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2006年9月30日 (土)

日本語が使えない日本国首相

28日にも取り上げた。安倍と言う男、どうやら日本語の語彙が極端に乏しいようだ。ヨコ文字だらけのおしゃべりにはとてもついていけない。それに、舌足らずか長過ぎるのか、滑舌が悪く、聞き取り難いと来ている。一国の首相たるもの、自国語で喋るのが当たり前のことではないのか。

今を去る1951年9月8日、日本独立のためのサンフランシスコ平和条約の調印式に臨んだ日本全権吉田茂が、その前日の会議場に集まった世界52カ国の代表を前にして、用意した演説原稿を読み上げた。巻き物のように丸く巻いた長尺の和紙を開きながら、敗戦国から立ち直ったこれからの日本が、国際社会へ船出する所信を高らかに宣言したのは日本語で、であった。

安倍君よ、吉田先輩の爪の垢でも煎じて飲めよ。君が喋る相手は国会議員だけじゃないのだ。かといって議場の先生方が君の頭の中を全員理解しているとも思えないが。君の口から出た言葉は、間、髪を入れず活字になり、一般家庭に届き、テレビやラジオで流れるんだよ。カタカナの横にはカッコつきで日本語で書き加えられ、或いは口頭で言い換える。一体何のために日本語はあるのかね。安倍さんよ、いっその事「美しい国、日本」も横文字にしたらどうだね。アメリカの植民地日本にぴったりだと思うのだが。

私と同じ思いの日本人がいた。毎日新聞の記者も余ほど気になったらしく、わざわざ横文字を拾って数え上げた結果、国名やミサイル、テロなども含めると何とその数109回。総理になる前から口にしていたイノベーションに始まり、アジア・ゲートウェイ構想(一体何をどうしようと言うの?まさか大東亜なんてこと考えて?)にテレワーク、(テレマークならスキー競技でやっと覚えたが)カントリー・アイデンティティ。一言二言の言葉なら、今までのように追いかけて調べるのだが、こう無闇に使われては、勝手に喋っとれ!、君の言いたいことは半分も伝わらないぜ。もう少し日本語の勉強をしたらどうだ。

それともこれ、君の作戦? あれよあれよの間にあれこれの審議を皆んな国会で通してしまおうって魂胆かい?さあ、みんな、戦争を始めるよって。勿論、君が戦場に先頭に立って出向くことは絶対にないがね。

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2006年9月29日 (金)

福島県矢祭町と聞けば

東白川郡矢祭町と言えば、平成の大合併、とかけ声を掛けられて、日本中がお祭り騒ぎになって寄せ集めの合併を進めたころ、会議できっぱりと拒否を表明し「市町村合併をしない矢祭町宣言」をした根本良一町長のいる町だ。

矢祭町、根本町長については次を参照
「出産無料化」06/01/23

一月以来、久しぶりにこの町の記事が目についた。例の通り予算で苦労する町が、図書館新設のために全国に寄贈を呼びかけて寄せられた20万冊を超す大量の書籍に感激している話だ。28日までに、全国2652の個人と団体から20万1833冊が届けられた。17日には「図書館費用の一部に」と東京都豊島区の女性から現金10万円の寄贈もあったようだ。職員やボランティアは大量の本の分類に追われているが、予想外の反響に町は「今届いている20万冊をすべて整理するだけでも1年ほど懸かるのでは」と嬉しい悲鳴を上げているという。

殺人だ、子殺し、親殺しに酔っぱらい運転だ、と騒がしい毎日が繰り返されるが、このような心温まる話を聞くと、日本人もまんざら捨てたものではない、とほっとする。

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2006年9月28日 (木)

安倍晋三 初の記者会見

26日夜、首相官邸で就任後初の記者会見に臨み、財政再建の模範を示すため先ず「隗よりはじめよ」と自らの給与の3割、閣僚の給与の1割をカットすることを明らかにした。また、07年度予算編成で新規国債発行額を06年度(約30兆円)以下に抑制する方針を公約した。

一見、姿勢を正すようだが、単に国民受けを狙っただけの小手先のものだ。彼らはその程度の給与のカットでは痛くも痒くもない篤い特権が与えられ、サラリーマンがカットされて、驚くような感覚とはほど遠い生活が保障されているのだ。

【特権 】

『国会議員には憲法により3つの特権が認められている。

不逮捕特権(日本国憲法第50条)

両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない
国会法第33条

各議院の議員は、院外における現行犯罪の場合を除いては、会期中その院の許諾がなければ逮捕されない。


免責特権(日本国憲法第51条)

議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問われることはない。

歳費特権(日本国憲法第49条)

両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
なお、主な内訳は、

月収132万8000円(年間1593万6000円)
歳費手当(つまりボーナス)は年間635万4480円
文書通信交通滞在費は月100万円(年間1200万円)
合計3429万480円の歳費が毎年国会議員1人1人に支払われる。

その他の特権としては、

国会議員はJR全線無料で乗れる(グリーン車も)
航空機には月4往復分無料で乗れる
格安(家賃が10万円以下程度)の議員宿舎

など、優遇しすぎと批判のある特権もある。 』

3割がどれほどのものか。新幹線、飛行機などは乗り放題、安い家賃の官舎に住み、経費で落とせる項目は目白押し。安倍は自ら「美しい国づくり内閣」と銘うって教育再生を政権の最重要課題とし、臨時国会で教育基本法改正案を成立させ、首相直属の「教育再生会議」を設置して具体策を作る考えを示した。

また、成長なくして財政再建なし、を強調し、キーワードとして人材育成、イノベーション(技術革新)オープン(市場開放)などを挙げた。「隗より始めよ」にしろ、イノベーション、オープンなど、国民の多くは安倍が何を言ったのか理解できない人たちが多くいる筈だ。いちいち解説が必要な言葉ではキーワードとしては失格だ。どうして日本語で表現しないのか、知的であることを宣伝しないと心配なのか。

外交面では中国、韓国との関係については具体策がなく、胸襟を開くことが大切だ。両国にも一歩前に出てほしい」とタカの爪を隠した表現で首脳会談を呼びかけた。

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2006年9月27日 (水)

恐い内閣誕生

26日、初の閣議を終えて安倍新首相に連れられた閣僚たちが恒例の記念写真に収まった。皆が一斉に精一杯笑いをこらえて転がり込んで来た椅子につける喜びを満面に表わしている。マスコミはいろいろと書き、野党はこぞって批判した。民主党鳩山幹事長曰く「重厚感が感じられない」と、安倍氏のタカ派的な思考に合った人選。「一言で言えば小泉内閣の継承、アメリカにべったりくっついている」。共産党の市田書記長は「タカ派仲良しクラブ。安倍氏の特異で危険な政治理念を体現している」。社民党の福島瑞穂党首は「改憲戦争準備内閣、愛国心強要内閣になるのでは」。国民新党の亀井幹事長は「論功行賞内閣だ」と指摘している。

先の北朝鮮の花火程度のロケット打ち上げ(日本に向けて発射したものは皆無にも拘わらず)時、今回入閣を果たした中の数人の大臣の口から、北朝鮮への報復とも聞こえる先守攻撃なり自衛隊の戦力アップも当然とする意見も飛び出したのは事実だ。それに伴って今までもこの問題が出てくる度に、枷となっていた憲法9条が、俄然表面に浮かび上がって来た。改憲派は「アメリカから押し付けられた」のバカの一つ覚えで口を揃えて言うが、戦争で親や夫、兄弟を、或いは姉を妹を家族を失い疲弊した国民が、敗戦で受けた悲しみの中から二度と戦争をしない、と謳った新憲法に、どれだけ将来の夢を託したことか。誰もアメリカから押し付けられたと感じた国民はいなかった。当時共産党の野坂三蔵の国会で糺した「国際法で認められている自衛権を放棄することはない」に対し、時の総理吉田茂は「自衛のための戦争もこれを放棄する、と言うことだ」と答え「従来、侵略戦争のようなものも自衛の名を借りたものだ」とすら言っているのだ。そして、1947年5月3日、新憲法は公布された。日本の憲法はアメリカから押し付けられたものではないのだ。

ところが、中国の内戦で共産党が勝利し、蒋介石は台湾に逃れた。アメリカはソビエトと中国という共産圏の南下を恐れ、日本をその砦とするべく占領政策の転換の必要が生じた。直後に朝鮮戦争が勃発する。日本が戦争放棄を続けていては困る。当時国内に溢れていた失業者を集め、警察予備隊の名で現在の自衛隊の前身が作られた。そして、次第に憲法9条を捩じ曲げる解釈がとられるようになって行った。占領軍最高司令官マッカーサー自身の口から「自衛の戦争まで放棄したものではない」と。国会であれほど自衛のための戦争すら否定していた吉田茂も、マッカーサーの言葉を繰り返すことになった。そして、吉田の後を受けて組閣したのが安倍の祖父に当るA級戦犯が総理になった、と当時騒がれた岸信介だ。岸はA級戦争犯罪人として逮捕され、巣鴨プリズンに収監されていたのを、冷戦の激化・朝鮮戦争の勃発であたふたと、東条英機らの絞首刑が行われた翌日、急遽旧体制派の人物の復権で、岸も有耶無耶のうちに戦犯から解かれ、巣鴨プリズンを出所、野に放たれたのだ。

岸は満州事変から第二次大戦を通して東條とは昵懇の間柄であり、陸軍大臣を兼任する東條の内閣では商工大臣を務めていた。野に出て来た岸は1956年、石橋湛山内閣に外務大臣として入閣、石橋の死で代理首相となった後、次の選挙で勝ち、1958年6月12日、第57代首相となった。権力に頼った戦時中が忘れられず、警察官職務執行法なる議案を提出し、戦時中の悪名高かった「治安維持法」だ、との揶揄、批判を受け、引っ込めざるを得ないような愚を行っている。

安倍がタカ派と呼ばれるのも、この祖父を持った彼の生い立ちを見れば自然に頷けることだ。歴史認識に疎く、不戦を掲げて世界に誇る現行憲法を変え、何時でも戦える軍備を持ち、自衛の名のもとに、再び同胞の死を呼び込むことも辞せずとの考えだ。そのためには国に命を捧げる愛国心を植え付けることを大前提とし、教育に心血を注ごうという考えだ。あな恐ろしや、恐ろし哉。

テレビへの出場回数が多いだけで人気を上げ、適度の支持率を持つ。ビジュアル時代の規格に合った人気は、浮気心で動く大衆にはすぐに飽きられるだろう。

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2006年9月26日 (火)

交通事故 今度は保育園児

連日メディアを賑わす酒のみ、酔っ払いの運転事故が発生するさ中、昨日、今度はわき見運転による大事故が発生した。5人の保育士に連れられた埼玉県川口市の小鳩保育園(同市戸塚3)の園児33人が、近くの公園に向かう途中の行列に、後ろから来たライトバンが突っ込んだ。3歳と4歳の女児2人が死亡し、14人が重傷という。歩けない園児はベビーカー(2x1・5メートルほどの鉄柵製)に載せていた。後ろから来たライトバンは先ずベビーカーにぶつかり、その勢いで歩いていた園児たちを次々に跳ねたという。ライトバンを運転していた運送業手伝いの井沢英行容疑者(37)は、業務上過失傷害容疑で現行犯逮捕された。井沢は運転中カセットテープの交換のため、そちらに気をとられ、前方不注意になり、気がついた時にはとっさのブレーキが効く間もなかったという。

一般に良く見る風景だが、幼稚園、小中学校の生徒たちを引率する行列に出会うことはままある。常に思うことだがその引率のだらしなさは目に余る。歩道が定められている道路であろうと、そうでなくても整然と歩く行列を見たためしがない。予め注意をした上で公道に出ているはずだが、自動車の往来の少ない道路では、或いは自動車が見えない時は、ほぼ道幅一杯に広がってだらだらと歩くのが普通のようだ。引率の教師が注意する姿を見たことがない。ごく稀に、交差点で指導する姿を見ることもあるが、その他は全く野放途に歩かせているのが実態だ。歩行者は右側を歩くのが規則なのに。

今度の事故も引率する保育士は全員を公道の左側を歩かせている。道は車がすれ違うことが可能な幅のある道路だ。引率者が基本的な交通マナーを疎んじていることになる。後のまつりだが、園児たちが右を歩いていれば、全員無事であった可能性が極めて高い。ライトバンは後ろから左に寄っているのだ。交通規則を守り、右側を歩いていればライトバンの自損事故で済んでいる。起こった事故が余りに悲惨だから、今のところ誰も口にしていないが、命を預かる保育園だ、安全管理の基本を見直すべきではないのだろうか。

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2006年9月25日 (月)

食習慣が壊れている -2-

調査全体を通して言える主婦の傾向は、アンケートやインタビューなどの回答「言ってること」と実際の生活面で「やってること」の乖離が年々大きくなっていること。それが若い層ほどこの傾向が顕著に見られることだと言う。

例えば、「栄養バランスを重視して、おかずには肉と魚を交互にし、野菜の多い料理を考える」と言う主婦(27)の実際の1週間は、魚は1回、後は肉ばかり、野菜は殆どなかった。その言い訳は「家族が食べないものは作らない」と言うことになる。また別の主婦(31)は「夫には子どもの前で酒は飲まないように」と言いながら、子連れのママ同士の集まりにはビールを持参する。或いは味噌まで自宅で作っていたほどの手作り派の主婦(38)が、簡単料理や加工品、出来合いの惣菜ばかりが続くようになった。

このようにアンケートの回答は「現実に今日したこと」のような具体的に訊ねたもの以外、殆ど当てにならないことが分かる。「どう考えているか」という意識調査は主婦たちの実際の行動とは懸け離れており、調査のデータとしてはあまり役に立つものではないことが分かる。主婦にとって食事づくりは、どうしてもやらなければならないものではなく、他のやりたいこと、したいこと、或いは成りゆき任せでは作らなくても仕方がないもの、簡単に済ませたいもの、になっている。男の方も奥さんに無理に料理をさせて、波風立つのを避けることを考える。それよりは外食にでもするか、となる。

飽食の時代と言われて久しいが、肝心の食事の事になると想像するような豊かな食事をしているわけではないようだ。逆に食事はできるだけ節約を考え、その金銭があるのなら娯楽に回し、ディズニーランドに、家族旅行に、次には自分の服や家族の服に、或いは稽古ごとや趣味に使われる。そして次々に台所に立たない主婦が増えて行くことになる。当然のことのように出来合いのものを食べ、コンビニのお握りや、菓子パン、カップ麺や回転すしを取り囲むことになる。

昔ながらの、女は家族より早く起きて食事をつくるもの、朝食は味噌汁とご飯、などという強制には縛られなくなって来たが、食事を作ることの内面的な意味や価値観が希薄なって来ている。主婦自身のその時々の気分や気持ちに左右され、自分の子どもが、毒性の強い添加物まみれのファストフードを食べていても気にしなくなる。現在問題になっている朝ご飯を食べないのも平気になり、痩せても太っても関心を持たない。

今回の調査とは別だが、朝ご飯を作らない、作れない母親に代わって幾つかの学校が朝ご飯の給食を始めている。岡山県の或る小学校では「そこまで町がする必要があるのか」と言う意見もあるが、「食べて来なかった」「お腹が空いちゃった」などの他、勉強に集中できない子も多く、「家庭に任せておいても解決しない」と、対応を決めたという。過疎化の進む地方では、学校統合で早朝(6時台)には巡回のスクールバスに乗らなければ通学できない子もいるが、校長は「町がこんなことまでするのは、本来の姿ではない。家で朝ご飯を食べなくてもいい、となったら本末転倒。朝食の大事さは繰り返し、保護者に訴えている」と話す。

日本スポーツ振興センターの00年の調査では、小学生の16%、中学生の20%が朝食を摂っていない。朝ご飯を食べて来ない子は、3時間目ぐらいになると「気持ちが悪い」と訴える子も多い。女子栄養大学の足立己幸名誉教授は「朝食を学校で補完するより、家庭の努力を促してもらいたい、それでも作らない親には言ってもなかなか変わらないのが現実だろう。だったら、子ども自身で朝食を作る力を育てるよう、発想の転換が必要な時代ではないか。小学校低学年でもご飯の準備はできる。親が変わるのを待つより、子どもを変える方が早いかも知れない」と話している。

女性の職場進出で、「忙しい」「時間がない」と言えば、出来ることもしない言い訳の錦の御旗としてまかり通る世の中だが、今回のアサツーディ・ケイ2000Xがまとめたデータからは、必ずしもそうばかりでない面も見え、主婦のその時々の気分で作る作らないが左右され、献立が変わり、食べることなんかどうでもいいという「食」を軽視する時代になっているような気がする。このような未熟な親を、子どもの教育や将来について任せることが出来るよう、壊れてしまった食習慣を取り戻すためにはどうすればいいのか、国も学校のその場しのぎを見ているだけでなく、真剣に取り組む必要がある。


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2006年9月24日 (日)

食習慣が壊れている -1-

2、3日前、テレビでインドの或る家庭の食事風景を紹介していた。

インドと聞けば誰でも思い浮かべるのがカレーだ。何処の家庭にも、古くから伝わるそれぞれの家の秘伝とまでは言わなくとも、特徴のあるカレーの味が伝わっているだろう、と思うのが普通の日本人だろう。ところが見て驚く現実が映されていた。例の日本でもお馴染みの熱湯に放り込むレトルトパウチカレーが利用されていた。解説は、現在ではインドのスーパーでもレトルト食品が並ぶようになり、多くの家庭で消費されるようになっているそうだ。

インドは中国に次いで10億人を超える人口を抱え、現在は衰退を辿っていると言われるが、昔からの綿工業を始め、鉄鋼業、集積回路関係のITやバイオテクノロジーの方面で目覚ましい発展を遂げ、GDP(国内総生産)は合計で世界第11位、一人当りでも世界第4位の国力を維持している。産業は人を必要とし、働く婦人の増加を呼んだ。日本の現状が全く同じ経過を辿ったが、家庭を出て就業する主婦の増加は必然的に家庭の仕事から離れて行くことになった。テレビに映った主婦は、週に3日から4日はそのレトルトパウチカレーにする、と言った。完全に家庭の味の喪失が始まっている。先行して来た日本では、もはや古来からの食習慣は失われたも同然の悲惨な現実があり、インスタントとレトルトの毎日で、働く主婦たちは子育てを放棄したかに見える。次はその実態(98年から6000食以上の家庭の食事)を調査した広告代理店「アサツーディ・ケイ」200Xファミリーデザイン室が纏めた毎日新聞(9/18)の記事から。

5人家族と3人家族の1日の献立(と呼べるかな)だ。先ず5人家族から
(父34歳、母33、長男13、二男6、長女3)
 ♦朝食
   長男 ご飯、目玉焼き、納豆
   二男 ご飯、おかずは少し
   長女 ヨーグルト
 ♦昼食
   長男 給食
   二男 給食
   長女 チョコチップ入りパン、市販のレモンティー
 ♦夕食
   長男 チャーハン、スープ
   二男 長男の食事を横からつまむ
   長女 長男の食事を横からつまむ
 母親の言いぐさはこうだ。「朝食は長男は食べるが二男は「食べたくない」と言って食べないことも多い。長女は朝食としてプリンやヨーグルトを食べることがよくある。夫もお腹が強くないので、あまり朝は食べないし、私も独身時代から食べない習慣だった。今も子供たちの残したものを軽くつまむ程度でしっかり食べたりしない。夕食は夫が帰って来て「食べたい」と言わないとつくり始めないので、手の込んだことはしない」と。

続いて3人の家族の1日から
 (父36歳、母35、長男3)
 ♦朝食 
   長男 乳酸飲料、冷凍プチホットケーキ
 ♦昼食 
   長男 アメリカンドッグ、ミルクコーヒー、ミートソーススパゲティーとチャーハンを少し(いずれもコンビニエンスストアで購入)
 ♦夕食 
   長男 おかめうどんと盛りそばを少し(店屋物)
 母親の言い分「朝食は公園に遊びに行くので時間がなく、簡単なものにした。昼食は公園近くのコンビニで私の食べたいものを選んでしまった。息子はアメリカンドッグとミルクコーヒーを希望した。ミートソーススパゲティーを食べさせたら、汚したりして大変なことになってしまった。昼間公園に行っていて、私も疲れていたので夕食は出前にした。公園に行く時はお弁当を作って出かけたらいいのかも知れないけど、意識と行動が一致しない。実際には無理なことだから楽な方へ流れてしまう」と。

一家そろっての食事の習慣が無くなって久しい。子どもたちは勝手な時間に、勝手な場所で「バラバラ」に食事をする家庭が増えている。1日3食のリズムや朝昼晩のどれかを食べないで済ます人や、お腹が空く度に1日に4食も5食も食べる人もいる。80年代に、一人で食べることで育った子どもたちが親になり、家族別々で食べることに違和感がなくなってきている。親も自分が食べたくない時に食べるのは嫌だから、と子どもたちには習慣としての食事を躾けない。子どもたちが嫌がればその意志を尊重してしまう。いつ、何を食べたら良いか食事についての自己管理能力も育成されていない。好きな時に、好きなものを、と勝手食いする自由を尊重されているように見えて、その実健康を蔑(ないがし)ろにしていることに親も気づかない。

レトルト食品や冷凍食品、宅配サービス、外食などが普通の家庭で増加している。それはよく昔の主婦に比べ、現在の主婦の多忙さが理由に挙げられるが、しかし、今の主婦がよく口にする「時間がない」「余裕がない」「忙しい」「疲れていた」という言葉の本当の意味は、言葉通りのものでない部分が浮かび上がってくる。友だちとお茶をすることと、子どものお稽古ごとの送迎。或いは別の主婦は、週3回の午前中のテニス、また、食事の準備をするのが面倒になった、或いは朝食の準備の10分前になってやっと起きてくる主婦、といった例が次々に示されたという。    ---- つづく

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2006年9月23日 (土)

効果疑問は逃げ口上

止まない飲酒運転に、自治体も雪崩を打つように続々と厳しい罰則を設ける規則をつくっている。法を守らない人間に、厳しく接する、これも一つの手かも知れないが、もっと根本的な施策を考えることが大事だ。それは、今まで言って来た“適度なら健康によい”“百薬の長だ”の酒が、体に与える薬物生を知らしめることだ。“適度”など存在しないし、その適度で済ます酒飲みなどいないから、現在起こっている飲酒運転による事故がなくならないのだ。臭いを嗅ぐだけでも酔う人もいれば、幾ら飲んでも水だよ、の人もいる。これほど個人差の大きな嗜好品はない。どのような人を基準につくられた適度なのか、理解されないままで酒飲みに便利に利用されてきたのがこの“適度”という言葉だ。学者たちも不確かなまま“適量”の定義も行うことなく日本酒ならxx合、ビールなら○○本、などと何処かの学者の弁に乗っかった、それこそ適当な量を口にする。

『百薬』については警句であることを繰り返し書いて来た、これ以上書いてもバカのおつむには届かないだろう。そこでこのような連中が運転できないように、予め乗車前に「運転してもいいよ」、と車に許可を与えてもらう装置を装備することを、同じように悩むヨーロッパや北欧の車をつくる会社が考えた。絶対ではないが、役には立つだろうと。日本と同じように飲酒運転をする輩がいるためだ。日本人と比べてアルコールに強いとされる人種の呼気濃度や血中濃度の基準は当然だろうが、日本では考えられないほど緩い。

スウェーデンでは、政府が防止装置の使用義務化を推進し、2012年実施に向けた法整備を進めている。同国に本社を置くボルボは、シートベルトに酒気検知器を備え付け、運転者が息を吹き込み、酒気反応がゼロで、なおかつシートベルトも装着しないとエンジンがかからない装置を開発した。今は試作段階だが、世界各地で実用化を検討するという。

日本のメーカーも同様の装置の開発を目指しているが、トヨタの渡辺社長は「実用化の時期はまだ明確にはできない」と慎重姿勢だ。装置を開発しても、実際に飲酒運転防止の効果が出るのか疑問点があるとして、及び腰のようだ。飲酒運転を繰り返すような人が、装置をつけた車を購入するかどうか、装備を義務付けて車の価格が割高になった場合、飲酒しない人が、納得するかなどの問題を上げている。

裏をかく悪質行為がどこまで排除可能かもまだまだ検討する必要もあり、外国の例をそのまま取り入れるのではなく、日本独自の日本の実情にあった方法、或いは法整備を考えることが必要だ。現在各地で取られている違反者への厳重な処罰は勿論、これが従来のような打ち上げ花火に終わらない、継続性のある監視体制をつくることも重要なことだ。

トヨタの社長の立場では当然とは思うが、売れない車にでもなったら、と商売をイメージするのではなく、現在無闇にあれこれ付け加えているオプションの一部に代えて、先ずは飲酒運転ができなくなるための装置をオプションとすることを考えることだって可能だろう。それこそ電子回路の問題で殆ど解決するはずだ。或いは酒は飲めても飲めなくても、全車種の基本的なベースとして、そのことを安全性と共に車を作る上で優先させる設計思想として取り入れればいいことだ。音楽が聴ける、ハンドルから手を離さないで会話できる、道路が読めること、或いは贅沢な内装などは後回しでいいことだ。全ての車がそうなれば、それを基準の車づくりをすればいい。

そうでないと、中古市場に出回る車は多い、アルコール検査が不要な車の入手経路は多様にある。中古車販売業者にも、国の施策として援助しながら、車載装置の装着を義務付けることも必要になるだろう。生半可な対策で、モラルを持たない、マナーのない日本人の酒に飲まれる習慣は、治るものではない。

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2006年9月22日 (金)

身勝手に過ぎないか

毎日新聞(9/22)から
米カリフォルニア州司法省から「自動車排ガスが地球温暖化を引き起こし、環境被害を受けた」として損害賠償請求訴訟を起された、と報じている。同州は伝統的に排ガス規制が厳しいが、定められた規定に従って車を販売して来た各社、トヨタ自動車、ホンダ、日産自動車が、ゼネラルモーターズなど米ビッグスリーとともに今回の強行手段に驚きを隠さない。日本企業3社は21日「訴状が届いていない」として正式なコメントは避けたが、米国は3社の収益源であるだけに、影響の拡大を懸念し情報収集を急いでいる。

カリフォルニアは、大都市ロサンゼルスなどでの排ガスによる大気汚染が全米でもひどい地域で、連邦政府に先立って排ガス規制を始めた。全米で唯一、州独自の排ガス規制を持ち、他州にも強い影響力を持っているという。

地球規模で世界の4分の1の温室効果ガスを吐いておいて京都議定書の参加どころか離脱さえ表明した国だ。アメリカは発展途上国が削減義務を免れていることに不公平だと難くせを付け、人口1000人当たり1台にも満たない国にも公平を要求しているのだ。1000人当たりの車485台を持つ大国が吐き出すCO2の問題は、カリフォルニアという小さな州の範囲の問題ではないはずだ。世界が協力して温暖化を解決しようとしている時、自国の都合だけのエゴで世界に背を向けるのは、車大国アメリカの取る態度ではないだろう。このような自国の姿を知りながら、今度のカリフォルニアの訴訟は片腹痛いと言うほかない。

汚染の改善が進まない現状に業を煮やした州政府は04年、09年モデルから二酸化炭素炭素などの温室効果ガスの排出量を15年までに乗用車で25%削減することを求める世界で最も厳しい排ガス規制の導入を決めた。また、州議会は先月、20年までに温室効果ガスを現状より25%削減することを製造業などに義務付ける法案も全米で初めて可決した。

同州は西海岸の経済の中心で、全米で最も人口が多く、地理的に日本から車を送り易い。日本車メーカーは同州を重要市場と位置づけ、同州や全米の排ガス規制の強化を見越し低燃費の小型車を相次いで投入して来ている。トヨタとホンダはガソリンエンジンと電気モーターを併用するハイブリッド車の拡販もすすめるなど、温室効果ガスの排出削減には率先して努め、「環境対応には優等生だ」との自負もあった。それだけに小型車中心のトヨタなど3社の日本のメーカー側では、大型車の比率が高い米メーカーと一纏めで訴訟対象になったことに、困惑が隠せないでいる。

訴訟好きのアメリカ社会、吸い過ぎは健康によくない、と明記されたタバコを吸った結果、体を害したと、難くせをつけて訴え、億単位の大金を手にすることの可能な国だ。どう転ぶか分からない。今回の動きが同州特有の事情によるのか、他の州に波及するかは今のところ不透明だが、損害賠償にでもなればその請求額は数百億円になる可能性が高く、3社は当然抵抗するだろうが、米国事業で新たな難題を抱えることになったようだ。

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2006年9月21日 (木)

高松塚古墳解体決まる

毎日新聞(9/16)から
1972年の発見以来、黴に悩まされきた飛鳥美人に代表される国宝壁画がやっと石室の解体修復の対策がとられることに決まった。千年以上の年月を闇の中から姿を現した飛鳥美人たち、描かれた当時の澄んだ空気から、汚れ切った20世紀の風に当てられた途端、褪色し、黴だらけで消え行く運命に曝される非運となった。

現代科学を信奉する人間たちに弄ばれ、日を追って黴に汚染され、色気を失い、無惨な姿に変わった挙げ句、その形さえも失おうとしている。科学の力で食い止めようとする度に、新しく汚染の進行を速め、その努力が無駄であることを感じつつ34年間放置して来たに等しい管理下に置かれていた。門外漢の祈りが届くはずもなく、一刻も早い解体以外に打つ手はない、と外野から気を揉むだけであった。

壁画の剥離搬出は中国は敦煌の、莫高窟が発見された1907年ころ、中国を探検中のイギリス人探検家オーレルスタインが莫高窟を訪れてから、当時の探検家たち、フランスのペリオ、ロシアのオルテンブルグ探検隊らが続いたあと、1924年、特にアメリカのウォーナーが調査と称して莫高窟に入り、薬品を使って壁画合計26点の剥ぎ取りを行って持ち帰った。当時のアメリカは独立(1776年7月)間もなく、文明の全てにおいてヨーロッパの西欧諸国に立ち後れ、がむしゃらに追い抜こうとしている頃であった。先進国が持ち帰った膨大な数の古代中国の貴重な文書の代わりに、壁から洞窟画を剥ぎ取ることを考えたのだ。すでに80年以上前に壁画を剥ぎ取る方法があり、実際に成功しているのだ。高松塚に当時の技術以上に応用できないことはなかったはずだ。あれよあれよと増え続ける黴を観察する以上の対策が何故打てなかったのか。

17日の朝刊に、発見された当時の撮影のものと、現状(14日、地元記者クラブ加盟の計15社に公開され、代表撮影)との比較写真が載せられたが、現状は目を覆いたくなる惨状だ。それでもまだ、来年3月まで現状保存を続け、それから約2ヶ月かけて石室を解体し、古墳近くの修復施設に運ぶことになるそうな。

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2006年9月20日 (水)

整形

まともに取り上げるには余りに情けない話題を。
何でも子どもの美容整形が急増しているということで、テレビ局(TBS)が1人の男児に密着取材して放映したらしい。母親は己の持つ理想の男のイメージがあるのだろう。それをわが子と照らしあわせて、このままの目ではまずいと思ったのか、一重の瞼を二重に変えさせたという。この母親にとって男の瞼とは二重でなければならないようだ。今風に長髪をぼうぼうにのばした女の子同然の、生白いタレントの瞼がいいのだろう。男の目には虫酸が走る類いなのだが、女の目には可愛いと映ってもてる男のようだ。わが子をそのように学校でももてる男にしたい願望から無理に子を説得しての手術であったようだ。まるで人形の着せ替えでもしている気分なのだ。

こども、こどもと言うが、女の子はプチも含めると整形は当たり前のことのようになっている。今回の密着取材は手術を受けたのが男の子であることが珍しいだけのこと。女の子が母親に連れられて、整形院を訪ねるのは珍しくもない。親か子か、どちらからの働きかけかは分からないが、女の子は興味の対象にもならないほど普通のことだ。韓国の相場が安いから、と大挙して海を渡る女たちも多い。親から授かった体に傷をつけないようにと教えられた世代には、親から子へ働きかけてまで整形させる心理は理解し難い。聞けばわが子の体を傷をつけるには、それなりの理由もあるのだそうだ。2度と見たくない男の面影を消すためとの考えもあるとか。実(げ)に恐ろしいのは女の心だ。

この子の母親は男の一重瞼を嫌うようだが、逆に二重瞼を嫌う女性も多い。二重瞼の優しすぎる目は男らしく感じられないという。いずれにしても生まれついて備わった目鼻立ち、マイケルジャクソンのように白人への劣等感から皮膚まで剥がしてまで白になりたいヤツもいるが、彼の顔形からは無気味でおぞましい面相は伝わるが、元は生(き)のままの妹ジャクソンで見るとおり、黒人の精気に満ちた美しい肉体の持ち主であったのだろう。それともただ小児愛の性癖が、そちらに傾かせたものなのだろうか。私には歌にしろステップにしろ趣味の外にある人間なのでどうでもいいことだが、・・・。

世の中にはますます整形美人が多くなる。また騙される男もいるだろう。生まれて来た子を眺めて疑心暗鬼になる旦那さまがいるかも知れない。何処かの国に整形美人コンテストがあるように、“私は整形しています”を堂々と口にできるようになれば、それはそれでいいのかも知れない、とも思うが。

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2006年9月19日 (火)

シュレッダー事故に思う

忘れるほどに遠い昔、まだ幼稚園児だった頃にそれは起こった。
ある夏の熱い日、かき氷を買う小銭を手に店に走った。店には誰の姿も見えなかった。店には自分の頭ほどの高さの台の上に手回しのかき氷の機械が置いてあった。ときどき店の小父さんが捩じり鉢巻きでハンドルを回し、シャリ、シャリと音を立てて氷を削る姿を眺めていた。削られた氷が雪のようになって下に置かれた皿の上に積み重なって行く。小さい時からそのような大人の働く姿に見とれては時間を忘れる子だった。どうして氷が削られているんだろう、何であんなに白い雪のようになるんだろう。

店の中に誰もいなのを確かめると、いつも不思議に思っていた機械の仕組みに惹かれて自然に機械に手を伸ばしていた。雪のようになって落ちてくるところを確認するために、背伸びをし、頭を上げて削り口の刃を覗いた。二枚の金属の刃が光って見えていた。ここで氷を削るんだ、と思わず下からやっと届く位置の二枚の刃の間に指を差し込んだ。不自然な背伸びのまま刃の間に入れたのは左利きの手の小指だけだった。そっと撫でてみた。これで削るんだと確認してから、背伸びの踵を下ろすようにして手を引いた。何の抵抗も痛みも感じなかったが、小指の先から血が吹き出していた。70年以上経った今でもその時短くなった小指の爪は、右手の小指の爪の3分の2ほどだ。

最近話題になっているシュレッダーによる指先切断の事故を聞いて、子どもが目の前にある物の興味の向け方に、自分も辿った物に対する関心を思い重ねると同時に、家庭を持ち、育児に心掛けていた当時のことを思い出した。まだカラーテレビが一般家庭に行き渡っていなかったころだが、テレビの中身は真空管による回路設計が主流で、重いトランスやコンデンサー、抵抗などが使用されていて高熱を発する箱ものになっていた。放熱と持ち運びに便利なように函の側面には切り抜きになった穴が開けられていた。シュレッダーと同じようにメーカーからもメディアからも頻りに注意が呼び掛けられた。やっと掴まり歩きのできるようになった幼児が、口に咥えていたスプーンや、手にしていたスプーンをその穴の中に差し込むことで電気系統のショートを引き起こし、発火や事故の発生が続いていたのだ。当時はまだ現在のようなユーザーの物言う体制が確立していなかった。

わが家でもその頃やっと伝い歩きのできる幼児がいた。 念のためにテレビの中を確認してみた。あった!間違いない、スプーンが2本、シャーシー(配線や部品を取り付けるための金属の函)にくっついて落ちていた。間違ってショートするものの上に落ちていたら、子どもの命も家も消えていたかも知れないところだった。

今回のアイリスオーヤマなどによるシュレッダーの事故に関しては、製品の製造・販売業者は「製品欠陥ではない」として経済産業省に事故報告はしていなかった。その後の調べで、さきの乳幼児が指を挟まれて切断事故になった2件の事故以外にも、計17件起きていたと12日発表した。同省によると、乳幼児の指切断などの深刻な事故は計5業者の機種で発生している。このうち家庭内で事故が起きたのは2社。富士ゼロックスによると、91年3月、大阪で男児(1)が自宅兼事務所にあった業務用シュレッダーで右手4本を切断。同6月には東京で男児(4)が左手4本を切断した。富士ゼロックスは6月の事故以降すべての機種を販売中止にし、販売済みのものには投入口に安全カバーを取り付けて対応した。最大8ミリあった投入口の幅を3・5ミリ以下にした。

ナカバヤシも指欠損などの事故が03年〜06年に5件発生。同社は事故機を販売中止にし、希望者には無償で安全対策部品を取り付けて対応している。

このほかの業者は松下電器、リコー、カール事務機で、いずれも事業所内で乳幼児の指を切断するなどの事故が起きている。事故は大人を含めると33件に上っており、業界では再発防止策として安全基準を年内に作成する予定だという。

わが家にも家庭用のシュレッダーがある。会社勤めの癖からシュレッダーにかけることが多い。現在乳幼児はいないが、常に通電させておかなければならない機械ではない。家庭では特に毎日必要とする物ではない。電源はコンセントから抜いてある。例え乳幼児が遊びに来ても切断の心配はない。どこのメーカーのものでも同じだと思うが、小さくて細い指先も入る隙間はない。電源さえ落としておけば自動運転も掛からない。家庭兼事務所であれば尚更だ、1日中、機密書類を切り刻むことはないはずだ。乳幼児が近づく危険があるのなら、時間を決めて動かし、電源はこまめに切る習慣をつけることが大事だ。

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2006年9月18日 (月)

こんな裁判あり?

毎日新聞(9/16)から
「時節柄 刑軽すぎ」として酒気帯び運転で死亡事故を起こし、業務上過失致死と道交法違反の罪に問われた大阪府内の内装業の男に対し、大阪高裁は14日、懲役1年とした1審・大阪地裁判決を破棄して懲役1年6月を言い渡した。

白井万久裁判長は「やはり時節柄というか、そう簡単には済まされない。1審の刑期は軽すぎると言わざるを得ない」と付言した。被告側は、福岡市で幼児3人が死亡した運転事故後の厳罰化の流れが量刑に影響したと見ており、弁護人は「世論に左右されるのはおかしい」と話している。

弁護人の言うことは当然で、最近の飲酒運転事故の乱れ振りには怒りを覚えるが、そして、世論も何時になく激しい憤りを上げているが、だからと言って裁判官の匙加減、気分一つで地裁の下した判決に変更を加えるのはおかしいのではないか。

判決によるとこの事故は、05年10月21日午前7時10分ごろ、同府豊中市内を軽トラックで走行中の男(35)が、安全確認を怠ったまま車線を変更。後続のバイクを転倒させ、男性(当時45歳)を死亡させたものだ。男は未明に500ミリリットル缶の発泡酒を3本飲み、3時間ほど寝たあと、運転していた。

白井裁判長は量刑理由で、男に違反歴があることなどを上げ、判決理由に続いて「(飲酒運転は)最近、非常にやかましく取り上げられており、厳しく責任を問われる」と述べている。

大阪地裁は今年2月、懲役2年6月の求刑に対し、男に懲役1年の実刑を言い渡していた。被告側は刑が重すぎるとして、検察側も量刑を不当として、控訴していた。

弁護人は「こういう時期でなければ執行猶予がついた事案だろう。裁判官は人権の砦であり、世論に判断を左右されるのはおかしいのではないか」と話している。

その通りだと思う。判決の多くは裁判の長い歴史の中から、似たような事件の判例を参考にしていることは事実だが、裁判長の腹一つで地裁判決に変更を加えた例は恐らくないと思う。私もブログの中で飲酒運転に対する憎悪を書き連ねているし、少なくとも現行法の生温さには歯がゆい思いをしている。罰金刑の最高額を500万、1000万円にするべきだ、とも書いている。現行のような抜け道が残されているような法律では、飲酒による死亡事故は絶対になくならない。一滴でも飲んでいる運転者には容赦ない罰を加えるべきで、運転免許の再取得が許されるなど論外だ。まして轢逃げによる死亡事故には殺人事件相応の終身刑の適応も検討するべきだとも考える。酒を飲むのは自由、だがそのために起した事故のけじめをつけるのが“責任”という自由の本質なのだ。それができないなら始めから酒は飲むべきではない。それこそが若者たちの好きな言葉「自由」なのだ。裁判長は、言い訳をし、自己弁護するような“世論”を持ち出すべきではないのだ。自己の信念で下した判決なら言い訳は要らない。この判決では小学生レベルの「みんなが、そう言うから」と何も違いはないだろう。

付言するなら、現行法の不備や限界を言い、今後もっと厳しい法律の施行を促すべきだと思うのだが。

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2006年9月17日 (日)

やせ過ぎモデルに「禁止令」

日本のモデルや痩せたいと願っている女性にもよく考えて欲しい話題を。

パリのオートクチュール連盟が、18日から22まで開催予定の、スペイン・マドリード・ファッションショーを控え、マドリード市が出したモデルの体型に関するやせ過ぎ「禁止令」に反論するなど波紋が広がっている。

スペイン・マドリード市は保健省と共に「一般の人がファッションショーを拒食症の増加と結びつけて考えないようにしたい」として、「モデルのボディーマス指数(BMI *= 体重を身長の2乗で割った比率)は最低18以上」と規定し、それ未満のやせ過ぎたモデルのショー出場を禁じた。
【Body Mass Index 日本肥満学会では22を標準とし、18以下をやせ型としている】

これに対し、パリのオートクチュール連盟のグリュンバ会長は15日、「モデルの体型や好みや色の規制はできない」と反論している。BMIの適正指数は普通22前後とされているが、今回マドリード市が出した「BMI18以上」は、身長175センチの場合、55・2キロ以上の体重が必要となる。それでも普通の体型に比べると十分やせ型だと思うのだが、モデルの世界というのはそれほどに異常な物差しがあるようだ。パリのモデルのおよそ8割がやせ過ぎに入ると言うことだ。

日本でも、街行く針金のような女性を多く見かけるが、今のようなやせていることが女性の美の必然であるような風潮は決して良くないし、結婚しても現在増えている低体重兒がさらに増え続けることになる。先ずスタイリストの感覚からして美的センスの欠如を感じる。スタイル画を学ぶ段階で、日本人にはあり得ない9頭身、10頭身、いやそれ以上の空想のスタイルを元にし、針金に纏わせるためのデザインを創り上げる。いやでもやせ細ったモデルでないと着られない。衣装のための体型づくりが求められてもっと痩せろ、と要求される。全く逆の発想だ、デザイナーたちは着る人に合った衣装を創るのではない、骸骨用に創られたからには骸骨の体型でなくてはならない。かくしてどんどんセンスのないデザイナーに迎合して細い細いモデルが生産されて行く。

世の中の女性たちは、それら骸骨モデルが着用した写真を眺め、自身の骨格など関係ない、或いは6頭身、7頭身だろうと関係ない、痩せることに全力を尽くして、スペインでも心配する拒食症に陥るものもいる。

1991年、当時人気絶頂にあった宮川りえを使いサンタフェで撮影した150万部を売上げたヌード写真集があった。当時の初々しい宮川の姿からは想像できない現在の宮川りえ。失恋の痛手にやせ衰え、死の陰さえ漂う悲惨な姿から辛うじて回復し、演技の世界に入ってからの彼女は多くの映画祭でもその実力を認められているが、未だに元の体型には戻っていない。頬骨は目立ち、痩せすぎていてとても健康的には見えない。オランダ人の血を引く彼女はもともと美人の類いに入る女性であったが、現在の姿からは女性らしいふくよかさも欠けている。

コマーシャルに踊らされて贅沢にダイエットをし、或いはサプリメントを愛用し、食べて痩せられる、失敗しないダイエットに挑んでいる女性たち、嘔吐してまで痩せるなど無理なことをして体を壊さないように気をつけることだ。

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2006年9月16日 (土)

それほど慶ばしいこと?

紀子さんに坊やが生まれた。日本中お祝ムードだが、なにがそれほど嬉しいことなの?

単に無理矢理に男女生み分け技術で男の子をつくっただけのことじゃないか。万世一系などと言うまやかしの言葉に惑わされて、有り難がることはない。第一、歴史を繙けば、決して一系で来た訳じゃない。断絶もあるし、分裂もある。これを一系というのなら、過去の過去を辿れば、現在の日本人は皆洩れなく天皇家の血を引いているかも知れない。親族かも知れないし、兄弟姉妹かも分からない。

その昔は一系を守るために、天皇には特権として多くの妾(めかけ)が与えられていた。正妻一人では必ずしも男の子を産むとは限らない。そのために、予備軍としての妾集団が夜伽(よとぎ)の相手をした。そして男の子の生まれる確率を確かなものにしていた。その結果は、世界中の王家にあるような世継ぎ問題で、血を血で洗う諍いが繰り返されていたのだ。子だくさんで知られている子づくりに精を出した第52代嵯峨天皇(786〜842年)が、52人の子をなしたことが分かっている。19世紀に入ってからでも、120代仁孝天皇(1800〜1846年)、121代孝明天皇(1831〜1866年)らはそれぞれ7人、17人の妾を侍らせ、孝明は6人の子の中に後の第122代明治天皇(1852〜1912年)を産んでいる。その明治は5人の妾を持ち、15人の子の1人が第123代大正天皇(1879〜1926年)となる。その大正から同じようにして生まれたのが第124代昭和天皇(1901〜1989年)だ。男系の絶える心配は要らなかった。

近代になって厳しくモラルが問われ、天皇であっても妾を持つことが禁止され、その最初が昭和天皇であったのだ。たまたま二人の男子に恵まれたが、幸運ばかりではなかった。長男に男児が授からなかったために、弟の嫁に無理にも生んでもらう必要が生じたのだ。権力と財力のある輩は、現在でも陰で妻以外に女を持つものがいる中で、天皇の位置にあっても、いやその位置にあるからこそままならないこともあるのだ。

若い頃読んだ一冊に、毒舌の評論で鳴らしたジャーナリストの大宅壮一(1900〜1970年)が書いた「実録・天皇紀」(昭和27年)鱒書房、があった。その中で彼がいみじくも言い得たことだが、天皇のなさねばならない政(まつりごと)の最大のものは性事である、と。それ故にこそ必要であったのが大奥制度だったのだ。天皇は次に天皇になる男児を何が何でも生まねば万世一系が途絶えることになるからだ。その昔の災難を繰り返さないための方策であった。

ここに来て、世論を二分するほどの盛り上がりのあった女性天皇、女系天皇論が、すっかり鳴りを潜めた。次期首班と目されている安倍晋三が、15日のフジテレビの番組で、皇室典範改正問題について「ずっと男系で来たという伝統をすぐに変えるかどうかに慎重になるのは当然だ」と、女性・女系天皇の容認について慎重であることを述べた。先に小泉の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が女性・女系天皇容認の結論を出しているのは、安倍に比べると、この点だけで見れば、先を見ているのは小泉に軍配が上がる。先の通常国会で提出予定だった典範改正案も有識者会議の結論に沿ったものだが、安倍はこれについても会議の結論見直しも「将来的にあり得る」と語った。

しかし、今回は苦肉の策で乗り切ったが、将来、今度生まれた悠仁くんの嫁さんが、必ず男児を生むとは限らない。男系に固執するならば、大奥制度を復活させるか、夜伽の女性を複数持つことを許すことしかないだろう。今さら何をばかげた事を、というのなら女性・女系天皇を認めるのが良策だと考える。

参照「紀子さん懐妊」06/02/09

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2006年9月15日 (金)

長野・中央道多重衝突

「魔の急カーブ」「毎月のように事故」「長いくだり坂、距離感つかめず」「下り坂カーブ 雨でスリップか」「20台追突 4人死亡」など、紙面に書かれたドキッとさせられる大きな文字。

 昨14日、未明の午前1時ごろ、当時、雨の降る中、長野県阿智村の中央自動車道で、奈良県生駒市の坂口哲男(50)が運転する大型トラック(25トン)が運転する事故を起して横向きになり、そこに後続のトラックや乗用車など20台が次々に追突した。同県警高速隊などによると、この事故で4人が死亡、10人が重軽傷を負った。現場は急な右カーブで、今回の現場付近は01年6月にも、車がスリップし、2人が死亡、04年には7件、05年にも6件の事故が起こっている。都度、特殊な鋪装や照明が装備されて対策は取られていたというが、5年間に41件の事故が起こっており、高速道路にしては急なカーブであった。カーブの曲がり方は半径が300メートルで下り勾配も5%ついている。中央道の制限速度は80キロだが、現場付近は70キロに規制されている場所だ。

しかし、「毎月のように事故」とのんびりしていていいものか、それが分かっていて放置した結果が5年間で41件の大きな事故になっているのだろう。事故の起こる度に対策は施したように見えるが、抜本的な対策にはなっていない結果だ。というよりはもっと根本的な問題があるのではないか。狭い国土の、これ又狭い平地を縫うようにして走らせる高速道路、どうしても曲がりくねったものになるのはやむを得ないだろうが、人の命を載せた車が走る道路だ。なによりも人の命を優先した設計でなければならないと思う。このように特定の場所に集中して事故が発生することは、そこに人為的なものだけでない何等かの欠陥があるということではないだろうか。半径を現在よりも少しでも大きく取る、勾配を小さくする、などの対策を取ることは不可能なんだろうか。現在のままでは欠陥を抱えたままで、これからも繰り返し起こる事故の数を数えるだけになりそうだ。これでは欠陥マンションを設計した姉歯と、建物を造ったヒューザーの関係と変わらない。マンションの方は幸いにも倒壊するほどの大地震には見舞われず、死亡する人も出ないうちに対策がとられているが。

長野・中央道は、今回の新聞の見出しのように「魔の急カーブ」「毎日のように事故」「死亡○○人、重軽傷△△人」「雨でスリップか」などと書かれるだけなのだろうか。

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2006年9月14日 (木)

続 飲酒運転はなくならない

徒然草の第175段にはこう書かれている。(大意)
「世の中には合点のいかないことが多いものだ。何かにつけて酒を勧め、無理強いして面白がって喜ぶのは、どんな分けがあるのかさっぱり理解できない。飲むように勧められた人は顔を顰めて気づかれないように、そっと捨てようと逃げようとすると、捉えられて無闇矢鱈に飲ませようとする。だが飲ませられれば大人しい人も忽ち馬鹿げて狂ったようになり、正常だった人も病人のようになり、前も後も分からなくなり倒れ伏してしまう。お祝の日であっても余りのことに不愉快になる。翌日になっても頭痛が続き、食事も出来ず、苦しみ呻きながら起きることもままならない。生まれ変わったように感じて昨日のことも覚えず、公・私の大事なことも忘れて災いを撒くことになる。人をこのような目に合わすことは情けも慈悲もないことで、礼儀にも背くことだ。こんなに辛い目にあった人ならば、さぞ癪にさわり、口惜しく思うのは当たり前のことじゃないだろうか。このような悪い習慣のあることを、他国の人として自分が聞いたなら、変な習慣で馬鹿げていると思うだろう」。

現在あちこちの企業の新年会や忘年会の集まりや宴会でよく見かける酒の席の出来事が、1000年以上も昔から、彼奴ら何も進歩していないな、と一部始終が見られているようだ。つづいて、酒の席の見苦しい男の罵り合うさまや、女が髪を掻きむしるさまや、様相を描く。遂には町に出て訳も分からないことを口にしてよろめき歩き、人様の家の塀や門の前に、口に言えないことなどをし放題にする、全く、見るに忍びないことだ、と書き、

「百薬の長とは言うけれど、万病は酒がもとで起こるのだ、憂さを忘れるためとは言うけれど、飲むほどに過去のことを思い出し、泣き出す始末だ」と続ける。

酒飲みが言う「酒は百薬の長」はこれら先人たちの言った前半分を都合良く言い、後の半分を聞かないことにしているだけだ。都合の悪いことには耳を塞ぐ習慣が、日本の文化の中で長い間に根強く植え付けられ、何でも酒のせいにすれば許される酒飲み天国が出来上がって来た。

今年1月、酒気帯び運転で懲戒免職になった横浜私立中学校の元男性教諭(50)が、「重すぎる」として市の人事委員会に不服申し立てをしていたことが12日にわかった。横浜市、市教育委員会はそれぞれ2003年9月からと、04年7月から、飲酒運転を「原則免職」としたが、同市での飲酒運転に対する処分不服申し立ては初めて。この教諭は昨年12、自宅でビール1杯とウイスキーの水割り2杯を飲んで約1時間半後に酒気帯びで摘発された。罰金20万円の略式命令を受け、経過を学校に報告していた。

処分については「特段の事情がある場合は停職にできる」との例外規定があり、市教育委員会は05年10月、飲酒運転で摘発されながら報告しなかったとして、教諭について「良好な勤務態度」に触れることで、停職にとどめていた。市教育委員会は「自己申告は軽減自由にはあたらない。学校内で飲酒運転防止の研修を2度開催した直後だったことを重くみた」としている。

飲酒運転の危険について直前に研修を受けた身で、それを全く無視した己の犯した行為を棚上げにし、不当を訴えるなど、教壇から子どもたちに何を教えられると言うのだろう。顔も上げられない恥ずかしい行為をした後で先生の言うことをきけ、法律を守れ、と言ったところで誰が聞く耳持つか。これでも運が悪かっただけ、とでも言うのだろうか。

これを書いている最中でも、最新ニュースは飲酒運転で犠牲になった人の報道が繰り返される。或いは各地の職員等公務員の飲酒運転に対する厳しい処置が報道される。各地の自治体でも「模範となるべき公務員の皆さんへ」と、内部でも躍起になって対策を講じ始めたが、「模範となるべき」などと、議員をはじめ誰も公務員を模範として生活している人間などいない。そのように人を高みから見下ろすような価値感が日常の態度にも表れるのだ。「顧みて自らを糺すように」と言うのならまだ分かるが。

厳しくなったという現行道交法でもまだまだ生温い。最高罰則で懲役5年、罰金がたった50万円に過ぎない。少なくとも最高刑には500から1000万円程度の罰金を課すことが望ましいと思う。併せて10〜20年以上の懲役を実刑とするべきだろう。人を殺し、それ同等の重傷を負わせたことに対する責任は取るのが当然で、同情するにはあたらない。一度に払い切れない金額は、生涯働いて払うようにすればよい。路頭に迷うようなことになったとしても、自分が招いたことだ、勝手に迷えばよい。

飲酒運転については外国の状況と比較することが難しい。何処かの国が厳しい、反対に緩やかだといっても酒気帯びの取締基準が異なる。国土の広さも交通網のあり方も異なる。飲酒習慣にも差がある。人種的な体質の差、国民の遵法意識の違いもある。平方キロ当たりの車の移動量、所有台数、などが基本になって呼気濃度、血中濃度が決まってくる。血中濃度の高い順に、幾つかの国を挙げると、
 アメリカ  0.8(単位は㎎/㎖)
 カナダ   0.8
 イギリス  0.8
 スイス   0.8
 フランス  0.5
 イタリア  0.5
 タイ    0.5
 日本    0.3
 アルバニア 0.1
と、呼気濃度にすると、アメリカは日本の0.15に対して0.4になる。
呼気中アルコール濃度(㎎/ℓ)= 5 x 血中アルコール濃度(%)

今日の報道でも明らかだが、飲酒運転の検知拒否が年間500件も発生している。単純に酒酔い・酒気帯びに比べて軽いたった5万円の罰金刑だけで済む甘い罰則のためだ。シドニーでは検査拒否だけでも30万円以下の罰金となるのだ。また、飲む飲まない拘わらず、或いは口が開いているいないに拘わらず、酒類は車内に持ち込むことも禁止されている国もあると聞く。日本も見習うべきだ、窓からのポイ捨ても防げる。

メーカー側でも苦労しているようだが、すでに取り付けている国もある。車を始動させる前に呼気検査のための計器を積み、パスしなければエンジンが掛からない、というものだが、エンジンを掛けてからドライバーが入れ代われば何ということはない。エンジンを切らないで帰ってくることの可能な場所への往復なら見つからなければ不都合はない。何をしても抜け道はある。要は車を運転する人のマナーに係わることだが、愉快犯のように続けさまに飲酒運転を繰り返す今の日本人では、その場で免許証を取り上げても無免許で平気で酒を飲み、町中へ出て乗り回すだろう。運転中に携帯電話はしない程度のことさえ守れないのが現状なのだ。

有りもしない適性量を言い、薬物の依存性としてはアルコールの上にはヘロインしかない非常に恐い飲み物にも拘わらず、「酒の上のことだから」「酒が入っていたから」「ちょっとくらいは薬だよ」で済ます風潮がある限り、飲酒運転は日本から消えることはないだろう。最終的には日本人のモラルに劇的な改変が起こるか、酒の輸入を含めた製造販売が禁止されるか、車が無くならない限りに於いては.。

今日もテレビからは酒のコマーシャルが飲め飲め、もっと飲めと呼び掛ける。片方で取り締まり、片方で大企業の宣伝が、金を掛けて欲情を煽り立てる。今では殆ど姿を消したタバコのコマーシャル。その薬物生、依存性はアルコールの方が遥かに高いのに、一向になくならない飲酒事故を取り上げた番組の途中で、堂々と酒のコマーシャルが流れる。テレビ局、ディレクターの節度はどこにあるのだろう。

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2006年9月13日 (水)

飲酒運転はなくならない

連日これでもか、というほど続いて飲酒運転による事故が発生している。どれだけ刑を重くしても、法の網を潜る輩は次から次に生まれる。それに環をかけるような法律が9月1日から施行された。

「酒類小売業者の経営の改善等に関する緊急措置法」が8月末日で失効したために、酒類販売の地域規制が撤廃された。今まで参入できなかったスーパーやコンビニエンスストアなどは、一斉に免許申請を行う構えだ。
 全国の小売業免許数は
  01年度末   15万1343件
  02年度末   15万4759件
  03年度末   16万5915件
  04年度末   17万1674件
一方、廃業や取り消し件数は
  01年度    3621件
  02年度    4587件
  03年度    6934件
  04年度    7206件
と、増え続けている。

コンビニ最大手の「セブンイレブン」は、全国約1万1300店のうち、規制で酒の販売が行えなかった約1400店が、同じく大手スーパー「イオン」は370店鋪のうち49店鋪が、10月2日までの申請期間中に全ての店鋪で免許申請を行う予定だという。他者も追随する予定でコンビニに行けば手軽に酒が買える時代になる。

この夏を振り返って、全国で発生した水難事故の多くに係わったと見られる飲酒が元の未成年者の数は、飲んで自らが招いたものだとはいうものの、子どもがしっかりと育てられないバカな親の無責任さを表面化したものだが、そうと感ずる風潮は依然として育っているとは言い難い。そのような未成年者の悪の温床となるような規制緩和、加えて現在まで地域に密着して町の人の情報交換の場ともなった「酒屋さん」が消えて行く。01年から04年の3年間で、倍の数の店が廃業し、或いは転業を余儀なくされたのだ。24時間営業のシステムで参入してくる相手には町の「酒屋さん」では太刀打ちできないことは赤子でも分かる。

コンビニもスーパーも未成年者対策は考えているようだが、現実には夏休み最後の日に川崎市の多摩川で死亡した高校生(15)たちに、夜を通して一人で500ミリリットルの缶ビールを5本以上を飲むほどの(持ちよりもあたが)ものを売り付けているのだ。「年齢が確認できないときは販売しないことを徹底する」というが、それでなくても夜間に店の前に屯する悪童たちだ、事件が起こる前に危険性のあるものは店に置かない方が良いに決まっている。泳ぎだけに限らない、自分が死んでくれるだけなら良い、他人を殺すことにつながる自動車、バイクなどを運転するものもののことを考えると、手軽に買えることになるコンビニやスーパーでの販売に、版図を広げるのではなく、逆に狭めることこそ筋ではないのか。

厚生労働省の平成17年度たばこ・アルコール対策担当者講習会資料によると、全国から300校無作為抽出)の1996〜2004年までのデータがあるが、やや減少傾向にあるので(2004年)だけで見てみると、
       飲酒経験  月飲酒  毎日飲酒(単位%)
 男 中1   47.6   16.5    0.2
   2年   55.0   21.6    0.6
   3年   57.3   23.6    0.4
   高1   70.0   30.5    0.4
   2年   76.5   37.2    0.4
   3年   79.8   41.5    0.7
 女 中1   51.4   17.4    0.1
   2年   57.5   20.8    0.2
   3年   61.2   21.6    0.2
   高1   72.4   30.1    0.3
   2年   77.7   35.3    0.2
   3年   82.1   45.2    0.3
1、飲酒経験:今までに一口でも飲酒したことがあ
2、月飲酒 :この30日間に1日でも飲酒した
3、この30日間に毎日飲酒した
となっている。

家庭では母や姉の飲酒が女の子にはより強い関連が認められ、親の飲酒、友人、などが要因となっているが、特に親の影響を強く受けていることが見られた、しかし、親の側では自分の子が喫煙や飲酒をしていない、と思っていることが分かった。飲酒の切っ掛けになるのはクラス会、打ち上げ、コンパ、の他に、堂々と居酒屋、カラオケボックス、のみ屋で、或いは誰か友だちの部屋で仲間、などがある。コンビニが言う、年齢確認がいかに頼りにならないものか、良く分かるだろう。

また、親もだ、このような子どもたちの実態を全く放置しているとしか思えない。男子の現在飲酒者の父親の38・4%、母の35・1%は子どもが飲んだこともないと思っており、女子ではその傾向がさらに強く、現在飲酒者の女子の父親の52.・6%、母の47・9%は飲んだことがないと思っている。これでは少年少女の飲酒対策が進まないのも当然だ。

日本には古来より酒の上の出来事について、大抵のことは許される不文律が出来上がっている。そう、「酒の上のこと」、酒は「百薬の長」だ。キリストの生まれる前のこと、紀元前45〜23年まで続いた「新」を建国した皇帝王莽(おうもう)が下した経済政策を徹底させるための詔勅の冒頭にある言葉が、漢書の中の「食貨志」に書かれて伝わったものだ。彼は巧みに世論を操作し、自分の子どもたちさえ殺して王位についたが、国を治めることが出来ず、赤眉、緑林に続く昆陽の乱で失脚する。その時のかれは酒に溺れ、奇跡を待ったが遂に全身を切り刻まれて死んでいった。彼が言ったのは「塩は食物に最も大事なもので、酒は多くの薬の中で最も優れており、会合で嗜むには良いものである。鉄は農耕の基本となり、名高い山や湖沼は豊饒の倉庫なのだ」と。

中国の酒の文化は仏教の伝来と同時に日本にも伝わり、広く根付いて行くことになる。仏教では戒律として酒を飲むことが厳しく禁じられていたが、12世紀の始め、浄土宗の開祖、法然は問答の中で「酒飲むは罪にて候か」の問いかけに「まことは飲むべくもなけれども、この世のならい」と応え、僧の飲酒をゆるすようになっていく。それでも禅宗での酒を飲むことは戒められていたが、薬として身体のために少しぐらい飲むのは良かろう、ということで酒として飲むのではない、という意識から、「知恵(人間の知恵ではなく、真実を見抜く悟りへの知恵)の湧き出るお湯の意味を持った」『般若湯』という名を付けたのだ。その後、法然の弟子、親鸞になって酒だけではなく妻帯さえも許される仏教の世界が新たに開かれることになる。

さらに下って吉田兼好(法師)になると、「百薬の長」はその逆を行く「百毒の長」という言葉になって出来てくる。1330年に書かれた「徒然草」の中には次の一文がある。
                 
                   ---- 続く

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2006年9月11日 (月)

女子野球

 女子大として全国で初めて大学硬式野球リーグに加盟した中京女子大学(愛知県大府市)が9日、愛知県岡崎市で初めての硬式野球戦を行い、男子チームの名古屋外国語大に0vs35で敗れた。

 選手13人で愛知大学リーグ5部に所属。2度の夏合宿などで強化したが、中京女子大は3安打無得点に終わり、逆に相手チームには24安打、15盗塁を許した。深沢美和主将(2年)は「緊張して練習してきたことができなかった。次は何とか点を取りたい」と、おっしゃった。

 女子大学に男子学生のうまれる時代だ。女も男もないのだろうが、スポーツの世界はちょっとばかり違うのじゃないだろうか。遊びでやるのなら別だが、持って生まれた性差は厳然としてある。アマチュアが仲良く楽しみながらやるレベルなら、女、男の別などなくてもよい。しかし、結果と成績が問われ、数字に表われ、順序が競われることになれば、違ってくる。女がどれだけ頑張っても男には太刀打ちすることが不可能だ。将来、その道で生きることを選ぶ人間も含まれている男の集団に、若い時にしかできないことにチャレンジしておきたいだけの女では、男には相手をすることが迷惑の上に邪魔になるほどだ。0vs35が明瞭に示している。

 現在あるスポーツの混合で争われるものに、バドミントン、テニス、卓球などがある。ゲームのレベルではゴルフ、カーリング、ボーリングなどはあるが、概ねは男女それぞれ別で競われるのが原則になっている。

 もしもこれからも女性が硬式野球を続けたければ、半世紀も前にアメリカで実際にあった女子だけのプロ野球リーグのようなものを作ればいい。このリーグは、第二次世界大戦中、多くの男子選手が戦場に狩り出され、寂しくなったメジャーリーグに代わって、アメリカ女子プロ野球リーグとして作られ、1943(昭和18)年に始まり、1954(昭和29)年まで存在していた。戦争に疲れていた時代の娯楽の一つともなり、100万人近い観客動員数も記録した。1945(昭和20)年に戦争が終わり、戦地から選手たちが帰還すると、女子プロ野球選手は家庭に戻り、それにつれて観客動員数も減って行き、採算が取れなくなり、毎年増大する負債のため、リーグは終焉することになった。

 それから40年経った1994年、クアーズビル社と300万ドルの契約を結んだアトランタの事業家が、女子のプロ野球チーム、コロラド・シルバー・ビュレッツを結成した。アメリカ全土の約1300人の女性野球選手から20数名を選び抜き、男子のセミプロチームや地域のチームと試合を経験しながら、1997年、4チームから成るレディース・ベースボールリーグをスタートさせた。1998(平成10)年には女子プロ野球と改称し、2チームが新しく参加して6チームになったが、スポンサーの経済的理由で一ヶ月で活動を休止。シルバー・ビュレッツも同年、を最後に活動を停止した。

 日本には機会均等法があるんだ、遠慮することはない、女性の新しい職場としてプロ野球リーグを結成すればよい。名プレーヤーにでもなれば、日本の女性化した若い男たちが、女子バレー同様わんさと押し掛けること間違いないと思う。

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2006年9月10日 (日)

世が世なら

朝夕お目出度い、おめでたいで大賑わいが続き、女系、或いは女性天皇問題が鳴りを潜める一方で、次期総裁候補たちは、憲法改正に必死になりつつある。

男児が生まれるに当っては、方法はともあれ、間違いなく男女産み分けの手だてを行ったであろう。皇太子夫妻の懐妊を不可能と読み、03年12月の定例会見で、宮内庁長官湯浅利夫が12年間子をなさなかった秋篠宮夫妻へ、第3子の話を早々と耳打ちしているのだ。それでは、と頑張った結果の妊娠だ。女の子を産んでも仕方ない、世の中の趨勢は女性天皇容認の雰囲気もある。男でなければ意味がないのだ。そのためには男女産み分けは必須条件であったはずだ。帝王切開になった原因の一端は、その辺にあったとも想像することも可能だ。準備した乳母車は男児用がすでに用意されていた、との情報もある。

世が世なら、血を血で洗う諍いに発展することも考えられる。大化の改新、壬申の乱、はては14世紀の南北朝へと天皇家の分裂を招いた大騒動になることだって考えられることだ。マッカーサーが言った「国民がもの言える天皇でなければ国民の象徴ではない」とは、不敬に当らなければ個人の意見の自由を認めたことだ。

曲がりなりも折角戦勝国アメリカが与えてくれた民主主義だ、女性天皇、女系天皇大いに賛成だ。

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2006年9月 9日 (土)

ヤンバルクイナ激減

毎日新聞(9月9日)から
ヤンバルクイナは沖縄本島北部「やんばる(山原)」地域に生息する飛べない鳥。元々地元の人々にはアガチ・アガチャ・ヤマドゥイ等の名前で知られていたが、1981年に山階(やましな)鳥類研究所(千葉県我孫子市)により発見され、新種として発表されて一般にも知られるようになった。公式に発見された翌年1982年、国の天然記念物に指定されている。

国際的にも勿論日本に於いても日本の絶滅のおそれのある野生生物(通称日本版レッドリスト)では絶滅の危機に瀕している絶滅危惧種に挙げられている。2005年の調査の時点でもヤンバルクイナの生息地は確実に狭まっており、開発が進む「やんばる」の南側から次第に姿を消しつつあるという報告がされたいた。85年当時の推定では、全部で1500から1800羽くらい、多くても2000羽くらいしかいないと見られていた。

昨年10月に同研究所が実施した調査で、その数が激減していることが分かった。15日から盛岡市で開かれる日本鳥学会で報告されるが、全体数の調査は1220羽と推定された01年以来4年ぶりで、絶滅のふちに追い込まれている状況が浮かび上がった。

同研究所によると、調査は沖縄県国頭村(くにがみそん)を中心に、同県東村や大宜味村(おおぎみそん)の1部を含めた「やんばる」地域で実施された。生息域を約250平方キロと推定し、1キロ四方ごとに録音したヤンバルクイナの鳴き声を流して、鳴き声を返して来た数を元に算定する方法で数えた。

今回の調査での生息数は717羽が数えられたが、生息域は「やんばる」北部に次第に狭められ、減少している。道路で車にはねられたり、ハブ退治のために人工的に移入したマングースや野生化した猫などに補食されているのが原因と見られている。マングースも猫も環境への適応力の強い生き物なので、根付いてしまったものを排除することが難しく、ヤンバルクイナを守る有効な手立ては取られていない。

生息を脅かす別の大きな原因として、人間の生活を優先する開発がある。道路やダムが作られ、木が伐採され、ヤンバルクイナの生息域がどんどん狭くなっている。緑がなくなれば空気は汚れ、水も涸れてしまう。ヤンバルクイナと人間の共存ができる環境を維持するためにも人間の知恵を結集する必要を感じる。

調査を担当した尾崎清明標識研究室長は「ここまでとは思わず驚いた。致命的ともいえる数字で、手後れになる前に人工繁殖や天敵の駆除などに早く取り組むべきだ」と話している。

素人目にはもう手の打ようはないのではないかと思う。日本列島繁殖固体の絶滅は、コウノトリでもニッポニア・ニッポン(朱鷺)でも味わって来た。コウノトリは明治以来の乱獲や営巣のための木の伐採によって1956年、20羽にまで減少。同年国の特別記念物に指定された。一つがいを捕獲して人工飼育を開始したが1986年2月に最後の固体が死亡する。それまでには野生固体が1971年の5月にすべて死亡しており、人工飼育のものの死亡で日本からコウノトリが絶滅している。

また、朱鷺は1925、6年ころにはすでに絶滅したと見られていたが、その後昭和に入って1932、1933年に佐渡島で営巣が確認されたことで1934年に天然記念物に指定された。当時で約100羽が確認されていたが、1952年、24羽まで減少していた。この時特別天然記念物に指定されたが、国は佐渡の観光地化を進めていたことから、狩猟禁止の手を打たず、朱鷺の生息地近辺の開発に対しても停止の保護措置を取らなかった。1958年には9羽(佐渡に6、能登に3)にまで減少、1960年に国際保護鳥に指定。1971年、佐渡以外では絶滅をみた。

1981年、佐渡島に残された最後の野生の朱鷺5羽すべてが捕獲され、保護センターに移されて人工飼育されることになった。その後繁殖が試みられたが全て失敗し、2003年10月10日最後の1羽の死亡が確認され、日本産の朱鷺(ニッポニア・ニッポン)は絶滅した。

変わってフランスはピレネーの山中に、仏環境省が計画した増殖計画で放たれたヒグマがいる。野生のヒグマが絶滅の危機にあるため、スロベニアから5頭を輸入し、ピレネーの南西部に放ったが、そのうちの一頭が先週、事故死した。これを巡って、増殖計画の是非の論争が再燃しているという。反増殖派の農民団体は環境不適地域に放った政府の失態を非難。一方、賛成派の環境団体は公式調査を要求している。ピレネー山中には数百頭のヒグマが生息していたが、環境の変化や狩猟のため激減し、環境省によると現在の生息数は15〜18頭のみにまで減少しているという。同省は生態系を守るためにも増殖計画は必要としているが、周辺住民の多くは羊や牛を飼う零細放牧農家で、増殖による家畜への被害を訴えて猛反対している。

地球の長い歴史から見て、絶滅する動植物は数え切れないほどある。これからもあるだろう、数十億年の一瞬の長さに起こる変化は、起こるべくして起こる淘汰とも見える。消えるものがあるが、これから見つかるものもあるだろう。地球の世界人口も現在の65億人から2050年には90億人になろうとしている。これらの人々の胃袋を満たすための食料の確保も何処から何に求めて行こうと言うのか。地球資源だって無尽蔵じゃない、無限ではない。温暖化が何処まで進むかも分からない。人間が絶滅することだってあり得るのだ。どんなに科学が進んでも人間の力が地球の歴史を動かせるほど大きいとは思わない。

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2006年9月 8日 (金)

「モデル」にならない?

小泉がまたまた飛行機に乗った。行き先はフィンランド、こんどは何をやらかすつもりだろう。白夜には、ちと遅すぎた。運がよければオーロラが見られるかも知れないが、多分、ムーミンの絵でも眺め、サウナに入り、悦に入って帰っていらっしゃるのでしょう。トナカイに牽いてもらってはしゃぐことが出来ないのは残念なことだろう。彼ほど巨額な国費を無駄遣いした総理大臣さまもいらっしゃるまいが、ご乱行もこれでやっと最後になるだろう。

その小泉の後の総裁・総理を狙う3人が、今日、立候補を届け出た。過去の日本の歴史から何も学んでいない3人は、どうしても憲法を変えたがり、ナショナリズムをちらつかせ、安倍は拉致問題でテレビ出演が多かった分だけ顔を売ったお陰で、他の2人に比べると一歩先を行く。その他大勢の陣笠たちは、顔色を窺い数を読み、あわよくば入閣のチャンスとばかりに良い子になって動き回る。当て馬にされて集められた小泉の子どもたちは、早々と揉み手を繰り返し、戦々兢々の毎日を迎えているようだ。

     *********************

警視庁生活経済課は8日、特定商取引法違反(不実の告知)容疑で、「貴金属やアクセサリーを買えば雑誌の読者モデルの仕事を紹介する」と声を掛け、高額な宝飾品を売りつけたとして、東京都渋谷区神宮前の宝石販売会社「アトランティス(旧アクトジャパンン)」の社長松本利紀(38)と従業員ら8人を逮捕した。

同課によると、松本容疑者らは2年前に東京・表参道などに貴金属販売店をオープン。ファッション雑誌「ViVi」のモデルになれる、と触れ込み、アクセサリー類を仕入れ値の6倍から10倍の約20万円で販売していた。昨年6月13日から今年2月15日まで、渋谷区内の路上で女性(21)ら8人に「読者モデルになりませんか」と声を掛け、近くの営業所に誘い込んだうえ、モデル契約と引き換えにアクセサリーを買うように勧誘。高額商品も「モデルになればその収入で返済できる」ような説明をして、1人あたり約39万円から100万円、計約520万円分の貴金属の購入契約を結ばせた疑い。

同じ手口で貴金属類を購入させられていた顧客は約470人、被害総額は約2億8000万円とみられ、裏づけを進めている。勧誘のためのマニュアル「応酬(切り返し)」を使い、Q&A方式で支払いに対する不安を柔らげ、時間を掛けて契約を進めていた。

それにしても、よくもまあ、と思う。憧れの読者モデルには‘小雪’という売れ出して、5年足らずでハリウッドにまで進出したトップモデルがいる。しかし、彼女のレベルでなくともモデルになるには、余ほどの人並みはずれた素材であるおとが必要だ。ひょいと道ばたで釣り上げられて、簡単にモデルになれると思う方がおかしい。宝籤で1等が当る方が易しいのじゃないか。碌な訓練をしなくても簡単に歌手になれ、タレントになれる現在、モデルも同じと錯覚するのは無理もないが、そんな素材が道を歩いていてありつける仕事は、精々田舎のスーパーのチラシに2色刷りで汚れた写真で載る程度だろう。

鏡を眺めてうっとりとするのは自宅だけで結構、町行く中でモデルになれそうな女性が、それほどごろごろ転がってはいない。勧誘されて心くすぐられてついつい財布の紐を緩めることなどないように。


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2006年9月 6日 (水)

にかほ市

都市対抗野球大会でひかほ市が優勝。決勝戦が近づくにつれて‘にかほ’が気になりだしていた。平成の大合併で生まれた名前とは想像がつくが、一体何処にあるまちだろう。に・か・ほ・ってどうも日本語の語感からは遠い。伊豆には伊香保がある、ずっと昔からある温泉地だから日本に住んでいれば大体の人は分かる。ネット上では多用されることの多い横文字で表現してみる。NIKAHO や nikaho になればますます分からなくなった。

東北代表、とあるからと思って調べると、あった。秋田県で由利郡象潟(きさかた)町、金浦(このうら)町、仁賀保町の合併により、2005年10月1日から発足したとあった。この半年前の3月には由利本庄市が発足しており、この時残っていた由利郡の名は、にかほ市の誕生で秋田の歴史から消え去ることになったようだ。それにしても古来から引き継がれてきた由緒ある地名を、消滅させたり、意味不明に近くなるひら仮名や、カタカナにして改名するのは、いい加減に考え直してほしいものだ。

それまでも狂ったんじゃないかと思うような、アルプス、セントレアなど、候補に上げてくること自体、あまりにバカげていると思わないのだろうか。

美しい日本を掲げた安倍さん、次々に消えて行く日本の地名や、訳の分からなくなるひら仮名前にすることに、歯止めを掛けてくれないか。家を名乗る苗字にも、遡れば漢字一文字に皆それぞれに理由があるのだ。新所帯を持つからとて、苗字をひら仮名やカタカナに変えたい日本人は、いないのじゃないだろうか。

漢字の書けない、読めない日本人が増えているのは確かだが、それ故にこそ、英語よりもしっかりと文字の読める日本人を育てることの方が大事ではないか。いよいよ始まる団塊世代の退職、テレビで道行く大学生への質問に『団塊』の読めないヤツがいるのに魂消た。読みにも読んだり、ダンコン だって。たましい、も、かたまり、も理解できていないのだから。おそらく魁など見たこともない、と言うだろな。

   ****************************

本日入院中の紀子さんの男児出産があった。跡継ぎ問題で俄に騒がしくなってきたが、私は女性天皇賛成の立場を取る。男でなければならない理由は過去の歴史から見ても何もない。

参照「紀子さん懐妊」06/02/09

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2006年9月 5日 (火)

熟年離婚

2日のグログで離婚率5年連続日本一の石垣島について触れたが、今日5日、毎日新聞が現在頻りに取り沙汰される熟年離婚についてアンケート調査した結果を載せた。問題の質問は「わが家に熟年離婚は ある? ない?」

記事は例の石田衣良が担当。
 集まった合計は 有効投票数合計 4785
    (男 2378  女 2407)

       ある     ない
 全体   25・6%   74・4%
 (男)  23・8%   76・2%
 (女)  27・3%   72・7%
設問が熟年離婚だが、回答者には10代以下の子どもたち、20代の若年層も混じっている。これでは余りに大雑把な集計になるが、子が親たちを、或いは大人たちをどう見ているのかが知りたいのなら、そのような設問を別に設けるべきではなかったかと思う。取りあえず、まとめられた結果をみると、
        男      女
       あり/なし  あり/なし
 10代以下 12.0/88.0   9.8/90.2(数字は%)
  20代  19.5/80.5  19.2/80.8
  30代  16.4/83.6  24.1/75.9
  40代  31.4/68.6  36.0/64.0
  50代  33.3/66.7  31.6/68.4
  60代  22.0/78.0  36.7/63.3
 70代以上 28.6/71.4  52.9/47.1
参考にならない20代以下を切り捨てると、圧倒的に女性の側の離婚願望が強い。

幾つかの意見を聞いてみる。まず離婚あり派
 「共通の趣味も話題もなく会話のない日が多い。夫の‘優しさ’‘笑い’は死語。おやじギャグで白けても話をしてくれる旦那が羨ましい。子どもが家庭を持ったらさっさと離婚したい」
 「3人の子のパパだが、性格が自分と正反対。聞く耳持たず何かを言われると直ぐにカッとなる。一緒に出かけるのも嫌」
 「離婚したいのはやまやまだが、預金もなく、夫のリストラで生活が苦しい。それに年金が半分では暮らしていけない。離婚が可能な人が羨ましい」

 専業主婦か勤めている人かも分類されていなし、男の側からの意見もないので、理解半分だが、みんな、なんとか我慢して生活しているようだ。

続いて離婚はなし派の意見
 「うちは独立採算制。夫婦というより同志です。離婚するなら、熟年かそうでないかには関係なく、するでしょう」
 「わが家ではない。なぜなら、挨拶とありがとう、ごめんなさい、は絶対に欠かさないから。熟年離婚した両親を反面教師として学んだから」
 「家族で仕事をして、しがらみの中がんばっている。少ない給料から懸命に国民年金を払い、一緒に働いてさえ、老後を暮らせるか解らない自分には、熟年離婚はおとぎ話のようだ」
 「私は結婚4年目で離婚しました。夫の退職金や年金分割をあてにして、定年まで待つのは猾い。子どもにしても、うまく行っていない両親の姿を見ながら生きるのは辛いことだ」

今時の夫婦、親同士が勝手に取り決め、初夜の晩初めてお互いの顔を知る、などという間柄ではないはずだ。それどころかお互いに無垢で一緒になったのではなく、理解し合っての家庭を持ったはずだと思う。それを長く暮らして飽きがきて、痘痕も靨(あばたもえくぼ)だったお互いの性格に、冷えきってしまったから、もう嫌、とは余りに身勝手ではないだろうか。特に女性の打算からくる離婚の取らえ方には、驚きを通り越して空恐ろしいものを感じる。

サンデー毎日9月3日号でもこの問題を取り上げていたが、貧乏と夫を天秤に掛け、「貧乏より夫が嫌」と別れた妻の話。別れた後夫が再婚するのは‘ご自由に’だけれど、子どもを作られたんでは困る。自分の子どもに回す可能性のある財産が減っては困る、だから夫が他の女との間に子どもを作れない年齢までは待った。子種がなくなる年齢までは野放しにはしたくなかった、と言う元妻の話。離婚話しで再婚しても子どもを作らない約束を求めたが、弁護士からそれでは罪になる、といわれ、実力行使で子どもを味方に同じく時を待った、と言う元妻。

子どもを味方にじっくりと時間を掛けた作戦を練った妻もいる。離婚した後、息子が結婚した。息子から式へ出席の依頼があり顔を出した。その後、家を新築するいうことで息子夫婦やいずれは孫との生活を楽しみに、退職金の殆どを息子に貸してやった。ところが、完成した新居には元妻が入り込んだ。娘を利用した妻もいる。娘の結婚が決まり、娘にとっては今まで暮らしていた一軒家が新居の方が何かと暮らしやすいだろうから、自分達はマンションを購入して家を譲ろう、との妻の提言に賛成し、娘の幸せな顔を思い描いて自分達はマンションに移った。娘の結婚が終わるや否や、妻は離婚を申し立てて来た。そして荷物を纏めるとさっさと娘夫婦が暮らす元の自宅へ戻り生活を始めたと言う。娘も子どもが生まれても面倒を見てくれる人がいるから仕事が続けられる、と言う。

来年4月から夫の年金が分割支給されるようになる。その頃から団塊世代の定年退職も始まるが、その退職金を手薬煉(てぐすね)ひいて待ち構える女たちがいる。

アンケートの最後に両親が離婚した子どもからの意見が載っている。
「わたしの両親は熟年離婚しましたが、そのあとすぐに亡くなった父の墓参りを一番しているのは、母です。そんな姿を見ていると、自分はしないぞ! って思います」
熟年離婚を考えている人たち、もう一度夫婦でいる今を噛みしめてみて欲しい。

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2006年9月 3日 (日)

バカは死ななきゃ・・・・・

いのちを無駄にするバカが多すぎる。毎年毎年繰り返す多摩川での水難事故。それも普通に水に入ってのことじゃない。深夜から、朝っぱらから、或いは真昼から、火を焚き、酒を喰らってのどんちゃん騒ぎのあげく、酔い醒まし気分でざぶざぶと水に浸かり、そのまま死にに行く。当然の行為での当然の結果だ。こんなバカどもに、消防が出て無駄金使って大騒ぎすることはない。そのうちどこか下流の川岸にでも、酒を喰らった満足面で流れ着くだろう。運良く今年は死ななくて済んでも、川を汚し、河原を汚してゴミの山を築き、マナーなど躾けられず、とんと持ち合わせない連中だ。来年も同じことをやるだろう。どうせその時死んでくれることを期待しよう。

夏休み最後の31日、川崎市中原区の多摩川で、県立高校1年の男子生徒らが、午前3時頃から中学時代の同級生2人と河川敷に集合し、次々に携帯電話で友人を呼び出し、1時間後にはさらに5人が加わって騒ぎ始めた。彼らは近くのコンビニエンスストアに食べ物や酒を買いに行って酒盛りを始めた。足りなくなると再び買い出しに行き、生徒1人だけで500ミリリットルの缶ビールを5本以上空けたという。

そのうち生徒(15)は5時半頃、酔った勢いで友人1人と下着姿で、30メートル先の橋桁を目指して泳ぎ始めた。2人とも橋桁には辿り着いたものの、1人は戻る途中で溺れ、約1時間後、およそ20メートル下流の川底で発見された。川の水量は普段通りだったという。

食べ物や酒を売ったコンビ二店経営者らは「未成年者に見えれば、必ず年齢確認させている」が、「見た目で判断するので、売ってしまう場合もある」と打ち明ける経営者もいた。しかし、たかだか15歳の子どもだ、どんなに大人びて見えても、20歳を過ぎているかどうか位は判別がつかなくて店が任せられるのか。

現場近くによく釣りに来る男性(70)によると「川は汚れているので、普通はあまり泳ぐ人はいない。川岸から少し離れるだけで、水深が5メートルぐらいになり、入ると危ない」と言う。

それにしても、もう嫌になるほど書いてきた。この子どもたちの親は一体何をどう躾けているのだろうか。話の様子からは、恐らく普段から親の前でも酒は飲んでいるだろう。深夜の外出もそうだ、15歳の子に門限がないとは親などいなのと同じだ。

川崎消防署によると、多摩川での管内の水難通報で救急出動した件数は、男子生徒を含め、今年21件、結果、救助した15人のうち、7人が死亡。重傷を含む怪我人は5人。

9月に入って又も多摩川で水死するバカが出た。
午前10時30分ごろ、川崎市中原区で、会社員3人が流され事故で、意識不明の重体となっていた同市幸区北加瀬3、古坂哲さん(19)と、同市多摩区長尾6、野村克彦さん(28)は同日午後、搬送先の病院で死亡した。2人を助けようとして流された横浜市西区の少年(18)は、自力で岸に上がった。

死亡した2人は会社の仲間14人とこの日朝からバーベキューをしており、酒も飲んでいた。古坂さんら6人が川岸から50メートルほど離れた中州まで歩いていたところ、死亡した2人は足を滑らせて流されたもの。助けようとした少年も川に入ったが、同じように溺れている。

騒がしいグループの様子を見た釣りに来ていた高校教諭の男性(56)は、「朝から酒を飲んでいたらしく、みんな顔が真っ赤だったので『危ないな』と思っていた」と振り返って話した。

ほぼ同じ場所で8月13日、横浜市港北区のトラック運転手男性(36)が溺れて死亡するなど水死が相次いで起こっている。どちらも事故と言うが、当然起こるべくして起こったもので決して事故などではない。酒の薬物性を教えず、適量などないにも拘わらず、適量を言い、相変わらずの酒飲み天国日本からは、このようなバカを始め、酔っぱらい運転もなくなるまい。

この日の消防隊員が救助活動をしていた真横では、別の若者グループがバーベキューを始め、ビールが飲まれていた。彼らの目の前であった事故について訊ねようとすると、仲間と会話していた女性は「気分が悪くなるから聞かないでくれ」と消防隊員を遠ざけたと言う。

長くなるが、次のバカは神奈川県藤野町牧野の道志川で真っ昼間から酒を飲んで溺れ死んだ会社員古川雄一(28)。2日午後2時55分ごろ、川に浮いている男を仲間が見つけて引き上げたが、搬送先の病院で死亡した。津久井署によると古川さんはゴルフ仲間ら10人とキャンプ場で酒を飲みながらバーベキューをした後、2時ごろから4、5人と川で泳いだあと、酒を飲み、再び川に入り、溺れたとみられている。バカは死んでも残った人たちに迷惑がかかることを知るべきだ。酔っぱらい運転を慎むための標語から、同じく効き目はないだろうが、「泳ぐなら飲むな、飲んだら泳ぐな」を進呈しよう。

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2006年9月 2日 (土)

出生率日本一(3.14) 沖縄・多良間村

島(村)にはスーパーや食堂はあるが、コンビニエンスストアはない。ファーストフード店もない。
宮古地区6市町村(当時)が2年前、就学前の子どもを持つ保護者に調査したところ、多良間村では「子育てしやすい」と答えた人は93%に上った。その理由を(2つ選択)上げてもらったところ、
 1. 親が近くにいる(55%)
 2. 自然環境がよい(46%)
 3. 知り合いが多い(32%)
 4. 防犯面で安心(30%)
の4点を上げた人が多かった。

村の民政課長、波平敏一さんは「子どもは宝。自分の子も、よその子も関係なく、地域皆で育てます。例えば、買い物に行くときは近所の人が面倒を見てくれたりする助け合いの精神があるから、安心して子育てできる環境があるんだとおもいます」と話している。

村立保育所で給食を調理する安里聡子さん(36)は、今年4月から宮古島の高校に通い始めた長男(16)を筆頭に、中1の二男(12)、小5の長女(10)、小3の三男(8)、小1の二女(6)の5人の子を育てるお母さん。この島では子どもが4人、5人というのは珍しくないこと。聡子さん自身も5人兄弟、夫の勝義さん(44)は8人兄弟だ。自動車整備工の夫の職場は自宅から徒歩1分のところにある。午後7時には帰宅し、聡子さんが夕飯の支度をする間に、面倒を見なければならないちびっこたちをお風呂に入れる。

小さな島であるこことで両親ともに職住接近の生活が可能になっている。私の現役時代の職場にも、持ち家制度が導入され、少額の頭金を準備すれば会社が保証してくれて、金融機関からの融資を受け、マイホームを持つことが可能であった。少なくとも中堅クラスになれば、勇敢な20代でもチャレンジした。その時、会社が進めたのが職住接近だった。働いても働いても減らない仕事があった頃の話だ。残業は当たり前のことだった。皆が歯を食いしばって仕事をこなしていた。そして、何人もの社員が土地付きのマイホームを建てることができた。しかし、会社に近い場所を選ぶものもいたが、都内でも地価の高い職場に近い土地は手が出ず、会社の狙いとは逆に、職場からは遠い地域にならざるを得なかった。懐かしい話だが、購入当時村であった地方も、今では市に変革を遂げたところもあちこちにあって、好々爺になった友人たちの、年賀状に書く住所が徐々に村から町に、市に、あるいは郡から市に、と成長して来たのも楽しい話だ。

余談になってしまったが、聡子さんは「主人が協力的だから助かります。子育ては大変だけど、なんとかなるさ。3人いたら4人も5人も変わりません。もう1人いても一緒かも」と言うほど。この島の生活は集落から離れた畑に出ていても、車なら10分程度で自宅に戻ることができる。夕方の海辺で父親と遊ぶ子どもたちの姿をよく見かけるという。職住接近の環境が父親の子育て参加を促しているようだ。

だが、反面ハンディも背負う。島に診療所はあるが、産科医は常駐していない。そのため、出産の時には予定日の2週間前には島を出て、宮古島や沖縄本島などの親戚の家やホテルに滞在して出産に備えることが必要になる。通常の出産費用に加え、往復の飛行機代や滞在費がかさむ。また、島には中学までしかなく、高校への進学はやはり島を出て、親類に下宿したり、先に出ている兄弟との共同生活をすることになる。

必ずしも条件が恵まれているとは限らないのに、子だくさんなのは、なぜか?
村の次世代育成支援行動計画には、次のような理念が謳われている。「多良間村は、今日の社会で見失われつつある『他人を思いやり、自然を慈しむ心』が今なお息づく島。住民が子どもを生み育てることに喜びを感じることは、将来の島の発展と大きく結びつく」と。

園児を預かる村立保育所長の佐久本千恵子さん(55)は「この島では子どもが15歳になるまでに、親子の絆を築き、自立できるように育てなければなりません」と話す。この言葉にヒントが隠れているのではないか、と取材した記者は記す。

15歳で自立させる、とは過保護、過干渉を旨とするような内地の親たちには想像することも不可能だろう。大学受験に止まらず、卒業してからの入社試験、果ては面接にまでいそいそとくっついて回る親で溢れかえっている。就職しなければそれもよい、ママが面倒を見て上げるから、パパもそうよね、とニートになる子の生活にあれこれ世話を焼く。自立の自の字も持てない親子。我々の時代、受験や就職に際して連れだって学校の門や試験場に出入りするような恥ずかしい親子連れは見かけたこともなかった。

多良間島と宮古島で、主に5人以上の子供を持つ母親に面接し、多産の要因を調べたことのある鳥取大学医学部の尾崎米厚助教授は「宮古地方には『なんとかなる』という考え方や『子どもが多い方がよい』という価値観が根付いている。自分の家だけではなく、近所や地域でも同じような子どもの多くいる家庭を見て育ち、そういう状態を幸せと感じているようだ」と。続いて

「施設の充実や、経済的な支援だけでなく、人々の考え方や社会規範、幸せの価値観を変えることが、今の日本では重要なのかも知れない」と指摘している。

多良間島でよく聞かれる言葉に「子を生んでみないと、親の恩義はわからない」というのがあるようだ。15歳で自立を目指す若者と、20歳を過ぎてもぶらぶらと遊んでいるバカ者と、比ぶべくもないだろうが、今の日本、なるようにしかならないのが現実だろう。

ここで終わる前に、これ又興味深い情報がある。
日本一多産の島の隣には、同じく日本一の珍しい記録を持つ島がある。先の多良間島で振れた石垣島だ。曰く、1. 市の対人口比で泥酔者の路上寝込み率(平成8〜12年)、2. 自転車泥棒発生率(同8〜12年)と、出生率や少子化にも関係のある、3. 離婚率の日本一(8〜12年連続)大雑把に言って、2組に1組は離婚に至るという。(別の機会に再び触れることになると思う)

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2006年9月 1日 (金)

出生数 6年ぶりに増加

以前ブログに書いた。出生率が上がった、と喜んだ少子化担当大臣さまの言葉に「そんなものは瞬間データのぬか喜びに過ぎない」と。しかし、どうやらここ数カ月だけのことだが、本当に増加したことがデータに表われたらしい。

毎日新聞(8/22日)から
厚生労働省は8月21日、ことし上半期(1〜6月)の人口動態統計速報をまとめた数字を発表した。出生数は前年同期比1万1618人増の54万9255人で、上半期ベースで00年以来6年ぶりに前年を上回った。同省はその原因を、雇用の改善傾向に伴う結婚件数の増加や人工中絶数の減少にあるのではないかと分析しているようだ。

05年に1・25と過去最低を更新した合計特殊出生率は、97年以降前年割れ・横這いが続いているが、06年は9年ぶりに上昇に転じる可能性が出てきた。06年の月別出生数を前年同月と比べると、
 1月は前年を下回ったが
 2〜6月は5ヶ月連続で増加している。
5ヶ月連続して増加したのは00年の8〜12月以来5年半ぶりになる。この時は、6ヶ月目に減少に転じているが、06年の下半期(7〜12月)の出生数が前年のペースを維持すれば、06年通年の出生数も00年以来6年ぶりに前年を上回ることになる。

数字が好転の兆しを見せたことで、いつものように楽観的だが、相変わらずの他力本願の言い回しだ。たかだか半年そこらの短い期間のデータをそれほど深読みしてもいいものか。言うほど雇用の改善が進んだか、中絶が減少したか。その前に大臣が就任以来少子化対策として、苦肉の策をいろいろと打ってきたが、そちらからの効果は何も生まれなかったということなのか。

政府が言うには、出生数が増加に転じた背景として、厚労省は景気回復に伴う雇用者数の増加をあげている。男性の雇用者数は05年6月以降13ヶ月連続で前年同月を上回っている。これを追うように結婚数も05年後半から増え、06年上半期は05年同月比1万936組増の36万7965組となった。上半期ベースで結婚数が前年を上回ったのは6年ぶりになる。

05年の出産1000件に対する死産率は、自然死産が12・3で04年比0・2ポイント減に対し、人工中絶によるものは16・8で0・7ポイント減少している。同省は「仕事が見つかって結婚に踏み切った人や、中絶しなくとも生活できると判断した人が増えているのではあいか」と見ているようだ。

実際には05年は人口の自然増加数(出生数ー死亡数)がマイナス2万1408人となり、人口の減少時代に突入している。06年上半期の自然増加数は依然マイナス1万4827人だが、05年に比べるとマイナス幅は1万6207人縮まった。しかし、05年通年で自然増加数がプラスに転じるかどうかは依然微妙なところだ。

この記事の3日後の25日、出生率3・14の日本一の多産の沖縄県・多良間島(多良間村)の記事が載った。ここは宮古島と石垣島のほぼ真ん中に位置する亜熱帯気候に属する人口1370人(05年国勢調査)の島だ。鹿児島までの距離よりも、遥かに間近にあるのが台湾だ。珊瑚礁が隆起してできた平坦な島内には、基幹産業のサトウキビ畑や肉用牛の放牧場が広がる。牛の数は人口の数の倍はある3709頭、ヤギも多い。「3・14」は98年から02年までの5年間平均。市区町村別で全国一位であるという。

「子は宝」が生きている。  --- つづく ---


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