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2006年9月21日 (木)

高松塚古墳解体決まる

毎日新聞(9/16)から
1972年の発見以来、黴に悩まされきた飛鳥美人に代表される国宝壁画がやっと石室の解体修復の対策がとられることに決まった。千年以上の年月を闇の中から姿を現した飛鳥美人たち、描かれた当時の澄んだ空気から、汚れ切った20世紀の風に当てられた途端、褪色し、黴だらけで消え行く運命に曝される非運となった。

現代科学を信奉する人間たちに弄ばれ、日を追って黴に汚染され、色気を失い、無惨な姿に変わった挙げ句、その形さえも失おうとしている。科学の力で食い止めようとする度に、新しく汚染の進行を速め、その努力が無駄であることを感じつつ34年間放置して来たに等しい管理下に置かれていた。門外漢の祈りが届くはずもなく、一刻も早い解体以外に打つ手はない、と外野から気を揉むだけであった。

壁画の剥離搬出は中国は敦煌の、莫高窟が発見された1907年ころ、中国を探検中のイギリス人探検家オーレルスタインが莫高窟を訪れてから、当時の探検家たち、フランスのペリオ、ロシアのオルテンブルグ探検隊らが続いたあと、1924年、特にアメリカのウォーナーが調査と称して莫高窟に入り、薬品を使って壁画合計26点の剥ぎ取りを行って持ち帰った。当時のアメリカは独立(1776年7月)間もなく、文明の全てにおいてヨーロッパの西欧諸国に立ち後れ、がむしゃらに追い抜こうとしている頃であった。先進国が持ち帰った膨大な数の古代中国の貴重な文書の代わりに、壁から洞窟画を剥ぎ取ることを考えたのだ。すでに80年以上前に壁画を剥ぎ取る方法があり、実際に成功しているのだ。高松塚に当時の技術以上に応用できないことはなかったはずだ。あれよあれよと増え続ける黴を観察する以上の対策が何故打てなかったのか。

17日の朝刊に、発見された当時の撮影のものと、現状(14日、地元記者クラブ加盟の計15社に公開され、代表撮影)との比較写真が載せられたが、現状は目を覆いたくなる惨状だ。それでもまだ、来年3月まで現状保存を続け、それから約2ヶ月かけて石室を解体し、古墳近くの修復施設に運ぶことになるそうな。

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