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2006年8月27日 (日)

水色のハンカチ、水色のワルツ

作曲家、高木東六が死去した。享年102歳、テレビから姿が消えてから随分永いから、亡くなったものと思っていた。
奇しくも今年の高校野球の優勝校、早稲田実業の投手・斉藤君がマウンドで汗を拭って知られる青色のハンカチが話題になったタイミングで、同じ水色のハンカチで戦後名を馳せた作曲家がダブって来るとは妙な気がする。
高木東六の曲の題名は「水色のワルツ」1952(昭和27)年5月15日封切りの東映映画の主題歌として発表されて流行した。
 君に逢ううれしさの 胸にふかく
 水色のハンカチを ひそめるならわしが
 ・・・
と、こちらは汗ではなく女の流す涙を拭くためのハンカチを歌ったものだが、一方斉藤君の青色のハンカチの方は、専門商社でジャスダック市場の川辺(本社・東京都)の株価は、早稲田実業が優勝を決めた翌日の22日から大幅高となり、24日は一時、前日終値比45円高の308円まで上昇して株式市場にも波及している。また、輸入ハンカチなどを取り扱う大証2部上場の卸売り業カワサキ(本社・大阪府)の株価も同日、一時、同45円高の2080円まで値を上げた。ただ両社とも、斉藤君が使用していたハンカチは取り扱ってはおらず、市場関係者は「少ない話題を手がかりに、ブーム到来を当て込んだマネーゲーム」と分析している。

儲け話しが何処かに何か、転がっていないか、と鵜の目鷹の目で拾い集める金儲けに余念のない世界。一昔前なら高校球児らしからぬキザな汗の拭き方に、侮蔑と揶揄が集まったであろう仕種が、時代が変われば金儲けの種になる。ハンカチだけではない、選手たちが疲労回復に使用している高気圧カプセルにまで、欲の皮をむき出しにした宣伝が始まろうとしている。これなど、とうの昔からスポーツ選手やアスリート、プロ野球選手、レスラーたちが使用しているものだ。早実の選手たちが使用しているのは携帯用のものだそうだが、早くも問い合わせや予約が殺到しているらしい。

自信のない連中が、それを使えば強くなれるだろう、と考える先に無くならないうちにと先を争って飛びつく。典型的な日本人の付和雷同の精神構造の見本だ。オイルショックの時、トイレットペーパーが、ティッシュが無くなる、と金余りのバカは一部屋を倉庫代わりに積み上げた奴もいた。何事においても学習能力に乏しいのが日本人だ。

話を高木東六に戻して、彼がよくテレビに登場していた頃、戦争中に作った軍歌に対して「作りたくないものを作らされた」、とずっと被害者らしい弁解表現で当時を振り返っていたが、1942(昭和17)年4月の作曲「空の神兵」はその年の1月11日セレベス(現セレウェス)と、続いて2月14日スマトラのパレンバンに落下傘部隊が降下した作戦を映画(「空の神兵」)にした時のテーマ音楽である。当時11歳、学校から引率で観に行った。全編に流れる勇ましい歌に心高鳴らせて観た記憶がある。当然白黒映画であるが空に広がる純白の落下傘(今はパラシュートという言葉が普通に使われていることと、当時とは違って今は緑っぽいカーキ色をしている)が、数え切れない数になって降るように降りてくる。

 藍より蒼き大空に大空に
 忽ち開く百千の
 真白き薔薇の花模様
 見よ落下傘空に降り
 見よ落下傘空を征(ゆ)く
 見よ落下傘空を征く

後の歌詞にはこんなのがある
 
 その純白に赤き血を
或いは 肉弾粉と砕くとも
また、 撃ちてし止まぬ大和魂(だま)

彼が作詞をした訳ではないが、明らかに戦意高揚の音楽であり、現在評価されているような洗練された、シャンソン風のものではない。軍国少年であった当時の子供たちは、映画を観た後は興奮し、ずっとこの歌の虜になって口ずさんだ。彼は、好むと好まざるとに拘わらず、戦争に協力したことになる。

彼は西洋音階を信奉し、日本古来の5音階を毛嫌いしていたが、(テレビでの言葉の端はしにそれは出ていた)生涯を通してそれを持ち続けて逝った。

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