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2006年10月31日 (火)

いじめ 1

ちょうど75年前の今日、この世に生を享けた。随分長く生きて来た、いや生かされて来たものだ。この先どれくらいの余命が残されているのか解らないが、考える力が衰えず、キーを叩く指が動く限りは、言いたいことは言い続けていこう、どうせ、憎まれもの世に蔓延るだから。

子どもの頃、近所のおじいちゃん、おばあちゃんの殆どは60歳前後のお年寄りだったように思えた。私の生まれた1931(昭和6)年のころの日本人の平均寿命は男性が44・8歳、女性が46・5歳だった。
  (昭和37年度版 厚生白書から)
           男性    女性
  明治24〜31年  42・8   44・3
  大正10〜14   42・1   43・2
    15〜昭和5  44・8   46・5
  昭和10〜11   46・9   49・6
     20     23・9   37・5
     25     58・0   61・3
          ・
          ・
 このあとは順調に伸びて現在の世界1の長寿国になっているが、上の表でも簡単に解る昭和20年の落ち込みは、特に今次大戦での男性の戦死者を含む、戦災者の数の多さを物語る数字になっている。“人間わずか50年、下天のうちをくらぶれば・・・”と謡った信長の時代の半ばにも達しない人生を終えた人たちだったのだ。私はその三倍にもなる人生を生きて来た。海の果て、地の果てに眠り、未だ還らぬ英霊(身内も含め)たちをこれからも生涯忘れることのないように、思考回路に齟齬を来さない限り、英霊たちが思いもしなかった筈の世の中の汚れについて、言いたいことを書き残しておきたい。
 
 《閑話休題》
 連日のように報道されるいじめ。幾つもの事件が輻輳した形で報道されている。権力を嵩に着た上司から部下へ、校長の部下への事件、親(継父母も含めて)が子への事件、上級生の下級生への、趣味同好のグループ内の事件、そしてクラス内での事件などだ。企業内や校長の事件は子どもの問題とは切り離して論じなければならないが、メディアも並行して起こる事件に整理し切れないままに活字化しているように見える。

わたしは子供達同士の間での事件に限って論じたいと思う。世間の論調は、異口同音でいじめを受けた被害者の側に多く目が向けられているが、どうも少し違うような気がする。これまでも指摘して来たが、いじめは学校の問題でもない、教育委員会の問題でも、教師の問題でもない。現在マスコミを含めて取り上げるのは、起こったことの結果を云々しているだけだ。いじめ問題は何故起こしたのかの根本を取り出さないと最初から結論が出ないことは解りきっている。いじめの切っ掛けを演じた幼稚な教師もいたようだが、これも今回は触れないでおく。

新聞やテレビで何度も報道されているので詳しいことは言わないが、29日、岐阜県の私立瑞浪中学の女子生徒(14)が首を吊って死亡した事件。明確な言辞のない校長を相手に、死亡した生徒の母親がいじめの証言ビデオ(28日夜、校長や学年主任が生徒宅を訪れた際、両親が撮影)を公開した。遺族側が「向こうの親はいじめがあったと認めているんだね?」と質問すると、「はい、わたしたちも確認しました」と、はっきり明言していた。しかし、後の記者会見で「一般的にはいじめだとは言ったが、それがあったかどうかは確認してみないと分からない」と一転する。教頭も「結果として自殺したことに対して謝罪した」と述べるだけだった。

私はどうも納得できない。自殺した女性の親は、亡くなった娘から何一つ生前に相談を受けることがなかったのだろうか。逆に娘の生活態度に些細な徴候をも見い出すことがなかったのか。思春期の娘のちょっとした立ち居振る舞いに変わったことを見出せなかったのか。日常の会話はどのようなものだったのだろうか。この女性が亡くなる2日前には1年生の2名が退部している。友人の話でもいじめは日常的なものであったと証言している。女子のバスケットボールの部活がどのようなものか分からないが、この年頃の女の子は家庭では何も話し合うことをしないのだろうか。

私の長男(一人っ子)も中学時代は毎日のように虐められていた。物おじしない子で誰とでも(大人も)話を交わし、電車の中でも酔っ払いとも会話していた。一本気の性格は親譲りで頼もしかったが、怖くもあった。自分なりの基準で間違ったことには黙っていなかった。街を歩いていてちんぴらにも、大人でもわざわざ近寄って注意した。幸いひ弱な子どもを相手に暴力を振るう大人はいなかった。しかし、生意気な長男は中学校では通用しなかったらしい。2年生になっていじめはひどくなった。真っ白なシャツは鼻血で染まって帰宅する頻度が上がった。会社を休む訳にいかなかった。妻が学校へ相談したが担任は聞くだけであった。何度も重なった。長男と話し合って告げた。「お父さんが責任を取るから構わない、相手の耳でも鼻でも食いちぎって来い、お父さんの言うことが守れなかったら家には入れない」と。そして翌日妻から勤務先まで電話が来た。「x x が学校で暴れたらしいの。担任が家で待ってる」と。

夜まで教師は自宅で私の帰りを待っていた。私は教師の話を聞いて、長男を褒めた。耳も鼻も噛み切らなかったようだがいじめっこには反撃していた。いつもの息子とのギャップに教師は驚いたらしいが、私の気持ちは伝わっていた。教師には学校ではいじめられているかどうか、喧嘩はあるか、など一切問いただしはしなかった。長男を見ていれば聞く必要もなかった。教師にはこう言って帰ってもらった。「先生、世の中に出れば、男は暴力を使ってでも立ち向かわなければならない時と場合があります。私はガンジーじゃありません。それを分からせたかっただけです。」「歴史をみて下さい、暴力なしで建国した国家がありますか。」すでに性善説の無力を感じていた。

高校生活では、長男は希望する無線クラブが数余りで、止むなくバスケットボール部に入り、上級生から使い走り、飲み物の差入れ、正座などのしごき(当時は‘いじめ’の呼称はなかったと記憶する)を受けた。痩せて元々活発な方ではなかった長男だが、不純には従う気はなかった。直ぐに退部した。高校生でも小遣いを持たさないわが家では、差し入れのジュース代を1度は妻に貰っていたらしいが、その1度で打ち切った。男の子だが部活のことはきちんと妻とは相談(希望する部がないこと、だから・・・)していた。

いじめられた側の子への同情で大きく世論は揺れているが、今こそ本当に取りあげなければならないのは、いじめを行う側の親を含めた家庭の教育(躾けと言ってもいい)の問題と、世の中のモラルの欠除の問題だ。加害側の親を焙り出さない限り、そしてどのように子どもを育てているか、どのように躾をしているか、善悪を、我慢することを、人に優しくすることを、道徳を、どう考え、どう教育しているのかを喋らさない限り、いじめの問題は解決することはできないだろう。いじめは見えないところで行われている、そこに校長や教師が居ようと居まいと、目にした時にはすでにいじめは行われた後になる。いじめは事前に止められないでは何を話し合っても無くならない。

参照「保護者に問題」05/11/10
参照「命」の授業 06/03/17
参照「わたしとおかあさん」06/04/07

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2006年10月30日 (月)

改正容器包装リサイクル法 来年4月施行

買い物をすれば無料でもらえたレジ袋にお金を払う時代がすぐそこに来ている。ごみを減らすため来年4月に施行される改正容器包装リサイクル法*は、一定規模以上のスーパーやコンビニエンスストア、百貨店などの小売店にレジ袋の削減目標を報告させ、進み具合次第では罰則も科す、というもの。日本国内で使われるレジ袋は年間300億枚、30万トン。「排出量削減の特効薬」とされる有料化の取り組みだ。

 *改正容器包装リサイクル法
07年4月の施行から1年後の08年4月までに、具体的なレジ袋削減目標を国に報告するよう義務づける。進捗状況が遅い場合、勧告を出し、従わなければ業者名を公表する。それでも従わない時は是正命令を出し、命令違反には50万円以下の罰金を科す。報告義務のある子売業は、年間レジ袋排出量が50トンを超す全国750社程度で、排出量全体の約9割を占める。

東京都内で80店舗を展開する「コープとうきょう」は、90年代から店内に代金箱を設けてレジ袋を販売してきた「有料化」の草分け的存在である。「コープとうきょう上井草店」は、売り場面積およそ900平行メートルほど。日本生活協同組合連合会加盟の1100店舗中の中規模の食品スーパーである。客の約7割が自宅から持って来る布製のバッグに詰め込み、後の人たちがレジ袋販売の箱に金を入れて新しいレジ袋を取り出している。レジ袋は1枚5円。

同連合会の05年度の調査によると、1100店舗のうち、レジ袋を有料化しているのは、「コープとうきょう」のほか「コープかながわ」「コープしずおか」など441店で全体の約4割。この他にレジ袋を無料にし、5円程度の募金を呼びかける方式の店(76店舗)や、レジ袋を使わない客にスタンプやポイントで代金分を還元する方式(199店)などがある。

各店舗で採用した方式で05年度と比較したデータでは
1. レジで袋を手渡しして代金をもらう 91%
2. 有料化で代金箱を置く       72%
3. 募金方式             41%
4. 還元方式             25%
となっている。この結果から同連合会環境事業推進室は「(レジ袋の削減に)より効果があるのはレジで代金をいただく方法だが、客足が遠のくのではないかと二の足を踏む店も多い」と話している。

因みに我が家で行きつけのコープは上の 3. にあたる店だが、今まで通っていて5円玉を入れる客を見たためしがない。小心者の私にはとてもまねの出来ない凄まじさで、老いも若きも男も女も次から次に袋を取り出して、まだまだ入れられる余裕を残し、何袋もぶら下げて店を後にして出て行く。さらに小袋は手首にぐるぐる巻き付けて何十枚もお持ち帰りになる。私と妻はずっと前から布袋愛用の買い物をしているが、稀に外出先からの帰宅途中での買い物もする。そのように事前に用意していない時には、以前にも書いたことだが“真面目の前に余計な2文字がつくやつ”、と言われた私は、きちんと募金は済まして手に入れないと後ろめたい。

コープの他にも自治体がスーパーと協定を結んだり「サミット」、スーパーが直接住民と協力する動きもある。スーパー最大手のイオンは「ジャスコ東山二条店(京都市左京区)」で来年1月からレジ袋を1枚5円で販売計画だ。これら有料化への取り組みの例としては、
                     (1枚の販売額)
 導入済み 「オーケー」(本社東京大田区) 6円
 導入済み 「カスミ」(本社茨城県つくば市)5円
 導入済み 「サンディ」(本社大阪市淀川区)10円
 導入済み 「つるかめランド」(東京都港区)1円
 導入済み 日本生活協同組合連合会(東京都渋谷区)5〜10円
 導入を決定「イオン」(本社千葉市美浜区) 5円
 導入を決定「サミット」(本社東京都杉並区)5円

一方、コンビニや百貨店は包装の簡素化や、買い物客への呼びかけでレジ袋削減を目指し、有料化には消極的な傾向が目立っているという。全国96社でつくる日本百貨店協会は、10年までに包装紙とレジ袋を00年度比でそれぞれ25%程度下げるのが目標で、04年度の売り上げ1億円当り排出量は包装紙で24%、レジ袋で25%の削減を実現させたとして「目標は達成しつつあり、有料化は考えていない」と言う。

ここでまた、役人の好きな海外との比較が持ち出されるのだが、ドイツ、アイルランド、韓国などで法律や税によるレジ袋有料化を導入し、6割から9割以上の削減率を示しているという。日本でも内閣府が05年9月に行った面接アンケートでは、回答した約2000人のうち55%がレジ袋の「無料化の禁止」に賛成し、反対は22%にとどまった。

なんというややこしい質問をしたことか、面接までしての「有料化」に反対か賛成かではない。中学時代、英語のyes,noが日本語のいいえ、はい、と逆に訳される使用法で混乱した以上にややこしい。質問された側の頭を混乱させておいた上で、自分たちの主張を正当化しようとするのも余りにも役人らしい。

最後に、小林紀之日本大学教授(環境法)は「企業が削減目標をきちんと実行するかどうかに消費者の視線が注がれていることを認識し、しっかり対策を練ってほしい」と話したとある。この学者は消費者が如何にいい加減なものか知っているのか、殆どの人間が、ただほど安いものはない式に、だらだらとレジ袋を消費するのを知っているのか、消費者の良識に任せておけば、店の袋などすべてあっという間に消え失せるのが落ちだ。そうでなくても店に並んでいる商品まで万引きする輩が増加の一途を辿っているほどだ。それほど今の日本人は悲しいことだが守るべき道徳も良識も、ルールも持っていない。
この程度の学者の戯言で、改正容器包装リサイクル法の意義を説いて欲しくない。

参照「レジ袋の有料化」05/12/30/

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2006年10月29日 (日)

国会議員のJR無料パス

毎日新聞(10/29)から
新聞社が何を今さら、という気がするが、こんなことは何年も前から何度となく取り上げられて来た話題だ。特に安倍が新総理についた最初の記者会見(9/26)で自らの給与3割、閣僚の給与1割をカットする、と発言した時、新聞社なら即座に食い付くべき話題であった筈だ。不肖私は1ヶ月前のブログ(参照)で手厚い憲法下での保護されている特権に触れた。安倍の3割にしろ、閣僚の1割にしろ、期限付きか退職までか不明ではあるが、彼らにとっては屁でもない金額だ、只の売名に過ぎず、人気を集めるだけのパフォーマンスに過ぎないことを指摘した。

「毎日」が取り上げたのは幾つかある特典の一つJRの無料パスだけだ。後は小出しにするつもりかどうか解らないが、それにしても、それに係わる国民の税金の額の計算に一ヶ月も掛けたのだろうか。『ノーチェックで5億円』と大書した。

無料パスは国鉄時代には、国鉄側の持ち出しだったが、87年にJRが発足して以降は、衆参両院から貨物を除くJR6社にパスの購入費が支払われている。05年度の支払額は衆院から3億2734万円、参院から1億7377万円で、ここ数年は大きな変動はないという。

無料パスの利用方法に付いて、駅か旅行代理店で指定券を予約する場合もあるが、「パスを改札で見せて新幹線の席に適当に座っている」(衆院議員)という人もおり、実態把握はきわめて難しい。衆参両院も職務のために利用しているか確認はしていないのが実情のようだ。

JR各社への支払額は各社間の調整で決められるが、毎日新聞の取材にJR北海道は「過去の実績から想定される額」、JR東海も「利用実態に見合った適正な金額」と回答したが、JR西日本は「実際の利用状況とかけ離れている可能性もある」と話す。

一方、JRパスと並行して支給される航空クーポンは、東京と選挙区との往復に用途が限られ、使用しなかった分は返還しなければならない。(当たり前のことだ!)

現職時代、うまい汁を吸った元無所属参院議員の紀平悌子の話が載っている。
「経費がどれだけかかっているか調査した上で、国民が納得するルールを作るべきだ。議員活動に必要な経費は払っていいが、公務外などは自費で賄うべきだ。この問題が、議員間で近年ほとんど議論されていないのもおかしい」とおっしゃる。

古くは、お上、と敬われたお偉いお方たちのすることは、「お上のなさることだから」と、もの言えぬ立場にあった国民も、選挙権を獲得し、自分たちのために働いてくれる代表として国会の場に送り込んだ筈だ。なのに前世紀の遺物の風習が抜けきれず、お上意識は拭い取れず、いつまでも“偉い人”として仰ぎ奉る。それに、選挙民から選挙民の代わりに使い走り役を任された側も‘センセイ、センセイ’でふんぞり返る。この構造は100年前も今も変わったようには見えない。

この世界、父親が死んだからって右も左も解らない娘が代わりに出て来ても勤まり、おじいちゃんがそうだったから、おとうちゃんがそうだったからで勤まる程度の連中の集まりだ。大きな期待をするから腹が立つ。若い頃しきりに飛び交った言葉(ドリス・デイの歌の題名)があった。何事もなるようになるさ、ケ・セラ・セラだ。

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2006年10月28日 (土)

結婚するには

リクルートが23日発表した「結婚トレンド調査2006」によると、結納から新婚旅行まで結婚に費やす一連の費用の平均は396・8万円で、05年調査より15万円増えていることが分かった。挙式や披露宴の費用が増えており、晩婚化で新婚夫婦の経済力が高まったと見られる。

同社の結婚情報誌「ゼクシィ」の読者約2万人のうち、実際に結婚した夫婦6135組から回答を得て集計したものだ。
 挙式・披露宴費用 303・1万円 (前年比 10・3万円増)
 ご祝儀      222・9万円 (前年比  5・7万円増)
ということで、差し引き7割りは回収できるこがわかる。

女性の初婚年齢は90年の25・9歳から昨年は28・0歳まで上昇しており、同社は「経済力が高まって挙式にこだわりを持つようになっている」と分析している。

平均初婚年齢の移り変わりを調べてみたが、次のようなデータがあった。
(厚生労働省「人口動態統計」による)
     年     夫    妻  (歳)
 1908(明治41)  26・8  22・9
 1918(大正7)  27・2  23・1
 1928(昭和3)  27・3  23・1
 1938(13)    28・4  24・4
 1948(23)    26・1  23・0
 1958(33)    27・0  22・9
 1968(43)    27・2  24・4
 1978(53)    27・6  25・1
 1988(63)    28・4  25・8
 1998(平成10)  28・6  26・7
 2003(15)    29・4  27・6

男女ともに晩婚化の傾向は見られるが、それが必ずしも挙式が豪華になることは結びつくとは思わないのだが・・。私見だけれど、晩婚は逆に、挙式は地味に抑えたい気持ちの方が強いと思うのだが、おかしいのだろうか。私たち夫婦はお互いに初婚同士だが私の35歳の時の挙式だ。何なら挙式は省略したいほど恥ずかしく、身内だけの小人数で終わらせた。披露宴も会食程度で済ました。この年で今さら、の感が強く、他人様を呼んで祝ってもらおうとは面映くてできなかった。まして、現在のように結婚生活5年も維持できないで別れる夫婦が三割以上ある実態も存在する。勿論離婚を前提として結婚はしないだろうが。

地域別の結婚式費用のランク
 1. 新潟県 439・6万円
 2. 茨木・栃木・群馬県 437・3万円
 3. 長野県 428・6万円
となっており、首都圏は 407・1万円
「ご祝儀」の習慣のない北海道 244・7万円は全国で一番費用の掛からない地域であった。

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2006年10月27日 (金)

高校必修単位不足

富山県立高岡南高校で発覚した履修単位不足問題で、新たに青森、岩手、山形、福島、石川、福井、愛媛、広島、栃木の各県の公私立高校でも必須課目を履修せず、同様の単位不足になっていることが分かった。単位不足はこれで10県65校、生徒数は約12000人に上った。と報じられたのは1日前の26日のことだ。それが一夜明けて今日27日になると、芋づる式に数を増やし、朝刊では35都道府県、生徒の数は3万人超となり、更に夕刊では長野県や愛知県などでさらに発覚し、単位不足の学校は35都道府県270校、生徒数は4万人を超えたとある。

制度の整備を後回しにして、実利ばかりを先行させたことが今度のような歪みを生じさせた。以前から大学でも受験する学部で受けなくてもよい課目はあった。それが昨今の少子化がもとで大学側が、一人でも多くの学生を確保するために(授業料が欲しいがためだが)高校では必須になっている課目まで受験課目を減らして行ったことが原因だろう。高校の教師は他校よりも合格者を増やすため、受験で求める課目に集中したカリキュラムを構成して行くのは当然のことだ。そうなれば、学生にとって受験校に不要な学科を学ばなくなるのは誰が考えても理解できる。

それを今から不足する単位の履修を修めるように強要するのは無理というよりも酷だろう。今大学に無理して行くよりは、ニートになることを目指していないなら、就職するほうが余程本人の人生のプラスになると思うのだが。事実現在のおおかたの大学は、学び舎と呼ばれた時代からは想像も出来ないほどレベルが低く、戦後ににょきにょきと生まれた落ちこぼれレベルの男女を収容するような容れ物だけのものが多く、キャンパスはそれら男と女が集う交友の場となり、その実力は精々小学校の高学年程度の脳みその連中で占められることになる。

特に最近の少子化は、受験、受験とは言っても、余程のバカででもない限り大学など楽々と入学が可能だ。定員割れの学校を捜せば大手を広げて大歓迎で迎えてくれよう。勉強などするほうがバカに見えるだろう。どうせ卒業してもニートや親の脛を齧ってなんとなく生きるだけだろう。役にも立たない大学卒の肩書きが欲しいだけだ。世界のレベルからも日本は少しずつ低下しているのも事実だ。勉強しなければ入学できない大学側の受け入れ体制に建て直すべきだと思う。特に、大学入試には必ず世界史、日本史を受けさせる制度にするべきだ。「美しい国」なんて必要ない。世界中美しい国なんて存在しない。何処の国も争いから誕生したのだ。その原因が宗教であろうと勢力圏の拡大であろうと全ての国はもれなくそこから誕生した。

大学を出ても、世界の中の日本を、或いは自国の歴史や文化について、あまりに無知な人間が多過ぎる。日本にやってくる外国人から質問を受けて、縄文や弥生、古墳時代や仏教文化について、世界の中の日本について、文学について、源氏物語について、茶の湯や茶道について、相撲について、どれだけの大学卒が語れるか。

古い記事(7月ごろだったか)だがメキシコのテオティワカン(紀元前150〜紀元650年ごろの遺跡で、87年に世界文化遺産に指定された)の発掘に44年の間携わって来て、現在テオティワカンの土器専門家として学生たちの指導に当っているオルテガ氏は言う。「外国人観光客の方がピラミッドについていろんな質問を浴びせてくる。それに比べてメキシコ人はピラミッドを上って下りて、それでおしまい。メキシコ人はもっと自分の国の歴史に目を向けなければならない」と不満そうに語っていたという。

「メキシコ人」を「日本人」と置き換えて、いろんなものについて考えてみればいい。わびやさびについて語るのは難しいだろうが、大学へ行っても携帯で写真を撮りまくるだけでは知識なんか増えるわけない。高校生活での幅広い学問の吸収は決して先の人生にプラスにはなっても、マイナスにはならないことを考えるべきだ。受験のためだけの学問がすべてではないのだから。どうせ大学へ行けば後は遊ぶのがおちだろう。

恐らく10年振り位だろうか、風邪を惹いた。微熱があってぼんやりしながらキーを叩いている。まともなことを書きたいが纏まらない。さあ、アスピリンでも飲んで暖まって蒲団に潜ろう。

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2006年10月26日 (木)

読書世論調査から

秋となると例年取り上げられるのが読書に関する読み物のこと。
「秋の夜長」と結びついて‘読書の秋’‘灯火親しむ頃’などと、マスコミが挙って取り上げる。どんな書物が読まれているか、どんな作家に人気があるか、どれくらい読んでいるのか、などで紙面が埋まる。今年もその季節がやって来た。

活字離れが憂慮される昨今だが、調査でみる限り現代っ子も結構書物には接しているようだ。しかし、実際に目を通す書物の数は信じられないほど少ない。集計によると、一ヶ月に読む数は
          今回   昨年
 単行本      0.7   (0.8)
 文庫・新書本   0.7   (0.6)
 週刊誌      1.2   (1.4)
 月刊誌      0.8   (0.7)
 漫画本      1.1   (1.0)
 ビデオ・DVD   1.4   (1.5)
とても我慢できないほど少ない数だ。70歳を過ぎ、視力も衰え、パソコンにも若い頃以上に時間を費やすが、それでも活字に目を通さないと落ち着かない。敗戦後のこと、戦時中声高に生徒たちに戦意高揚を説いたまま罪を償わない無責任な教師たちに嫌気がさしていた。「男とは死ぬことと見つけたり」で育った少年が、見失った常識も知識も、新しい価値観や価値基準を確立するためにも手探りの時代が続いた。子どもの頃からへそ曲がりで通っていた自分には、戦争に負けた途端に始まった男女共学が汚らわしかった。男尊女卑を引きずっていた。教師に失望し、よく授業中教師に喧嘩を売った。全く勉強をしないままに社会に出た。

現在の私があるのはその頃の教師が反面教師になってくれたお陰だと思う。何から何まで逆らった。逆らうことで自分の存在を確立して行った。一度は死を予測した身を経ていた。死と生には執拗な関心があった。
 幼稚園の頃に購入してもらった推薦図書に“キンダーぶっく”というのがあった。キンダーはドイツ語の子どものこととは後に知った。これが人生最初に手にしたものだった。漫画は長兄が買ってもらうものを後から見せてもらっていた。田川水泡ののらくろシリーズ、他には、こぐまのコロちゃん、タンクタンクろう、冒険ダン吉などだが、キーを叩いていて懐かしさが蘇る。少し長じてやはり子どもの頃、作者は失念しているが、日光の鐘楼に左甚五郎が造った鳴き龍(現在のものは戦後の全焼した後に再建した偽物)が出来上がるまでの苦労話で、感激の余り涙を流した一作。

さて、社会に出たのはいいけれど、先ずは自分とは一体何ものか、から始めることになった。‘生と死’は常に頭の中に巣食っていた。そのころ中村真一郎が戦時中から書き溜めていた作品が世に出た。1947(昭和22)年発行の「死の陰の下に」だ。戦時下を生きた一人の知識人の生涯を辿ったものだが、十分に理解したとは言えないでいた。中村絡みでは彼の文学的源泉でもあったフランスの作家マルセルプルーストを手にした。1948年10月に三笠書房から発行された「失われた時をもとめて」第一巻スワンの戀Ⅰ、である。一冊平均240ページ、240円の時代。この後1955年1月の全13巻「見い出された時」Ⅱ、まで続いた。貴重な蔵書は今でも書庫に古びて並んでいる。アンドレ・ジード(当時はジッドとは呼ばなかった)や、実存主義哲学者として知られたサルトルとボーボワールの諸作品も難解ではあったが読みこなした。存在と無、弁証法的理性批判、嘔吐、自由への道(4部作)、戯曲の 蠅、出口なし、悪魔と神や、第二の性など手当たり次第に読んで行った。

後に‘金閣寺’を書いた三島由紀夫が新人作家として生まれでた頃だ。同性愛を扱った「仮面の告白」(1949年)につづく「愛の渇き」を読んだ。(どう生きるかを求めていた若者に不倫の話は醜いだけで、完全に三島への関心を失った)。それ以来私には存在しない程度の作家のまま自衛隊本部での割腹自殺になる。また、ロマン・ローランはベートーヴェンの精神性を教えてくれた。

夏目漱石は日本の作家では日記の類いまで読破したただ一人の作家となった。ドストエフスキーも全集を読み通した。常識や知識を増やし、世界を知りたいと岩波の「世界」や「思想」を毎月読んで行った。勢い安月給の殆どが書物代になった。それでも満足していた。月給35000円の時代、毎月2万円前後が本代で消えた。食うに困ったが心は徐々に満たされて行った。学ぶべき時に学ばなかったツケの代償は高かったが後悔はしなかった。
少しずつ給料が上がるがそれ以上に本代も増えた。

何度か可愛いい本も食うために手放したこともある。身が切られるように辛いが食うためだった。まだLPレコードの一枚も買うこともできないほど生活は苦しかったが、本だけは読むことを止めなかった。心を潤すものはやはり当時は読書しかなかった。

高尚な面ばかりを書き連ねたが、下らない書物も読んでいた。当時エログロナンセンスと言われたカストリ雑誌だ。屁理屈で言い訳すれば、何が、どう下らないか、を知るために、その例には共産党機関紙‘赤旗’や‘共産党宣言’がある。昭和23、4年頃のメーデーで宮城前のGHQ本部近辺で大暴れした労働者のデモが切っ掛けだ。日本人が嫌う“アカ”とは一体なんだ、何故だ、ということを知るために。

新聞記事からちょっと逸れたようだが、敵を知り己を知れば百戦危うからずだ、まずは何にも先んじて敵を、そして己を知ることが何よりも大切なことだと思っている。私の独断も偏見もその上に立っていると考えている。

数多い中でも特に面白く読んで記憶に残るものに、花田清輝の「さちゅりこん」がある。さまざまな芸術ジャンルを論じた評論集だ。このなかでも特に記憶にあるのはスカラベサクレ(糞ころがし)の一編だ。

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2006年10月25日 (水)

メイドカフェと痴漢騒ぎ

東京名物、アキバのメイド・カフェ或いはメイド喫茶。
秋葉原にはよく出かける。若い頃からラジオやアンプを組み立てるのが好きで、足繁く通った。一坪もない狭く小さい店が並ぶ筋を、人並みをくぐり、ぶつかりながら求める部品を血眼で捜して歩いた。何軒かの店の親父さんとも顔なじみが生まれ、短い会話だけでも交わして帰るのも楽しみな街だった。自分で組み立てていた頃から少し小遣いに余裕ができ、高級アンプ、プレーヤー、スピーカー、と部屋に次々に増える再生装置を眺めながら音の渦に酔う生活が生まれた。少ない小遣いを溜め、一枚、また次の月に一枚と買い溜めて来たLPレコードの上に用心深くカートリッジの針を下ろす。貧乏な青春時代を過ごした街だった。

今では変わり果てたこの街、ここで起きた痴漢騒ぎほど、つまらない出来事はない。「お帰りなさいませ、御主人さま」。私の幼かった頃から女の子は人形で遊ぶことは普通のことだった。メイドカフェがそのような少女時代が抜け切れない女たちの集う場所なら話は早い。幼稚なまま大きくなったんだな、で済ませられる。

ところが、いくら世界に誇る日本のマンガとはいえ、少女趣味見たさの男どもが誘いに乗って、のこのこと店に入って行く。今でも秋葉原にはよく行く。パソコンの街でもあるからだが、馴染みの店への行き帰り、あのスカートなどただの切れ端程度の風さいの女たちの姿が嫌でも目に飛び込んでくる。

秋葉原に限らない、若者の多い街、渋谷、原宿などにも出かけることがある。やはり顰蹙させられる風体の男女が目に付く。目を瞑って歩くわけには行かないからだ。ズボン(私の世代パンツとはズロース等下着で、いまのショーツやTバッグ男ならブリーフなどに相当するものだった)を下げ、前は汚らしく臍を出し、後ろは下着を見せて歩く。少しでも屈んだり、しゃがむと尻は半分は露出する。階段では少しでも目を上げれば見たくもないスカートの中まで丸見えになる。目のやり場に困る、どう判断しても猥褻物陳列に相当する。大学の学者さんでも血迷うぐらいだ。

これでは劣情を抱く男どもが出てもやむを得ないところだ。報道ではこれでもか、というようなスナップが写る。野次馬が集まって来ても蹴散らす訳にもいかないだろう。まるで誘蛾灯に集まる蛾の大群よろしく男どもが群れる。ずっと昔からそう、千姫の昔から、或いは1000年2000年の昔から、通りの男を呼止めて、春を鬻(ひさ)いで(今で言う売春)生きた女性はいた。いま、アキバに佇み、チラシを配り、店の勧誘をしている女性たち、どう説明してみたところで間違われても仕方ない。世界でも類を見ない我が国のハイティーン、20代女性は性モラルを持たない年齢層だ。

参照「性関係急ぐ必要ない」06/10/08

しかし、これは女性が悪いのではなく、路上に立たせチラシを配らせる店を案内させる経営者側の問題だ。一層あじをしめた経営者は、エスカレートする。すでに閉店する店が増え始めていると聞くが、それならば、ともっと年齢を下げて未成年とおぼしき年齢の女性を集め、いもうと喫茶なる店のオープンを始めた。「お帰り、おにいさん」の出迎えに、男どもがやに下がるのは言うまでもない。

店に出入りする層には二種類あって、マンガの延長上のコスチュームを眺めるのが愉しみの幼稚なレベルの男と、働いている女の子が目的の男と。後の方は祇園でよく使われる一見(イチゲン)さんと呼ぶんだそうだ。銭があって著名人の紹介がないと玄関払いの祇園と違い、小遣い銭程度で誰でも出入りできる。こちらのグループに、女の子に手を出す連中が混じっているらしい。また、女の子も結構入っていると聞くが、一体何を楽しむのだろう。

痴漢を擁護する気はさらさらないが、あのような風体の女を路上で見るのは耐えられない。猥褻物陳列罪で、それがきつ過ぎるのなら、風紀紊乱罪ででも警察の取締りの対象にすればいいのに。勿論経営者へは、路上での女性の猥褻物陳列に近い露出の禁止措置を取らせること、或いは風俗営業法での取締りが必要ではないのか。

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2006年10月24日 (火)

アメリカが強い味方に

北朝鮮さまさまに続いて正統派の心強い味方が現れた。「日本の軍事力貢献不十分」と言い切るクラウチアメリカ大統領副補佐官(国家安全保障担当)だ。

彼は23日のワシントンでの講演で、日本の軍事面での国際貢献が十分ではないとした上で、自衛隊が海外で展開できる能力を強めるよう求めた。北朝鮮の核実験に対する国連制裁決議を受けて行われる貨物検査では、関係国が情報を共有する環境を築くことが当面は最も重要だと指摘している。

クラウチ副補佐官は、イラクへの部隊派遣など、対テロ戦争での自衛隊の貢献を高く評価する一方で「日本の世界的な国益と潜在力からすれば、まだ控えめだ。世界第2の経済力を持つ日本だが、紛争地域に安全をもたらす能力は非常に低い」とした上で「日本が部隊を海外に展開できる能力を高めるよう努力することを望む」と訴えた。彼は、ホワイトハウスの国家安全保障担当者ではハドリー補佐官に次ぐナンバー2だという。

憲法を改定してでもアメリカの意に添うことを願う現政権にとって、嬉しい限りのコメントになった。衆参議員総員の三分の二の賛成が危惧されるため、これも改定して二分の一でいいことにしようとも企んでいるのだ。そのためには、郵政民営化造反組の12人の復党をも容認し、数の確保に躍起の姿勢を見せ、着々と体制固めの準備を進めている。どうせ改正するなら国民投票にするべきだろうと思う。世界に類を見ない戦争放棄を謳った憲法だ。今、世界遺産に登録などと、遺物扱いにしようとの考えを吐く人間もいるが、決して遺物なんかじゃないことを認識するべきだ。

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2006年10月23日 (月)

北朝鮮さまさま

衆議院補欠選挙の2議席は自民党が勝利した。一先ずは安倍政権にとっての追い風になるのだろうか。

北朝鮮の核実験問題への政府が見せた対応をテコにして、テポドン騒動を切っ掛けに続いた要人の右傾化した発言で、多くの有権者や若者の同調者を増やして来た安倍政権は、今回の核実験はうってつけの追い風となって働いたようだ。その意味では政権交替で先行きが不安視されていた安倍にとっては、一つの山場を通り抜けたと言えるだろう。北朝鮮さまさまだ。民主小沢の神通力も、テポドンや核には到底太刀打ちできる相手ではなかったと言える。

その北朝鮮を意識し、先に総務省が出した「NHKの短波ラジオ国際放送への命令放送」問題について、先の大戦中の情報、言論統制の復活か、と不安を書いたが、言論封じのテロだとして、早くも抗議集会が持たれている。

今月17日、東京都内で開かれた言論テロに反対する市民集会で、上原公子東京都国立市長は約220人の市民らに「総務省がNHKに拉致問題を重点的に取り上げるよう命令するという。民主主義にとって怖いのは情報コントロールです」と訴えた。

命令放送問題は、メディア関係者だけでなく市民らにも波紋を広げている。講演後上原市長は「今までと大きく異なる運用をしながら、NHKの放送の自由を尊重するという。そんな言葉を誰が信用できるのか」と語気を強めて語っている。

この背景には拉致被害者の家族会や支援団体・救う会の政府への働きかけがあるだろう。安倍が官房長官時代から、安倍も含めた政府関係者との定期的な懇談の席で「北朝鮮にいる生存者の安全確保のために、あらゆる手段を尽くして欲しい」と要望して来ている。安倍が総理になってからの懇親会で「拉致問題は人道的なので、理屈じゃなく、国民を守るという前提に立って、命令放送をしてほしい」と、増本照明家族会事務局長が菅総務相に要望した経緯もある。

NHK職員の労働組合である日本放送労働組合(山越淳委員長)は19日、「具体的な放送内容についてはこれまでどおりNHKが自主的に判断していく」との立場を示した。委員長は「個別政策にについて命令を出すことは明らかに政府の関与に当る。NHKは視聴者から疑惑を抱かれないよう明確なメッセージを送るべきだ」と語る。

これについて「NHK受信料支払い停止運動の会」共同代表の醍醐聰・東京大学大学院教授は「NHKは毅然とした態度を示すべきなのに、言葉の上で独立性を保った自主的放送を行っていると言っているだけだ。これまでの放送を見れば実態は、政府の意向に沿った放送になると批判されても仕方ない」と指摘している。

自民党内でも、通信・放送産業高度化小委員会の片山虎之助委員長は「NHKの国際放送に国費を出している関係で、放送法上は総務相が命令できるが、拉致問題といった特定の事項を命令してやらせる感じになるのは如何
なものか。国際社会に日本の事情をわかってもらうことは必要だが、命令という形式は穏当ではないと思う」と話している。

私の世代には『臨時ニュース、臨時ニュース』で始まる戦時中のラジオから流れた嘘八百の戦捷報道に、翻弄された苦い思い出がある。今回の命令が、いつ何時、テレビに適用されることになるか知れたものではない。北朝鮮の動きを利用した、ナショナリズムの不穏な風が首筋に流れるのを感じる昨今だ。

参照「お遊び、と 命令放送」06/10/14

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2006年10月22日 (日)

危機一発、だがしかし

北陸信越運輸局石川運輸支局は20日、道路運送法違反の疑いで同社に立ち入り監査をしていた。

金沢市のバス・タクシー会社「ケイ・エス」が、同市から小松空港(石川県小松市)まで運行する乗合いタクシーで、眠気を訴えた男性運転手(60歳)の代わりに、乗客の一人が運転していたことが分かったものだ。
同支局によると、タクシー(定員10人)は14日午前7時ごろ、乗客4人を乗せて金沢市を出発したが、運転手が途中で眠気を訴えたという。「運転が心配だ」との声が上がり、乗客の男性が運転手に申し出て、空港までの残りの約20キロを運転したものだ。

眠気を催した運転手が、申し出ずに我慢してそのまま車を右に左に走らせて、どのような事故に遭遇するかを考えれば、乗客も生きた心地がしなかっただろう。60歳の年齢は、持病でもないかぎり運転が苦痛になることはないだろう。午前7時はシフト制を布いていても、普通の生活をしていればタクシーは一日の始動の時間になるだろう。運転手にも余程の事情はあったのだろうが、タクシー運転手の勤務時間帯のことを多少とも知っていれば、客は眠気を訴える運転手の車に乗り続ける勇気はないだろう。運転の交替を申し出るのも納得がいく。だがしかし、そこには法律の壁があることを忘れた行為となってしまったようだ。

タクシー運転手の資格は一般の普通乗用車が運転できる上に、警視庁・公安委員会の管轄する普通第2種運転免許が必要とされ、厳しい資格が課せられているのだ。
 21歳以上で
 普通一種免許を受け、かつその期間が3年以上の実務を有し
 適性試験、技能学科試験の内容も、普通免許よりも高度なもの
 特に、学科試験は道路運送法に決められた、旅客自動車運転の心得を含む内容
などを取得して、始めて人を乗せることが可能になるのだ。眠いから、と運転を代わった運転手は法の履行義務の違反行為であり、事業主に対する背反行為でもある。

また、タクシー運転手に代わって空港まで運転して行った乗客の一人は、無資格運転となり、明らかな法律違反になる。いま盛りの飲酒運転で、飲酒の事実を知りながら同乗した人間同様の、法の適用をするとなれば違法運転者の車に同乗した友人たちも同ようの罪となるのだろう。

誰でもこの場に居合わせていれば、死ぬことになるかも知れない危険に巻き込まれるよりは、運転ができる人ならば、同じように代わって運転するのは間違いない。

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2006年10月21日 (土)

ケイタイは電話機?

私は携帯を持ったことがないので良く見える。携帯に支配されている現代人の滑稽な姿が。老いも若きも、携帯がなければ生活できないのかと思えるほど小さな道具に頼り切った生活を繰り返しているようだ。

以前にも乗り合わせた電車の中の異様な人々の姿を見た日の驚きを書いたことがある。マナーをきちんと守る人たちにとっては又か、としつこい程乗り物の中では電源を切るように案内されながら、そ知らぬ顔で会話を交わす阿呆ども。前屈みに蹲ってじっと片手の中の携帯と睨めっこしている何人もの無気味な男女。

未だに止まない自動車に乗って、自転車に乗って、片手に買い物籠で物色しながら、或いは道を歩きながら、そうかと思うと道ばたに腰を落とし、しゃがみ込みながら、携帯をいじる姿を見ない日はない。会話だけではない、カメラが付属してからは一段と無法者に様変わりした。誰彼となく不作法にも腕を突き出し、無礼なシャッターを切る、名の知れた人間の集まるところには蜜に集まる蟻のごとくカメラの砲列が敷かれる。銀塩写真の時代には決して許していなかった商店やスーパー内での撮影も、店側でも取り締まるのも諦めムードの中、次から次へと写して回る。

人によっては携帯は、電話機というよりもカメラに、音楽をダウンロードし、或いはゲーム器としての使い方になっているようだ。携帯を提供する側は、先を争って不要な機能を次々に加え、他社と優劣を競う。良いわけがない音質で音楽を配信し、挙げ句の果て、アメリカでまっ先に起こった最大手のタワーレコーズの倒産に見るような現実が待っている。しかしダウンロードした音質は決して満足のいくレベルにはない。

カネのなる木の音楽の配信も、iPodに座を譲った感があるが、やはりここでも音質の問題は避けられず、もっと高音質なものを要求する声が出ている。便利性を優先させるとどうしても取り残される分野が生まれる。それも片付かないのに携帯では、又しても新分野に踏み込もうとしている。次なる「カネのなる木」は新型の端末に併せたゲームの配信になるようだ。各社でテレビゲームのヒット作、対戦型のゲームや、中高年に人気のある脳内開発ゲームの携帯版も揃えるとか。

私など、17インチのパソコン画面でさえ見づらくなってきたのに、あの小さい携帯の画面は楽しむどころか苦痛に変わるだろう。それに今でも異様で奇妙なのに、老いも若きもが横並びで携帯片手に蹲り、電車内で固まっている姿は見たくもない。

これらは、24日に始まる携帯電話会社を代えても、同じ電話番号が使える番号継続(ポータビリティ)制度で、顧客を囲い込むためのエサのしようとでも言うのか、あるいはまた、伸び悩む通信料金収入の引き上げでも狙っているのだろう。

携帯電話向けゲームはこれまで、予め端末に組み込まれたパズル型ゲーム「テトリス」など単純なものが主流だったが、端末のICチップの高機能化や通信の高速化で、複雑なプログラムのゲームも短時間で携帯にダウンロードして楽しめるようになった。各社は「今後はゲーム機能への需要が高まり、その充実度合いが市場占有率にも影響するはず」とみて、ソフト会社と連携し、サービス充実を計る考えだ。

携帯電話は本来生まれた本来の機能を大きく逸脱し、最早電話だけでは生き延びられないものになっているようだ。現在付属する諸々の機能が、使う側で望んで付加されたものではなく、メーカーの競争の中であれが出来る、これも出来る、もう一つおまけにこれも付けましょう、で増え続けて来たものだ。本当に求められているものは何だろう。精々考えて、子どもの防犯に役立つのでは?と使い道を当ててみるが、いざ誘拐発生時に、電話をかける余裕があるとも思えず、身体から外して捨ててしまえば、追跡など全く不可能だ。持てば余計な使い道を考える、防犯どころか犯罪の大事な道具になる。売買春の利用には歯止めも掛けられない。

複雑すぎて使い切れない年輩者に向け、余計なものを削ぎ落とした単純な機械も出たが、その浸透率はどうなっているのだろう、それすらも不必要とする私には無用のものだが。そして、多く見受けられた公衆電話がどんどん削減されて行く。今のところ全廃までは行っていないが、是非残しておいて欲しい。

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2006年10月20日 (金)

アイスランドの商業捕鯨再開と、日本のクロマグロ、ミナミマグロ

アイスランド政府は17日、1985年以来中止していた商業捕鯨を約20年ぶりに再開すると発表した。漁業省は「捕獲は持続可能な範囲に限定する」との声明を出して、再開は関係する国際法に違反しないと主張している。

現在、商業捕鯨を行っているのは国際捕鯨委員会(IWC)に異義を申し立てたノルウェーだけ。1988年以来商業捕鯨を中止している日本は、アイスランドと共に科学研究を目的とした調査捕鯨を実施して来たが、ここにきてアイスランド政府はこれまで捕鯨の権利を留保してきたと主張。IWC総会で、商業捕鯨再開の前提となる捕鯨の監視制度「改訂管理制度(RMS)」の議論に進展がみられなかったため、これ以上の留保ができないとした結果である。

アイスランドの商業捕鯨再開は、欧米の反捕鯨国の反発を呼ぶとともに、日本の対応にも影響を与えることになりそうだ。アイスランド政府は18日から捕鯨許可を交付するとしており、今週中にも捕鯨が再開される見通しとなった。
 計画では2007年8月末までに、商業捕鯨で9頭のナガスクジラと30頭のミンククジラを捕獲する。調査捕鯨分と合わせると、計69頭になる。捕獲したクジラは国内で消費し、需要が高まれば輸出も検討するとしている。

英BBC放送は、関係者の話として、クジラが小魚を食べ漁獲が減る被害を受けている漁民の苦情を、アイスランド政府が考慮した末の決断と伝えている。クジラと小魚の漁獲量減との関係は、日本でも言われており、捕鯨再開を望む根拠の一つともなっている。

参照「くじら」06/06/20

乱獲がらみでは今回のミナミマグロ(インドマグロ)の漁獲枠半減という日本船へのツケが回って来たようだ。それによると、07年から5年間、今の半分の年3000トンに減ることになった。日本のマグロ消費のうちミナミマグロの比率は3%と小さいものの、既に高いマグロ価格をさらに押し上げる可能性があることが懸念される。日本は大消費国として過去の乱獲のツケを払わざるを得なくなったようだ。

07年以降の漁獲枠は、先週開かれた「みなみまぐろ保存委員会(CCSBT)」の年次会合で決まった。加盟国・地域の合計は3395トン減の1万1530トン。削減分の9割を日本が負うことになる。日本では殆どのミナミマグロは刺身として消費。ミナミマグロの供給量が減れば、高級マグロの値上がりにつながりそうだ。

現在、地中海での乱獲が問題になっているが、これも大半が日本向け。日本人の食卓は、昔ながらの米を中心とした食事からパンや肉中心に移ったとは言え、片方では今や病的とも言えるほどの勢いでマグロには執着しており、寿司や刺身で消費されている。煮物や焼き魚での魚嫌いの子供達でさえ贅沢すぎる回転寿司のマグロ、トロには涎を垂らすほどの好物でもある。

日本海の漁村にも近い田舎で育った私には、収穫してきたばかりの市場に出る前の新鮮な魚類を日常食して来たせいか、冷凍、解凍の魚には馴染めず、マグロにはさして興味はない。寿司屋のマグロ、或いはトロのにぎりや刺身よりは、捕れたばかりのイワシの方が煮ても焼いても余程旨いことを知っている。現在の住まいは全く海岸線のない県のため、捕れたばかりのイワシほどの旨い魚はトンと口にできない。個人的にはマグロが値上がりしようが痛くも痒くもつらくもない。

今回の漁獲枠削減は、日本漁船による過去の乱獲に対するペナルティーの色合いが濃いとみられる。付和雷同の国民性から、何事においても尻馬に乗り、人の口に上る評判に遅れを取りたくないだけで、己の好みを‘あの人と同じ’ものに偏らせることになる。あの人と同じ魚はマグロが、トロがいい、となる。それが次から次の乱獲となる結果、世界の鼻つまみになって制裁措置のような規制枠をはめられる。水産庁は05年に1800トンの過剰漁獲があったことを認めているが、これを大きく上回る、との批判を他国から浴びた経過がある。CCSBTの会合で過剰漁獲量は確定されなかったが、水産庁は「主要な漁獲国、大消費国として、改善義務がある」として大幅削減を受け入れている。

贅沢に馴れてしまえば元に戻すことは難しい。私の世代がそれこそ泥水すすって生き延びて来たような生活に戻るのは、それ程難しいことではないが、下限を知らない世代にはとても絶えられるものではないだろう。マグロやトロだけが魚じゃない。マグロ資源の研究者からは「ミナミマグロの漁獲削減に加え、ICCAT*でもクロマグロの削減が実現すれば、資源回復の期待が持てる。価格に影響がでるだろうが、しばらくみんなで辛抱し豊富なカツオなどを食べて欲しい」との指摘が出ている。
 *「ICCAT(International Commisson for the Conservation of Atlantic)大西洋まぐろ類保存国際委員会」

マグロよりも旨い魚は幾らでもある。

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2006年10月19日 (木)

やっぱり、で、驚いた

小泉が首相を辞める直前の世界飛び歩き、とても外交とは呼べない国税の無駄遣い、恐らく1フライト一億は下らないだろうと読んでいた。

毎日新聞(10/18)から
首相の外遊(外交ではない)費平均2億円と出た。政府が17日に閣議決定した答弁書から、そんな数字が浮かび上がった。

答弁書は、小泉純一郎前首相が退任真際に行った海外訪問に関する内山晃衆院議員(民主)の質問主意書に対する回答で出たものである。費用についてはそれぞれ
 1. 6月カナダ、米国          約2億5200万円
 2. 7月サンクトペテルブルク・サミット 約2億6800万円
 3. 8月モンゴル            約  9800万円
 4. 8月カザフスタン、ウズベキスタン  約1億9700万円
 5. 9月フィンランド          「精算中」だという

驚くなかれ、フィンランドの遠方であることを考慮し、2億は下らないと考えれば、四ヶ月の間で小泉は国税からほぼ10億円という巨額の浪費をしているのだ。内山氏の「慰安旅行ではないか」との質問に対し、「外国訪問は戦略的に実施されており、わが国の国益に資する成果を上げている」と強調した。国民は誰が見ても、行く先々での彼のはしゃぎ振りからは、国益を担う外交の任務を負った一国の首相の姿だとは露程も見ていななかったのではないか。これを、「国益に資する成果を上げた」というのなら、その成果の程を国民に示す必要があるのではないのか。

そして、これを深く追求しないのは、いずれ後に続く人間たちも同じことをやりたいが為でしかないだろう。

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驚き序でにもう一つ。
1960年代当時、日本人以上に上手く日本語を喋る外人(当時は外国人という語は使わなかった)がテレビを賑わしていた頃、これまた大阪弁を弁説爽やかに喋りまくるアメリカ人女性がいた。その名はイーデス・ハンソン。チャック・ウイルソン、ケント・ギルバート、ケント・デリカットら(まとめて変な外人と言っていた)と日本語で丁々発止のやり取りで時には楽しいお笑いを振りまいていた。今でも耳に残る彼女の大阪弁“なんやそれ”。そのイーデスハンソンを現在放送中のNHKの朝のドラマ「芋たこなんきん」で見い出した。日本料理屋でおかみさんをやっているのがその彼女、イーデス・ハンソンだ。何十年振りかで見る彼女は、若い頃の面影そっくりの聡明な顔だちである。

1960年に日本にやって来たのが彼女22歳の時。宣教師の子として父親の任地であったインドのマスーリで生まれ、6歳まで在住している。日本にやって来て始めて出会った日本の古典芸能の文楽に魅せられ、その使い手の男性と結婚、短い結婚生活の末離婚。66年までいた大阪を離れ東京へ出たが、1987年からは和歌山県熊野に住んでいる。その後の彼女の経歴は、

元アムネスティ・インターナショナル*日本支部長(1986〜1999年)を経た後、支部の社団法人化以降は同支部の顧問を勤めている。同時にNPO法人エファジャパン**の理事長。
 *Amnesty Internatonal・・「世界人権宣言」に定められた人権が守られる社会づくりの中で、拷問や死刑廃止などを求めて、政府に手紙を書く運動を進めている
 **Empowerment for All・・「すべての人に力を」、アジアの子どもの教育支援や児童労働の撲滅運動などで活動を続けている。

イーデス・ハンソン(67歳)は、現在重要なポストを持ちながら、芸能人、タレント、エッセイストとしても活躍。やはり彼女、ただの変な外人ではなかった。

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2006年10月18日 (水)

生者必滅会者定離

しょうじゃひつめつえしゃじょうり(大涅槃経)。
生命のあるものは必ず死滅するときがあり、逢ったものは必ず別れる運命にある。これから仏教哲学を説こうとしているのではない、第1そんな難しい説教ができる器ではない。

毎日新聞(10/15)から
国際的な環境NGO・世界自然保護基金(WWF:World Wide Fund for Nature)は、パプアニューギニアの熱帯雨林で、30種の新種のランを発見したと発表した。98年から同国のキコリ地方で実施していた調査で確認した。WWFは「ランの新種がこれだけまとまって見つかるのは珍しい」と話している。パプアニューギニア政府は生態系保護のため、同地方に野生生物管理区を設置する方針だという。

WWFによると、同国では世界でも最も多い3000種以上のランの自生が確認されている。しかし、違法伐採が相次ぎ、インドネシアに隣接する熱帯雨林では約70種のランが絶滅したとされている。同国中部・キコリ地方はパプアニューギニアの国旗のデザインインにも描かれているゴクラクチョウやキノボリカンガルーが棲息していることでも知られている。さて、発見されたということは、またすぐに絶滅が心配されることになるだろう。珍しいものを珍重する好事家のことだ、象牙が欲しいから殺した象や、毛皮が欲しいから殺した豹や、珍しい羽を付けた鳥などのように、珍しい植物も、乱獲、密売が横行するのが目に見える。

しかし、地球上で絶滅した動植物は、どれだけあり、いただろう。数えれば切りのないほど、あり、いるだろう。また現在、植物にも、動物(ほ乳類、両生類、鳥類、淡水魚類、昆虫類、甲殻類などなど)にも絶滅に瀕している種はどのくらいの数に上るだろう。その全てを救うことは最早間に合わないし、不可能と思われる。そして次々に姿を消して行く。日本でも、記憶に新しいコウノトリや朱鷺のように。考えてみれば今までにも、何百何千の種が絶滅して行った。不幸にも最悪なのは、人間という思考能力を備え、尊大にも己を霊長類と称して高等動物を自認する我侭な動物が、急速な繁殖を始めてからは自然界の種の絶滅は目に見えて早まって行った。この動物の繁殖力は物凄く、あらゆる自然界を破壊し、動植物の絶滅を速め、地球そのものまで破壊しかねないところまで来ているのだ。

生命の誕生とは、それが動物であろうと、植物であろうと、必ず死が約束されるものが生まれ出たことを意味する。それが1週間か、80年か、100年か、千年か、万年かは解らないが、永遠なんてない、地球だってあと40億年もすればなくなるだろう。絶滅する種があっても仕方ないことだ。今までだってその繰り返しで地球は動いて来ているのだから。

小学生の頃頻繁に見た山頂を蹴り、空中を遊泳する夢、雲の中を走るレールのない列車、水色のベンチの上の真っ赤な花(バラ?)一輪、それと同時に何度か見た兵隊になった姿で銃剣で突き殺される夢、生と死の狭間で揺れた軍国少年であった子どもの頃のことを、昨今よく思い出す。

生者必滅会者定離、これからも変わらない姿で輪廻を刻むだろう、そして、時は流れて行く。


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2006年10月17日 (火)

北朝鮮制裁と人道支援

北朝鮮の地下核実験の真偽はどうやら、実際に行ったことで落ち着いたようだが、その正確な位置はまだ特定されてはいない。空気中の放射線量も極く僅かだが騒ぎだけは大きい。

そんな北朝鮮ではいま、市民の困窮が深刻化しているという。前々から潜入ルポは度々テレビでも流され、腐ったものでも何でも食べたり、泥濘(ぬかるみ)の中から何やら拾い上げて口にする子どもたちの姿はよく見かける。

おもちゃの兵隊のような歩みの軍隊の行進は、見ていて恐ろしいのだろうが、吹き出したくなるような滑稽さがある。現在テレビで見る示威行進は、何年も前のもので、今では戦車を動かす燃料にも事欠く有り様だとも聞く。国を上げての貧困が押し寄せているはずの小国の北朝鮮が、なぜに核実験をやったのか。小国に不似合いな軍事力を備え、北朝鮮からは仕掛けることなど到底できないのに、威嚇だけはして見せる。軍人だけが富み、国民は疲弊のどん底にあっては金さんの破れかぶれ以外には戦える力などある筈はない。制裁の腹いせに金さんから仕掛ければ、間違いなく北朝鮮という国は無くなる。それほどこの国は疲弊していると見ていいだろう。

一方、国連児童基金(ユニセフ)の報道官は13日、国連安全保障理事会で協議されている北朝鮮に対する制裁措置について、子どもなどへの人道支援に悪影響が出ないようにして欲しいという考えを表明した。

ユニセフは北朝鮮で、世界保健機関(WHO)や世界食料計画(WFP)と共に90年代から人道支援を行って来た。報道官は、北朝鮮の子どもたちに対する予防接種の普及など支援の成果を挙げ、「こうした支援が続けられることを願っている」と語った。イゲランド国連事務次長(人道問題担当)も11日、「人道援助は制裁と切り離して続けられるべきだ」と訴えている。

将に涙を絞るような美談だが、ほんとうにそれでいいのか、90年代から始めているという人道支援と言う名の慈善事業、当時5歳であった子はすでに20か21歳の立派な北朝鮮人民の軍人になって金さんを支えていることになるのだ。支援をすればする程、立派な金さんの為の軍人を作っていることになる。金さんは、それが解っているからいくらでも無鉄砲なことを続けていられるのだ。人民は捨てておいても世界のお情け深い人たちがどんどん助けてくれる。軍人は切れ目なく生まれてくる。金さんは安心してテポドンを打ち上げを、核実験をやる。少しぐらい韓国や中国に逃げ出すやつがいても屁でもない、堪(こた)えない。

臭いものに蓋をするだけでは元は絶てない。人道支援という名の慈善事業は必ずしも善ではない。さあ、助けてやらねば大変だ、市民が、子どもが可哀想だ。と走り回って支援物資を送りつける。それが腐った組織の中で闇市に横流しされて行く。贈った方は折角送ってやったのに、と憤慨する。そして1部の人間の腹を肥やすことになるのに、懲りずに重ねての支援を呼び掛ける。それこそが慈善である、と言わんばかりに。そして金さんは、それが当然とばかりに気にもしないから、謝意を表明することもない。

10月14日、国連安保理事会は、全会一致で非軍事に限定した制裁を決議した。やはり中国の同意が得られないで合議に達したようだ。
 一、国連憲章第七章に基づき行動し、第41条の下で措置
 一、北朝鮮にすぜての核兵器、核開発計画の完全かつ検証可能な形での廃棄を義務付け
 一、北朝鮮への核、ミサイル関連物資や贅沢品の禁輸
 一、北朝鮮の核、ミサイル、大量破壊兵器の開発に関与した法人・個人の金融資産凍結
 一、北朝鮮の核、ミサイル、大量破壊兵器計画に関与する人物の入国阻止
 一、必要なら北朝鮮に出入りする貨物検査を含む協調行動
以上が、北朝鮮制裁決議の骨子だ。

最後の貨物検査は各国判断に委ねられるが、日本は、早くも上の決議に基づき、アメリカが北朝鮮に出入りする船舶への検査を実施した場合、周辺事態法を適用してアメリカ軍への後方支援を行うことや、自衛隊による船舶検査に強制力などを持たせるための特別措置法の整備についても検討に入ったようだ。

自民党の中には国連の決議だけでは物足りない人間(中川昭一政調会長)が、「核の保有について大いに論議する必要がある」と突っ走った。「(日本に)核があることで、攻められないようにするために、その選択肢として核(兵器の保有)ということも議論としてある。議論は大いにしないと(いけない)」と述べたとある。

彼は、どこまでも「眼には眼を、刃には刃を」を振り回したいらしい。米ソ冷戦時代の核開発にしのぎを削り合った無気味な情勢を、もう一度再現したいらしい。これを受けて安倍は、遊説先の大阪の茨木市での街頭演説で殊勝にも「北朝鮮が核武装しようとも、非核三原則は国是として守っていく」と述べた。

それでも金さんは、今度ものらりくらりと生き延びるだろう。何だかんだ言っても、やはり中国は問題の核心の国連憲章第七章の第42条(軍事行動に踏み切ることができる)の適用を避けるために動いてくれた、結果的には核兵器保有国として認めたのと変わらないぞ、少々窮屈にはなるが今までどおり、やれるわい、と。

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2006年10月16日 (月)

栄養ドリンク

疲れたらこの1本、ということで、栄養ドリンクの人気ランキング(10種)が載っている。(毎日新聞10/15)。

私が知っているのはこの中の2、3種しかない。そのわけは、今だ曾てこのような飲み物を1本として飲んだことがないからだ。生まれつき虚弱な体質で、生後初の誕生日までは生き延びるまい、と親から思われた体だが、それをどうやら生き延びてからは、第二次大戦中4年間の少年時代を男は強くなければと、先ずは歩け歩けで始まった教練は、海で山で鍛えられ、何時の間にか頑健とまでは言えないまでも、それ以来病気をしない体に生まれ変わっていた。

青年になり、壮年を過ぎ、老年になったが、ハシカと虫歯(これも歯の健康優良児だったが犬歯のせいで表賞まではされなかった)以外に病気をしたことがない。ちょっとした風邪ぐらい惹いても熱には強く(39度を越す体温でも頭痛もなく医者に行く必要もなかった)し寝込むことも決してなかった。学校もずっと皆勤で過ごした。うんと小さい頃、親が心配して医者に連れて行き、今で言うコーヒー色をした甘い風邪用のみず薬を飲んだことがある。食べるものの無い時代だ、子どもには無性に美味しい薬だった。丸い透明のガラス瓶で渡される薬瓶の目盛りを、1回の服飲料5ミリ程づつ減って行く刻みを眺めながら、一気に飲み干したい気持ちを押さえるのが大変だったことをはっきりと記憶している。同じ時代を過ごした妻もこのみず薬は飲んだらしく、印象も同じ、“美味しかった”だ。お互いの貧しかった食料難時代の子どもの頃を今は懐かしく思い出す。

妻は子どもの頃から薬学部を狙っていたこともあって、薬の知識には到底太刀打ちできない。彼女の家系には癌で亡くなった人が何人もいて、健康には特に気を付けている。彼女はランキングに入っている幾つかの種類のものは飲んでいたが、今ではランキングの1位のものしか飲んでいないようだ。彼女にとっては、私の何かあればアスピリンのように、疲れた時のこの栄養ドリンクが、彼女のポリシーボ効果を生む特効薬になっている。

 ランキング(9/1〜9/30まで、スギ薬局調べ)
 1. リポビタン
 2. ビタアルト
 3. チオビタドリンク
 4. リポビタンゴールド
 5. 新グロモント
 6. アリナミンドリンク
 7. 活蔘28A
 8. 新エスカップ
 9. ゼリアスV5
10. チオビタゴールド

以上、製薬会社の名前も出ているが無視。

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2006年10月15日 (日)

かぐや姫

月誕生の謎を探る日本初の月探査衛星「SELENE(セレーネ)」が13日、茨城県つくば市の宇宙航空研究開発機構(JAXA)筑波宇宙センターで報道陣に公開された。

H2Aロケットで来年7月以降に打ち上げる予定で、月の地形やどんな物質でできているかなどを一年掛けて詳しく観測することになっている。衛星は、縦横2・1メートル、高さ4・8メートルの四角い主衛星(重さ2.9トン)と、八角形の子衛星からなっている。

主衛星には14種の観測機器とハイビジョンカメラを搭載。月の上空100キロを周回し、水や鉱物の分布を観測するほか、レーダーで地下5キロまでの構造を調べる。子衛星は電波の中継などの使う。表面は月面からの反射熱などを避ける黒い黒い断熱材と、金属の放熱板で覆われている。

滝沢悦貞プロジェクトマネジャーは「米アポロ計画以来の本格的な月探査。月の表と裏では全く構造が違うなどの謎に迫りたい」と話している。

日本初の月探査になんでギリシャ神話の月の女神の名を冠するの。本当に横文字劣等感で凝り固まった国民だ。日本初ならどうして夢のある“かぐや姫”と名付けないのか。竹取物語の中で、言い寄る男たちを諦めさせ、彼女は牛車(ぎっしゃ)に揺られて月に返って行った。憧憬と夢想の物語は、幼い子どもたちの心に刻まれて夜の空を見上げたものだ。或いはもっと幼い頃、お月さんにははウサギがいて、お餅を搗いている、ほれ、見えるだろ?って祖父母や両親から聞かされて、月の表面に見える陰の形を追ったものだ。“あっ、二ひき(ウサギは一羽二羽と数えることなど知らないまま)いる、見える、見える”って。また、中秋の名月にはお供物をして月を愛(め)でた。日本人と月はずっと昔からとても近しい関係にあった。ギリシャ神話に頼らなくとも名付けることは容易にできたはずなのに。

昔、お餅を搗いていたウサギが何処かに隠れていないか、餅を搗いた臼や杵が何処かにないか。平安時代に月に返って行ったかぐや姫、何歳になっても光り輝くような美しい姫のままでいるだろうか、不死の身で、何千人、いや何万人の子孫と楽しく暮らしているだろうか。月の裏側ででも生きているのではないのだろうか。“かぐや姫”からは幾つもの夢の物語が紡(つむ)げるのに。

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2006年10月14日 (土)

お遊び、と 命令放送

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 素顔

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 そっくりさん




配達された朝刊を開いて行くうちに、ハッとして手を止め凝視した。似ている、余りに似ている。新聞紙の切れ端を利用してヒゲを蓄えさせてみた。またまたびっくりだ、私たち世代にはお馴染みのチョビヒゲのおっさんだ。写真の男がこれからやろうとしていること、やるかも知れないこと、物騒な面影がちらつく。

政府は9月29日の閣議で、北朝鮮による拉致被害者と家族の支援を含む対策に総合的に取り組む「拉致問題対策本部」(本部長安倍晋三首相)の設置を決めた。早速、安倍は関係閣僚に対し、拉致問題解決の向けた対策を講じるように命じた。

これを受けて菅総務相は11日の参議院予算委員会で、拉致被害者や失踪者の情報提供などを呼びかける北朝鮮向け短波ラジオ放送「しおかぜ」を、政府として支援する考えをあきらかにした。12日には総務省の松田次官の会見では、周波数の変更などの際に支援する方針を示した。

「しおかぜ」は昨年10月から、英国の放送配信会社に委託して毎日2回、日本国外から北朝鮮向けに、特定失踪者の手紙を読み上げたり、関連するニュースを流したりしている。この放送が妨害電波のために、北朝鮮に届かないことが度々発生し、その都度電波の周波数の変更をする経過があった。このため、総務省は、新たな周波数が必要な場合は、国際放送の周波数の割当を決めるITU*(国際電気通信連合)に働き掛けることも考えている。
 * International Telecommunication Union

さらに、NHKに対して、政府の見解などを短波ラジオ国際放送で流すように命ずることができる「命令放送**」を使って、拉致問題を海外に訴えることも検討するとしている。

菅総務相は13日に閣議後の記者会見で、「NHKには命令放送を行わせることができる。内閣が代わって、拉致問題が国の最重要事項になっていることは間違いない。そういうことを含めて検討したい」と述べた。

命令放送とは、放送法が国際放送について定めている制度で、総務相が事項を指定して放送を命じることが出来るとしている。実際に対象になっているのは、同制度に基づき制作費の1部に国費が投じられているNHKの短波放送に限られる。これまでの命令は、NHKの自主性を尊重し、具体的な放送内容に口出しして来なかった。


 **「命令放送」について
発表日

平成14年3月20日

タイトル

短波国際放送における命令放送の実施
−日本放送協会に対する平成14年度国際放送実施命令−
 -----------------------------------------------

 総務大臣は、電波監理審議会(会長 辻井 重男 中央大学理工学部教授・研究開発機構長)への諮問の上、日本放送協会(会長 海老沢 勝二。以下「NHK」という。)に対し、放送区域、放送事項その他必要な事項を指定して、短波国際放送(NHKラジオジャパン)において国際放送を行うことを命ずることができます(放送法第33条第1項)。
 総務省は、本日、協会に対する平成14年度国際放送実施命令について電波監理審議会に諮問し、同審議会から命令することを適当とする旨の答申を受けました。
 本件に係る命令は、平成14年4月1日に行う予定です(注)。
 なお、本件の概要は、以下のとおりです。

命令に当たっての指定事項(概要)
1.  放送番組の編集及び放送は、次のとおり指定する事項及び放送法第44条第4項(国際放送の番組編集準則)に基づき行うこと。また、放送効果の向上を図るため、NHKが本来の業務として自主的に行っている短波国際放送と一体として行うこと。
2.  放送事項
 放送事項は、次の事項に関する報道及び解説とする。
 ・時事
 ・国の重要な政策
 ・国際問題に関する政府の見解
3.  放送区域及び送信アンテナの出力
 放送区域は、一般向け放送については世界全区域とし、地域向け放送については欧州等17区域とする。
 送信アンテナ出力については、各放送区域における受信状況を考慮して決定すること。
4.  放送時間
 各放送区域における受信者数、受信者の要望等を考慮して決定すること。
5.  放送に用いる言語
 放送区域別に当該区域の受信者に適した言語を用いること。
6.  放送に関する周知
 放送の内容等について十分な周知を行い、受信者の便宜を図るとともに、受信者の増加に努めること。
7.  国の費用負担
 1,975,000,000円の範囲で行うこと(注)。
8.  命令の実施期間
 平成14年4月1日から平成15年3月31日まで(注)。
(注 ) 平成14年度NHK予算について、平成14年4月1日までに国会の承認が得られない場合は、平成14年4月1日付けでNHKの暫定予算の期間に応じて命令を行い、その後、国会の承認が得られた時点で、平成14年度の残余の期間について再度命令を行うこととなります。

(参考)短波放送の現状  22言語 1日延べ65時間

NHK広報局は取材に対し「NHKに正式な話が来ているわけもなく、今の段階でお答えすることはとくにありません」と述べている。また、立教大学服部孝章教授(放送制度論)は、「政府による放送内容への関与は、放送の不偏不党、表現の自由を謳った放送法1条の理念に反する。放送法は、国際放送の命令を規定しているが、番組の具体的な中身にまで踏み込むことは記していない。基本的に受信料で運営されている点からも、命令放送の拡大は慎重になるべきだ」と述べている。

いよいよ危ないことになってきた。弁論を操作、統制し、往時の大本営発表のごとき政府の思惑どおおりにしか放送が出来なくなるのではないか。ひたひたと押し寄せるファシズムの足音が聞こえてくる。安倍恐るべし。

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2006年10月13日 (金)

ビール類出荷減少

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 コマチ(小町)草

 揚羽は少しもじっとしていてくれない、何枚かシャッターを切ったが、使用に耐えられるのはたった一枚だった。




国際的な事件勃発で飲酒運転記事がやや低調だが、それでも酒飲みたちは新聞紙面を飾るためのように、欠くことなくあちこちで掴まっている。これだけマスコミでも取り上げられると、酒をつくりジャンジャン飲んでもらわねば困る業界には影響が現れたようだ。

ビール酒造組合などが12日発表した主要5社のビール類(ビール・発泡酒・第3のビール)の総出荷量は、前年同月比4・7%減の4095万ケース(1ケース=大瓶20本換算)で、統計を取り始めた92年以降で過去最低を記録したらしい。

飲食店への出荷が多いビールの出荷量も過去最低になった。悪天候に加えて福岡県の幼児3人が犠牲になった飲酒運転事故をはじめ、全国に目立った酒の上の事故が頻発し、連日賑やかに報道されたこことも影響したとみられる。

出荷量を酒類別にみると、
 ビールが前年比 8・5%減 2095万ケース
 発泡衆が 同  7・8%減 1114万ケース
 第3のビール  10・8%増  886万ケース

ビールの減少幅が発泡衆を上回るのは昨年2月以来で、外食産業を中心に飲酒運転に対する防止策を強化したことが影響したようだ。一方、今年1〜9月のビール類の業界シェアーは、首位キリンビールが38・0%で変わらなかったが、2位はアサヒビールの37・3%で上半期よりも差が広がった。

飲酒運転は止めましょう、飲んだら車には乗らないようにしましょう、といくら声を上げても無くならないのが飲酒運転。酒飲みの耳にはどう言っても届かない。酒を飲むことが悪いのではないが、酒が麻薬と変わらない飲み物であることを自覚している人間がどれだけいるのだろう。とは言っても、1920(大正9)年からおよそ14年間続いたアメリカの禁酒法は、密造、密輸の抜け道で、アルカポネ等のマフィアの跳梁を許す結果を招くことになっただけであった。前にも書いたが、製造も、輸入も、家庭でも、酒を絶たない限り、日本から飲酒運転はなくならない。少しでも飲酒運転事故を減らすには、厳罰と、絶えまない警告、誇大広告を止めさせることだ。ビール類の出荷の減少は、現在の世情からは当然のことで、酒飲みの目が醒めるまでは仕方ないだろう。

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2006年10月12日 (木)

高齢運転者に認知症検査

本日夕刊から
警視庁は12日、高齢運転者の認知症の有無などを判定する簡易検査の実施概要をまとめた。高齢化の進むに従って高齢者の自動車事故が増え続けている。2010年には高齢運転者は約1400万人と見られ、これ以上事故が増えるのを防ぐ対策が急がれている。

高齢者に多い漫然とした運転による横断中や出合い頭の事故、スピードの出し過ぎよりも単純な操作ミス。ペダルの踏み間違い。全体の死亡事故は減少しているのに、高齢者による死亡事故は増えている。現行道交法で実施されている免許書き換え時の高齢者講習は私も昨年受講して来た。

参照「高齢者講習」05/10/01
参照「高齢運転者と認知症」06/02/04

従来の高齢者の免許更新時に年月日や時間を尋ねる簡単な質問や、イラストを使った記憶力テストなどを行い、本人の過去の事故歴などを参考にして認知症の有無を検討、専門医の診断などを経て、認知症と診断されれば、免許証の取り消し、停止などの処分を行うことになる。今月の18日に初会合をを開く有識者懇談会で検査の対象年齢など細部を詰めたうえ、年内に結論を取りまとめることになる。

私の昨年の講習の結果からはまだまだ運転できるとは思うが、免許期限の平成20年は私もそろそろ免許証の返上の頃と考えている。どんなに自身大丈夫と考えていても、体の柔軟性は若者並みだが、走り、飛び、跳ねることの肉体的な衰えは間違いなく押し寄せていることは、日常生活で悟ることが多く出てくる。生きて来た知識や知恵とは違うことを知る。

検討されている検査は、20分間のペーパーテスト式で、年月日や時間を答えさせたり、イラストを見せて、一定時間経過した後に再び尋ね、記憶力を問うなどの内容になるようだ。検査には免許試験場の職員も立ち会う。

検査の総合得点により高齢者を
 「認知症の疑いのある者」
 「認知症に至らないが認知機能が低下している者」
 「認知機能が低下していない者」
の3区分に分類する。
さらにこの検査と過去の事故歴などから認知症の疑いがあるとされた高齢者には、専門医の診断を経て、道路交通法に基づき、免許取り消し、停止の処分を行うようにする。

私の免許証はまだ2年の有効期間がある、間違いを起こさないように気を引き締めて運転しよう。

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2006年10月11日 (水)

ココログ出版の本

大ニュースでした。くじ運の無いことで生きて来た私に数少ない10人の1人に選ばれることが決まった。これまでに立ち寄って頂いた方にはお解りのことですが、ブログの副題にも謳っているように、独断と、偏見の語りで終始する毎日です。
「あなたの代わりにココログが本を作りますっ!!!!」と、目に飛び込んで来たのが先月、今までメンテナンス・チェック以外には殆ど入ることのなかったお知らせのページ、何だか興味を惹かれたのが幸いしました。好き勝手を展開して来たこととて、ノミネートされることもあるまい、との思いの申し込みだった。
ところが、であった。やってきました。自分の文が書物になる。

《小言こうべい様

いつもココログをご利用いただきましてありがとうございます。
このたびは、ココログ出版「あなたの代わりにココログが本をつくりま すっ!!!!」キャンペーンにご応募いただきまして誠にありがとうございました。
厳選なる抽選の結果、小言こうべい様が選ばれました。
おめでとうございます!》

昭和一桁の思いをぶつけるのは優しく説いていたのでは現在のような乱れた世相を云々することなど到底できない。憎まれ口を、歯に衣着せぬ独断で、展開することに賭けた。そこで考えたのがブログの名前、“独断(dogma)”と“ピグマリオン”(ギリシャ神話から)でdogmarionとした。本当はギリシャ神話のピグマリオンはpygmalionと綴るからdogmalionが良いのかも知れないが。特に教育心理学のピグマリオン効果を狙った訳ではない。倅からは誰も立ち寄る人はいないよ、ってスタートを切ったのが昨年の5月だった。しかし、最近、少しは父親の心内を理解してくれているようだ。副題の独断と偏見が良く生きてるよ、って。

自分の書いた文章が本になる、一冊は自分、一冊は弟の分際で兄より先に鬼籍に先立った弟に(彼の妻君の岳父の支那事変当時の写真を掲載した)供えよう。彼のことも何度かブログでも触れている。残る一冊は、誰にしようか、手に触れてから考えることにしよう。

さて、
小泉前総理に向かっては毒舌を吐き続けた。安倍新総理は、小泉以上に右寄りのナショナリストと呼べる男だ。今朝の新聞もそうだが、北朝鮮関係の記事で埋め尽くされ、騒然とした世界情勢になっている。つい昨日まで、飲酒運転の記事で埋まっていた紙面構成が、一変して北朝鮮に占領された状態だ。あっちこっちのテレビ局では、軍事評論家なる訳の分からないおっさんを探し出し、短絡した仮定を引き合いに、もしも核弾頭が日本に落とされたら、そして若しもそれが都心だったら、と一気に恐怖に陥れ、話を報復心理へ向けさせるような話に展開する。その結果を待たずとも、テポドン騒ぎから日本国全体は、今一層大きく右傾化しようとしている。空襲の下、山に掘った防空壕に逃げ込んだ経験のある世代としては、日本国民は、彼ら新政府の扇動者の口車に乗って、結果として核爆弾保有まで突き進む愚策には乗らないで欲しい思いで一杯だ。

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2006年10月10日 (火)

新聞紙上のアイデア交換

携帯電話を持たない拙宅には、昔通りの据え置きタイプのものが玄関脇に備えてある。
幾日か前に、日頃五月蝿く掛かってくるセールス電話の断わり方を投書した人に対し、私はこのようなアイデアで応じている、という記事が載った。

そのアイデアを紹介した甲府市にお住まいの学習塾経営の49歳女性の方によると、「私もあなたと同様、セールス電話お断りの1人です」で始まる。「非通知拒否設定をしていても、やはりかかって来ます。きつく断わり後味の悪い思いをしたり、叮嚀に断わったのにひどい切り方をされたりと嫌な思いの連続でした」「そこで考えました。虚言を吐こう」「教材のセールスには、子どもの進学先は海外ですから、お宅様のものでは対応できないと存じます」「ゴルフ会員権のセールスには、何度お電話下さっても、夫は今、カナダへ釣りに出かけていて、3週間は戻りません。これからはゴルフより海釣りだと申しておりましたから、これ以上のご案内は無用です」そして極め付けの紹介が続く、「私、よく人様から、10代の肌に20代の体型、30代の色香を備えた美人だと言われます。だから今のところ、必要ないのです」には相手も笑って電話を切るほかないらしく、嫌な思いをすることはなくなったという。チビ・デブ・ブスの3拍子揃っていても、電話では見えないから、と。マニュアル棒読みのごとくにしゃべり続ける相手を制して「お電話ありがとう、折角のご案内なのに残念です」と切り出す、ということだ。取ってしまったからには大嘘をついてやろうとうのが、この女性のセールス電話撃退術だそうだ。

わが家でも数年前までは日に何十回ものセールス電話と、市の衛生局の番号が似ていたための余りにも多い間違い電話で煩わしい思いが続いた時期があった。セールス電話では嬉しくない葬祭場、墓地や、間違い電話のそばの配達の催促、すしやの注文、そしてまた、カード登録したデパートからの妻への洋服や貴金属の売り込みなど、大変な数のセールス電話があった。もう5年ほど前になる、懸賞でファクシミリ、留守録機能つきの電話機が当った。使い慣れてきてセールス撃退手段が分かった。完全な留守電にしておくことであった。

相手にも無駄な時間を取らさないためにも、呼び出し音は五回だけ。信号音ですぐに録音テープへの伝言を依頼することにしてある。必要な電話なら必ず伝言が入る。どうでも良い用件であれば後日掛け直してくれる。これで随分と楽になった。これではどうしても連絡が欲しい相手に失礼が起こる。例えば、本の虫の私には、取り寄せないと入手不可能な種類の書物が結構ある。書店に「届いた」との連絡は必ず頂戴して来た。或いは好きなオーディオ関係のパーツの取りよせの連絡もある。その他、そのような、こちらから欲しい電話がある先には必ず拙宅の電話が留守電にしてあることを申し出ることを忘れないようにしている。

これで迷惑電話は激減した。が、失敗が起こる。留守録を開き、こちらから電話なりしたあと、留守電に再セットすることを忘れることがあるのだ。どこかから家の中を観察しているのではないか、と思わせる計ったように掛かる電話がある。99パーセントがセールス電話だ。選りによって近くの葬祭場からの案内がしばしばだ。最近ではこのようなミスもなくなって快適に生活している。兄弟、親戚関係にも徹底してこのことは案内済みだ。家の中にいても電話は取り上げないが、しかし、留守録への話が始まれば会話が必要な時には即座に受話器を取り上げて話を続ける。何処から掛かって来たかの余計な表示システムなど無用の代物だ。

これには投書にもあるように、以前、妻の言葉不足で、切った電話先から折り返し掛かって来て、恐いお兄さんの脅しを聞かされたことがあった。それ以来、妻も電話恐怖症になっていることもあった。これでその後余計な心配事もなくなった。

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2006年10月 9日 (月)

ホルミシス効果

知らないことが多すぎる。この言葉も初めて聞く。温泉ブームが長く続いているから御存知の方は多いのだろうが、私はブームになって一層温泉は避けるようになった。清潔を旨とする考えでいくと、湯に入る前の掛け湯をすることも知らない人間たちが、特に女性が海水着を着込んで温泉とは、不潔きわまりなく、それらと一緒に妻を湯に浸からせるなど、考えるだけで不快な気分になる。そう言う訳で、とんと温泉には興味を無くした私でも、どんな効果なのか調べてみたくなった。

「ホルミシス」という言葉は、「ホルモン」と同一語源のギリシャ語「hormo」から来ていて、“刺激”という意味であり、放射線による刺激作用を「Radiation hormesis(放射線ホルミシス)」と呼ぶ、とある。したがって、「ホルミシス」という現象は放射線のみが有する生体(物)影響ではない。

私の世代には放射線は原子爆弾と結びつく恐いものだが、微量であれば決して毒ではないどころか、却って生命の活力を刺激し、健康に役立つことの方がおおいことも分かってきた。放射線のホルミシス効果と言う言葉は、アメリカのトーマス・D・ラッキー博士(ミズーリ州・コロンビア大学)が、少しの放射線量だと、「体の健康に役立つ(放射線ホルミシス論)」と論文発表(1982年)したのが切っかけで、当時は画期的なものとして全世界に大きな波紋を投げかけた。その後は各国で盛んに研究されるようになっている。それ以来「ホルミシス効果」と言う言葉が有名になったという。

このような背景があって、テレビやマスコミで取り上げられ、特に注目を集めているのが、世界屈指と言われるラジウム温泉である玉川温泉(秋田県)だ。現在隠れたブームとなっている岩盤浴で知られ、噴煙と蒸気を上げながら地熱を発する北投石*と呼ばれる岩盤に横たわって体を癒すのだそうだ。その素晴らしい効果が口コミでも伝わり、大人気となっており、周辺の旅館も予約困難な状況が続いているらしい。

 *北投石・・1907年、台湾の北投温泉で発見され、その名前がつけられたものだが、我が国では玉川温泉が唯一の産地。この石の大きな特徴は、放射性元素であるラジウムやトリウムなどを含んでいるため、通常の石の1000〜1万倍の放射線を発しているという。学術上貴重なものとして特別天然記念物に指定され、保護されている。昭和27年には国の特別天然記念物に指定され、現在は持ち出しは禁止されている。
 この石は、100年以上も前から、さまざまな病気に対して大きな効能を発揮する「秘石」と信じられて来たこともあって、盗掘が絶えなかったが、1922(大正11)年以来、採掘が禁止されている。

また、湯舟の方の温泉に引かれる源泉の温度は℃98度、PH1.2(水道水が中性の7.0)という日本一強い酸性温泉だ。今では日本に限らず外国からも来る客で、賑わっているそうだ。

ブームの岩盤浴となると、エステには何処の国の女性よりも飛びつく日本の女性だ。どんな商売でも1人勝ちに指を咥えて見ていることに我慢ならない金儲けの亡者たちが、ただの岩石を並べて岩盤浴の宣伝を始めてカモを呼び込む。本物ブランドでなくても満足できる連中はワンさといる。金儲けの宣伝文句に酔って石の上にトドのようにごろり、と横になって汗を流し、年中通えない身でも、宣伝の中身の一つでも得られればと、何かを期待する、哀れだ。

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2006年10月 8日 (日)

性関係急ぐ必要ない

今月、国連のエイズ対策本部に協力する組織「国連エイズ計画共同センター」に、京都大大学院医学研究科が指定された。国連は04年度から本格的なエイズ対策に乗り出すため、世界で共同センターの指定を進めており、京大の指定は世界で初めてである。研究科内に新設される初代センター長に木原雅子京都大助教授(社会疫学)が29日、就任した。

実はエイズ計画センターは10年前にWHO(世界保険機関)など国連諸機構でつくる専門組織「国連合同エイズ計画」(UNAIDS)を、欧米中心に44ケ所を創設していたが、活動成果が不十分だとして02年にすべて取り消していたのだ。その後、国際的実績など設置基準を明確にして定期報告義務を課し、3年ごとに指定を見直す等条件を厳しくし、新たに指定を始め、京大は今月、UNAIDSからの要請を承認したものである。木原助教授らは、国内で青少年の性行動調査や予防対策を進めており、その実績が評価されたとみられている。

木原助教授は29日、今後の取り組みを発表した。アジアで急増する感染を抑制するため、予防研究を最重点に活動する。各国の文化を考慮したプログラムを開発し、対策に取り組む人材の育成を目指す一方、予防に成功した事例を集め、研究結果は政策支部に向けて各国政府に提供していく方針だ。

2000年12月現在のデータだが、
 世界の*HIV/エイズ感染・患者総数は 3610万人
 2000年1年間の新たなHIV感染者数  530万人
 2000年1年間のエイズ死亡者数    300万人
 エイズ死亡者数累計         2180万人
HIV/エイズ等の新しい感染症や、結核、マラリアなどは近い将来克服されると見られていたが、再び大きな問題となっているようだ。

私自身の勉強のために言葉から理解して行きたい。
*HIV ヒト免疫不全ウイルス(通称エイズウイルス)Human Immunodeficiency Virus
エイズ(AIDS) 後天性免疫不全症候群 Acquired Immune Deficiency Syndrome
 Acquired   後天性・・先天的でない。遺伝でない。
 Immune    免疫・・・病気になるのを防ぐ。
 Deficiency  不全・・・不十分になる。働かなくなる。
 Syndrome   症候群・・複数の病気。一連の症状。
HIVは大変弱いウイルスで、空中や水中では生きていけないが、一旦人体内に入ると免疫細胞を破壊していく。
エイズはHIVというウイルスに感染して起きる病気で、主として血液、精液、膣分泌液によって感染する。

HIV感染者は、何の症状もなく、ウイルスに感染している以外は普通に日常生活を送ることができる。
エイズ患者は、免疫システムの働きが低下し、ひよりみ感染症*やカポジ肉腫**といった重い症状が出る。
そして、完全にエイズを治す治療薬はまだない。
 (*、**について、これ以上深入りすることは私には無理だ)

感染経路は3つに分けられ、
 性的接触・・これは感染者との無防備な(コンドームを使用しない、オーラルルセックスなど)セックス。
 血液感染・・感染者からの血液、臓器の提供や、注射の供用(麻薬の回し打ち)。
 母子感染・・感染している母親から妊娠中・出産時・授乳時に子どもへ感染することがある。

閑話休題(木原女教授の記事から)
高校3年生の性経験率は女子で39%、男子で30%(全国高校PTA連合会調べ、04年度)。
10〜20歳代のHIV感染者は96年度より3倍以上増加した。

《「大流行の可能性も否定できない。科学的根拠に基ずき、若者への予防教育が必要」という。元は癌研究が専門であった人だ。研究のためにと依頼すれば、患者のデータを手に入れられた。しかし、HIV感染は人の行動や意識に深く係わり、データの入手も容易ではなくなった。「医学的方法だけでは不十分。相手が何を必要としているかを理解しなくては」と、疫学に社会学的観点を加え、マーケティングの手法も取り入れた「社会疫学」を創始して、研究を実践してきた。

99年、国内初の国民性行動調査を実施する。中高生対象のアンケートも22万件回収した。一つのグループが集めた数では世界でも例がないほど多い。正確に答えてもらうには入念に設問をつくる必要がある。生徒たちが分かる言葉か、気分を害するようなことはないか。それぞれに相応しい予防プロジェクトをデザインする。

依頼を受けて学校に出向き、講師を務めることもある。科学的事実を淡々と述べ、成熟度に応じて言葉を選ぶ。「寝た子が起きる」危険を考えるからだ、という。》

今の子どもたちが、寝た子ではないことを知った上での教育だ。小学生のころから目にする印刷物には、親が追い付かないほどの性知識が盛り込まれている。マンガから週刊誌、友だち同士、目に飛び込んでくるチラシ、映画の看板、子どもたちの関心を惹き、目覚めが早まるのは至極当然のことだ。耳にも飛び込む興味をそそる言葉、不倫、浮気、テレクラ、援助交際という名の売春。その結果が高校生たちの性経験率の高さだ。それも女子高校生の高率は、昔から言われる「女の子の方が早く大人になる」だ。

ここで「禁欲」を説いても利き目など生まれる訳はない。女の子たちが知りたいのは、もっと具体性を持った性の知識だ。月経、性病、妊娠に避妊、などだろう。あるデータによると、性体験の許容性でも避妊さえ完全であればセックスを容認する考えをもつ男子の19・9%に対し、女子は24・9%と性関係を急ぐ気持ちが現れている。

財団法人・日本青少年研究所が発表した「高校生の生活と意識に関する調査」によると
 「結婚前は純潔を守るべきである」(平成16年2月)との設問に答えた日本を含む四カ国の比較がある。

   全くそう思う まあ思う あまり思わない 全く思わない
日・男  11・4  29・5   38・1    20・7   
  女   6・3  22・9   48・0    22・2 
米・男  16・2  31・3   28・9     14・2
  女  21・8  34・1   27・8     8・2
中・男  40・2  32・7   17・7     7・7
  女  43・6  32・9   14・5     7・3
韓・男  28・5  42・7   20・5     7・8
  女  43・1  33・5   18・7     4・2
(単位:%・・それぞれの合計は無回答分を含んで100になる)
 * 日:日本、米:米国、中:中国、韓:韓国

それにしても諸外国と比較して、日本の若者たちの性モラルの欠除は深刻だ。性の解放を学んだはずのアメリカですら、高校生の性意識は日本より遥かに健全だ。また、他の国では純潔を守る、とするのは男子よりも女子に多いのに、日本では男女の数値が逆転している。援助交際という売春の横行する特異な日本社会がよく現れている。高校生の4人に1人、大学生の半数以上は性体験がある、といわれる日本では予想通りだろう。それに加えて無知、とくれば、よく言われる「買うものがいるから・・」は全くの逆だ。どんなに金を積んでも、ない品物は買えないのだ。

その結果、待っているのは恐いHIV感染症であり、エイズだ。他にも多くの性病の蔓延をみることになる。日本でも世界でも最も多い細菌性性感染症の性器クラミジアを始め、淋菌、梅毒、ヘルペス、膣トリコモナス、性器カンジダなど、口にのぼり、警告を発してからでも随分経過しているが、良くなるどころか悪化の一途を辿っているのが現実だ。

これも団塊の世代の教育をしなかった我々の世代の負の遺産だろう。何一つ躾が出来ない親が次の親を育てた。そのまた次の親が現在の若い世代の親たちだ。子どもがどうなっても何も出来ない、言えない。ただ見ているだけのことになっている。その親たちも一緒になって不倫だ、浮気だ、とお盛んなことだ。子どもに意見など出来そうもない。メディアに相談する悩みごとは、不倫のこと、浮気のこと、離婚のことになっている。

何時か先が見える時代が来るのだろうか。

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2006年10月 7日 (土)

同性婚禁止は「合憲」

毎日新聞(10/7)から
米カリフォルニア州サンフランシスコの州高裁は5日、同性結婚を禁止するカリフォルニア州法について「違憲ではない」との判決を下した。この判断は、同州法が「万人の平等を保障する憲法に違反する」とした昨年3月の州地裁判決を覆すものである。同性愛者らは上告する構えでいる。

カリフォルニア州では00年、住民投票で同性結婚を禁止する州法が成立していた。同州高裁は「いつか結婚の定義を同性結婚にまで広げる時が来るかも知れないが、それは裁判所の判断ではなく、再び住民投票を行うか、州議会の決定で決められる必要がある」としている。

現在、アメリカで同性結婚が合法なのは、2003年11月18日、州最高裁が、グッドリッジ対州公衆衛生局の訴訟で、同性結婚を認めないのは州憲法の「状態の平等な保障条項」違反であるとして180日以内の実現を指示。2004年5月17日、同性結婚の登録が始まったマサチューセッツ州だけだ。

一般に結婚は、男女の間に交わされる関係であるけれど、人類には、異性愛者ばかりではなくて、異性愛者のいたことは、有史以来知られていることだ。古代エジプトで、古代ギリシャで、古代ローマで、中国の明代から清の頃に、我々の国日本でも南北朝時代、女人禁制の仏教寺院の僧侶と稚児や、織田信長と小姓を務めていた森蘭丸との間の君臣関係の中に、同性愛的な関係が見られるものもある。

同性愛のカップルが異性愛のカップルである結婚と相似な関係であると看做され、性転換なしに同一の法律上の効果が与えられ始めたのは極く最近のことで、19世紀後半から20世紀にかけてのことのようだ。また本格的に議論の対象になり、社会的に制度化され始めたのは、20世紀の後半になってからのことだ。

特に20世紀に入ってから、男女の恋愛関係や結婚が、個人の愛情と意志に基づくことが普通となり、その関係を社会的にも保障する制度が生まれて来た。それに伴って同性愛者にも、パートナー関係への欲求が高まり、同性結婚への憧れや、それを保障するような社会制度を要求する声が出て来た。

そして、世界で初めての同性結婚のカップルが生まれたのがデンマークであった。(1989年10月1日)

国として同性結婚を認めるのは、オランダ、ベルギー、スペイン、カナダなどがある。

平静を装って綴って来たが、私の偏見からは男性、女性に拘わらず、同性愛そのものが唾棄すべきものであり、市民権を与えるべきものではないと考えている。あくまでも、裏街道をひっそりと生きて欲しい。今回のサンフランシスコの州高裁の判決は、いつかは市民権を得られるかも知れないが、という含みを持たせているが、現時点では最善の帰結だろう。

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2006年10月 6日 (金)

北朝鮮の核実験予告

今回のニュースを耳にして、真っ先に思い浮かべたのは安倍新内閣に好都合だな、ということだった。今年7月のテポドンとミサイルの発射を受けて、日本の好戦派の連中は、必要以上の反応をみせて国民の恐怖感と反感をあおり立てた。それは、戦争を知らない世代の共感を呼び、世論調査でも憲法改正派を増やすのに効果を上げた。国会での心強い味方を増やしたことになる。

日本海の沖何キロ、とはいってもすべてのロケットは日本に向かって発射されてはいない。北朝鮮とロシアの沿岸であり、この国の海岸までを日本海と言うのでない限り、決して日本海という言葉で表現される海域ではない。北朝鮮を擁護するつもりはさらさらないが、日本の騒ぎぶりは極端であった。すでにこの時期、先の総理小泉は次々と国費乱用の、文字通りの外遊に耽り、国内外のことには上の空、声明は出しても空虚で虚しく響くだけであった。騒げば騒ぐほど北朝鮮のほくそ笑む姿が見えるようだ。

そして、安倍が新総理になった。彼が目指すのは憲法改正で自衛隊の格上げ、軍隊にすることだ。今回の北朝鮮の地下核実験の予告は、そのような安倍にとっては好機到来ではないのか。「だから言ったじゃないか、北朝鮮と言う国は、こんなに恐ろしい国なんだ、一日も早く日本も軍隊を持つべきなのだ」と正面切って言えるからだ。自民党の憲法改正案には明確に書かれている「非常事態に備える」ための改正案で、「国民しあわせ憲法」だと。しかし、そうは言っても憲法改正には衆・参議院議員の総数の三分の二以上の賛成が得られなければ成立しない。そこで自民党の憲法改正案では姑息にも、“三分の二以上”を不可能と見て、“過半数”とした法案にして何が何でも通過させようとの魂胆は見え見えだ。

今度の北朝鮮の核実験の予告には、日本としてはアメリカという大きな傘の下で、アメリカを後ろ楯にした制裁決議の提出が限界だろう。海を挟んだ日本が大騒ぎする以上に、陸続きの韓国、最大の友好国中国はもっと問題だろう。アメリカが広大な砂漠の地下や、大平洋の岩礁で(近辺の島々への多大な被害を生じるにも拘わらず)核実験をやるのとは違う。北朝鮮外務省は声明を出している。
 一、北朝鮮科学研究部門では今後、安全性が保証された核実験を実施する
 一、北朝鮮は、絶対に核兵器を先に使用しないし、核兵器を通じた脅威と核移転を許さない
 一、北朝鮮は朝鮮半島の非核化を実現し、世界的な核軍縮と終局的な核兵器の撤廃を推進するため努力する
というのもだ。絵空事ではなく確実に守られれば問題はない。

安倍は「断じて許せない」というが、結局のところ「国際社会全体で厳しい対応を取ることになるだろう」としか言えないのが実際問題だ。 すでにパキスタンもやった、インドもやったが、最も多く繰り返すのはアメリカだ。その結果作った爆弾を世界で唯一使用したのもアメリカだ。

憲法改正が成り、自衛隊が軍隊になる。後ろ楯にアメリカさんが付いていてくれば将に鬼に金棒だ。な、安倍君。

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2006年10月 5日 (木)

酒、ビールのコマーシャルをなくせ

連日飲酒運転による事故が発生する。片やテレビの画面から、新聞紙面からはビール会社の新製品が続々と発表され、酒飲みは喉を鳴らしながら画面に見蕩れる。敗戦後の傷跡も癒えず、働いても働いても生活の苦しい時代の庶民の心を掴んだ歌が作られた。安酒をあおり、メチールを飲み、命を落とす人も多く出、自棄くそのようになって憂さを晴らしていた。
 
 お酒呑むな 呑むなの御意見なれどー ア、ヨイヨイ
 酒呑みゃ 酒呑まずにいられるものですか ダガネ
 あなたも酒呑みの 身になってみやしゃんせ ヨイヨイ
 ちっとやそっとの御意見なんぞで 酒止められましょか
 トコ ねえさん 酒持って来い  (昭和26年、ヤットン節)

刑罰を厳しく、取締りを厳しく、と声高に叫ぶ反面、一方では野方図なコマーシャルの垂れ流しが続く。ヒステリックにタバコの害を叫び、コマーシャルが姿を消した流れを考えれば、それ以上に殺人さえ惹起する酒の恐ろしさは、タバコ以上にヒステリックに叫ぶ必要があるのではないか。ところが、どんどん飲ませておいて、生じる結果だけを取り締まっていては、無くそうとする運転事故の減るわけもない。上の歌のように、どんなに注意されても飲まずにいられないのが酒飲みだ。

それを助長するような宣伝合戦がテレビ画面で繰り広げられる。日本酒に、ワインに、ビールに、発泡酒に、好感度の高いタレントを使って飲め飲めと迫る。昔と違って女性もその道の女ばかりが飲むものではなくなった時代だ。飲めと謳うからにはお手軽に飲めるように、と価額合戦が始まる。缶チューハイの価格破壊は凄まじい。1缶(350ミリリットル)100円割れは当たり前になっている。

東京都西部の酒販店に並ぶカラフルなパッケージの缶チューハイには、80〜90円の値段が貼られている。ジュースより安くないと売れないのだそうだ。缶チューハイは宝酒造が1984年に210円で売り出したのが最初。後発のサントリーが99年に140円を出して価格競争の時代に突入する。当然追い掛けるのはアサヒやキリンが続く。

新商品の開発が簡単なのも要因としてはあるようだ。ブランドものに焼酎や、ウオッカ、蒸留酒、などを炭酸で割り、果汁などで味付けするだけで新商品が出来上がる。そのため、年間では100以上の新商品が続々と作り続けられる。この結果、古い人気の落ちたものは在庫整理の必要から幾らでも安く売られる。ジュースよりも安く入手できる現状は、度を過ぎれば、未成年者の飲酒の拡大にもつながりかねない。

早くからタバコ以上に害がある、と言って来た世界保健機関(WHO)が、07年5月をめどに、酒の広告規制を強化する方針を固めた。大半の先進国が酒の広告に何等かの規制をしており、WHOの動き次第では、日本でも影響を受けることになるだろう。速やかにテレビを始めメディアから、酒のコマーシャルが消えることを期待する。

それとも全米ライフル協会風に詭弁を使えば「飲酒運転で人を殺すのは人であって 酒ではない」となるのだろうか。

参照「飲酒運転はなくならない」06/09/03

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2006年10月 4日 (水)

銃社会の民主主義

奇妙なタイトルになったが、アメリカを表現するのに適当な言葉がない。外に向かってはテロとは関係のない他国への侵略があり、内では相変わらずの銃による殺人が横行している。小国の核実験や、イランのウラン濃縮問題には強い態度で牽制し、自身は無制限な核実験を繰り返して憚(はばか)らず、超大国の強力な火力を備えた軍事力で他国へ攻め込み、力こそ正義、と多くの自国民を犠牲にすることも厭わない。その行為がテロを拡大させ、増加させていることにも気がつかない愚かなことを続けている。

閑話休題 
米ペンシルバニア州ランカスター郡のニケル・マインズで、2日午前10時(現地時間)ごろ、またまたライフル銃の乱射事件が起こった。男がキリスト教プロテスタント系の一派「アーミッシュ」の学校に押し入り、女子児童・生徒ら3人を射殺し、自殺した。

全く同様の銃乱射事件は一昨年4月20日、コロンバイン高校で起こっており、この事件を切っ掛けにアメリカでも規制の強化を図った。従来拳銃の販売可能年齢は18歳であったが21歳に引き上げたり、ダイナマイト等の危険物の販売も銃同様に厳重な規制が検討された。また、銃問題に関して、正式な所有者以外が銃を使えないようにするロック装置の開発と取り付けの義務化を求める法案も提出されたが、全米ライフル協会*に関連する議員の反対が根強く、採択は難航したままだ。

*全米ライフル協会(Natiional Rifle Association「NRA」)は、1871年に設立され、アメリカ合衆国の銃愛好家の市民団体で、事実上の圧力団体である。会員は現在およそ400万人、そのスローガンとするところは「人を殺すのは人であって銃ではない」だ。日本人にアメリカの銃社会の恐ろしさを更(あらため)て教えてくれたのは、1992(平成4)年10月17日、ルイジアナ州バトンルージュで日本人留学生服部剛丈(当時16歳)が、ハロウインパーティに行く途中、間違って訪ねたある家庭で、銃を構えたその家の住人ロドニー・ピアーズ(当時30歳)に「Freeze=じっとしてろ」と声を掛けられたが、その意味が理解できず、仮装の衣装でふざけたところを銃で撃たれて死亡した事件が起きた時だ。

例の12人の陪審員制度による裁判が行われたが、1993年5月23日、全員一致の無罪判決で終わっている。アメリカ人の銃所持は合衆国憲法修正第2条「銃を所持する権利」で保障されていて、「玄関のベルが鳴ったら誰に対しても、銃を手にしてドアを開ける法的権利がある。それがこの国の法律だ」というのが理由だ。

続いて2000年10月28日、同じくハロウインパーティーの騒ぎが余りに激しくて、近所の苦情で警察官が出向き、処理に当っていたところ、黒人俳優がハロウインの仮装で玩具のピストルでふざけて銃を向けたところを、危険と判断した警察官に射殺される事件が起こっている。

何か凶悪事件が起こる度に、アメリカでも銃規制を厳しくする法の制定が持ち上がるが、常にその前に立ちはだかって前時代的な憲法条文を楯に、「人を殺すのは人、銃ではない」の詭弁を使い、規制の強化に反対するのがライフル協会という市民団体の圧力だ。1997年〜2003年までこの団体の会長を務めたのは映画俳優であったチャールトン・ヘストンだ。彼の会長であった期間、規制強化に対する強硬な反対姿勢は特に有名なものであった。開拓時代、奴隷売買の時代、南北戦争の時代から現代まで、銃に頼る国づくりは脈々と受け継がれ、“銃こそ国家”のあり方は、銃社会の民主主義ともいうべきで、古代ギリシャの奴隷制をベースにしたデモクラシーと共通するものだ。まだまだ国家として歴史の浅いアメリカ合衆国、傲慢な国から本当の民主主義の国になるには道はまだまだ遠い。

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2006年10月 2日 (月)

食欲抑制蛋白質発見

今朝の新聞から
群馬大大学院の森昌朋教授(病態制御内科学専攻)らの研究グループは、摂食やエネルギー代謝を制御する脳の視床下部に直接働きかけて食欲を制御する蛋白質「ネスファチン1」を発見した。動物実験ですでに、皮下脂肪型と内臓脂肪型の療法の解消効果を実証しており、研究結果は2日付けの英国の科学誌「ネイチャー」電子版で発表される。森教授は『内臓脂肪型肥満(メタボリックシンドローム)解消の切り札となる。できるだけ早く臨床での使用を目指したい」としている。

正常体重の人の場合は、脂肪細胞が分泌する蛋白質「レプチン」の食欲抑制作用から肥満になりにくいが、肥満状態の人には、レプチンが作用しないことは以前から知られていた。森教授らは、脂肪細胞だけでなく、脳細胞で分泌する九つの蛋白質から、レプチンと同様に視床下部に作用して食欲を抑制させる別の蛋白質があることを発見し、「ネスファチン1」と名付けた。

レプチンの作用しない肥満状態の鼠の脳髄益中にネスファチ1を注射して実験したところ、投与しない鼠と比べ、1日の摂食量は約30%減少、11日後の皮下脂肪は約20%、内臓脂肪は約30%減少されることが確認された。今後、臨床使用までに、毒性実験など人体への副作用の有無を解明するなどの課題は残されている。

デブには朗報だが、デブでもないのに、矢たらサプリメントだ何だのと、手当り次第の痩せ願望の女性たちには、健康を損なわないためにも、それこそ購入の抑制措置が必要になるかも知れない。

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2006年10月 1日 (日)

俺は偉いんだぞ

世の中には金と権力だけに頼る空っぽの人間がいる。
去る9月28日、テレビ東京の菅谷定彦社長は定例会見で、大株主の元衆議院議員、糸山英太郎氏が会長兼社長を務めるゴルフ場運営会社がスポンサーとなった番組を巡り、担当の幹部社員が糸山氏に挨拶に出向かず、「礼節を欠いた」などとして処分したことを明らかにした。

テレビ東京によると、糸山氏と会長兼社長を務める「新日本観光」は、テレビ東京の発行済株式約5%(20日付)を所有しており、日本経済新聞社に次ぐ第二位の株主となっている。問題の番組は、昨年4月〜今年3月に放送された「ゴルフスーパーバトル」。菅谷社長によると、先月30日に面会した際、糸山氏は「スポンサーなのに、部長以上が会いに来ないのはおかしい」と、番組内容に関する説明が不十分ことなどを指摘した。さらに、契約についても不備があるとして、改善を求めたという。菅谷社長は今回の会見で「問題提起には叮嚀に答えていくが、他のことは是々非々で対応して行きたい」と述べている。

糸山は、後に総理になる中曽根康弘の秘書を務めた後、32歳の時参議院議員に初当選したが、選挙期間中からその金権振りがマスコミに取り上げられ、さらに、当選直後に大規模な選挙違反が発覚する。選挙対策関係者から本部長、経営していた会社の社員、ギャンブル関係者ら142人が逮捕、1287人が検挙された。その後衆議院議員に3回当選する。彼のあるところ金にまつわる話題が付いて回り、『貪官汚吏(どんかんおり)欲深で、不正なことをする役人』と評されたこともあった。彼の金蔓は妻の父が元日本船舶振興会会長を務めた笹川良一の末の弟に当たり、資金面でのバックアップは強力なものがあった。

金権が人格のような糸山は、04年、自宅のザ・イトヤマタワーの18階で元暴力団組長から紹介された16歳の女子高生を買春して恐喝された折りも、その上を行く組長さんを使い、児童福祉法違反に問われることはなくて済んでいる。このような糸山が、テレビ局に対して挨拶のないことにクレームをつけることは至極当然のことで、どうしても金の力の前に頭を下げさせたかったものだ。テレビ局はまた、糸山のこわーい部分を知るだけに、ご無理ご尤もと当時の営業局担当部長を戒告、担当専務と営業局長を厳重注意にして応えているのだ。

立教大学社会学部(メディア法)の服部孝章教授は
《「礼節を欠く」という理由だけなら、大株主で広告主でもある糸山氏に対し、体裁を取った処分としか思えない。こんなことがまかり通れば、大株主を社内処分に介入させることにつながる。》と話す。

“実るほど 頭を垂れる 稲穂かな”には無縁の男のようだ。


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