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2006年9月10日 (日)

世が世なら

朝夕お目出度い、おめでたいで大賑わいが続き、女系、或いは女性天皇問題が鳴りを潜める一方で、次期総裁候補たちは、憲法改正に必死になりつつある。

男児が生まれるに当っては、方法はともあれ、間違いなく男女産み分けの手だてを行ったであろう。皇太子夫妻の懐妊を不可能と読み、03年12月の定例会見で、宮内庁長官湯浅利夫が12年間子をなさなかった秋篠宮夫妻へ、第3子の話を早々と耳打ちしているのだ。それでは、と頑張った結果の妊娠だ。女の子を産んでも仕方ない、世の中の趨勢は女性天皇容認の雰囲気もある。男でなければ意味がないのだ。そのためには男女産み分けは必須条件であったはずだ。帝王切開になった原因の一端は、その辺にあったとも想像することも可能だ。準備した乳母車は男児用がすでに用意されていた、との情報もある。

世が世なら、血を血で洗う諍いに発展することも考えられる。大化の改新、壬申の乱、はては14世紀の南北朝へと天皇家の分裂を招いた大騒動になることだって考えられることだ。マッカーサーが言った「国民がもの言える天皇でなければ国民の象徴ではない」とは、不敬に当らなければ個人の意見の自由を認めたことだ。

曲がりなりも折角戦勝国アメリカが与えてくれた民主主義だ、女性天皇、女系天皇大いに賛成だ。

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