ヤンバルクイナ激減
毎日新聞(9月9日)から
ヤンバルクイナは沖縄本島北部「やんばる(山原)」地域に生息する飛べない鳥。元々地元の人々にはアガチ・アガチャ・ヤマドゥイ等の名前で知られていたが、1981年に山階(やましな)鳥類研究所(千葉県我孫子市)により発見され、新種として発表されて一般にも知られるようになった。公式に発見された翌年1982年、国の天然記念物に指定されている。
国際的にも勿論日本に於いても日本の絶滅のおそれのある野生生物(通称日本版レッドリスト)では絶滅の危機に瀕している絶滅危惧種に挙げられている。2005年の調査の時点でもヤンバルクイナの生息地は確実に狭まっており、開発が進む「やんばる」の南側から次第に姿を消しつつあるという報告がされたいた。85年当時の推定では、全部で1500から1800羽くらい、多くても2000羽くらいしかいないと見られていた。
昨年10月に同研究所が実施した調査で、その数が激減していることが分かった。15日から盛岡市で開かれる日本鳥学会で報告されるが、全体数の調査は1220羽と推定された01年以来4年ぶりで、絶滅のふちに追い込まれている状況が浮かび上がった。
同研究所によると、調査は沖縄県国頭村(くにがみそん)を中心に、同県東村や大宜味村(おおぎみそん)の1部を含めた「やんばる」地域で実施された。生息域を約250平方キロと推定し、1キロ四方ごとに録音したヤンバルクイナの鳴き声を流して、鳴き声を返して来た数を元に算定する方法で数えた。
今回の調査での生息数は717羽が数えられたが、生息域は「やんばる」北部に次第に狭められ、減少している。道路で車にはねられたり、ハブ退治のために人工的に移入したマングースや野生化した猫などに補食されているのが原因と見られている。マングースも猫も環境への適応力の強い生き物なので、根付いてしまったものを排除することが難しく、ヤンバルクイナを守る有効な手立ては取られていない。
生息を脅かす別の大きな原因として、人間の生活を優先する開発がある。道路やダムが作られ、木が伐採され、ヤンバルクイナの生息域がどんどん狭くなっている。緑がなくなれば空気は汚れ、水も涸れてしまう。ヤンバルクイナと人間の共存ができる環境を維持するためにも人間の知恵を結集する必要を感じる。
調査を担当した尾崎清明標識研究室長は「ここまでとは思わず驚いた。致命的ともいえる数字で、手後れになる前に人工繁殖や天敵の駆除などに早く取り組むべきだ」と話している。
素人目にはもう手の打ようはないのではないかと思う。日本列島繁殖固体の絶滅は、コウノトリでもニッポニア・ニッポン(朱鷺)でも味わって来た。コウノトリは明治以来の乱獲や営巣のための木の伐採によって1956年、20羽にまで減少。同年国の特別記念物に指定された。一つがいを捕獲して人工飼育を開始したが1986年2月に最後の固体が死亡する。それまでには野生固体が1971年の5月にすべて死亡しており、人工飼育のものの死亡で日本からコウノトリが絶滅している。
また、朱鷺は1925、6年ころにはすでに絶滅したと見られていたが、その後昭和に入って1932、1933年に佐渡島で営巣が確認されたことで1934年に天然記念物に指定された。当時で約100羽が確認されていたが、1952年、24羽まで減少していた。この時特別天然記念物に指定されたが、国は佐渡の観光地化を進めていたことから、狩猟禁止の手を打たず、朱鷺の生息地近辺の開発に対しても停止の保護措置を取らなかった。1958年には9羽(佐渡に6、能登に3)にまで減少、1960年に国際保護鳥に指定。1971年、佐渡以外では絶滅をみた。
1981年、佐渡島に残された最後の野生の朱鷺5羽すべてが捕獲され、保護センターに移されて人工飼育されることになった。その後繁殖が試みられたが全て失敗し、2003年10月10日最後の1羽の死亡が確認され、日本産の朱鷺(ニッポニア・ニッポン)は絶滅した。
変わってフランスはピレネーの山中に、仏環境省が計画した増殖計画で放たれたヒグマがいる。野生のヒグマが絶滅の危機にあるため、スロベニアから5頭を輸入し、ピレネーの南西部に放ったが、そのうちの一頭が先週、事故死した。これを巡って、増殖計画の是非の論争が再燃しているという。反増殖派の農民団体は環境不適地域に放った政府の失態を非難。一方、賛成派の環境団体は公式調査を要求している。ピレネー山中には数百頭のヒグマが生息していたが、環境の変化や狩猟のため激減し、環境省によると現在の生息数は15〜18頭のみにまで減少しているという。同省は生態系を守るためにも増殖計画は必要としているが、周辺住民の多くは羊や牛を飼う零細放牧農家で、増殖による家畜への被害を訴えて猛反対している。
地球の長い歴史から見て、絶滅する動植物は数え切れないほどある。これからもあるだろう、数十億年の一瞬の長さに起こる変化は、起こるべくして起こる淘汰とも見える。消えるものがあるが、これから見つかるものもあるだろう。地球の世界人口も現在の65億人から2050年には90億人になろうとしている。これらの人々の胃袋を満たすための食料の確保も何処から何に求めて行こうと言うのか。地球資源だって無尽蔵じゃない、無限ではない。温暖化が何処まで進むかも分からない。人間が絶滅することだってあり得るのだ。どんなに科学が進んでも人間の力が地球の歴史を動かせるほど大きいとは思わない。
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