

街中がクリスマスに浮かれ踊っている。仏教国の日本人にはどのような関わりがあるのだろう。街を歩けば安物のスピーカーから、歪んでうす汚い声のクリスマスソングが五月蝿く耳に飛び込んで来る。買い物に、店に入れば山と積まれたデコレーションに飾り物。何処のコーナーもジングルベルが天上から降り注ぐ。相変わらずの泣き叫ぶ子どもの声や、カートを並べての立ち話で通り抜けるのにイライラしながら何か追い立てられるようにして店を出る。

日本古来からある文化に対する外来の西洋文化だ。昔の子供達は極々上流の家庭でもない限り、クリスマスは知らない国の知らない行事であった。勿論トナカイに曵かれて走るサンタクロースの話など知る由もない。当世の子供達との違いは、クリスマスプレゼントという習慣があることを知る子どもたちが殆どいなかったことだろう。日本には古来から続いたお正月の祝い行事が存在していた。長い一年を指折り数えて「もう 幾つ寝ると お正月」と歌って待った。貧しいながらもお正月には母の仕立て直してくれた着物を着、男の子は独楽を回し、凧揚げに興じた。女の子は羽根つきをし、天候に恵まれない時は家の中でカルタ取りをして遊んだ。

小遣いの習慣がなかった一般の家庭では、子供達はお正月にだけ手にすることができるお年玉を手にして駄菓子やに走った。素朴な往時の日本には四季があり、季節や行事が巡ってきていた。今現在の日本には、毒された西洋文化と、決して進歩とは呼べないほどに季節感もなくなった。最近のクリスマスには当然の付き物のように昔は初夏にしかなかった苺がお目見えし、冬でもアイスクリームが口に入る。子供達だけではない、若者は当日のホテルの予約に目の色を変え、男と、女との一夜を楽しむ。このような下らない遊びごとを仕掛けたのは誰だろう。年の始めの正月は、歳の始めでもあった。みな、新年と同時に1歳年齢が増えた。それもなくなった今は、正月はお年玉だけの陋習(ろうしゅう)として辛うじて残しているのかも知れないとも思う。何処の家にも立てた日の丸の旗もない。不思議なことに初詣だけは毎年賑やかだ。

親になった大人にだけは1ヶ月に2度のクリスマスと正月は、出費のかさむ月になるようだ。毎月の小遣いを与え、携帯電話の通信費、パソコン、ゲームの経費を負担しているにも拘わらず、プレゼントや特別のお年玉の発生だ。これほど甘やかす親は世界中にいないだろう。その上、信仰心を持たない日本の親ではクリスマスが何かを説いて教える親は先ずいない。何故クリスマスソングが日本語訳で「きよし この夜」と歌うのかを説明できる親は滅多にいないだろう。親はシャンパンや酒が飲める日、子も、クリスマスは プレンゼトをもらえる日、程度にしか理解していないだろう。

例年、親が子どもへのクリスマスプレゼントに消費する金額を調べているが、今年のバンダイ調査した予算が纏められた。今年の子ども一人当りの平均予算額は前年より594円上がって7606円であった。品物では男の子、女の子ともにゲームソフトがトップだったらしい。予算増の背景には景気回復に加え、「ニンテンドーDS」人気があるようだ、と分析している。調査は11月2〜14日、0〜12歳の子どもを持つ父母計2000人にアンケートを実施した。
 予算額は 3000円超〜5000円  44・9%
      15000円超〜2万 円   6・4%
 プレゼントは ゲームソフト (男の子33・3%、女の子28・2%)男の子は他に電車の玩具、自転車が、女の子は本、縫いぐるみなどが上位になっていた。

金銭や物品を与えることで子へ愛情を注いでいると錯覚している親はいないだろうか。わが家では子が幼稚園児の間はケーキだけは用意したが、小学生になってからはケーキも中止したし、プレゼントは始めから小遣い同様与えたことはない。クリスマスに浮かれ騒ぐことのない普通の日本人として立派に育った。

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2006年12月23日 (土)

ヤンバルクイナ絶体絶命

世を上げて地球温暖化が喧(かまびす)しい。
地球温暖化防止の具体的な取り組みについて話し合う京都議定書第2回締約国会議(COP/MOP2)が11月6日〜17日、ケニアの首都ナイロビで開かれた。地球温暖化対策を新たなビジネスに結びつけたい先進国と、経済成長への悪影響を懸念する途上国は、二酸化炭素の排出削減などの責任の分担をめぐって対立しながらも、13年以降の温室効果ガス削減の継続を明記した会議報告書を採択して閉幕した。

最大の課題であった中国をテーブルに着かせたことはよかったが、経済成長への悪影響を嫌う途上国に配慮したため、具体的な内容の進展は見られなかった。今後、世界第2位の温室効果ガス排出大国・中国(第1位は言わずと知れたアメリカだが、この国は京都議定書にも参加していない。)などを、地球規模の温暖化対策を実効性のある取り組みに巻き込むことができるか、課題を残したままだ。

地球温暖化は地球表面の大気や海洋の平均温度が上昇する現象であり、一般的には地表・水系内の生態系の変化や海水面上昇上昇による海岸線の浸蝕といった2次的な諸問題も含んでいうことも多い。話題の氷河や北極、南極の氷が溶けたなら、といった数字も目につくが、地球の大陸氷河は一万年前ごろまでには殆ど融解しており、その結果、海面は100メートル以上上昇して、現在の海岸線を形作ったと考えられている。現在の温暖化では、小規模な氷河、などの融解は観察されているが、南極やグリーンランドの大規模の融解は検出されてはいない。

テレビの映像で恐怖心を煽るような番組で、島が沈む として報道するが、この島の標高は精々1.5〜4メートル、季節による水位の干満で沈む島として元々の現象でもあったのだ。無闇に騒ぐことではない。しかし、ここ100年間で地球の海面は10〜25センチほどの上昇が観測されているのは事実だ。一方では気温上昇は海水の蒸発を促し、大気中の雲の量を増大させ、降水、降雪量を増やすのでむしろ氷河などはもっと成長する、という仮設もある。しかし、温暖化による海面の上昇は間違いないとされ、2100年までには約15〜95センチ海面上昇があると予測されている。

温暖化は気候変動を招き、その最も影響を受けるのが今度の会議の開催されたアフリカなのだ。海水面の上昇による沿岸都市への影響と同時に、内陸部の農業が被る被害が考えられている。熱帯雨林の狭隘化、砂漠地帯の広域化広などから、生態系への影響も大きい。

世界自然保護基金(WWF)は地球温暖化の影響で、地域によっては最大7割の鳥類が絶滅すると警告している。地球の長い歴史の中で、絶滅した生き物は数え切れない。現在生きている人間からしてその先祖には6500万年前ころに絶滅した猿人、163万年前ころのクロマニヨン人、やジャワ原人、北京原人など絶滅を味わっている。確かに現在のような人的要因がもたらすものではなかったが、保護して存続が維持可能なことでなかったことも事実だろう。現在程大気汚染もなく、温暖化も進んでいなかった17世紀ころから、特定することの可能であったものは、哺乳類だけでも1627年のオーロックスから始まって、2006年のヨースコウイルカに至る間には118種の絶滅を見ているのだ。爬虫類や鳥類、植物などを加えると、数えることも不可能なほどの絶滅があるのだ。

9月9日のブログでヤンバルクイナの激減のニュースを取り上げた。05年10月の調査時717羽が確認されたが、飛べない鳥である上に、ハブ駆除おために持ち込まれたマングースなどに食べられたり、交通事故で固体数はいっそう減少している。環境省は22日、絶滅の恐れがある野生生物の恐れがある鳥類、爬虫類、両生類、無脊椎動物で57種を加え計200種をレッドリストに加えた。今となってはレッドカードも役にはたつまい。10年、20年のスパーンではどうにもならない。1万年、10万年、いや100万年のスパーンで見た時、地球の歴史が辿ってきた輪廻が見えるはずだ。

同じ意味では在来種、外来種騒動にも言えることだ。考えてみれば直ぐにも分かる。同じ動物の日本人とは一体なんだろう。恐らくはアイヌやクマソこそ在来の日本人であったかも知れない。そこへ北から朝鮮人、中国人、モンゴルなどが、南からは遠く南方系や、琉球が外来種として混じったものだろう。しきりにブラックバスを外来種として排除しようとして躍起だが、これから40億年も続く地球を、10万年、100万年のスパーンで眺める時、やはり外来種として排除することを続けているだろうか。そして現在その必要が本当にあるのだろうか。日本人の在来種コンプレックスは逆に喜ばれてもいる面さえあるのだ。ハーフだ、クォーターだ、と混じる程に美人が生まれるとさえ信じ、外来種の混じることを、国際結婚だと喜ぶほどだ。

在来、外来は最近、しきりに考えることの一つになっている。

参照「ヤンバルクイナ激減」06/09/09

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2006年12月22日 (金)

代理出産 その二

昨年8月に、韓国での代理出産を契約した身勝手な女性同性愛者のことを書いた。

つい先日には、50代後半の娘の母が、娘夫婦の受精卵で「孫」を代理出産した女性のことを報じた。前回紹介した諏訪マタニティークリニックの根津八紘院長が、東京都内で会見して明らかにした。実母からみて孫を代理出産した例が明らかになったのは国内初のことだ。子どもは母親の実子として届け出たあと、娘夫婦と養子縁組をした。

根津院長によると、娘が癌で子宮摘出したことから、母親が約4年前に代理出産の相談を持ちかけてきたという。04年に娘の卵子とその夫の精子を体外受精させ、受精卵を娘の母親の子宮に移植、昨年の春に出産していた。母親の方は閉経していて自然妊娠は出来ない状態であったが、女性ホルモンを投与していた。

代理出産は海外で実施されているが、国内では03年に家族間系を複雑にすることなどを理由に日本産婦人科学会が禁止する指針をつくり、後生労働省の審議会も罰則つきで禁止すべきだとする報告書をまとめている。

今回の代理出産について根津院長は「親子愛で成り立つ代理出産は、姉妹間に比べて問題が起りにくい」と説明している。これは前にも記したが、10月10日育てたお腹の子が愛おしくなり、依頼された人への引き渡しを拒否するケースを指す。この問題は代理出産の多いアメリカでは時々見られるケースがある。同院長は01年5月以降、妻の妹などが出産する2例の代理出産を実施したことを公表した。会見の席では「さらに2例、妻の姉妹が代理出産したケースに関わっている。他にも2〜3例の実施を検討中である」という。

このような所謂借り腹について、面白い意識調査をした大学がある。不妊治療を学んだ医学生が「自分が不妊患者になった場合にどう考えるか」を明らかにし、不妊治療がどこまで認められるかを考える参考にするためだ。
《夫婦の受精卵を別の女性が出産する代理出産(借り腹)について》
 社会的に賛成できると答えた医学生が7割もいた一方、
 自分が不妊夫婦の立場なら実施すると答えたのは3割だった
《他の生殖補助医療(不妊治療)についても》
 社会的には賛成だが、自分が不妊夫婦なら実施しない、とする回答が目立った。
<浜松医科大学の産婦人科医らの調査:同大医学部5年の男女174人を対象に、04年4月〜昨年9月>

健康な立場で切羽つまって子どもが欲しい人たちの気持ちを察するのは難しいことで、常識的なありふれた回答になるのは自明のことだ。常に医療を施す側にいる人間が、施される側の心理状態を理解するのは難しい。このギャップを埋めるのが医療の問題でも有るし、難しさだ。現在の国内での禁止を求めた代理出産については、70%の学生が「社会的に賛成できる」と答えたが、「自分なら」との答えは33%にとどまった。厚生労働省の生殖補助医療部会の03年の調査では、代理出産を一般的に認めてもよいと答えた人は46%であった。また、夫婦以外の第3者の卵子、精子、受精卵を使う不妊治療についても、やはり「社会的に賛成できる」が50%台にくらべ、「自分なら」は5〜10%だった。

先の娘夫婦の受精卵による母親の代理出産が大きく報道されて、これを受けるかのように民主党の作業チームは、代理出産を一定条件下で容認する中間報告をまとめた。毎日新聞(12/17)によると、極めて限定的な内容で、容認は妻が医学的理由で子を産めない場合に限り、「代理母」に親族がなることや報酬の支払いを禁じる法規制も導入するとしている。代理出産を認める条件として、病気で子宮を失ったなど、医学的・肉体的な理由に限定し、高齢などを理由にした代理出産は否定した。代理母いついては第3者が無償で引き受ける場合だけ認めるとしている。

さらに、専門的な倫理審査機関を新設し、個別審査をする「許可制」を提案している。また海外で発生している依頼者への引き渡し拒否や、反対に生まれた後の依頼者夫婦が引き取り拒否ないよう義務付けることも盛り込んだ。これは、5体満足で生まれない場合や、出産までに依頼者夫婦に何等かの変化(別離など)の発生を想定したものだろうが、必要なことだろう。ただ、中間報告では、生まれた子と代理母との法的関係は(海外で代理出産を選んだ、向井亜紀の例など)今後の課題ついて、さらに検討を進めるとしている。

参照「代理出産」05/09/05

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2006年12月21日 (木)

交通ルール

今年9月、川口市の小鳩保育園の園児の列に後ろから飛び込んで、死傷させた自動車事故があったが、その時にも触れたが、子どもへの交通ルールをきちん教えない指導者(親も含めて)が目につく。

川口の場合、保育士は大勢の園児たちを道路の左側を連れて歩いていた。この場合車は必ず後ろから走って来ることになる。これが右側を歩いていたら、車は前から来ることになる。川口の現場は、狭い道路だったから先導の保育士は、ゆっくり来る車への注意は当然したであろうし、園児たちを危険から事前に守ることが出来たであろう。悲惨であったことでこのことを指摘する報道は全く見なかったし、その後も問題として取り上げることはなかった。

運転手はオーディオ操作のために左手を伸ばし、身体は自然に左傾する。右ハンドルで右にあるのはウインカーレバーだけだ。これは指先で操作可能だからハンドルがぶれる心配はない。つい先日甲子園球場前を走る高速から、巨大な函ものが落下したのも、ジュースを飲もうとした運転手の手の先にある物を掴もうとして、左傾した身体につれて、ハンドルが左に切られた結果だ。防音壁にぶつかり、弾みで積み荷の落下になっている。幸い高速道のため、人を跳ねる不幸にはならなかったが、川口の事故は同じ要因の重なった結果だった。

それ以降、幼児・小学生児童の道路を歩く姿が気になって、注意して観察するようになったが、私の住む30万都市の道路上を引率する指導者は、事故のあった川口の道路に似た条件だが交通ルールには全く無頓着が多い。目につく多くは道路左側を平気で歩かせている。30〜50人の行列に引率は2、3人ついてはいるが、平然と左側だ。これもみんなで渡れば怖くないの心理状態なんだろうか、もしも、わたしの運転する車が、左に崩れることがあれば、間違いなく何人かの子どもを殺すことになる。注意をして走らせるが、時速10キロメートルでも、小さな身体に当れば怪我では済まないことだってあり得る。

自動車を運転するためには、教習所に通い、試験にパスし、厳しいルールを守ることが義務づけられている。交通規則は自動車だけにあるのではない。歩く人にも守らなければならない規則がある。右側通行に信号厳守。これら守らなければならないルールを無視することを教えたのは、若いころの漫才師、ビートたけしだ。曰く、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」で笑わして実直で勤勉な日本人のモラルを壊して行った。現在の世の中のマナーの悪さを招いた元凶ともいえるのが彼だ。規則は破るためにあるもの、モラルなど糞喰らえとなった。当時のブラックジョークはジョークでなくなった。

その悪い見本のような事故が、これも川口で起った。20日午後3時5分ごろ、川口市元郷1の国道122号で、歩いて横断中の同市元郷2、私立元郷南小2年、永田陸人君(8)が東京都足立区の男性運転手(63)の小型バスに、同小2年、石田翼君(8)が千葉県佐倉市の男性運転手のダンプカーにそれぞれはねられた。川口署は運転手2人から事情を聴くなどして、事故原因を調べている。

場所は片側2車線のゆるいカーブになっており、永田君らは下り車線の渋滞で停止中の車の列を横切り、上り車線を渡っていた。先に走った1人は走行車線で、後ろの1人は追い越し車線でそれぞれ走ってきた車にはねられたものらしい。

教習所では、とび出しを想定して注意して運転することを学んだ。しかし、どんなに渋滞であったとしても、小学生で片側2車線を横切るなど無茶だ。よほど慎重に確認しないと大人なら渡らない。上り車線を走ってきた車も2車線の国道を横切る阿呆がいるなんて想像もしないだろう。もしも、いたならそれは、自殺の為でしかないと考えるだろう。親は、これほど危険な環境下を、幼い子に必ず横断歩道で信号を確認した上でか、あるならば歩道橋を渡るような教えをしていなかったのだろうか。この事故は、親が諦めるしかない、跳ねた運転手をどんなに軽くても、罰するのは気の毒だ。車は急に止まれないのだ。

参照「交通事故 今度は保育園児」06/09/26

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2006年12月20日 (水)

驚くことじゃない

毎日新聞(12/20)夕刊から
航空自衛隊浜松基地(静岡県浜松市)が、隊員の内部暴力の懲戒処分を発表する際、暴力を受けた男性隊員がそのご自殺した事実を隠して発表していたことが20日、分かった。男性隊員の両親は「先輩からのいじめが原因」と訴えていたが、同基地からは「行き過ぎた指導があった」としか説明はなかった。両親は「『いじめられれば泣き寝入り』ということかも知れないが、そうはしたくない」と話しているという。

同基地によると、基地内にある第一術科学校の30代の2曹が04年3月〜昨年11月ごろ、20代後半の男性隊員に対し、20〜30回にわたって殴る蹴るの暴行を繰り返した。同基地は今月15日「2曹に行き過ぎた指導があった」として停職5日の懲戒処分とし、報道機関に発表した。暴力を受けた男性隊員は昨年11月、浜松市内の自宅で自殺しているが、その事実については発表しなかった。

関係者によると、男性隊員は日頃から周囲に「隊内でいじめを受けていいる」と洩らしていたと言う。両親は「『人間性を失っていて生きていけない』等、2曹に書かされた『反省文』が残されていた。隊内のいじめが原因だ」と主張し、同基地に説明を求めていた。

同基地は、男性隊員の自殺から一年以上過ぎてようやく2曹を処分したが自殺には触れなかった。両親は「(処分翌日の)16日に術科学校長が説明に来たが、『行き過ぎた指導』というだけで、最後まで十分な説明がなかった」と憤っている。

空自第一航空団指令部は社の取材に、2曹の暴力について「仕事熱心のあまりの行為で、いじめではないと聞いている。被害者に外傷などがなく、長期間気づかなかった」と説明した。男性隊員の生死については、「処分とは関係がなく、個人も特定されるので答えられない」と回答した。

以上記事の全文だが、未成年者と同じように、全く顔の見えない報道だ。「個人が特定されるので答えられない」とは個人のプライバシー保護が便利に使われ、隠蔽を助けるいい見本ではないか。隠すまでもないことだろう。階級の存在する組織で、権力を嵩に着る弱いものいじめは下は小学校からすでに始まっている。上級生が下級生を、上司・上官が部下をいじめるのは至極普通にあることだ。アメリカの海兵隊の同様の問題は、映像に撮られて報道され、明るみにでたこともあったが、特に軍隊の組織は明確な上下関係が守られ、ある意味ではそのために乱れることのない規律が確立されることにもなる。

日本の軍隊の暴虐さは有名だが、それが日本軍の一糸乱れぬ統率の取れた軍律として評価されてもいた。その悪しき習慣が、強さを維持するための簡便な手法として生き続けて来たものだ。自衛隊に止まらない。例えば高校野球の世界を見れば一目瞭然の事実として、来る年も来る年も、何時果てるともなく繰り返し、暴力、いじめは存在している。特にスポーツには“しごき”と称する暴力、いじめと判別のつけにくい独特の鍛え方がある。科学的手法も同時に発達してきているが、昔ながらの“しごき”は権力を行使できる立場からは最も魅力的な指導方法になる。この魅力に取り憑かれると、止まるところを知らずにエスカレートして行く。その結果は、日本の軍隊にも多く出たのと同じように、今度の自衛隊のような結末を迎えることも起こりうるだろう。権力の魅力は魔力でもあるのだ。こんどのことは偶々表に出ただけだが、隠れたところでは日常茶飯事にあることだと思えばよい。

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2006年12月19日 (火)

子どもの ネット利用

毎日新聞(12/18)から、
子どものインターネット利用が、親の認識以上に盛んな実態が調査で明らかになった。

マイクロソフトは今年6月、オンライン上で「子どもと親のインターネット利用意識調査」を実施した。中学生以上の子どもと親それぞれ412人ずつから回答が寄せられた。それによると、
 ♦インターネットの利用について
 約9割の子どもが  「毎日」と応えたが、
 約4割の親は    「2〜3日に1回」と認識していた。
 ♦電子メールのやり取りをしている
  子どもは     「85%」
  親の認識は    「47%」
 ♦掲示板への書き込みをしている
  子どもは     「40%」
  親の認識は    「12%」
 ♦自分のブログの更新をしているか
  子どもは     「40%」
  親の認識は    「10%」
などと、各項目で親の認識が、子どもの利用実態を大幅に下回った。

さらに、41%の子が「ネット上で知り合った友達」とメールのやり取りをし、28%の子が「ネット上で知り合った顔見知りでない大人」と、ブログ・チャット・掲示板で情報交換をしていた。ところが、このような実態に気づいている親の割合は、各項目とも子どもの半分程度。親の知らぬ間に、子どもがネット上で見知らぬ人たちとかかわりを持っていることが浮き彫りになった。

それとともに、インターネットを利用し始める年齢の低年齢化も進んできている。小学生向けのポータルるサイト「キッズgoo」で今年6〜7月に小学生の保護者を対象に実施した調査(有効回答数1311人)では、就学前までにネット利用を始めた子は34%で、一年前の調査に比べ倍増しているという。

人によっては「日本は子どもの時から最先端のインターネットを体験させている」と誇らしげに口にする人もいるが、パソコンだけではない。携帯電話こそもっと危険の潜むネットと言えるのだ。警視庁のまとめでは、05年度、出合い系サイトに関係した事件1581件のうち、被害者の84%が18歳未満となっている。また事件の96%で携帯電話が使われている。インターネットも携帯電話もネット利用について安全性を高めるために有害サイトへのアクセスを制限するフィルタリングサービスの普及に取り組んでいるが、「管理強化は親子関係に影響する」とサービス利用に及び腰の親も少なくないらしい。未成年の携帯電話の契約には、親権者のサービス利用の意志確認をすることになっているようだが、売らんかな、の販売現場でどこまで徹底しているかは不明だ。

親子関係を心配する親は、育児責任をどのように認識しているのだろう。アメリカなどでは「子どものインターネット利用は慎重にすべきで、注意もなく、好き勝手に使わせてはいけない」(群馬大学社会情報学部大学院教授・下田博次)というのが常識である。続けて氏は「日本の社会にはこの常識はないと言って過言ではない。もしあれば、フィルタリングソフトがもっと普及していただろう。なにより、ノーガードで有害情報に接することができる携帯電話を、子どもにこんなに売り付けたりはしないだろう」と。親は子どもが使用するネットには、フィルタリングを標準設定して置くべきだ。出会い系サイト規制法では「保護者は、児童による出会い系サイトの利用を防止するために、必要な措置を講ずるよう努めなければならない」と、親の責任が指摘されているのだ。ガードがかけてないのなら、親は子への監督責任からも、内容のチェックはしなければならない義務を課されているのだ。「管理強化は親子関係に影響する」などと甘えた感覚そのものが子をダメにすることを認識するべきだ。

マイクロソフトの調査でも、フィルタリングソフトを使っている親はわずか8%で、知りながら使っていない親の2割が「子どものプライバシー侵害になりそうだ」と答えた、という。どう言って良いかわからない親の無知だ。親権者とは子どもの責任を全面的に持つ親のことだ。未成年で親の庇護監督下にある子にプライバシーなどないのだ。親は子どものネットの内容をチェックする自由(責任)があり、それは親としての育児義務でもあるのだから。まして親の財布から通信料・通話代がでているようなら尚更だ、プライバシーなどどこにも存在しない。それでもそのような情けない親のために、マイクロソフトは子どもからのサイトへのアクセス許可希望を、親にメールで知らせるサービスを始めた。キッズgooはサイトに、ネット利用についての家庭でのルールを書き込み、子どもが署名して使用が可能になるというものだ。先ずは手始めに家庭で親子で話し合った上でのルール作りが必要だろう。「親の知らぬ間に」の言い訳をしないで済む環境作りが大切だ。

参照「小学生の携帯電話」06/08/26

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2006年12月18日 (月)

関西科学大新設は無理

毎日新聞(12/18)が、学校法人「奈良学園」(奈良県大和高田市)が来春、奈良市に設立を予定していた関西科学大の開学が頓挫したことを報じた。理由は11月の文科省への認可申請に虚偽があったとして中止を命じたものだ。ところが、同学園は事前に全国の185の高校から261人の指定校推薦を受けていたことで、内定を決めていた高校生が入学先を失うことになり、トラブルが広がっている。

どう見ても、現在の少子化の中で、毎年、毎年続く大学の新設、学部の増設は道理に合わない。何度も書いてきたが、疾うに学校余り現象は何年も前から始まっているはずだ。関西科学大は近畿初のスポーツ科学部(定員200人)と、看護学部(同120人)の開設を予定していたというが、この先一層少子化が進むことを考えれば、学部はすでに各地に存在しており、事新たに函ものを新設までして造らなければならなかった大学でもないだろう。それよりも問題は学生の青田買いだ。認可の下りていない期間での募集がそもそものルール違反だった。

少子化といわれながらも大学や新学部の設立は相次いでいる。ここ5年間で56校が新設され、平成19年度には過去最多の566校となる予定だ。「新設のメリットなんてない。だが新しいもので生徒を引き付けないと、学校法人自体がつぶれてしまう」とは北陸地方のある学長の溜め息まじりの言葉だ。

<18年7月末までに文部科学省から発表された19年度に新・増設が予定されている大学・学部・学科>
  新設大学   11件(全私立)
  私立大の学部増設が早大(基幹理工・創造理工・先進理工(従来の理工を再編)を始めとして40大学56学部等。
  私立大の学科増設が60大学67学部88学科となっている。
               (旺文社パスナビ)から

新設大学、増設学部・学科のそれぞれの定員の合計は約32000人弱になる。少子化の中からこれだけの学生の確保が約束されないと、全ては絵に描いた餅になる。学生集めが過熱するのも避けられない。定員の半分までとするガイドラインも無視された推薦入学者数にAO(アドミッション・オフィス)、学生の青田買いも激しくなる。勉強もそこそこにしておけば、一般入試で苦労しなくても大学くらいは誰でも入れるようになった。

問題は別の面からも検討されなければならない。学校を増やし、時代が求めるとは言いながら、目新しい学部、学科が増えることは、一般企業で言う少量多品種の質の高さをどう維持するかがポイントになる。大学で言えば教授陣の充実だ。それほど教授陣の層は豊富に生まれているのだろうか。増設の学部も学科も極めて高い専門性が求められることは必定なのに。皮肉な見方をすれば、年々小児化する大学生、最高の知者でなくとも楽に相手にできるか。今日の新聞記事、東大の学生の3割(数字のマジックが隠されている。総数はたった3534人の30%)が、いずれはニートかフリーターかと将来を心配しているという。無気力だけとは言えないが、ノンポリ組みであることは確かだ。相手はこのレベルなんだろう。

関西科学大の入学内定を決めていた261人、どのような収拾の道があるのだろうか。それにしても、淘汰の声が聞かれる中、競争激化による際限のない拡大政策で、増加の方向だけにしか目の行かないとは。今年よりも来年、来年よりも再来年と、更に少子化は進む、その都度学校を増やし、学部・学科を増やして行くつもりだろうか。この浅はかな対策の愚に、いつ、誰が気づくのだろうか。

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2006年12月17日 (日)

改正教育基本法成立

碌に審議もないままに、数の論理だけで法は成立した。改正派の多くが主張する、「(旧教育基本法)を敗戦後の占領下にあった時代に作られた」と。元テレビキャスターで、一家言(いっかげん)持つ 桜井よし子 もまたそれを口にする。戦争責任を有耶無耶にしたままの戦後教育で成長し、歴史を学んだ彼女の年齢は不祥だが、恐らく戦争を実体験としてはいないだろうと思える。体験者から直接聞かされたとしても、語る人の何分の一も理解することのできないことは、敗戦直前に生まれた麻生が歴史認識に全く欠けているのと同じようなものだ。人は生まれ育てられた環境でどのようにもものの見方、考え方も形作られて価値基準を形成して行く。彼女の認識では国連軍(主としてはアメリカだが)の日本占領が強迫観念のようにこびりついたもので、ジャーナリストとしての論拠は、国粋主義の価値観に貫かれている。日本国憲法も同一線上で捉えており、靖国参拝もまた、彼女は安倍と気脈を同じくしている。当然、教育基本法の後は憲法改正が明確に目指す的になる。これもアメリカに強制されて作らされたものとして。

しかし、旧教育基本法が本当に占領下において占領国におもねて作られたものだろうか。日本の教育界の人たちは、占領軍の顔色を窺いながら作業したのだろうか。今年84歳になる元文部官僚(文部省初等中等教育局長・文化庁長官などを歴任)の安嶋弥氏は12月15日の毎日新聞紙上で次のように当時を振り返った。1946(昭和21)年3月、日本の教育を方向付ける米国教育使節団が来日。「教育刷新委員会」の母体となる「日本側教育家委員会」も設置され、戦後の教育改革が始まった。安嶋さんは同年5月に文部省に入省する。6月には時の文部大臣・田中耕太郎が教育基本法の立案準備を明らかにする。安嶋さんは当時の学校教育局で学校教育法の法案づくりに携わりながら、教育基本法の具体的な策定作業を行った調査局審議課の雰囲気を肌で感じていた。

保守系政治家らが主張する米国に押し付けられた法律だという考えについて、「米国は『極端なる軍国主義、思想教育は困る』ということは言っていたと思うが、教育基本法のごとき法律を作れという空気はなかった。基本法を作りたいと言ったのはむしろ日本側であった」と振り返った。

具体的な策定作業には田中二郎・東京大教授が参画する一方、教育刷新委員会(初代委員長=安倍能成・元文部大臣)でも特別委員会が設けられ、天野貞祐・旧制第一高校長、島田孝一・早大総長ら8人が特別委員に指名された。「ここ(教育基本法)での審議は活発で、盛り込む文言を巡っても哲学問答が出た」というのは元文部省事務次官・天城勲氏だ。

安嶋さんは「教育の理念は狭く限定すべきではない。それに愛国心を法律に書いても実現できるものではない。いっぺん(一片)の法律で人の心が変わるなんてありえない」と力説する。教育基本法は、軍国主義の温床になったとされる教育勅語に替わる教育方針の役割を担った。「教育勅語に替わるべき何らかの指針は必要だという雰囲気があった。基本法の果たした役割は、教育勅語を否定したということに尽きる」と語る。

ここで時間を遡って見直したい。1947(昭和22)年法律第25号は次のように書いた。
 【朕は、枢密機関*の諮詢**を経て、帝国議会の協賛を経た教育基本法を裁可し、ここにこれを公布せしめる。】
さらに、天皇の名前(御名)印(御璽)まで捺されて交付された。昭和22年3月29日付、内閣総理大臣・吉田茂、文部大臣・高橋誠一郎の連名だ。施行は3月31日。
 *枢密機関(すうみつきかん)とは、国王、天皇、皇帝などの諮問機関で、大日本帝国憲法下における天皇の最高諮問機関であった。諮問機関は枢密院の他に、皇族会議、元帥府、軍事参議院の類いなどがあった。
 **諮詢(しじゅん)とは、この場合天皇が他の機関の意志を参考として問い求めることで、諮詢に応じて意見を上奏した機関を諮詢機関と言った。

まるで明治の教育勅語と変わらない手続きである。占領軍への気兼ねや思惑が潜んでいると見るのは当時の日本の教育者や教育界への不信であり無理があるだろう。明らかに(昭和)天皇自らの意志で教育勅語の否定を宣言したのだ。にも拘らず、今又、明治の教育勅語の「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し・・朋友相信じ」だけを切り取って、これが教育の根源であるかのように、或いは封建制度の根底を支えた「什の掟」なるものを持ち出し、何かと蘊蓄を述べるものが出てきた。

新しい教育基本法で、安倍は「愛国心」を盛り込んだが、逆に日本離れを惹起させることも懸念される。誰にしてもこれを愛せ、この人を愛せよ、と言われて、素直にはい、そうですか、そうしましょう、と応えるとは限らない。反発だってあり得る。安倍が言う美しい国、美しい人間、とは一体どんな国で、どんな人間か。ただ文学的な言葉だけで表現されてもそれだけのこと。頭の禿げた老評論家などは、日本が愛せないのなら日本から出て行け!とバカ丸出しで口角泡を飛ばすが、小泉の好きだったワンフレーズで言うならば、人はそれぞれであるはずだ。彼から言われる筋じゃない。ただ一つだけ、期待してもいいかも知れないものがある。第10条に盛り込まれた「家庭教育」でいう「保護者は子の教育に第一義的責任を有する」と明記したことだ。

親の家庭教育の放棄、躾の放棄に近い無責任さは、学校教育の場で学級崩壊を招き、止まるところのないまでにいじめを蔓延らし、教育の根底を揺すぶっている。しかし、これを教員の指導力不足とする意見も強く、第10条に謳う家庭教育と学校との連係をどのように指導し、明確化していくのかを見守る必要がある。

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2006年12月15日 (金)

次は「陸・海軍省」か

毎日新聞(12/15)を読んで。
12月14日の参議院外交防衛委員会で可決され、本日にも成立しそうな防衛庁の省への昇格問題。小泉から引き継いだ安倍の、恐ろしい内閣の誕生を憂えたが、事実はそのとおりになってきた。教育基本法と併せて今日にも成立しそうな勢いだ。A級戦犯をどさくさで免れた祖父岸信介の思想を引き継ぎ、またもや日本を戦争のできる国へと導こうとしている。目指しているのは防衛庁の昇格では足りない。憲法9条の戦争放棄の条文がある限り、省と名を変えても日本を守ってくれているアメリカさんへの協力は中途半端にならざるを得ない。政府はことあるごとに拡大解釈をし、それを前提とした次ぎの解釈を上積みしては既成事実として認めさせてきた。結果、現在の自衛隊は陸自、海自、空自にしろ強力な軍隊以外の何ものでもないところまで膨張を続けてきた。

この先は海外でも戦うことのできる軍隊にすることだ。これまでにも憲法を捩じ曲げて、共産陣営を仮想敵とし、それらの国からの防波堤を口にすることで自衛隊を増強し、軍隊化することに努めてきた。安倍は幸運にも北朝鮮のテポドンに次ぐ地下核実験で日本国民の恐怖を煽り、拉致問題を表面に持ち出すことで一層の反朝を利用して、日本の再軍備を急速にすすめることの可能なタイミングを捉えたことになる。

政府は「給油中に並走する米艦艇が攻撃された場合、自衛艦が援護すれば集団的自衛権行使に抵触しかねないため、援護できない」と言うが、自民党内にはこの解釈に対し「自衛隊は米艦艇を見捨てて逃げるしかないのか」と疑問の声が根強くある。同じようなことは「周辺事態」でも想定されることだ。安倍は海外での武力行使の問題とともに集団的自衛権行使の解釈の変更をも研究対象とすることを表明している。

従来の本来任務は自衛隊法第3条で規定され「わが国の防衛」が明記されている。今回の法案ではこれまでは「雑則」に分類され、「南極地域観測に対する協力」などと同じ位置付けであったものを、周辺事態への対応と国際平和協力活動を同3条の第2項として追加する。その具体的な活動には、国際緊急援助活動、国連平和維持活動(PKO)、テロ対策特別措置法に基づく活動、イラク復興支援特別措置法に基づく活動などを盛り込む予定だ。第3条の第1項に「主たる任務」、第2項を「従たる任務」として追加する。

ただ自衛隊が憲法上、他国軍と比べ現行憲法下では制約を抱えたまま活動する状況にあることには変わりない。このギャップを疑問視する安倍は、海外派遣のための「恒久法」制定論議とともに、憲法9条の解釈変更に関する研究を加速させる考えのようだ。本来国際平和のための軍隊であるはずのアメリカが、現在世界で戦争を展開させる軍隊になり、今までのような日本の自衛隊では、正当防衛・緊急避難以外の危害射撃は認められておらず、外地へ派遣された陸自は、近くで活動する他国軍が攻撃されても援護のために武器を使えなかった。安倍は「外国の部隊が攻撃された時に救出することが憲法に違反するのか」と強く疑問視し、憲法9条の解釈に変更の手を加えたくて研究テーマにしているのだ。本音のところでは、特にアメリカさんへの協力がいつまでも中途半端になることを懸念しているからだ。

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2006年12月14日 (木)

元禄15年12月14日

《俄(にわか)に哄(どよ)む 鬨(とき)の声 夜深き夢を破りけり 折しも満月 色冴えて・・・》 赤穂浪士の討ち入りの様子を歌った詩である。小学生の頃、声高に歌った記憶がある。文語調の格調たかい詩だ。

今からおよそ300年前、時は江戸時代中期、元禄15(1703)年の師走14日から15日(現在の1月30から31日)の未明にかけて、赤穂の浪人47人が旗本・吉良上野介義央に夜討ちを掛け、その首を討ち取った主君の仇討ち事件のあった日だ。

この年の前年、3月14日、江戸城松の廊下で吉良上野介と旗本梶川与惣兵衛が打ち合わせをしている所へ、突然、赤穂藩主浅野内匠頭長矩が吉良上野介に対して脇差を抜いて、殿中刃傷沙汰を起こし、吉良の額と背中を斬りつけたが、即座に梶川によって取り押さえられ、刃傷は失敗に終わった。梶川が後に記しているが、浅野は「この間の遺恨おぼえたるか」という叫びで斬りかかったと言われている。

赤穂藩は、石高精々5万3千石、田舎の小外様旗本だ。とはいえ、浅野内匠頭一人の持ち物ではない。多くの家来を抱え、その家族がいる。しかし彼は、現在の甘やかされて育つ子どもと同じだが、何でも言えば叶えてくれる家来にかしずかれ、我が侭放題に成長したと考えて間違いない。耐えて我慢することなど到底できるはずはない。

江戸詰めになり、己の好き勝手が許されない仕組みの中で、鬱積するものが膨らんだのだろう、城中で禁じられていた抜刀をすることになる。彼の行為について吉良上野介の嫌がらせに耐えられなかった結果、との好意的な見方が美化されて、定説のようになったが、そうではなかろう。浅野はこの時より以前にも接待役を担当した経験を持っているのだ。天和3年(1683)にも勅使接待役を務めているのだ。不馴れなわけはない。井の中の蛙 大海を知らず、で赤穂での生活が当然であるとの我侭が、根底にあったはずだ。現在の小・中学生に顕著に見られる「キレ」ただけのことだ。上に立つ者は「ならぬ堪忍(かんにん) するが堪忍」だ。藩主の座を失うだけですむならそれで良いのだろうが、藩が潰れ、家来たちは失業浪人だ。残された家来たちが、己の主人のバカさ加減を思う前に、「吉良憎し!」となるのも頷ける。復讐の徒党を組むものが生まれ、その頭領となったのが大石内蔵助だった。

先に上げた「ならぬ堪忍 するが堪忍」と同じような意味で使われて、子どもの頃よく耳にした言葉があった。「韓信の股くぐり」(かんしんのまたくぐり)という教訓である。
中国・秦末から漢の時代にかけて活躍した武将・韓信の話。まちに多かったごろつきに、差して歩く刀のことで絡まれ、「俺を刺してみろ」と凄まれたが、「罪もない人間を殺すわけにはいかない」と返答した。ごろつきに「憶病者め、それなら俺の股をくぐってみろ」と挑発されたとき、韓信は地に手をついてごろつきの股をくぐり抜けると、そのまま何事なかったように立ち去った。その後は、そう、町の笑い者になった、と言われるが、結果は上のような立派な武将になった人物。浅野内匠頭が、韓信ほどの人物であったなら、藩士300人程度の小藩でも、47人以外の浪人と家族を路頭に迷わせることもなかったろう。「大きな志を持った者は、些細な恥辱を意に介さない」だけの度量を持て、ということだ。

昔の子供達は、両親や祖父母から事に触れ、折に触れて、いろんな知恵を授かって育った。そのような家族を持たない現在の子供達が可哀想だ。

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2006年12月12日 (火)

結婚すべき?しなくてもよい?

毎日新聞(12/12)から
例の石田衣良氏の‘白黒つけます’が実施したアンケートの結果。なによりも、設問をした当人が、「結婚すべき?」という言葉が強い響きを持ったことを反省したようだし、結婚は誰かに強制されてするものでもない。

《でも、社会は大きく様変わりしているようだ。世の中『男と女』だけと思っているのは昔風の時代錯誤なのだろうか。男だけど女、女だけど男、といった性同一性障害者、男女同性愛者らを「結婚」をとおして見た場合、どのように分類すればいいのだろう。結婚は子孫存続のためには避けられない結びつきと考えられたのは昔の事。現在では医学の発達は、男女の結びつきを前提とする結婚を省いても、妊娠させることを可能にし、精子さえ確保できればマリアさまのように処女懐胎まで可能にしてみせた。》

 先ずは“しなくてもよい”派の意見から。
「女性の社会進出が進んだとはいえ、結婚すれば家事も育児も介護も、結局は女性の仕事。自活できる仕事があれば、結婚しなければいけない理由がわからない」(さいたま、匿名)、「なぜ、こんなことを聞くのか理解できません。少数派がどんなに誠意を込めて意見を言っても、結婚せい!と過半数に詰め寄られたら、ひとたまりもありません。未婚であるというだけで、容赦なく人格を否定されることもあるのです」(神奈川県相模原市・匿名)、「結婚しなかったら家系が絶えるとか、少子化につながるとか、そんな理由で結婚するのは、その人を個人ではなく社会の部品のひとつとしか見ていない証拠」(宮崎市・友加)、「友人にも独身が多く、みな結婚相手がいないという不安感を持ち、なかば鬱になりかけくらいの精神状態です。その不安は世の中が、女性が結婚しないことを悪いこと、人間の生き方として間違っていると押しつけているせいです」(福島県大沼郡・匿名)

《これらの女性たちは結婚を、被害者意識と強迫観念でとらえているようだ。彼女らの年齢が記されていないから、判断できないが、それぞれ未婚の女性のようだ。しかし、それほど強迫観念に捕われることはない。同じ考えの女性たちの数は圧倒的に多くなっているのだ。後述するが、いわゆる少子化、高齢化とともに未婚化の問題がある。》
 
アンケートを見てみよう。有効投票数3709(男:1486、女:2223)
        結婚すべき  しなくてよい
  全体     41・8%    58・2%
   男     53・6%    45・4%
   女     33・9%    66・1%
 10代以下男  45・0%    55・0%
 10代以下女  34・7%    65・3%
 20代男    51・1%    48・9%
 20代女    34・8%    65・2%
 30代男    52・1%    47・9%
 30代女    33・7%    66・3%
 40代男    54・7%    45・3%
 40代女    33・0%    67・0%
 50代男    61・3%    38・7%
 50代女    36・3%    63・7%
 60代男    77・1%    22・9%
 60代女    44・0%    56・0%
 70代以上男  56・2%    43・8%
 70代以上女  23・1%    76・9%

《いずれの世代においても女性は平均して約3割(40代でやや高い4割強、70代になると最早男は煩わしい相手でしかなくなる)なのに対して、男性では10代以下が5割を下回るだけで、そのあとの年代になると高い結婚願望を示している。特に60代の8割に近い数字は、会社人間が慣れない世間との付き合いに戸惑い、今まで考えなかった家庭を振り返る時、語れる伴侶の存在の有り難さを味わうことの喜びを表わしたものと思う。》

では、結婚すべき とする意見から。
「一度失敗していますが、今はまた結婚したいと思っています。確かにひとりでいるのは気楽ですが、ひとりよりふたりのほうがなにをしても楽しい」(横浜市・匿名)、「結婚は互いの長所を生かし、短所を補い、ともに高めあう共同生活だと思うようになりました。私は猪突猛進するタイプですが、妻は慎重で上手に手綱を引いてくれます。一人の方が自由とは思いますが、淋しがり屋のわたしはそばに癒してくれる妻がいてほしい」(奈良県葛城市・秀興56歳)。

《別のデータからも、‘結婚しない派’を考えてみたい》
総務省統計局の「国勢調査」(2000年)から
♦「45歳〜49歳」と「50歳〜54歳」未婚率の平均値から、「50歳時」の未婚率(結婚したことがない人)を算出したものを『生涯未婚率』。50歳時未婚の人は、将来的にも結婚しないとも考えられることから、生涯独身を通す人がどれくらいいるか、を示す統計資料として使われる。1950年からを5年刻みで捉えたものがある。
   
      性別生涯未婚率
  年次    男      女
 1950年  1・46%  1・35%
 1960年  1・26%  1・87%
 1965年  1・50%  2・52%
 1970年  1・70%  3・33%
 1975年  2・12%  4・32%
 1980年  2・60%  4・45%
 1985年  3・89%  4・32%
 1990年  5・57%  4・33%
 1995年  8・99%  5・10%
 2000年  12・57%  5・82%

男性の未婚率は急激に高くなっており、今後の晩婚化や、非婚化の増加により、数値は一層高くなることが予測される。これは今現在、日本が抱えている少子化問題の直接的な原因ともなっている。未婚化の進行を年齢別に見ると、少子化の過程では晩婚化に伴って20歳代〜30歳代にかけての未婚化が著しく進んでいる。女性の20代後半では、1970年〜2000年の間に18%から54%へと3倍にも増え、半分以上が未婚者となっている。男性にも未婚化が進み、30代前半では同じ時期に12%から43%へと、3・6倍にもなっている。当然これらの年齢層では、結婚する人数は減少しており、出産も減っている。

 年齢別未婚率の推移(2005年国勢調査)
   人口統計資料集から(社会保障・人口問題研究所)
       <25歳〜29歳>  <30歳〜34歳>
  年次    男    女    男    女
 1950年  34、3  15、2   8、0  5、7
 1955年  41、0  20、6   9、1  7、9
 1960年  46、1  21、7   9、9  9、4
 1965年  45、7  19、0   11、1  9、0
 1970年  46、5  18、1   11、7  7、2
 1975年  48、3  20、9   14、3  7、7
 1980年  55、1  24、0   21、5  9、1
 1985年  60、4  30、6   28、1  10、4
 1990年  64、4  40、2   32、6  13、9
 1995年  66、9  48、0   37、3  19、7
 2000年  69、3  54、0   42、9  26、6
 2005年  71、4  59、0   47、1  32、0
                (単位 : %)

1970年代後半からは男女各年齢層とも急激な未婚率の上昇を見せ、2005年には、30歳代前半の男性で、未婚率は5割に近く、女性20歳代後半には未婚率はおよそ6割にもなっている。

最後にアンケートの中から特異の立場からの結婚観を。
「わたしは性同一性障害です。今の日本では性転換をしない限り、同性での結婚は認められていません。結婚なんてただの紙切れ一枚、ただの制度だと思っております。しかし紙切れでしかないというものの、家庭を持てる、一生いっしょにいるという約束ができるという点では、結婚はいいものだなと思います。わたしたち同性愛者にとっては、結婚はしたくてもできないものです。制度があること、結婚という形式に甘んじることなく、末永く結婚生活をまっとうしてほしいです」(住所不明.匿名)。
   

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2006年12月10日 (日)

「天の声」

テレビから聞こえてくる度に、また、新聞紙面の活字を目にする度に、私の知っている言葉の感覚からは、現実の事象と言葉の差異に、余りにも懸け離れた違いのわだかまりがある。「天の声」がそれだが、現在使用されているのは悪事を実行した、或いは企んだ、例えば宮崎県前知事が絡んだ官製談合事件の競売入札の折の妨害容疑のような内容で使われている。紙面では、県警は「安藤容疑者が県内であった談合の11件全部に「天の声」を出していたとみて・・・」と使われている。

そうすると、前知事の安藤は、「神様」ということなのか。権威を嵩に来たものへの比喩とは理解していても、しっくりこない。
元々「天」とは‘神’または‘大自然の力’をさす言葉であるはずだ。その「天の声」とは‘神がその意志を人間に伝える声’であり、「神託」ということになる。これを平明に言えば「神に祈って受けるお告げであったり、神が人に乗りうつり、夢などに現れて、その意志を告げ、知らせること」ということになる。神々しくも尊いご託宣となる。11件に絡んだ談合に顔を出していた連中は皆、有り難いご託宣、とそのまま有り難くお受けしたということだ。

同じ神様でも、厄病神や貧乏神もいる。現代の神様は迂闊には信じない方がよい、ということか。

もう一つ、こちらは貧乏神に魅入られて、貧乏くじを引いた話。
一人当り平均投資額1000万円以上と言われる「近未来通信」で一儲けを企んだ連中が、まるまる損をすることになりそうな話。年金暮しの身には一年掛けても10万円の貯えも難しい時代。旨い話に乗ってまんまと社長にとんずらされ、上を下への大騒ぎになったようだ。IT流行りとはいえ、満員電車に揺られ、労働の対価として僅かな給料で汗水流している人たちにすれば、大きな声では言えないが、痛快きわまりないできごとだ。

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2006年12月 9日 (土)

何で今?

1941年12月8日、この日、日本はハワイの真珠湾を攻撃した。ちょうど65年の前になる。翌日の大本営発表の輝かしい戦果を知った日本国民は、こ踊りして喜んだ。町中がバンザイ、バンザイで溢れ返った。それから僅か4年、原子爆弾が落ちた日本は、敗戦の現実に見舞われた。6ヶ月前には硫黄島の激戦で、無惨な敗北を味わい、続いて沖縄では民間人が巻き込まれた惨めな戦を挑んでいた。それでも軍部は戦争の終結の呼び掛けに応じず、最後の一兵まで戦え、と号令を掛け続けた。結果は2発の原子爆弾が落ちることになった。

この開戦の12月8日、日本では細々と民間人の中で、戦争を語り継ぐ運動が続けられているが、メディアは口を閉ざしたままだ。8月の原子爆弾の落ちたことに大騒ぎし、地球上で唯一の被爆国を訴えるのもいい。しかし、それ以前に軍部や為政者は、戦争を中止するべき戦況を見誤っていたことで、原子爆弾の何十倍もの国民の命を失わせているのだ。次から次に玉砕の島から退却(軍は撤退と表現した)を繰り返し、神風を信じさせ、本土防衛のかけ声で、竹やりを振るわせる狂気の指揮を取っていたのだ。このような国是に全面的に協力(言論弾圧、検閲制度が存在していたにせよ)していたマスメディアとしても、12月8日と言う日を反省の日とする社説ぐらいは著わしてもよかろうのに、ただの一行も触れることもなかった。

《閑話休題》
そして昨日今日、硫黄島が繰り返し記事になった。たまたまアメリカ映画の封切りに合わせたような企画だ。毎日新聞の記事に明らかな間違いがある。(8日の鳥越俊太郎と論説委員の布施広との対談)今日9日から上映される映画「硫黄島からの手紙」についての鳥越の発言の中にある。
 鳥越 特に「硫黄島からの手紙」は日本側に2万人、アメリカで7000人亡くなってる激戦だったんですね。・・・」は彼の歴史知らずか、勘違いか、負けた日本軍の方が当然多くの犠牲者がでた、との思い込みか?
事実は彼の言葉の反対で、日本軍の死者約20000人、アメリカ軍死傷者約28000人だ。それにしても何故、今硫黄島なのか。アメリカの映画人に教えられるまで誰も見向きもせず、自衛隊すら駐屯して実戦訓練に励んでいるのに、その地に眠る戦死者の遺骨の収集もしていない。その数およそ10000体にのぼる。

政府のこの姿勢は、10月のパラオ共和国のペリリュー島の戦没者遺骨収集事業の不手際を見ても、如何に戦後の戦争収拾に対するいい加減な態度かが分かる。この島には戦時中、東洋最大とされる日本軍の飛行場があった。1944年9月、連合国軍が上陸作戦を展開、日本軍の守備隊約1万2000人が玉砕した。遺骨の収集は52年から始まり、約7600人分の遺骨を収集したが、まだ約2600人分が残るとされている。この時に訪れた厚生労働省派遣団が、パラオ側の許可を取っていなかったため、収集作業ができずに、現地を見ただけですごすごと日本に戻っていたのだ。

同省によると、派遣団は10月21日〜31日の日程で、同省職員、戦争体験者とその家族でつくる戦友会、日本遺族会、遺骨鑑定人ら計12人が参加していた。同島のイワマツ塹壕などに埋まる数十人の遺骨を持ち帰るはずであった、という。同省の杜撰な計画で、現地で交渉したが認められず、計画どおりの滞在をし、遺骨の収集はできずに帰国していた。費用は約700万円かかっており、国費から支出されたものであった。

なんと言うことない、映画の宣伝をしてやっているようなものだ。「涙がボロボロ出た」、「人間が描かれている」、司令官栗林中将は「“サムライ精神”の武人」などと、映画をほめるのもいいが、この戦争は実際に日本の本土東京都の島、『硫黄島』で65年前にあった歴史の中の事実なのだ。イーストウッドの監督手腕を誉めるのもいい。反面、現代の若い日本人がつくる戦争ドラマ『広島・「昭和20年8月6日」』にしろ、「火垂るの墓」にしろ、余りにお粗末な歴史認識には、学校で或いは自ら歴史を学ばなかった無知が露呈するのも仕方がない。

現在安倍が躍起になっている下らない教育基本法改正には、反対する人たちも大勢いる。何で今?って。もっと日本の歴史を日本人自身で見直す作業ができないものだろうか。その役目は社として当時、戦争協力にいそしんだ全国のマスメディアの取る責任でもあるのだ。

参照「硫黄島」06/11/18

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2006年12月 8日 (金)

「アル中」

アル中(慢性アルコール中毒)、現在の病名アルコール依存症の高齢者が増えている。周りがどれほど注意しようと、酒は百薬の長、適度な酒は薬になる、と宣って遂には酒に飲まれた人生を送る羽目になった老人たち。私の世代にはアル中こそ似つかわしい呼び名だ。

アル中の言葉には、大酒を喰らい、飲んだくれて、所構わずゲロを吐き、道路に転がって眠るどうしようもない人間、という蔑視のイメージが付きまとっていた。自らの意志で飲酒行動を繰り返すこの症状に「中毒」という表現は適切ではない、という専門家からの意見が主流になって「依存症」という立派な病名をつけてもらい、病気の仲間入りができるようになった。

何を言われようが止まない世間を騒がす飲酒運転なんかを見ていると、酒の及ぼす依存性は麻薬以上に怖いものを感じる。にも拘らず、誘惑に弱い酒飲みを誘うアルコール類のコマーシャルはこの時期一層花盛りになる。年末年始を目の前にして、酒作りの会社は、口では飲酒運転に警告を発しながらも、売れなければ困る宣伝を始めることになる。その口車に乗って忘年会、新年会に2次会、3次会だと自制の効かない酒飲みたちが売り上げに寄与する悪循環が繰り返される。百薬の長だ、少しぐらいは、と。その行き着く先が年老いてからの依存症の発症になることが見えているのに。

例えば、紙面で取り上げられた或る老人(仙台市内・66)のケースでは、部屋の中には空になった焼酎の2・7リットル入りのペットボトルが何本も並んでいた。その中には泡立った小便が入ったものも混じっていた。流しには便のついた下着がそのまま。部屋の主の男性の顔はむくみ、目が澱んでいた。66歳が80歳にも見えたそうだ。その男性は「おれ、酒やめればいいんだな。やめたいけどやめられねえんだ」とだけ話した。体調不良になってもかかりつけの病院も飲酒を理由に断わられ、専門外来を受診する。

「関西アルコール関連問題学会」が昨年、ホームヘルパーやケアマネージャーらを対象にアンケート調査をした。512人のうち、約8割のヘルパーらが飲酒に絡む問題を抱える高齢者を担当した経験を持っていた。
 日中からの飲酒が最も多く   54%
 失禁・転倒が増える      31%
 暴れる・大声を出す      12%
のようなトラブルを起している。調査した新生会病院(大阪府和泉市)の和気浩三副院長によると、「介護サービスに支障が出るほどではないが、自力で排泄ができないほど重症化して、ようやく問題になる」と説明している。

酒を絶つことでしか回復の道はないのがアルコール依存症だ。「やめようと思ってもだめ。この手がコップに伸びる。飲んだら震えが止まる。その繰り返し」となる。半世紀も前になる、アメリカ映画に「黄金の腕」という麻薬まみれのジャズドラーマーが依存症から抜け出す凄まじい禁断症状の苦しみに耐えるシーンを捉えた映画があった。個室に閉じ込められ、3日間、床に転がされて水も与えられず苦しむフランク・シナトラの迫真の演技(1955年、アカデミー主演男優賞ノミネート)は観客を身震いさせるほどだったが、アル中から抜け出すのも、全く同じ覚悟が必要だろう。手の届くところにアルコールを置いておいて、止められない、止められない、のお題目を称えていて、どうして止められるか。禁断症状を乗り越えなければ断酒の成功の道はないだろう。

依存症の高齢者は「このまま死ぬなら本望だ」などと介護や治療を拒否することがあるという。これも症状の一つだが、かつては40代に多かった依存症。今は治療を受けることもなく、昼間から酒を飲む年寄りが増え、依存症の人も多いという。依存症と言われるように、アルコールは麻薬と同じような依存を形成する。ヘロインよりは少しは低いが、コカインやマリファナ、覚醒剤などよりも精神的にも肉体的にも酒の依存性ははるかに強い薬物なのだ。

酒を止めようにも町をぶらつけば、誰でも簡単に手にすることができる。しかし、老い先短い人生だ。好んでより一層短い人生を選択することはないだろう。医者や薬に頼る甘えがあるようじゃだめだろう。おのれの覚悟を持つことだ。絶対に断酒するぞ!!の覚悟を、強い意志を。

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2006年12月 7日 (木)

教師は聖職者か?

連日のように取り上げられるいじめと、教師、教育の問題、ここで時宜に合った話題を一つ。
毎日新聞(11/28)が『教師は聖職?聖職ではない?』で、いつものように(石田衣良の白黒つけます)、アンケートをまとめた。

その前に、聖職とは何か。聖職とは字のとおり神聖な職務のことであり、本来はキリスト教で聖務に献身するもの、司祭であり、宣教師(仏教でいえば僧正)などを指す言葉だ。ある宗教に対して信仰心が篤いだけでは聖職者ではなくただの信者にとどまる。

本来決して教師は聖職ではない。それなのに何故、今それが問われるのだろうか。宗教とは関係ないが、行う活動自体に公益性が高く、尊敬に値する職業についている場合に、時としてその人を聖職者と呼ぶこともあるが、果たして現在の教師たちが、それに値するのだろうか。

明治の始め、小泉信三が著わした「ペンは剣よりも強し」で言論に関わるものの責任を明らかにした精神を信奉し、一世紀を隔てた今もそれを武器とし、錦の御旗とするマスメディアによって、汚職、脱税、いじめと自殺などが取り上げられ、宗教以外の職業に従事する人間を聖職者とよぶ声は日増しに小さくなってきている。小泉信三の唱えた日本のジャーナリズムにおける不偏不党の精神は、今では単なるご都合主義の飾りに過ぎず、どっちつかずの、どっちでもない日和見の主張でしかないものに成り下がっている。

このようなジャーナリズムによって、教師はサンドバッグのように叩きのめされ、今や権威は地に落ちたも同然のところに貶められているのが実情だろう。世論はジャーナリズムの論調に流されるのも当然の帰結だ。早速アンケートを眺めてみよう。

《有効投票数3509・男1675.女1834》
       聖職    聖職でない
  全体  21・9%    78・1%
   男  23・1%    76・9%
   女  20・9%    79・1%

少数派の聖職と考える人の意見。「教師も人間、それはわかっています。でも、人の上に立つ人間は相応の使命感を持って職にあたってもらいたい」(静岡県・匿名)「倫理観の未熟な子どもに、大人が規範となるのは当然です。人間だから完璧にはいかないと思いますが、教師には子どもの規範として振る舞う義務があります。聖職として働くことを放棄した教師は不適格です」(大阪府箕面・黒田さん)「教師になる人が聖人であるわけがない。が、聖人ではない自分を仕事に捧げる覚悟が必要である」(千葉県松戸市・匿名)

続いて聖職でない、と考える人たちの意見。「聖職なら、もっと人を厳選するべきだ」(住所不明・パル)「聖職だなんてとんでもない! 心ない教師の言葉に何度傷つけられたことか。教員免許だって、片手間に取れました。まわりで教員になった人たちを見ても、この人が?と思うような学力や性格の人ばかり」(茨城県つくば市・匿名)《これを書いた匿名さん、自分を告白しているようなものだ。自分を含めてその仲間なら、そう書くべきで、周りだけが失格者のような文章は書くものじゃない》「聖職ではなく、一般の労働者と同じでいいと思う。しかし、子どもたちに対しては教育のプロである必要はある。ただ現場のあまりにも多い雑用と形骸化した業務のあれこれは、とても聖職とは呼べるようなものではない」(兵庫県三木市・匿名)

         聖職     聖職でない
 10代以下男   8・3%    91・7%
 10代以下女  12・2%    87・8%
 20代男    20・3%    79・3%
 20代女    16・9%    83・1%
 30代男    23・3%    76・7%
 30代女    18・4%    81・6%
 40代男    25・3%    74・7%
 40代女    27・2%    72・8%
 50代男    24・8%    75・2%
 50代女    30・0%    70・0%
 60代男    34・3%    65・7%
 60代女    40・0%    60・0%
 70代以上男  33・3%    66・7%
 70代以上女  50・0%    50・0%

私は、アンケートの最後の世代に含まれるが、教師という職業を決して聖職とは思わないし、崇(あが)め奉る別世界の聖職者である必要もない。普通に生きる自分の喜怒哀楽が、そして生徒の喜怒哀楽が理解できる人間であればいいと思う。

石田のまとめも「教師は聖職ではない」ということになるが、最後に印象に残ったアンケートを紹介している。
 「夫は教師ですが、いまやセブンイレブンといわれるほど、朝早くから夜遅くまで仕事をしています。帰宅しても学級通信やテストの採点、週末は部活の顧問があり、ゆっくり休むことができません。生徒を叱れば親からは抗議が、生徒が家出をすれば遅くまで捜しまわることもあります。わが家のふたりの子どもは、平日は父親と食事をすることも、入浴することもできません。でも、父親ががんばって仕事をしていることを理解しているので、父親の前ではがっかりせず、週末になると夕飯が一緒に食べられると喜んでいます。主人は言います。『大変なことは多いし、外野からの声もある。けれど自分が相手にしているのは目の前の子どもと、その子たちの未来だから、信念は曲げない』。一生懸命な教師はたくさんいます。そこをもっとマスコミは伝えて欲しい。わたしと家族はこれからも主人を支えていきます」(静岡県菊川市・匿名)。

権力におもね、世論を操作するのがマスコミの本分ではない。権力.権威に立ち向かってこそマスコミの存在価値はある。

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2006年12月 4日 (月)

幼稚園化する大学

毎日新聞(12/4)から
人口の大きな塊(かたまり)《驚いたことに団塊をダンコンと読むレベルの人間が多くて困るが、ダンカイと読むんだからね。因にコンの字は魂(たましい)と書くが、そんな熟語はない、違いが分かるかな。》が時代を次々にうつろい行き、少子化が叫ばれて久しい。淘汰が始まる大学で、笑えない話が今、起っているようだ。

チラシの写真が記事の中にある。イラスト混じりの下段には、茶髪に紺のブレザー、スカートの女子学生風の女が「待っているので 是非来てね!!」と両手を広げている。その上に、特に太字で書かれた4行ほどの文もある。
 授業の事で相談があります。
 いちどセンターに顔を出してください。
 来週、必ずセンターにこの紙を持ってきてください。
 その時、一緒に相談しましょう。

小学校ではないのだ、れっきとした大学からの通知だ。その名も日本工業大から学生に送られるものだ。大学生に宛て、通知書を‘紙’と記して送りつける。紙には違いないが、正式の通達文書だ、

一体何が起っているのだろう。
若い女性職員が棚の引出しに重なる約60枚のファイルの中から1枚を取り出し、電話を掛けた。留守電になっていた相手に留守録を入れる。「確認したいことがありまーす。一度顔を出してくださいね」。その近くの女性教員が男子学生と話し中「学校に来ないでどこに行ってるの」「ゲームセンター。メダルがなくなるまで遊ぶんす」教員はその学生のファイルにメモを挟む。埼玉県宮代町にある日本工業大の「学修支援センター」で、毎日のように繰り広げられている光景だそうだ。

まるで精気も覇気もない連中相手の仕事だが、同センターは昨年4月、学習だけでなく生活面まで学生をサポートする目的で設置された。《ということだが、はっきり言えば、面倒を見ない親に代わり、親代わりをしてやるおせっかいな仕事だ》教員3人、職員2人が約4800人の全学生の授業への出席状況を常時調査している。特定の講議を3回連続で休んだ学生を電話や手紙で呼び出すことにしているとか。その際心掛けているのは「絶対に怒らないこと」なんだそうだ。家族の、或いは家庭の崩壊はここまで進んでいるのだ。生活の基礎の基礎が躾けられていない。甘やかされ、叱ってももらえず、産んだままの放任状態だ。

放っておけば97年度の3%が00年度には5%まで上がった退学率に拍車がかかることになり、大学経営にも支障を来たすことになる。有賀幸則センター長は「休みがちな学生がそのまま退学してしまう。見過ごすわけにはいかなかった」と説明している。が、頭数の減少はそのまま収入の減少であり、放置すれば経営手腕を問われる危機状況に陥ることになる。世間体は構わない、大学が幼稚園になってもそれだけは防止しなければならない。何が何でも退学する学生を減らさなきゃ、ということだ。

朝起きられない特定の学生には女性職員が1、2時限目の30分前にモーニングコールをし、教員がメールを送ることもある、という。学内からも「そこまで必要なのか」との声もあるが、有賀氏は「学生を育てて社会に出すことも大学の使命。私たちの仕事は学生が自分で一歩を踏み出すまでのサポート」と語っている。《こんなことまでして卒業させても、社会に出て役に立つ人間には到底育つまい。企業に入っても足手纏いになるだけだ。企業では生活面の、手取り、足取りまで面倒見てくれる人はいない、というよりも、個人情報保護の精神から、他人への口出しは、これ幸いと、ヨコ文字好きの言うハラスメントとして伝家の宝刀宜しく逆に訴えられかねない。企業では、朝起きられなかろうと、遅刻しようと、度重ねれば無用の者となるだけだ。せいぜいニートかフリーターになるのが精一杯だろう。まるで幼稚園児がパンツを履かせてもらうレベルだ。》

昨年12月、センターはどうしても連絡が取れない学生約30人にクリスマスカードを郵送したという。「見守っている」との思いを届けたいからだ。返信は一つもなかった。それでも今年もカードを送る準備を進めているとか。《よくもこんな無駄なバカなことをするもんだ。したところで感謝する連中でも、有り難がる連中でも、気に掛ける連中でもさらさらないだろう。その程度の常識でも備えていれば、元々それこそ普通の人間で生活して来たろう。》

他の大学でも似たり寄ったりの対応を求められている。横浜市の関東学院大学が04年4月に設置した「学生支援室」。対象は基礎学力の不足を補うため。支援室の誕生を山崎浩一室長は「AO(アドミッション・オフィス)入試で受験の多様化が生まれ、学力差が出るようになった。授業についていけない学生の引き上げの問題が生まれた」という。面接や小論文だけで選考するAO入試は人物重視になるが、推薦、AO組の増加とともに中途退学者が増えたという。同大学・工学部では03年度は1〜3年生で137人、5・4パーセントを占めた。「どこの大学でも同じだが、退学されたら経営に響く」と。支援室を設置した2年目の05年度は69人、3・2パーセントに減ったという。

少子化で減る学生をいち早く確保しようと大学間の争奪戦が激しくなり、一般入試を経ないで入学する学生が増えている。06年度の国公私立大の入学者のうち35・6パーセントが推薦入試。AO入試の5・9パーセントを含めると、4割以上が一般入試を受けない。かつての「受験競争」が霞んでいる。

《お出でお出で、で迎えてくれる大学。お寝坊さんでも起して上げるから遠慮はいらないよ。なんなら家やお部屋までお迎えに行きましょうか?とまでなるのではないか。何をしたところで絶対数の足りない頭数。やることすべては小手先の技だ。必ず破綻することが見えている。それりも、抜本的な政治絡みの対策が必要だろう。何せ散々言って来ているように、大学の数が圧倒的に多過ぎるのだから。半分はなくてもいい数だ。頭数、授業料、だけを基準にした経営面の対応ではいずれ限界がある。

できれば先に慶応義塾が取ったような、合併策もその一つであろう。安倍晋三も教育の再生を図りたいのなら、いじめや、小中高だけではなく、今後の日本を左右する人材を育てるためには、怠惰な若者を甘やかすのではなく、自ら進んで勉学に励まねばならない厳しい環境づくりこそ検討するべきだろう。》

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2006年12月 3日 (日)

あれこれのこと

♦グローバルな子に育てたい、とハワイで無事男児出産を終えたジャガー横田。ハワイで産めばグローバルな子になるのだろうか。まあ、どうでもいいけれど。彼女の年齢は45歳、自然分娩だそうだ、よく頑張ったと思う。おめでとう!
早速、ハワイまで追いかけたテレビカメラの前で、「45年生きてきて、数え切れない数の人と出会ったが、わが子の顔を見た時の感動は、その全てに優ることをあらためて味わった」「女として最高の喜び」と。傍では顔をくしゃくしゃにして感動の涙を流して喜ぶ旦那がいた。

♦今朝(12/3)の毎日新聞、紙面全段をつかった unicef の広告写真。華やかな映画界を引退後、貧しい子どもたちを救う運動に身を捧げたオードリーヘップバーンが、抱え見つめる幼児のあどけない顔。「ローマの休日」(1953年)で見せた輝くような女性像から一変して、化粧のない皺の目立つ年老いたヘップバーン、しかし、そこにはスクリーンで演じた王女の気品を漂わせ、品格をも備えている。『子どもより大切な存在ってあるかしら?』1988年の彼女の言葉だ。死を覚悟していたのだろうか、59歳になった時、ユニセフ親善大使を受けるについて「まるで、人生を終えるにあたって特別ボーナスをいただいたようです」と語り、結腸腫瘍を患い、63歳で亡くなるまで、当時エチオピアやソマリアなど食糧難に喘いでいた貧しい地域の子どもたちのために活動した。

♦黒沢監督の名作「生きる」(1952年)に出演していた 小田切みき(76)が11月28日、心不全で亡くなった。癌宣告を受けて目覚め、町の小さな公園づくりに動く上司の最後に付き添うように見守る女性を演じた。この映画、主人公を演じた志村喬の、病に侵された癌患者の鬼気迫る演技が強烈で、中でも真夜中にブランコをゆすりながら、ひとりぼっちで嗄れ声でうたう「ゴンドラのうた」命短かし 恋いせよ乙女 紅き唇褪せぬまに・・は半世紀以上経っても耳から離れない。
ヴィスコンティの「夏の嵐」で、脱走兵となって隠れる恋人を密告し、銃殺刑に処せられる運命をのろい、男の名を絶叫しながら闇に消える主人公(アリダ・ヴァリ)の喉から絞り出す声もまた同じだ。

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2006年12月 2日 (土)

いじめ緊急提言

毎日新聞は社説(11/30)で緊急提言を述べている。
再生会議は、「社会全体に対する決意表明」社会のあらゆる分野で総力を挙げて問題に取り組む意思と構えを共有したい。改めて「いじめは人権を踏みにじる犯罪で、絶対許されない」という認識を徹底し、根絶しなければならないという。

要約〈いじめが社会問題となった1980年代以降、教育行政機関などでもさまざまな防止と手だてが論じられてきた。今回の提言にある問題認識や加害の子どもに対する毅然とした措置などもすでに指針として出ている。なのに長い間基本的に改善されず、孤立した被害者が命を絶つという最悪の悲劇が繰り返される。なぜか。

私たちは、背景の一つに学校や教育行政の問題隠蔽体質、事なかれ主義を指摘してきた。子どもの世界のいじめは、注意を向けないと、明確な形で大人の視界に現れにくい面がある。逆に言えば、見て見ぬ振りをしやすい。教員が情報をすぐに確認していれば、あるいは一歩早く踏み込んでいれば、というケースが少なくない。

近年、競争原理導入の教育改革政策の流れで学校や教員への業績評価の目が強まり、それが問題隠蔽や先送りにつながりやすいという現実だ。いじめは、例えば、特定の患部に専門医が適当な処置をすれば、何事もなく回復する──という単純な問題ではない。形態は複雑で、大人社会の有りようや病理も微妙に映す。
 これに当たるには社会全体の知恵と継続的な努力が必要だ。「犯罪だ」と徹底して教えよう。「絶対許されない」という原点を再確認し力を合わせれば、連鎖現象は必ず断ち切れる。〉と結んでいる。

再生会議の連中と同じく社説も、いじめの本質がなにかも分かっていない。問題を教育行政、隠蔽体質、と指摘をしておればメディアの責任が済むような表現だ。そして、わけがわからなくなったことで「社会全体に対する決意表明」とした再生会議と同じように、責任の所在がどこにあるのか分からない表現にしている。

責任は明確に存在するのにそれを見ない。その責任こそいじめる子を社会に野放しで放り出している親たちだ。毎日新聞社自体がそれは把握していることなのに追求して行かない。いじめの原因を社得意のコンピューターによるほぼ1000人の回答をまとめ、記事にしているのだ。電話によるRDS法[(Random Digit Sampling)電話番号の末尾の数桁の組み合わせで作成し、調査対象とする方法]で調査した世論だ。
 (質問と回答:11/25、26の2日間・数字は%)
♦いじめが行われる最大の原因は何だと思いますか
                 全体  男  女
教育制度に問題がある       12  12  12
教師の指導に問題がある      11  11  10
保護者のしつけに問題       54  54  54
いじめる側に問題がある      10   9  11
いじめられる側に問題       1   2   1
♦いじめをなくすためには、どうしたらいいとおもいますか
教師の指導力を強化する      10  12  8
地域で子どもを育てる環境をつくる 22  23  21
家庭での会話を増やす       42  37  47
少人数学級を導入する        9  8   9
いじめた子に厳しい罰を与える    7  10  5
♦教育基本法がいじめをなくすことに役立つと思いますか
役立つと思う           23  16  28
役立つと思わない         63  72  56
♦全国の高校で必修科目の単位不足問題が発覚しました。受験を控えた生徒がいることを考慮し、政府は、補習の時間は70時間を上限とする救済策を決めました。政府の救済策をどう考えますか
評価する             30  29  31
救済策は不公平を招く       33  40  26
もっと手厚い救済策が必要だ    24  20  28

これで見る限り、普通の人の方がよほど健全にいじめの本質を捉えている。保護者のしつけに問題があるとする人が優に50パーセントを超えているのだ。教育基本法の対策にすら60パーセント以上の人たちは評価していない。

いくら厳しく最終的に結果として表面に出るいじめを処罰しようと、諌めようと、次から次に社会に送りだす親たちがいては、現在考えられ、対策を立てようとしているいじめがなくなることはあり得ない。どんなに社会に呼び掛けようと、旗を振ろうと、それこそカワズ(蛙)の面(つら)にションベン(小便)だ。

まして、当の子どもたちはいじめが‘悪いこと’だと思っている子は半数にも満たないのが実情だ。
NPO法人「ジェントルハートプロジェクト」《私はこのいかがわしい名前は大嫌いだ》が過去3年間に亘って各地の講演会で訪れた小学校8、中学校23、高校5校の児童生徒約1万3000人を対象にしたアンケートをまとめたものだ。
「いじめる方が悪いと思うか」と聞かれて「はい」と答えたのは
   高校生では        4割
   小・中校生        6割
「いじめられても仕方ない子はいるか」に「いいえ」と答えたのは
   小学生ではかろうじて半数を超えたが、
   中学生では     4割を切った。

一方、「いじめはなくせるか」との問いに「はい」と答えた比率は、学年が上になるほど少なくなった。
   「いじめを相談する相手」は「友だち」が56%
                「教師は」わずか19%
                「いない」が20%を超えた。

 「親」は残りの5%にしか過ぎないのか。相談したくてもいない相手では・・・、頼るに頼れない現代の親がそこにある。親の子育ての無責任は、子どもたちに「いじめ」に対する罪悪感さえ失わせているのだ。 本当に教育を再生させたいのなら、時間が掛かるのは覚悟の上で、このような親への育児教育の根本から取り組むのが道であろう。
巷には「人は外見が90%」だの「全て」だの、人を差別することをほのめかす書物も出ている、「セレブ」などと、なり振りだけで人格が決められるような風潮も蔓延っている。子どもの世界だけが穏やかで過ごせるものではないだろう。

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2006年12月 1日 (金)

再生会議「いじめ」緊急提言

毎日新聞(11/30)から
教育再生会議が29日発表した緊急提言は、いじめをした児童・生徒に対し「毅然とした対応」を学校側に求めるものであった。「社会奉仕、別室での教育」も一例として揚げたが、一時は検討された「出席停止」は最終段階で消えたようだ。指導力不足教員だのダメ教員だの言っていたのが、頻発するいじめ、自殺に慌てた様子で、提言内容がいじめ問題の対応に追われたのが実情のようだ。

スタートから29日の提言発表まで非公開のままで終わった。そしてまとまって骨子としたものは、すでに誰もが心配し、折に触れ取り上げて口にして来たもの以上のものではなかった。途中表面に出ていた「出席停止」の考え方に代わり「社会奉仕」が急浮上した。

その間の経過について各委員たちの見解を見てみよう。
 ♦渡辺美樹(ワタミ社長)
 いじめは100パーセント学校の責任だと思っている。いじめた人間を学校に来させないのは学校の責任の放棄。登校させて教育するのが、学校の役割だ、と。
 《この人、ほんとうにこの程度にしかいじめが捉えられないのか。こんな原因の追求の仕方も分からない人が、メンバーであったなんてお笑いだ。靴を隠したり、キモイ、クサイなどの悪口や、無視したり、仲間外れにしたり、殴ったり、蹴ったり、果てはズボンやパンツをぬがせたりが皆、学校がさせるのか。この社長さま、きっと学生時代のことで学校に余程恨みを持っているのだろう。》
 ♦陰山英男(立命館小学校副校長)
 出席停止にしても(停止された)子どもたちを誰が面倒を見るのか。教育的な視点を持って指導しなければ、根本的な解決にはならない、と。
 《困ったものだ、副校長にもなっていて家庭の躾と学校教育の別も理解できていない。もしもそうなったのなら、子の面倒は親が見なければ誰に任せる? 学校に押し付けるのではなく、仕事を休んででも、子どもは親が面倒を見るのだ。親は入学までに躾けなかった無責任の反省とともに、子どもを叩き直すことをするのだ。仕事を休み、収入が無くなって生活が苦しくなってのたれ死にしようともそれは自分の蒔いた種だ。社会生活とはそれほどに務めなければならない責任を負っているのだから。好き勝手が許されないことは、学校に上げるまでにして済ませておくべきで、その親の責任を果たさなかったツケだ。現在大人に欠けている最も大事なマナーだ。》
 ♦義家弘介(横浜市教育委員)
 (提言に盛られた)「別教室での教育」は出席停止と同じこと。加害者に手を出さないと、被害者を安心させることはできない、と。
 《元ヤンキーを売り物の男。勧善懲悪を明確にせよ、ということだろうが、それ以外に何もない。》
 ♦池田守男(資生堂相談役)
 出席停止が盛り込まれなかったのは、教育には愛情が必要で、あまり白黒つけるのはいかがなものかと私なりに理解している、と。
 《それなら何をどうしようとの考えは?メンバーに選ばれたのは意見を述べるためだろう。》

伊吹文明(文科相)は、「いじめ即出席停止という受け止め方をされて、現場で運用されることにはやや慎重でありたい」と述べている。

結論としては、それぞれの委員の頭の中は、手に余る問題を任されてどうしていいのか、わいわいがやがやして過ごしただけの集まりで終わったようだ。会議の流れとしては出席停止は「管理強化は逆効果」との批判が強くて結果的には後退した。代わって出たのが29日になって全体会合で最終案として唐突に社会奉仕が浮上した模様だ。運営委員の一人は社の取材に「社会奉仕は議論したこともない」と不満を洩らした。

ただ、古くは「社会奉仕の心の涵養」を謳った86年の中曽根や、森内閣の「奉仕活動を全員が行う」検討をしたことがあるが、何でも拡大解釈の好きな政府が、「憲法が禁じる苦役につながる」との批判で立ち消えになっているが、安倍晋三の頭の中には「大学入学の条件にボランティア活動を義務付ける」との考えがあるようだ。

この考え案外面白いかも知れない。大学と言わず、小・中・高校からやればいい。
実際にアルピニストの野口健が、若くして登ったヒマラヤで日本人のマナーの悪さを指摘された体験から、彼なりの反骨で清掃登山を思い立った話もある。「日本人はヒマラヤを富士山にするつもりか」と罵られた逸話は有名だ。事実最初のヒマラヤの清掃登山では、日本隊、韓国、中国隊を筆頭に、世界各国の登山隊が山に捨て去ったゴミ総量15トンを回収している。当時の富士山の汚さは世界のアルピニストの話題の種であったらしい。ために、世界遺産の話は瞬時で消えた。

野口健がボランティアを始める切っ掛けは、少年時代の海外生活で学んだ素地が存在していた。外交官を父に持つ彼は、幼年期のアメリカとイギリスでの中・高校生活の経験をしている。イギリスでの高校では自らを落ちこぼれと称し、上級生と喧嘩の末一ヶ月の停学処分を受ける。迷っていた彼は上村直己の著書に触発され、登山を志す。以後のことは省略するが、現在「富士山から日本を変える」と環境運動に取り組み、小中学生を中心に「野口健 環境学校」をつくり世界遺産を核にして日本各地で環境運動をおこなっている。

彼が落ちこぼれと自称する当時、一ヶ月の停学中に、強制的なボランティアを科される。いやいや参加したボランティアに、感謝の笑顔で応えてくれる人のいることに気づいた彼は、次第に自分を見つめ直す。その時、上村直己の書物に出会うことになる。(彼の出自の特異性もあるかも知れない。野口の母は四つの国の血を引き継ぎ、父の日本人の血を合わせた彼は5ヶ国の血を受け継いでいる。現在の日本人に強制ボランティアがどこまで通用するかは疑わしいが)

彼は言う、強制的でもいい、その現場に行き、見ること、体験することから得られるものは必ずある、と。社会奉仕の考え、案外捨て去るわけにもいかないか。

そして、今朝(12/1)の新聞、教育再生会議の素案、不適格教師の排除のための「生徒や親が教員評価」。来年1月にまとめる中間報告の素案として公表した。ばかの集まりのバカなまとめ。『stochinaiさんの5号館のつぶやき』の言を借りれば、この会議、教育絶命会議こそ似つかわしい、ということか。

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