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2006年9月16日 (土)

それほど慶ばしいこと?

紀子さんに坊やが生まれた。日本中お祝ムードだが、なにがそれほど嬉しいことなの?

単に無理矢理に男女生み分け技術で男の子をつくっただけのことじゃないか。万世一系などと言うまやかしの言葉に惑わされて、有り難がることはない。第一、歴史を繙けば、決して一系で来た訳じゃない。断絶もあるし、分裂もある。これを一系というのなら、過去の過去を辿れば、現在の日本人は皆洩れなく天皇家の血を引いているかも知れない。親族かも知れないし、兄弟姉妹かも分からない。

その昔は一系を守るために、天皇には特権として多くの妾(めかけ)が与えられていた。正妻一人では必ずしも男の子を産むとは限らない。そのために、予備軍としての妾集団が夜伽(よとぎ)の相手をした。そして男の子の生まれる確率を確かなものにしていた。その結果は、世界中の王家にあるような世継ぎ問題で、血を血で洗う諍いが繰り返されていたのだ。子だくさんで知られている子づくりに精を出した第52代嵯峨天皇(786〜842年)が、52人の子をなしたことが分かっている。19世紀に入ってからでも、120代仁孝天皇(1800〜1846年)、121代孝明天皇(1831〜1866年)らはそれぞれ7人、17人の妾を侍らせ、孝明は6人の子の中に後の第122代明治天皇(1852〜1912年)を産んでいる。その明治は5人の妾を持ち、15人の子の1人が第123代大正天皇(1879〜1926年)となる。その大正から同じようにして生まれたのが第124代昭和天皇(1901〜1989年)だ。男系の絶える心配は要らなかった。

近代になって厳しくモラルが問われ、天皇であっても妾を持つことが禁止され、その最初が昭和天皇であったのだ。たまたま二人の男子に恵まれたが、幸運ばかりではなかった。長男に男児が授からなかったために、弟の嫁に無理にも生んでもらう必要が生じたのだ。権力と財力のある輩は、現在でも陰で妻以外に女を持つものがいる中で、天皇の位置にあっても、いやその位置にあるからこそままならないこともあるのだ。

若い頃読んだ一冊に、毒舌の評論で鳴らしたジャーナリストの大宅壮一(1900〜1970年)が書いた「実録・天皇紀」(昭和27年)鱒書房、があった。その中で彼がいみじくも言い得たことだが、天皇のなさねばならない政(まつりごと)の最大のものは性事である、と。それ故にこそ必要であったのが大奥制度だったのだ。天皇は次に天皇になる男児を何が何でも生まねば万世一系が途絶えることになるからだ。その昔の災難を繰り返さないための方策であった。

ここに来て、世論を二分するほどの盛り上がりのあった女性天皇、女系天皇論が、すっかり鳴りを潜めた。次期首班と目されている安倍晋三が、15日のフジテレビの番組で、皇室典範改正問題について「ずっと男系で来たという伝統をすぐに変えるかどうかに慎重になるのは当然だ」と、女性・女系天皇の容認について慎重であることを述べた。先に小泉の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が女性・女系天皇容認の結論を出しているのは、安倍に比べると、この点だけで見れば、先を見ているのは小泉に軍配が上がる。先の通常国会で提出予定だった典範改正案も有識者会議の結論に沿ったものだが、安倍はこれについても会議の結論見直しも「将来的にあり得る」と語った。

しかし、今回は苦肉の策で乗り切ったが、将来、今度生まれた悠仁くんの嫁さんが、必ず男児を生むとは限らない。男系に固執するならば、大奥制度を復活させるか、夜伽の女性を複数持つことを許すことしかないだろう。今さら何をばかげた事を、というのなら女性・女系天皇を認めるのが良策だと考える。

参照「紀子さん懐妊」06/02/09

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