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2006年8月31日 (木)

進む、欧州単一通貨ユーロ高

夏休みの海外や国内での大移動もやっと落ち着いたが、このところユーロ高の影響が日本にもぽつぽつ見え始めた。1ユーロが150円台にまで突入したようだ。海外でブランドものを購入して来た人には、いくらかお安く手にすることが出来たようだが、ユーロが高くなった分、円安が進み一時は1ユーロ150円25銭前後の値をつけてユーロは対円での最高値を更新した。大手銀では「日本の長期金利が低下し、日欧間の金利差が拡大するとの思惑が強まった」ためで、1ユーロ153円までユーロ高が進むとの見方も出ているようだ。

これを受けて、早速ワインや人気の高級ブランド、高級車など欧州からの輸入品に値上げの動きが出始め、消費者へのユーロ高の影響は今後広がりそうになって来た。
輸入ワインを1000種以上取り扱っているキッコーマンは、ユーロ高に伴い、9月1日からイタリア産のスパークリング系ワインの一部を2割程度値上げを決めている。大手では、これまでにも原油高に伴う輸送コスト負担の増加や増税を受けた値上げが一部に見られるが、ユーロ高を理由にした値上げは今のところまだ少ない。しかし、ワインを輸入する専門商社では、ユーロ高に連動して集荷価格を引き上げる動きが出始めており、「これ以上、ユーロ高が進めば値上げせざるを得ない」との声が聞かれる。
通が毎年待ち焦がれているフランス・ワインの有名銘柄も、仕込みも終わらない今から、てぐすねひいて値上げを検討しているようだ。

ワインだけではない、時計、宝飾品ななど、欧州の高級ブランドでも値上げの動きが出ている。フランスの宝飾ブランド「カルティエ」は今月22日からすでに時計や宝飾品などの一部を値上げしている。
足並みを揃えるように車の世界でも値上げの動きが出ているようだ。独BNWの日本法人は9月1日からBMWブランド車46車種中、43車種を平均0・9%値上げが決まっている。「ミニ」ブランド全22車種はすでに7月に平均1%値上げしている。

欧州メーカーの日本法人の多くは円建てで本社と取り引きしていが、BMWはユーロ建て。そのためユーロ高がそのまま進行すると、日本円で顧客から代金を受け取る日本法人が損をしてしまうため、円建ての販売価格を値上げせざるを得ないことになる、という。同じように独ダイムラークライスラーや独フォルクスワーゲン、仏シトロエンなどの欧州メーカーの日本法人も「さらにユーロ高が進めば値上げも検討せざるを得ない」としている。日本法人に損は出なくても、本社の会計はユーロ建てなので、本社の収入が減ることになるためだ。

一方、ユーロ加盟国に輸出している国内メーカーにとってユーロ高は業績面で追い風になる。トヨタ自動車の場合では、ユーロが1円高くなると、年間の営業利益で約50億円の増益になる勘定だという。ただ、欧州での売れ筋車は現地生産に切り替え、日本からの輸出は減少させているため「実際にはどれだけ利益が上乗せされるかは不透明」だという。

ブランド好きの日本人には値上げは逆に喜ばしいのでは? 高ければ高いほどますますブランドに箔がつくことになる。小銭を溜めれば誰でも手にすることができるようではブランドものではなくなる。中学生や高校生が小遣い貯えて簡単に購入出来、町中に同じものがぞろぞろぶら下がるように並んで歩いては値うちもない。一生働いてやっと手にすることができるようになれば、それこそ本物のブランドだろう。その他のものはやや高級、或いは、ちょっといいもの、程度のものだろう。あの人と同じものを私も持っている、ほどの自己満足の道具でしかない。

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2006年8月29日 (火)

酒酔い運転で、死亡事故多発

8月25日、福岡県「海の中道大橋」で、一家5人が乗った車が追突され、車は海に転落、子ども3人が水死する痛ましい事故が発生した。追突した車になっていたのは福岡市西部動物管理センター職員・今林大(22)。彼は同乗していた男性らと3人で、追突寸前まで飲酒、県警東署に業務上過失致死傷、道交法違反(ひき逃げ)容疑で逮捕された。

飲酒運転に関しては、1999(平成11)年、東名高速で酒よい運転のトラックに追突され、追突された乗用車が炎上、乗っていた女児2人が死亡した事件を契機に、2001(平成13)年の刑法改正で最高刑を懲役15年(05年から懲役20年)とする危険運転致死罪が新設されている。

【しかし、危険運転致死罪は、悪質運転手に厳罰を求めるものだが、加害者が逃亡して時間を稼ぎ、酒の酔いを冷まして出頭してからでは立件が難しく、これでは業務上過失致死傷罪の適用になり、懲役5年以下で済んでしまう。これでは逃げるが勝ちではないのか。
 また、罰則を厳しくすることは「抑止力」とはなるだろうが、日本全体を覆う『酔っ払い天国』の“酒の上のことだ、許せ”“酒のせいだ、何も覚えていない”の風潮が蔓延っているようでは、抑止力も中途半端で終わるだろう。
 もう一つ、酒を飲ませる場所、スナック、居酒屋、などに駐車場が備わっていることが最大の落とし穴になっている。ちょいと引っ掛けて気楽に車に乗り込む、酒を提供する方では、「乗るなら飲むな、飲むなら乗るな」を掲げ、口では説明しても酒飲みに通じることではない。
 加えて、運転を替わって家まで送ってもらえば2000円〜3000円の出費になる。そんな出費を何度もする位なら罰金を支払った方が安上がりだ、との声さえある。道交法の改正で飲酒運転の厳罰化は酒飲みは誰でも知っている。その上で酒飲みは、どうすれば網の目を潜ることができるかを考えて飲んでいるのだ。】

 異例に厳しい判決を下した裁判もある。
2001(平成13)年の暮れ、埼玉県坂戸市の市道で、土木建設機械メーカーに勤めていた男が同僚たちと酒を飲んだ後、酩酊状態でライトバンを運転し、歩行者3人を跳ねて逃走した事件があった。2人が死亡、1人が怪我をした。男は事故を起す直前まで7時間近く居酒屋などでビールの大瓶6本、焼酎ボトル1本程度を飲んで帰宅途中であった。

東京地裁で7月28日行われた裁判で裁判長は、一緒に飲んでいた同僚について「男が正常に運転できない状態と認識し、運転して帰宅することも予見できた。制止すべき注意義務があったのに怠った」と判断し、同僚及び車の所有者である元勤務先に対して、計5800万円の支払いを命じたのだ。

主な道路交通法違反の取締まり状況(平成13〜17年)から 《警察庁》
〈違反別取締まり件数〉
             13  14  15  16  17
無免許、無資格運転   77,957  93  86  80  76
酒酔い、酒気帯び運転  222,301  95  79  69  63
最高速度違反     2,602,243 100 102  108 106
信号無視       610,008 103  110  113 113
一時停止違反     744,484 110  122  136 135
歩行者保護義務違反   32,666   99  108  128  142
駐停車違反     1,816,870  95  93  92  88
 (13年の数字は実件数、14〜17年は13年を100とした指数)
指数の数字から見ても、取締りの厳しくなった項目の減少化は認められても、スピードや、信号、特に対人保護義務などについて、極端な増加が見られる。、マナーの欠落、車が如何に動く兇器になるかの認識が全く薄れているように思われる。酒だけを取り上げて問題視してみても、どうにもならない状況になっているようだ。

最近2年間の酒酔い、酒気帯びだけを見てみると
          16年      17年
酒酔い      2,030件    1,675件
(死亡事故件数)  149件     138件
酒気帯び    150,793件   139,198件

飲酒運転で事故を起し、人を負傷させた場合、危険運転致傷で10年以下の懲役
飲酒運転で事故を起し、人を死亡させた場合、危険運転致死で1年以上15年以下の懲役
こんな軽い刑で済ます日本の酒飲みへの愛情では、これからも酔っぱらい運転が無くなることはないだろう。懲役後は2度と免許証を持たさない、或いは終身刑までを含めた極刑を導入するべきだ。全ては自分が招いたことの責任を取らせる、ただそれだけのことなのだから。

参照「酒のみ運転」05/07/05
参照「タバコと酒」06/01/30
参照「酒とタバコ」その五 05/05/28

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2006年8月28日 (月)

夏休みと最後の日曜日

残すところ数日になった夏休み最後の日曜日の27日、あちこちで水難事故が発生している。
毎日新聞(8/28)から、川や海で起こった事故は3人の死亡、六人が行方不明となっている。

午前10時半ごろ、神奈川県三浦市初声町三戸の三戸海岸で、家族ら14人と浜辺でバーベキューをしていた川崎市幸区の建設業、富山利彦さん(36歳)の4男楓矢斗ちゃん(5)が溺れ、午後0時半ごろ死亡した。
また、午前11時班ごろ、三重県松阪市山添町の櫛田川の中州で、鮎釣りをしていた同市櫛田町の無職、脇田孝さん(78)が、釣りを終えて約100メートル離れた岸に戻る途中、増水した川に流され行方不明になった。一緒に渡っていた息子の克久さん(44)は、県警のヘリコプターに救助された。
このほか、死亡は京都府1人、高知県1人、行方不明は宮城県2人、千葉県、愛媛県、沖縄県、沖縄県でそれぞれ1人ずつ出ている。

夏休みに入って間もなく、埼玉県ふじみ野市のプールでの女児死亡事故もあって、不自由が発生して多くの水遊びの場所がどうしても、海や川に移動せざるを得ない状況があった。警視庁が23日、お盆の時期(11〜17日)の水難事故の状況を発表した。それによると、死者数は77人に上り、前年同期よりも32人も増えていた。全体の発生件数も169件で71件増えていた。警視庁は「全国的に天候に恵まれ、海や川へ出かけた人が多かったため」とみている。

同庁によると、水難者数は215人(前年同期比92人増)で、そのうち中学生以下の子どもは53人(同16人増)。行方不明者は4人、負傷者は43人、無事に救出されたのは91人だった。死者77人のうち子どもは13人で前年同期よりも8人増えた。

7月1日まで遡っての累計では発生件数が435件(前年同期491件)で死者数は223人(同258人)といずれも減少した。7月中は梅雨が長引き、海や川への人出が少なかったためとみている。

夏休み最後の日曜日は27日だったが、二十四節気で生活をしていた頃の子どもたちは、もう夏休みの終わる頃には海には行かなかった。お盆も過ぎ、土用波*が押し寄せ台風の来るシーズン、二百十日**が近くなると、海が荒れることは誰もが知っていた。およその見当だったが8月15日を過ぎると海辺は閑散として泳ぐ人は自然にまばらになって行った。今のようにサーフィンは未だ誰も知らなかった。モーターバイクもなかった。

*土用波 南方洋上にある台風や低気圧から寄せてくる波のうねりのこと。高い波や低い波が総合されてできる波は、天気が穏やかな時でも1000に1つは通常の波の2、3倍の高さの波が現れる。普通に次の波が寄せてくるまでには7〜8秒かかる。そう考えると1時間半から2時間に1回は高い波が寄せてくることになる。このシーズン、波の被害にあった当事者たちは、決まったように「突然高波に襲われて」「急に波が」など言うが、至極当たり前の現象で突然でも急にでもないのだ。

嵐が来るから、或いは荒れているから、と言われても無視して沖へ出て命を捨てる、或いは酒を喰らって飛び込んで溺れる、こんなのは幾ら死んでくれても構わないが、遊泳中の子どもや人を巻き添えにすることは赦されない。

**二百十日 立春から数えて210日目、毎年9月1日の頃。台風襲来の特異日とされている。
  昔ならった、小学4年生の唱歌 『ゐなかの四季』
 麦を刈った後、田植えを済ませ、夏の成長期を過ごした稲の収穫に、台風の影響のないように、祈る3番の歌詞にはこう歌われる

  二百十日もことなく済んで、
  村の祭の太鼓がひびく。
  稲は実がいる、日和はつづく、
  刈って広げて 陽に乾かして
  籾(もみ)に仕上げて 俵につめて、
  家内そろって 笑顔に笑顔。

自然のうつろいを知り、米の生産行程を学び、歌うことで自然から学ぶことが増えて行った。この他にも八朔、二百二十日という刻みもあり、農家にとっての三大厄日とされている。

毎年々々繰り返される水難事故だ。海で遊ぶのもいい、川で泳ぐのも、魚を捕るのもいい、現代人はもっと自然を知り、自然を恐れることを学ぶことが必要ではないだろうか。

現在猛烈な台風12号が南の洋上ミッドウエー諸島近海に発生している。まだ進路は不明のようだが、二百十日の9月1日が来る。日本に向かうこともあるだろう。

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2006年8月27日 (日)

水色のハンカチ、水色のワルツ

作曲家、高木東六が死去した。享年102歳、テレビから姿が消えてから随分永いから、亡くなったものと思っていた。
奇しくも今年の高校野球の優勝校、早稲田実業の投手・斉藤君がマウンドで汗を拭って知られる青色のハンカチが話題になったタイミングで、同じ水色のハンカチで戦後名を馳せた作曲家がダブって来るとは妙な気がする。
高木東六の曲の題名は「水色のワルツ」1952(昭和27)年5月15日封切りの東映映画の主題歌として発表されて流行した。
 君に逢ううれしさの 胸にふかく
 水色のハンカチを ひそめるならわしが
 ・・・
と、こちらは汗ではなく女の流す涙を拭くためのハンカチを歌ったものだが、一方斉藤君の青色のハンカチの方は、専門商社でジャスダック市場の川辺(本社・東京都)の株価は、早稲田実業が優勝を決めた翌日の22日から大幅高となり、24日は一時、前日終値比45円高の308円まで上昇して株式市場にも波及している。また、輸入ハンカチなどを取り扱う大証2部上場の卸売り業カワサキ(本社・大阪府)の株価も同日、一時、同45円高の2080円まで値を上げた。ただ両社とも、斉藤君が使用していたハンカチは取り扱ってはおらず、市場関係者は「少ない話題を手がかりに、ブーム到来を当て込んだマネーゲーム」と分析している。

儲け話しが何処かに何か、転がっていないか、と鵜の目鷹の目で拾い集める金儲けに余念のない世界。一昔前なら高校球児らしからぬキザな汗の拭き方に、侮蔑と揶揄が集まったであろう仕種が、時代が変われば金儲けの種になる。ハンカチだけではない、選手たちが疲労回復に使用している高気圧カプセルにまで、欲の皮をむき出しにした宣伝が始まろうとしている。これなど、とうの昔からスポーツ選手やアスリート、プロ野球選手、レスラーたちが使用しているものだ。早実の選手たちが使用しているのは携帯用のものだそうだが、早くも問い合わせや予約が殺到しているらしい。

自信のない連中が、それを使えば強くなれるだろう、と考える先に無くならないうちにと先を争って飛びつく。典型的な日本人の付和雷同の精神構造の見本だ。オイルショックの時、トイレットペーパーが、ティッシュが無くなる、と金余りのバカは一部屋を倉庫代わりに積み上げた奴もいた。何事においても学習能力に乏しいのが日本人だ。

話を高木東六に戻して、彼がよくテレビに登場していた頃、戦争中に作った軍歌に対して「作りたくないものを作らされた」、とずっと被害者らしい弁解表現で当時を振り返っていたが、1942(昭和17)年4月の作曲「空の神兵」はその年の1月11日セレベス(現セレウェス)と、続いて2月14日スマトラのパレンバンに落下傘部隊が降下した作戦を映画(「空の神兵」)にした時のテーマ音楽である。当時11歳、学校から引率で観に行った。全編に流れる勇ましい歌に心高鳴らせて観た記憶がある。当然白黒映画であるが空に広がる純白の落下傘(今はパラシュートという言葉が普通に使われていることと、当時とは違って今は緑っぽいカーキ色をしている)が、数え切れない数になって降るように降りてくる。

 藍より蒼き大空に大空に
 忽ち開く百千の
 真白き薔薇の花模様
 見よ落下傘空に降り
 見よ落下傘空を征(ゆ)く
 見よ落下傘空を征く

後の歌詞にはこんなのがある
 
 その純白に赤き血を
或いは 肉弾粉と砕くとも
また、 撃ちてし止まぬ大和魂(だま)

彼が作詞をした訳ではないが、明らかに戦意高揚の音楽であり、現在評価されているような洗練された、シャンソン風のものではない。軍国少年であった当時の子供たちは、映画を観た後は興奮し、ずっとこの歌の虜になって口ずさんだ。彼は、好むと好まざるとに拘わらず、戦争に協力したことになる。

彼は西洋音階を信奉し、日本古来の5音階を毛嫌いしていたが、(テレビでの言葉の端はしにそれは出ていた)生涯を通してそれを持ち続けて逝った。

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2006年8月26日 (土)

小学生に携帯電話は

必要か? 不必要か?
毎日新聞(8/22)から
男性 2542 女性 2705 の合計有効投票数 5247
10代以下から70代以上による全体の投票結果は
     必要    不必要
 男性 24・2%  75・8%
 女性 25・5%  74・5% となった。

以下、賛否の意見を聞いてみよう。
先ず必要とする意見。
 ♦子どもを狙った犯罪が増加する昨今、安全確認のため
 ♦最低限できる自衛手段の一つとして持たせるしかない
 ♦GPS機能つきで位置確認、学校が1時間の遠くにあるため
 ♦万能ではないが便利な道具。親は安全を持たせている

『石田衣良の白黒つけます!!』の担当記者の弁は
 「なるほど子どもを狙った犯罪が多発する現代では、親も心配が絶えないのだなあ。防犯のためという、なんとも切ない理由が、賛成派の殆どでした」とある。

続いて不必要派の意見は
 ♦ネットやメールなどでトラブルに巻き込まれるケースも多い
 ♦いつでもどこでも連絡の取れる状態より、きちんと行き先が伝えられ、家族で確認する方が大切。発信機つきで親に縛られるよりも、子どもの時しか体験できない自由を満喫させるのもいいのでは
 ♦犯罪は下校時が8割、夜間などでは送り迎えが望ましく、携帯は補助に
 ♦携帯を持たせると必ず別の心配が出てくる。大人の不倫も携帯の普及が増加させた

担当記者の意見
「賛成派は防犯のためにやむを得ないという消極的な理由が多く、反対派は携帯電話が子どもに与える弊害を恐れている」

世代別のデータも掲載されているが、煩雑なので省略するが、面白いのはおしなべて男性にくらべると女性の必要派が男性を上回っている中、40代の女性だけが男性に比べて不必要派が多くなっている。恐らく自分自身が携帯で縛られたくない深層心理或いは社会的背景を抱えているのだろうか。
それと、親たちの心境を推察すると、携帯を持たせた途端「ああ、これで一安心」「もう、大丈夫だわ」「どこにいても分るから」となるのだろう。そして、若しも運悪く犯罪に巻き込まれでもしたら、学校が悪い、警察がだらしないとなるのだろうか。携帯の働きや仕組みには詳しくても、実際に犯罪に巻き込まれた時に役立つかどうかは不明だ。実際の事件では犯人側があれこれ指示する道具として、警察さえ慌てさせるほどの大活躍をするが、巻き込まれた側で携帯で救われたケースはどの程度あるのか。

不必要派の人たちが憂えるネットやメールのトラブルに、或いはもっと悪く、小学生でも、親の知らないところでの異性間トラブルに発展するマイナス面も併せ持っている。親がしっかりと携帯の中味をチェックするだけの見識をもっていればいいが、子どもが嫌がれば遠慮するような親では持たせない方がよい。

携帯電話は万能ではない。親と子の、家族と子の、お互いの顔を見ての会話ができることが第1だ。例えば現在では携帯使用が禁じられている場所が多くある。私立に通っている子など関係が深いが、電車の中での電源オフは常識だ。子ども自身のスイッチの入れ忘れ、事件発生時の電車移動時の役立たず状態から後の追跡不能の心配。或いは携帯の関係のない場所への放棄による故意の発信なども可能になる。

私の結論は小学生に携帯電話は必要ない。ブログで何度も書いて来た。親は子どもが大切なら親自身で守れる方法を真剣に考えるべきだ。世間や、携帯や防犯ブザーのような道具や、ボランティアなどの協力があっても彼らは義務ではない。間違ってはならない、あくまでも協力だ。学校も校門を出れば管理責任はない。子は親が命を掛けて守るものだ。

私は携帯電話は持っていないし、これからも持つ意志は全くない。今までにも持たなかったことで何一つ不自由したこともない。

参照「子どもの ネット利用」06/12/19

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2006年8月25日 (金)

親たちの無関心

連日のように少年少女を巻き込んだ事件が起こっている。気の緩む夏休みには特に多くなるようだ。

24日の深夜、宮崎県延岡市昭和町1丁目の宮崎ガス延岡支店の南側、五ヶ瀬川堤防に集まって話していた同市内の高校生が巻き込まれた死傷事件がある。5人のうち男女2人が、刃物を持った男に背中を刺され、男子生徒は約40分後に搬送先の病院で死亡。女子生徒は重傷。集まっていた5人は全員16歳、重傷の女子生徒が2年生以外、みな1年生だ。

事件に遭遇し、死亡したり重傷を負ったことには同情しても、可哀そうだとは思わない。ある意味では自ら呼び込んだ事故だからだ。5人は前夜11時50分ごろからおよそ1時間、賑やかに騒いでいたのだろう。ナイフで刺した男(20歳)の自宅は現場から10メートルしか離れていない。テレビ局がカメラ抱えて走り回り、若者たちのその無軌道ぶりを拾っているように、神経に触る賑やかさだったろうと思う。私の身にも覚えがある。すぐ近くに駐車場があり、深夜、2、3人の若者の騒ぎに耐えきれず、何度も警察に連絡したことがある。都会と違う住宅地近くでは、夜間の特に女性の甲高い笑い声は神経に障る。

刺した男は医者にもかかり、精神安定剤をもらったりする不安定な精神の持ち主だったようだ。真夜中の歓談は安眠の妨げになっていたと思う。犯行後に警察官が男の部屋に踏み込んだ時は、抑えようとして使用し過ぎた安定剤で意識不明であったという。普段は深夜に高校生ら若者たちがたむろするような場所ではなかっただけに、突如わいた騒がしさに男が我慢できなかったものだろう。距離はわずか10メートル、私が五月蝿い思いをした駐車場までは約50メートルある。それほど郊外の住宅街の深夜は周りが寝静まると静寂に包まれる。

書き出しに記した。彼らが自ら呼び込んだ事故だ、と。第1に、子どもが(特に少女たちだ)真夜中に事件が起こるまで1時間も外出していることが問題だ。第2には、その親たちが男の子や女の子の深夜の外出を許していることだ(集まった子に親が全員いないとは思えないからだが)。3、4ヶ月前までは中学生じゃないか。まだまだおしめが取れたばかりの子どもだ。親の監督下でしか行動が許されない年齢だ。それだからこそ法律で守られ、少年Aであったり少女Bになるのだ。それを今の親たちは何を勘違いしているのか手元を離れるのを自由にしてやっていると放任する。自由とは責任が取れてこそ自由であることの根本が理解できていない。やっと中学生から抜け出たばかりの幼稚な子どもたちに、己の責任がどう取れると言うのだろうか。庇護下にある子どもの責任は親が取るのが当然の義務だ。

これほど連日報道される子どもを巻き込んだ犯罪を、親たちは一つも参考にしているように見えない。似たような、或いはおなじような事件が次々と発生する。子どもの生活をしっかり監督できるしっかりした親であって欲しい。先ずはせめて女の子の帰宅門限は、話し合ってきっちりと決めて置こうよ。

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2006年8月24日 (木)

あれやこれや

◆《ココログで新しく始めたアクセス解析、貧乏くじを引いたようで、下記65名の中の1人になった。8月1日から20日までのデータが復旧不可能だそうだ。
  ------------------
◇影響範囲
65名のお客様が本不具合の対象です。
本件は現在、復旧しており正しく集計がされております。
なおデータが取得できていないため、該当のお客様の上記期間の集計データを復旧することはできません。
この度はご迷惑をおかけいたしまして、大変申し訳ございません。
今後ともココログをよろしくお願いいたします。
   ----------------
記事が消えたのではなく、集計データが消失しただけなので、良し とするか。》
*(追記)【8/25日、突如、データ復活しているではないか】*

◆《「フリーターはいりません」景気回復に伴い人材不足の課題を抱える企業が急増しているにも拘わらず、大半の経営者はフリーターの採用に消極的であることが、日本経団連の実施した経営者アンケートで明らかになった。調査は今年6月、経団連会員企業など計2149社の労務担当役員を対象に実施し、560社からの回答をまとめたものである。調査結果によると、雇用情勢に関して、
 「人材不足」と回答した企業が40・3%と昨年比で14ポイント増えている。
 特に若年層の正規社員について「不足」と答えた企業は26・5%
 「やや不足」の52・2%を加えると8割に近い企業経営者が若年層の人材不足を感じていた。
しかし、フリーターの採用については
 「採用しない」が24・3%
 「採用には消極的だが、経験・能力次第では採用」が64%
 「積極的に採用したい」はわずか1・6%であった。
内閣府の調査では、若年層のフリーターは90年の183万人から01年には417万人に急増し7割超が正規雇用を希望している。

また別に山形県の県内企業(昨年8月、約430社)を対象にしたフリーターの意欲調査では、「どうしても従業員が不足する時にのみ」が36・3%で最も多く、「受け付けない」企業も10・6%あった。
 フリーターは「本人の人柄や意欲次第で採用する」とした企業が50・7%を占める一方、「受け付けない」も10・6%あった。しかし、50〜299人の企業は「定職に就いていない人にはマイナス面の理由があると思う」が42・6%と多く、300人以上の企業は「同じ能力があれば、年齢の若い人を採用したい」が39・1%で1番多かった。

持つものと、持たざるもの、の違いだろうか、前・日本経団連会長の奥田碩トヨタ自動車相談役は23日、名古屋で講演し、小泉政権下で進んだ経済格差拡大について「格差は社会の活性化につながる限り、むしろ望ましい」との従来からの持論を展開している。続けて奥田氏は「金儲けこそ活力の源泉」とした上で、成功者を嫉妬せず、賞賛することが経済的繁栄に不可欠と指摘している。しかし、例のホリエモンの会社の経団連入会の件については何も口にしなかったらしいが。》

◆《やはり来た、‘多すぎる大学’の淘汰がいよいよ始まる。福岡市南区の東和大(工学部単科)を運営する学校法人・福田学園は来年度の募集停止を正式に決め、文部科学省に報告をしていたことが解った。同大学は在校生が卒業する09年度をもって廃校となる。理由は「学生募集に向け改善のめどが立たない。学生が集まらず、大学経営が悪化すると、併設の短大にまで影響が出かねない」としている。既に法人理事会や評議員会、教授会には経緯を説明して了解を得ているということだ。同大学は1967年に設立。今春の新入生は160人の定員を下回り、約140人にとどまった。57年創立の併設校、純真女子短大の知名度が高いことから、今春以降、名称を「純真」に変更し、新たに文系学部などを設置する方向で準備を進めていたが、準備不足から学部新設の認可申請を断念していた。既存の工学部だけでは今後も十分な学生数確保は困難と判断したものらしい。

1967年の設立では、たった39年の歴史だ。当初から大学として開校すること自体、読みが浅すぎたと思わざるを得ない。その10年前に短大を創立させ(これだって雨後の筍の類いだが)、地方にあってのステータスとして根をはったのだろうが、単科大学まで併設するのはマーケティングリサーチの不足だろう。絶対数の不足する学生を集めることが不可能になっていることを思えば、同様の経営状態にあるその他多くの大学も、維持管理費の削減から淘汰、廃校に流れるのは自然の成り行きだろう。》

◆《南の島から強烈な狼煙が上がった。直木賞作家の坂東眞砂子が日本経済新聞に寄せたエッセーによる「子猫殺し」の告白だ。タヒチは仏領で司法権はフランスにあり、刑法に抵触することもあるという。
彼女は冒頭「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。(中略)承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している」と書き出しているらしい。彼女は「自分の育てて来た猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。ちろん、殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである」と結んでいる。

これに喜んで飛びついたのはいつもの動物愛護協会だ。この連中の安っぽい考えで騒ぎを大きくすることはない。生活を脅かす猿騒動にしても、クジラにしても、口にするのは同情論でしかない。この作家はそのような低俗なレベルではない。生と死を見据えた命について訴えようとしているのだ。
全く同じことを私もやった。もう30年も前になる。生まれた6匹の子を庭に穴を掘って埋めた。面白くてやったのではない。捨てられていた子猫から育てたメス猫の生んだ子だ。心根の優しかった息子は、何匹も拾って来た。大所帯になっていた。限界に来ていた。庭に埋めた後、手向けの花を添え、飲み水を備え、線香を供えた。1ヶ月続けてそれから後は思い出になっている。

坂東さんから「人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない」と叱られそうだが、それから以後は避妊手術を施して、それ以上に増えることをセーブして来た。息子は成長して親から離れ、今は猫は一匹もいない。》

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2006年8月23日 (水)

赤ちゃんの睡眠リズム

毎日新聞(8/22)から
昼夜連続して照明のついた環境が新生児や乳幼児の脳の活動に影響を与え、「睡眠覚醒リズム」を乱す可能性があることを、東北大学病院の研究グループが突き止めた。夜間照明が乳幼児の成長(体重増加)に影響を与えることは別の研究で分かっていたが、脳科学の分野でもメカニズムの一部が明らかになった。

同病院周産母子センターの太田英伸医師らが米バンダービルト大学と共同研究し、21日付けの米小児科学専門誌ペディアトリックリサーチに発表した。研究に使われたのは生後3週間のマウスに人工照明を充て
 1. 昼を明るく、夜暗い環境
 2. 一日中明るい環境
の2グループに別けて飼育して、睡眠や覚醒など「生物時計」の機能を持つ脳細胞の活動をしらべたところ、
 1. のグループのマウスは脳細胞が一日に一回ほぼ同じタイミングで活動するのに
 2. のグループではタイミングがばらばらになった。
その後、2.から1.の環境に戻すと再び正常なリズムになり、睡眠覚醒リズムは矯正可能なことも分かった。

さらに、大人のマウスと生後間もないマウスを一日中明るい環境で飼育したところ、脳の活動の乱れは大人の場合5ヶ月間で10%だったのに対して、子どものマウスは3週間で100%に達し、大人に比べて影響を受け易いことが分かった。太田医師は「睡眠覚醒リズムの乱れは乳幼児の成長に影響を与える可能性がある。病院で早産児を保育器に入れたり、家庭で乳幼児を寝かせる際には昼夜の区別がある環境が望ましい」と話している。

働く女性が増え、乳幼児と接触する時間の少なくなった現代の母親が、側にいる間だけでもと、いつまでも明るい部屋で起したままで猫可愛がりし、子の睡眠時間を取り上げたり、明るい部屋で寝かせたりして夜と昼のけじめを弁えないのは、決して子どものためになることではない。

これは何も乳幼児に限ったことではない。昼と夜との間に光の強弱に昔ほどの差がなくなり、明かりを持たないと歩けなかった道路も街頭が照らし、町の明かりが照らしてくれる。言葉だけは残っている「漆黒の闇」など全国を捜しても見つけるのに苦労するほどだ。星の運行を眺めるのにも余ほど人里離れた場所に行かないと観測も難しい環境になった。

当然のことに生活様式が変わり、産業の変化とともに就労形態が変わり、夜間働いて昼寝なければならない人たちも増えた。人間の身体の中には、1日24時間の単位で、起床・活動・睡眠のリズムをつくり出す‘体内時計’が備わっている。自然に近い生活をしていれば、その時計の働きで夜は眠くなり、朝には目が醒める。それが外的な刺激で睡眠・覚醒リズムに狂いが生じることになる。そうなると、朝起きられなくなったり、昼に眠くなったりして通常の社会生活が送れなくなることも起こってくる。大人の場合でも夜型の生活をしてきた人が障害を起しやすいし、塾や、遊びで夜遅くまで起きている現代っ子には睡眠覚醒リズム障害に陥る危険性がつきまとっていると言える。


 

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2006年8月22日 (火)

続々 多すぎる大学

情けない断末魔の世の中になったようだ。大学を出て、尊敬の眼差しを集めたのは遠い昔の話。敗戦後、続々と生まれ名ばかりの大学。ベビーブームの勢いに乗って増やして行った大学。それが出生率の低下と少子化の波に見舞われて、学校余り現象が出て来た。別の見方で言えば、誰でも望めば、いや、本人が望まなくても教育ママにせき立てられ、授業料の心配さえなければ、大学など難関でもなんでもなく、入ることが可能な世の中になった、ということだ。最近しきりにメディアが使用する「全入時代」がやってきたのだ。

8/19日の毎日新聞から。
この全入時代を控えた「主客転倒」の学生集めが始まったことを報じた。本来ならば、その大学で学びたい志の希望者は、その大学のレベルに向かって準備をし、決められた期日に出向いて試験を受け、その合否を期待と不安の入り交じった心境で指折り数えて待つ。しかし、記事によると、少しばかり様子が違うようだ。大学側は、受験生が試験を受けに来てくれるかどうかが心配で、待っておられないのだ。何が何でも経営が続けられる人数の受験生が、うちの大学に来て欲しい。来てくれなければ必要な授業料が確保できなくて足りなくなる。

そこで私の目には“珍現象”と映ったが、学校側から面接官がこれとおぼしき受験生の高校に出向き、そこで面接試験をする「どこでも*AO入試」を導入した大学があるという。静岡県富士市にある富士常葉大学の環境防災学部では、今年7月上旬からすでにエントリーを受け付けており、これまでにエントリーのあった約20人のうち富山県と沖縄県の高校生2人が「どこでもAO入試」を利用する可能性があるという。

*AO入試
学生の募集から入試までを担当する米国の大学の「アドミッション・オフィス」(入学事務局)が、名前の由来になっている。志望理由などを記した志願書(エントリーシート)を提出させ、面接や小論文で選出するのが一般的。日本では90年度、慶応大が初めて実施。05年度は国立大25校、公立大12校、私立大364校が導入している。

少子化は今年度の入学者定員割れの私大が4割を超える現実を見せ、各大学は学生の確保に躍起になっている。
今回の珍現象は、鉦や太鼓で受験生を誘き寄せ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、のレベルにまで貶めるかに見える。どこの大学も新しく目を惹く学部の増設に大童だが、如何せん、頭数だけを頼みに広げ過ぎた大学は、新聞が書くように「受験生は神様です」と、全員入学が可能であっても入れ物が余るのは避けられない。今以上に傷が大きくならぬうちに淘汰する方策を考えるがよい。何しろ大学の数は多すぎるのだから。

文部科学省は「試験として機能していれば問題はないが、面接官が個別に(受験生のところへ)行くのは、聞いたことがない」と話している。

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2006年8月21日 (月)

暑気狂想曲

夏休みを海外で過ごした人、約5万8000人、休みをずらしてこれから出かける人、合わせて1日の出入国者の数何と10万8000人、これは8/20日の成田空港の1日の利用客だ。開設以来の最高の記録となった。不景気だ、格差社会だ、生活は苦しくなる一方だ、という日本の現状だ。今では珍しくもなくなった日本の夏に繰り広げられる国内の帰郷、Uターンと同時にうごめく民族の大移動だ。格差社会など何処吹く風の暑気症候群だ。

この症候群、もう一つの顔を持っている。一向に監督の出来ない親の子どもたちの、羽目を外す無軌道振りだ。はた迷惑など考えも及ばないはしゃぎ振りで時間お構いなしの様相を呈する。群れ集まることでしか表現できない幼稚な程度だが、それだけに余計に始末が悪い。それに男女の別もない。所構わず危険な花火を打ち上げる、後片付けなどする思慮のあるものはいない。騒音を大音量でが鳴り立てる、場所を弁えることも知らない、海岸だけならまだいい、町中の公園で、広場で、住宅街で。注意をする人に考え直すどころか逆に喰ってかかる。

無軌道は深夜の徘徊も加わる。それも免許も持たない無謀運転だ。バイクや車だけは動かせても、法律を学ぶ頭脳もないから信号も碌に理解できない。21日午前1時40分ごろ、千葉県白子町八斗の九十九里有料道路では2人乗りして並走していた2台のバイクに乗用車が追突、県立高校2年の少年(16)が全身を強く打って間もなく死亡。バイクを運転していた無職少年(17)は意識不明の重体。乗用車の運転手(32)は業務上過失傷害罪で逮捕、容疑を同致死傷に切り替えた。
どちらが悪いのだろうか、バイクの少年たちは無免許、原付きバイクの2人乗り入れが禁止されている道路上。乗用車が前を並走していたバイクを追い抜こうと反対車線に出たところを、1台が邪魔をするように反対車線にでて、追突されている。暴走族の予備軍として警察車輌の前を走る練習でもする気だったのだろう。

時間は午前1時40分、夏休みとは言え、子どもの起きている時間ではない。まして無免許で道路を走るなど、望んで死地に赴くようなもの。親はこのように他人の迷惑になるような子に育てたことを悔いればよい。追突した運転手こそ可哀想だ。

同じくバイクの死亡事故。発生したのは19日。奈良県田原本町の町道の交差点、15才の大工見習いと高校生の2人乗りのミニバイクと、32才男性の運転する大型トラックとの出合い頭の衝突事故である。少年の1人は約5時間後、1人は約17時間後に死亡。現場は信号のない交差点でミニバイクの2人は無免許、ヘルメットも被っていない。法律無視も甚だしい。詳しいことはこれからの調査待ちだが、相手は少年だ、大型トラックの方が悪者にされのだろうか。

夏休みになると毎年繰り返えされる出来事ばかりだ。放任、無責任、過保護、監督放棄、反対に過干渉をする世の親たちの反省がない限り、どんどん次世代へ引き継いで行くことになる。

一方、3年前の交通事故で自転車の少年をはねた運転手に札幌地裁が無罪(求刑・禁固2年)の判決を言い渡した。03年7月、市道を自転車で横断中の中学3年生(当時14才)が乗用車ではねられて亡くなった事故である。業務上過失致死罪に問われた男性会社員(33)に対し、札幌地裁(川田宏一裁判官)は21日、「犯罪の証明がない」として無罪を言い渡したものだ。中学性の死亡した事実を認定したものの、「被害者は一時停止せずに市道に進入し可能性が高い。被告に衝突を回避する可能性があったとは言えない」と理由を述べた。前方不注意の有無も争点となったが、「衝突回避の可能性に合理的疑いがある以上、過失は認められない」と判断したものである。

状況は、片側2車線の市道の右車線を乗用車で走行中、左から自転車で横断して来た少年に直前まで気づかずにはね、脳挫傷で死亡させたとして起訴されたものだ。判決を傍聴した少年の母(47才)は「加害者の言い分だけが認められた不当判決。とても仏前に報告できない」と控訴の予定だという。

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2006年8月20日 (日)

部外者締め出す祭り

ちょっと前、大阪市西淀川区に在住の翻訳業を名乗るイギリス人が投書を寄せている。
町でお祭りがあり、奥さんが女のお子さんと他町のお神輿を見に行った。休憩どきにお菓子と交換するカードを配ると聞いて、奥さんから「もらいや」と声を掛けられたお嬢ちゃんが、喜んで配ってもらったカードを手にしていたら、突然男の人が「ほかの町会はあかんで。自分のところへ行け」と二歳のお嬢ちゃんからカードを取り上げた。同時に数人の女性から「ほかの町会の子が来るってどういうことや」と罵声を浴び、お子さんはショックで泣き出した、という。

イギリスでも教会主催のお祭りがあるが、どの教会に属しているか関係なく、どの国の子も楽しんでいる。お祭りとはそういう開かれたものであると思っていただけにがっかりし、また、たった二歳の子どもが持っていたものまで大声で非難しながら取り上げるという人権を無視した行為と、それを諌めるでもなく、罵声で助長する集団いじめのような行為に憤りを感じた。部外者には残酷に排他的になる日本社会の恐さを感じた、と。

西淀川のおっさんやおばはんが、書いてあるとおりの言葉で言ったかどうかは解らない。投書者の奥さんが、余りの事に頭に来て環をかけた表現になったとも考えられるが、イギリスのことも日本のことも、どちらも古来からある文化の違いから来るものだろう。指摘されるまでもなく、確かに日本社会には閉鎖的なところが多分にあるが、郷に入らば郷に従え、だ。そこでどう生きるかは本人次第。

私にも覚えがある。まだ小学生の一学期を終え、父の転勤の都合で姫路から、日本海海戦でバルチック艦隊を殲滅させた東郷元帥が長官をしていたこともある、当時はまだ海軍鎮守府として名前の知られていた京都府の舞鶴(後のロシアからの抑留者引き揚げ港になった)へ引っ越しした頃だ。二学期を迎える前の夏休みを利用しての引っ越しだった。学校が始まる前の8/24日を中日にして3日間の地蔵盆(元々は地蔵祭と呼ばれたが、8/24日が盂蘭盆に当ることから、そう呼ばれるようになった)で賑わった。

関西(奈良、大阪、滋賀、京都など)では子どものまつりとして、配られるお菓子を貰うのが楽しみな祭だ。投書の日からして地蔵盆とは考え難いが、お互いの町内が日をずらして行うようにもなった、と聞くからひょっとすると、この地蔵盆でのことかも知れない。私たちが住まうことになった隣の、世話役に当る家の軒先きには赤い提灯が幾つもぶら下がり、夜になると現代の赤提灯宜しく蝋燭が揺らめき、家に上がり込んだ子供達の笑い声やざわめきが、騒がしく聞こえていた。

地蔵盆は地蔵菩薩(大地を意味する菩薩と、胎内・子宮を意味する菩薩との合成語で、地蔵菩薩)を祭る催しで、関西では室町時代の京都で特に広まったが、関東にはお稲荷さん信仰があったことから京都に遅れて江戸時代になってやっとお地蔵さんが作られるようになった。子どもの守り神として、特に水子の供養で知られる。

私たち家族の新しい住まいになった隣家がこの世話役の家だった。まだ引っ越しして間もない私たち兄弟には、友だちと呼べる仲間は出来ていなかった。それにしてもだ、隣に引っ越して来た挨拶は親がきちんとやっていた。それでも新入りには声一つ掛けてはくれなかった。子供心に仲間はずれの寂しい思いを経験した最初であったかも知れない。大阪のようにカードがあったかどうかは知らないが、お菓子を貰うこともなく、その町内から慌ただしく去ることになった。急遽、父の会社の社宅に空きが出来て引っ越し、二学期の授業に間にあわせることができる始末だった。

食べ物の恨みからだろうか、未だにお祭り騒ぎは好きになれないで現在まで来ている。

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2006年8月19日 (土)

父ちゃんの立場指数

毎日新聞(8/19)から
面白い記事が載った。全国の百貨店の紳士服の売上高が、景気動向と密接な関係にあることが、日興コーディアル証券の馬淵治好氏の調査でわかったという。一方で婦人服の売上高が景気に左右されにくいことにも着目した。紳士服の売上高の前年比伸び率から婦人服の伸び率を引いた値を「父ちゃんの立場指数」と名付けて説明をしている。

指数は、日本百貨店協会が毎月まとめている紳士服と婦人服の売り上げ高から算出したところ、景気の山と谷を示す政府の景気動向指数とほぼ一致していた。例外的には00年10月にあった「山」前後は逆の動きになっているが、馬淵氏の説明では「I T業界は潤ったが、庶民感覚では景気が良くなったという実感には乏しかった」という。最近に一番近い「谷」は02年1月だが、指数は2月のマイナス5・75を底にして上昇している。今年6月には0・06のプラスに転じるなど「踊り場を見せながらも回復している。今回は過去と比べて高く、景気回復が本物であることを裏付けていると」と最近の景気の動向を見ている。

馬淵氏は「景気が悪化し世帯収入が減ると、妻は夫に『スーツがくたびれてるけど、稼ぎが落ちてるからちょっと待って』と言うが、妻は自分の服はいつもと同様、稼ぎの増減には関係なく買っている。家庭内で不況時に最も削られない消費は婦人服、最も削られるのが紳士服」と分析している。指数は家庭内の「父ちゃん」の立場を象徴しているようだ。

ただ、他の要因も考えられ、「紳士服の購入先が、百貨店から安売り店に移ったこともあるが、種類も多く、好みが多様化していている婦人服は、紳士服ほど大量店への移行が進まなかった、とも考えられる」という。

まあ、当たり障りのない意見だ。他でもない、男性の場合は女性と違って、着の身着のままでも大して気にならない(ある種の男はそうでもないようだが)、気にしない性質が備わっている。まして夏場になると、よほどお固い職場でもないと、上着は却って邪魔となる。ところが女性はそうはいかない。いかないのではなくて、そうしないだけだが。貧しい時代、女性も何日も同じものをまとって過ごした。清潔でさえあれば、同じものを繰り返し着ることは恥ずかしいことではない筈だが、世の中が飽食になった上に、コマーシャルで喧噪が繰り返される。お隣さん、お向かいさん、あの女この女、上の階下の階が気になる。夏などはもってこいだ。父ちゃんに金を掛ける必要がない、「私は女なんだから」と次々に手に入れる。

今までにもその傾向は見えていた。父ちゃんの収入は生活に、母ちゃんの収入は母ちゃんのもの、化粧に、ブランド品に、旅行に、お食事会に使う。生涯働いた父ちゃんの退職金は家族のために、母ちゃんの退職金は母ちゃんの別予算。専業主婦ならぬ専業主夫が取りざたされる世の中だが、労働人口最大の労働階級で生涯現役で生活を支える女性が出てくれば、それもよいだろうが、結局「男も働け」となり、共稼ぎになればこれまた結局、女性の収入は欲張りな女性自身の消費が中心になって行くだろう。

日興コーディアル証券の父ちゃんの立場指数は、これからは、景気の動向には係わりなく、何の変化も起こらないだろうと確信する。

参照「既婚女性の小遣い」06/04/10
参照「団塊会社員と退職金」06/04/09

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2006年8月18日 (金)

アジテーター(煽動者)

嫌いなカタカナ語から始めることになるが、これ以上に似つかわしい言葉が見当たらない。8月15日に靖国詣でをやった小泉のことをどうしても書いておきたい。

アジテーター(煽動者)、心理学的に言えば「感染説の中で群衆が反社会的行動を起こしやすくなり、ついに暴動の引き金が引かれることがある。この引き金を引く人をアジテーターと言うが、アジテーターになる人間は、もともと攻撃的であったり、社会に不満を持っている人が多いと言われる」。アジテーター、労資抗争、労働争議、労働運動華やかなりし頃しきりに使われた。労働者の先頭に立って資本家側に大声で叫んだ輩だ。

去る7月5日早朝に、北朝鮮が線香花火に火を点けた。その直前2日前、7月3日毎日新聞が行った全国世論調査がある。(後に参照を付す)戦後60年の原点の総括になるものだ。《「戦後の歩み」に厳しい目》として国会議員と国民の意識を比較したものだ。
 第二次大戦をめぐる日本政府の謝罪・反省について
 政府謝罪「不十分」42%
 軽武装「評価せず」24%
と、国民の方が国会議員に比べて否定的な数字が相対的に高く、「戦後の歩み」を厳しく見ていることが浮かんでいた。

7月5日の北朝鮮騒動直後から、政府高官の敵対的な発言が繰り返し報道された。時、あたかも小泉の靖国参拝が賑々しく取り上げられ、北朝鮮に反発する戦争を知らない世代のナショナリズムに火を点けることとなった。小泉のインタビューでの記者団への言葉が繰り返し報道された。「感激した、」「心の問題、」「人それぞれ、」「外国からとやかく言われることではない、」短い言葉の一言一言が、戦後教育で歴史を教えられずに育った世代の共感を呼んで行った。そして今や日本はその戦後生まれの世代が国民の多くを占める国になっているのだ。

感情で動くだけではない、日本の歴史すら勉強もしていないのだ。小泉が靖国に出かけた日の夜、NHKが麻生外相も混じえて市民との討論の場を設けた。夜7時30分〜11時30分までに途中ニュースなど1時間15分を除く長時間だった。《日本の、これから「アジアの中の日本」》。元軍人、遺族、評論家、各国からの留学生たちに混じって日本の若者たちも参加していた。当然、戦争犯罪、A級戦犯、靖国参拝の是非について話は集中する。

日本の戦争犯罪に触れて話が進む中、若者(大学生か)の発言に耳を疑った。『東條を戦犯呼ばわりするが、戦前の日本の民主主義の中で、東條を選んだのは国民じゃないか』と言う。その場の大人が呆れて諭したが、
 こんなことすら今の教育は生徒たちに教えていないのだ。戦前の日本の選挙制度、戦後の婦人参政権、敗戦によって始めて与えられた民主主義。そうだ、この民主主義という言葉、戦前の日本国民はどのように教えられていたのか、学校の先生は子どもたちにこう言った。《「個人主義の国アメリカ」自分さえ良ければよい国》と。決して民主主義とは教えなかったし、民主主義と言う言葉さえ存在しなかった。こんなことも知らない若者に、小泉の単純化された一言は、ロケット打ち上げに反感を持つことを助長させるのにも多いに役立った。

また、他の若者の元軍人への喧嘩腰に言い放つ言葉。『戦犯の平和への罪を言うけれど、それではアメリカが原子爆弾を落とし、多くの人間を殺したことに罪はないのか』と。一方の犯罪を糾弾しようとする時、もう一方の非を論(あげつら)って物事を正当化しようとする。クソとミソをごちゃ混ぜにした論理で声高に迫ろうとする。日本の国民を悲惨な目に遭わせた日本人のA級戦犯の責任を問おうとする時、全く別の問題を同じ土俵に上らせて、自己の論理の破綻に気がつかず、喧嘩両成敗の幼稚な論理で己の側の罪を減じようとする。

恐ろしい話だが、敗戦直後から、日本も原爆の開発を進めていた、という風評は聞こえていた。事実、のちに理化学研究所の仁科博士を中心に、後のノーベル賞博士湯川秀樹や朝永振一郎博士もメンバーに含まれていたことも明らかにされている。1945年5月15日のアメリカの空襲で研究塔が破壊され、完成は見なかったが、敵殲滅(せんめつ=地球上からの抹殺)をスローガンにしていた軍部が、アメリカに先駆けて手にしていたら、アメリカ同様に何の躊躇もなくばら撒いていたであろう。日本に原子爆弾が落ちた遠因には、戦争終結の勧告を無視し、一人になっても戦え、と旗を振った東條たち指導者に、責任があるのは明らかだ。

このような単純細胞の若者にとって小泉の一言は、力強い支えになるのであろう。同時進行で携帯電話のアンケートを取っていたが、北朝鮮のロケット花火以降、一気に加速して敵対的な考えが広がっているようだ。今までどちらかといえば、常識的な拮抗した意見で構成されていた賛否は、靖国参拝問題では「反対」の30数パーセントを遥かに超えたほぼ2倍、70%近い「賛成」するがポイントになった。完全なアジテーター小泉の勝利だった。

依怙地以外のなにものでもない、“後は野となれ山となれ”と任期も残りわずかになって国費を使ってあちこち飛び回り、何の成果もない集まりに顔を出し、駱駝の背で「ラクダ、ラクダ」を連発し、エルビス・プレスリー宅を訪れ、見事に情けないジェスチャーをお披露目し、共同記者会見の席でラブミー・テンダーをもじったスピーチをやって情けなくも醜態を晒す。ブッシュ(権威)の足下ではまるで戯れつく子犬のように他愛ない。

そしてついに来た。小泉の靖国参拝に苦言を呈して来た加藤紘一衆議院議員の、山形県鶴岡市にある実家が東京の右翼の構成員(65歳)によって放火全焼する事態に立ち至った。加藤氏も小泉と同じ自民党に所属する議員だ、根は同じ考えで集まった政友だ。時に意見に違いのある物事だってある。それも解らない65にもなる気違いに、靖国参拝に反対意見を持つだけで襲われることになるとは、如何に今度の小泉のアジテーターとしての行動が、右傾化する国家主義的な出来事となったか解ろうというものだ。まこと、小泉は手法こそ違え、ヒットラー以来の大アジテーターと言うべきだろう。

それ以上に情けないのは、この気狂い爺さんが火付け役になったアジテーターが出て来て、その尻馬に乗ってしか騒げないノーテンキな付和雷同の輩たちがいることだ。それまで何も気にならずにいたものが、誰かが騒ぐことで始めて知り、わっしょいわっしょいと騒ぎ出す。名を名乗ることも出来ない憶病者が、「次は爆弾だ」とまで言い放つ。7月の北朝鮮のロケット打ち上げの時もそうだった。在日への嫌がらせが即座に60件ばかり起きた。日本人のモラルの低下は酷すぎる。

 この先日本は一体どこに行こうとしているのだろうか。

参照「国会議員の意識調査」06/06/25
参照「再び靖国について」06/07/27

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2006年8月17日 (木)

60歳の父に彼女が

6月に2本取り上げた。一本は夫の携帯を盗み見して嫉妬する女。もう一本は好きでもなく結婚した夫意外の異性にこそこそとメールをやり取りする女(40歳)。

回答するのは後の相談者を取り上げた栗原美和子(プロデューサー)42歳。
今回の相談は何も知らない母を気遣う娘(自営業)から。「心配と憤り、どんなお仕置きがいいでしょうか。」というもの。日頃の行動を怪んだ娘は父親の携帯電話を調べて確実に証拠を掴む。相手はスナック勤めの女性で、つき合って短くても3年。母親は気づいていない。曲がったことの嫌いな母が知ったら、離婚にいたる気がして、娘としては心配と同時に父に怒りを覚えます。私がお仕置きをして上げようと思うのですが、どういう手段がいいでしょうか。というもの。

回答者の第一声。「何かをするというのなら、かまをかけてみるというのはどうでしょう」だ。とても考えられない、第一、父親の携帯電話を盗み見することは立派な犯罪行為なのを分かっているのだろうか。立場が逆でも、子が未成年なら親は監督責任、管理責任から調べる権利も、必要もあるが、彼女はすでに40歳、許しがなければ調べることは出来ない事になっている。禁を犯せば間違いなく犯罪だ。まして子が父親の携帯を覗き見る。それを教えることもせず、のっけから父親をたぶらかすことを耳打ちする。続いて「知っているということを、それとなく聞いてみて、どの程度本気なのかを探りましょう」だ。

何を言っても父親から「お母さんにだけは言わないで」とは言わせないこと。それは共犯者になることだから、とまで悪知恵をつける。そうしておいてチクチクやって“生殺し”にするのが一番だって。相手の名前を知ったのなら、自分の友だちの名前に使って、何かとかまをかける。「こんな針のむしろは嫌だ」と思わせたらいい。

回答者も基本的には夫婦間の問題であることだから、相談者が未成年の子どもで、夫婦の関係で不利益を被るようなら話は別だけれど、複雑な人間関係に首を突っ込むことはないだろう、と。お父さんが本気なら、お母さんとの別れ話も口に上りもしたろうし、女の方からも何等かの働きかけもあったでしょう、それに、お母さんが知って知らぬ振りをしているだけかも知れない、ということもあります、との回答。

そして、男と言うものは、という数行が書かれているのだが、この‘男’と‘女’という字をそれぞれ入れ替えてもそっくりそのまま通用する内容になっている。それはこう書かれてある。
 それに、‘男’の人は多かれ少なかれ欲張りなもの。スナックやクラブなど、‘女性’が寄り添う店が山ほどあって、奥(旦那)さんや恋人がいても、‘女性’に囲まれていい思いをする。善し悪しは別に、日本にはそういう文化があります、と。

女性も男と変わらず酒を嗜み、クラブに通う風潮が目立ち、不倫をし、浮気をする。毎日新聞の相談窓口に来る内容も、その手のものが圧倒的に多い。読者の中の女子高生からのそれに関する投書も載った。これから人を愛し、いい出合いに希望を持つ若い世代も読むのに、なぜ、こうも大人は浮気や不倫の相談事ばかりするのですか、と。

親の携帯を盗み見しての相談事に、まともに回答を載せること自体、根本的に編集のあり方に疑問がある。

参照「自業自得の女」06/06/13
参照「汝 姦淫するなかれ」06/06/05

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2006年8月16日 (水)

19歳が監禁、暴行

これまたタイトルとは似つかない摩訶不思議な話だ。報道によると島根県出身の無職少年とインターネットの出会い系サイトで知り合った女子大生(19歳)が、3月頃になって少年(19歳)を自分の住むマンションに招き入れ、同居、一緒の生活をスタートさせているのだ。女子大生(大阪府門真市)はその後女子大生の友人2人(ともに19歳)と、出会い系サイトで知り合った無職の少女(16歳)を引き入れ、5人で生活するようになっていた。

すでに異常な様相だが、それからの数カ月、先月の16日に女子大生と女子短大生が暴行を門真署に訴えるまで、100日以上も同居生活を続けていたのだ。異常なのはその間の彼女たちの行動だ。彼女たち(報道では少女たちとしているが)は16歳の無職女性のほかは皆大人と言える女性だ。その彼女たちはマンションから大学やアルバイト先に通っていたのだ。後に付記する参照の、アメリカであった監禁事件と同じ、合意の上の同居意外に考えようがない。監禁と言う表現は充当しない。男とマンションを借りていた女子大生だけは出身地が分かるが、後は推察でしかない、別に部屋を借りていたのかそれまで実家で生活していたのか。16歳の少女の家庭でも何も心配しなかったのだろうか。携帯でしか繋がりがない現在の親子関係では、却って放任を喜ぶ子が多くなっても可笑しくない。そこに出合い系サイトが珍重される落とし穴が待っているのだ。男一人の一つ部屋に集まった女たちの落ち度なのだ。

友人を誘って同居を進めた女子大生、監禁、暴行を知りながら二人の友を呼んだのだろうか。もちろん、そんな筈ではなかった。複数の女性に慣れて来た男は、煩わしさに逆に距離を置き、遠ざける策を廻らせ始めた。暴行の切っ掛けはそんなものだろう。五月蝿いと言って殴る、売春をするように強要する。一度従うと止めどがなくなることは理の当然が分からない。売春をばらすぞ、と脅かされることになる。ずるずると深みに嵌り逃れる機会を逸する。言うことをきかないとビンタが飛ぶ、たばこの火を押し付けられる、縫い針で刺されて十字のマークをつけられる。これでは堪らない、とやっと警察に届け出る。そうなった落ち度が自分達にもあってタイミングを逃すことになってしまったものと思う。

警察は女を保護し、男を監禁容疑、傷害容疑で逮捕した。

参照 「女子監禁事件」06/03/26

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2006年8月15日 (火)

「心の問題」

《鼬の最後っ屁》のように小泉は靖国へ行った。頻りにテレビでもコメントしているように、国益に関する公約は守らなくても、彼一人のこころの問題が優先するようだ。

毎日新聞(8/15)に興味ある記事が載っている。小泉が日頃口にして来た“感激した”対象に、ある1冊の愛読書がある。旧ソ連のシベリアに9年間抑留され、その地で亡くなった山本幡男さん(45歳で病没)が遺した遺書を、当時は物品の落ち出しが禁止されていたため、仲間たちが分担して記憶し、日本へ引き揚げた後、遺族に伝えた実話をもとにした本である。書名「収容所から来た遺書」である。当時、何次にも亘って舞鶴港へ入港する船から日本の地を踏む抑留者たちの口から、強制収容所をラーゲリと言うロシア語で教えられ、今のアメリカ横文字のような流行語の感さえあった。

著者の辺見じゅんが1989年に書いた同書には戦争で運命を狂わされてもなお、病没するまで前向きに生きた山本さんの生き方が、共感を集めたものであった。国会の予算委員会でも「感銘深く読みました。平和のありがたさをかみしめた」という小泉に、山本さんの長男で、元立教大学教授を勤めた顕一氏(71歳)は、「一個人の『心の問題』はさておき、世界全体の平和を目指すという高い理想を持って行動されることを、望んで止みません」と語っている。

顕一氏は子どもの頃、父と暮らした旧満州(現在の中国東北部)で、日本軍の非道な行為を目の当たりにしていた。戦友が日本まで運んでくれた顕一氏ら4人の子どもたちへの父の遺書には「君たちは光輝ある日本民族の一人として生まれたことに感謝することを忘れてはならぬ。」「人類の文化創造に参加し、人類の幸福を増進するという進歩的な理想を忘れてはならぬ」などが書かれてあり、顕一氏は「真の愛国者とは、利己的な国家主義者ではなく、世界の中で自国の良きあり方を考える人間をさすのでしょう」、と受け止め、「英霊として合祀された靖国で、父の霊はどんなに居心地の悪い思いをしていることか」という。また、それだけに、「相手が敏感であることに、こちらが敏感なのは問題だ。父の本に感動したという首相が、なぜ、問題を孕んだ靖国の参拝に固執するのか」と嘆いている。

小泉は靖国から戻って記者たちに思いを語った。しかし、こと新しい思いは何一つ言えなかった。中国や韓国がどう見ようと、それはどうでもいい。そんなことは聞きたくない。要は安っぽい彼の‘こころ’のうちのことで、単なる「感激した!」レベル以上の‘人間’ではなかったということだ。

参照「首相のこころ」06/01/08

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2006年8月14日 (月)

敗戦の日

1945(昭和20)年の明日正午、ラジオから天皇の声で終戦を知らせる放送の電波が、当時は今程普及していなかった受信状態の良くないラジオ(国民型と呼ばれていた)から、緊張した甲高い声が流れ、13歳の少年の耳には馴染みのない難しい言葉の連続が続いた。「敵は新たに残虐なる爆弾を使用して」「しきりにむこを殺傷し・・・」集まった人たちの中には当時は数少ない大学を出た学士さまは一人もおらず、雑音まじりの尊いお方の声をきょとんとして聴いていたのが可笑しい程鮮明に残っている。後に知る全文を下に写す。難しくて現代かなで育った若者には到底読めない、ふりがなを打つが、意味は各人勉強のつもりで調べて欲しい。当時の教育レベルが理解できるし、文章をこしらえた為政者たちの思惑も読み取れることと思う。

原文
 朕深ク 世界ノ大勢ト 帝國ノ現状トニ鑑(かんが)ミ 非常ノ措置ヲ以テ 時局ヲ収拾セム(ん)ト欲シ 茲(ここ)ニ 忠良ナル爾(なんじ)臣民ニ告ク  朕ハ 帝國政府ヲシテ 米英支蘇(しそ)四國ニ對シ 其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨 通告セシメタリ  抑々(そもそも) 帝國臣民ノ康寧(こうねい)ヲ圖リ 萬邦共榮ノ樂ヲ偕(とも)ニスルハ 皇祖皇宗ノ遣範ニシテ 朕ノ拳々措(けんけん、お)カサル所 曩(さき)ニ米英二國ニ宣戦セル所以(ゆえん)モ亦 實ニ帝國ノ自存ト 東亜ノ安定トヲ庶幾(しょき)スルニ出テ 他國ノ主權ヲ排シ 領土ヲ侵カス如キハ 固(もと)ヨリ朕カ志ニアラス  然ルニ 交戰巳(すで)ニ四歳ヲ閲(けみ)シ 朕カ陸海将兵ノ勇戰 朕カ百僚有司ノ勵精 朕カ一億衆庶ノ奉公 各々最善ヲ盡セルニ拘ラス 戰局必スシモ好轉セス 世界ノ大勢亦我ニ利アラス  加之(しかのみならず) 敵ハ新ニ残虐ナル爆彈ヲ使用シテ 『頻ニ無辜ヲ殺傷シ』 惨害ノ及フ所 眞ニ測ルヘカラサルニ至ル  而(しか)モ 尚 交戰ヲ繼續セムカ 終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延(ひい)テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ  斯ノ如クムハ 朕何ヲ以テカ 億兆ノ赤子(せきし)ヲ保シ 皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ  是レ 朕カ帝國政府ヲシテ 共同宣言ニ應(おう)セシムルニ至レル所以ナリ  朕ハ 帝國ト共ニ 終始東亜ノ開放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ 遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス  帝國臣民ニシテ 戰陣ニ死シ 職域ニ殉シ 非命ニ斃(たお)レタル者 及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ 五内(ごだい)為ニ裂ク  且(かつ) 戰傷ヲ負ヒ 災禍ヲ蒙リ 家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ 朕ノ深ク軫念(しんねん)スル所ナリ  惟(おも)フニ 今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ 固ヨリ尋常ニアラス  爾臣民ノ衷情モ 朕善ク之ヲ知ル  然レトモ朕ハ 時運ノ趨(おもむく)ク所 堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ萬世ノ為ニ 大平ヲ開カム(ん)ト欲ス  朕ハ茲(ここ)ニ 國體ヲ護持シ 得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚(しんい)シ 常ニ爾臣民ト共ニ在リ  若シ夫(そ)レ 情ノ激スル所 濫(みだり)ニ事端ヲ滋(しげ)クシ 或ハ同胞排儕(はいせい) 互ニ時局ヲ亂リ 為ニ 大道ヲ誤リ 信義ヲ世界ニ失フカ如キハ 朕最モ之ヲ戒ム  宣シク 擧國一家子孫相傳(つた)ヘ 確(つよ)ク神州ノ不滅ヲ信シ 任重クシテ道遠キヲ念(おも)ヒ 總力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ 道義ヲ篤クシ 志操ヲ鞏(かた)クシ 誓テ國體ノ精華ヲ発揚シ 世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ  爾臣民 其レ克(よ)ク朕カ意ヲ體(たい)セヨ

慣習で送りかなの濁音が使われていない上に、句読点もない。難しいが、読んで欲しい。

あと1日と5分で、その時間になる。

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ナチスとの係わりを認めたギュンター

1979(昭和54)年、その年のアカデミー外国語映画賞、カンヌ映画祭作品賞と話題をさらった西ドイツとフランスの合作映画「ブリキの太鼓」の原作者、ドイツのノーベル文学賞受賞作家(1999年受賞)ギュンター・グラス(78)が、若い頃ナチスドイツの親衛隊(SS)に入隊していたことを11日のフランクフルター・アルゲマイネ紙の会見で述べた。

同紙によると、彼は15歳で潜水艦部隊へ入隊を志願したものの失敗、敗戦直前の17歳の時に、ドレスデンでSSの機甲化部隊に配属された語っている。「同年代の少年が当時そうであったように、労働に就かされていた。突然、通知があり、ドレスデンに行った。着いた時、SS部隊であることを知った」と、自ら自発的な入隊ではなかったと説明している。軍への志願は、十代の少年に共通な、両親の束縛から逃れるための行動であったと同紙は指摘している。

アルゲマイネ紙は、12日に会見の全文を報じる予定。また、今年の9月に刊行される自伝に載せる、とも述べていて「この過去が重荷になっていた。明るみにする時が来た」などと、過去について沈黙してきたことが、自伝執筆の動機の一つにもなったと言う。ドイツの敗戦直後は、SSへの関与について、恥とは思わなかったが、時が経つにつれて重くのしかかって来たと語っている。

これまでの彼に関する経歴では、戦中は国防軍の対空部隊に所属、負傷して敗戦を迎え、米軍の捕虜になったと説明されていた。彼はナチス・ドイツの時代を生きた世代として、左派系の政治活動にも参加、ナチス・ドイツの歴史的責任も弾劾、外国人排斥や反戦を唱える文壇の代表者とも受け止められてきただけに、今になっての告白は論議を呼びそうだ。

ちょうど世代的には昭和一桁の世代、当時の日本の少年たちも、海洋少年団に入り、ボートを漕ぎ、国是に向かって戦争を煽る作曲家の歌を、大声で歌っていたのと同じことだ。戦争熱を煽った作曲家、作詞家、歌手たちは、素知らぬ顔で戦後の歌謡界で生きて来た。従軍作家や従軍画家たちも痛ましい戦場を描くことを躊躇い、勇猛果敢な日本兵を描いていたが、一転、敗戦後は素知らぬ風に「何があったの?」と言った顔でその後のその世界で泳ぎ続けたし、誰も咎めなかった。グラスは敗戦を味わうことで価値観の転倒を経験し、悩み苦しんだ生きざまの中から生まれたのが彼の作品だったろうと思うし、この度の告白となったものだろう。今後の論議の行方を見守りたい。

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2006年8月11日 (金)

今度は三笠宮が・・

毎日新聞(8/10)から
先の大戦に係わる皇族の発言が洩れて耳に届くようになった。先の天皇の戦犯合祀に関するメモの発表に続いて、今度は北京の時事通信の配信から三笠宮の発言だ。大正天皇の第4皇子で長男は後の昭和天皇。

1998年に来日した当時の江沢民・中国国家主席を迎えた11月16日の宮中晩餐会の席で、日中戦争(当時は支那事変)に関して「日本軍の暴行を、今に至るまで恥じ、なお深く気が咎めている。中国の人々に謝罪したい」と伝えていたことが9日中国の公式文書(7月末に出版された江沢民の外遊禄「世界をさらにすばらしくするために」*と題した文献)で分かった。それによると、三笠宮は戦争中に軍の参謀として南京(江蘇省)に駐在し、旧日本軍の暴行**を目撃した経験に言及したものである。

 * 外遊録「世界をさらにすばらしくするために」(北京・世界知識出版社)は、江沢民外交の記録集。李肇星外相が序文を寄せていることから、党・政府のお墨付きを得た公式文献と言える。
 ** 旧日本軍の暴行 -- 「南京大虐殺」で呼ばれる。1937(昭和12)年8月9日から始まった第2次上海事変に破れた中国軍は撤退を始め、日本軍は中国陣地を次々と突破し、12月9日南京城を包囲し、翌日正午を期限とする投降勧告を行ったが、中国軍は応じず、12月10日より日本軍の総攻撃が始まり、12月13日南京城は陥落する。その翌日から約6週間に亘って行われた城内・外の掃討作戦における大規模な残虐行為をいう。被害者については数千人とする説から数十万人にのぼるとするものまで様々であり、虐殺事件の存在自体を否定する説さえある。

中国の対日関係者によると、三笠宮は自ら江沢民に歩み寄り話し掛けたようだ。以前より対中戦争に批判的な考えを示していた三笠宮は、宮中晩餐会の機会をとらえ、天皇が挨拶では触れなかったが、江沢民が答辞の中で‘日本軍国主義は対外侵略拡張の誤った道を歩んだ’との発言に、自身の気持ちを直接伝えたかったものと見られる。

公式の発言ではないとはいえ、戦争を経験した皇族が中国最高指導者に遺憾の意やお詫びよりも強い「謝罪」を伝えていたことが明らかになったことは始めてのことだ。中国が非難する日本側の歴史認識問題にも影響を与えることになりそうだ。

外遊録には三笠宮が天皇、皇后両陛下の宮中晩餐会で「私は旧陸軍軍官として南京に駐在した。自分の目で日本軍の暴行を見た。今に至るまで深く気が咎めている。中国の人々に謝罪したい」さらに「歴史の真相を始めから終わりまで若い世代の皇族に伝え、日中両国民の世代を超えた友好実現のために努力しなければならない」と述べた、とある。

三笠宮は1915(大正4)年に生まれ、1932年陸軍士官学校に入学、陸軍騎兵学校を経て陸軍大学校を卒業。日中戦争では南京に参謀として派遣され、南京事件に遭遇したことが戦後、歴史家の道に入った契機と言われる。支那派遣軍参謀、陸軍騎兵少佐で敗戦を迎える。
三笠宮はある対談で、戦時中に戦地である青年将校から聞いた話しとして「新兵教育には、生きている捕虜を目標にして銃剣術の練習をするのがいちばんよい。それで根性ができる」などの発言もある。

また、おりに触れてブログに書いて来たが、現行天皇が靖国を参拝しないのは、父天皇を間近に観察し、天皇の心を、先の戦争を、そして歴史を誰よりも理解しているからだろう、と。それにまた1つ要因が加わったように思う。この三笠宮という叔父の存在があったのだろう。「歴史の真相を、皇族の若い世代に伝えたい」の言葉をしっかりと聞き、理解されてのことだろうと。

それにしても、皇族の人たちの持つ歴史認識が、小泉や、安倍、麻生らにあればよかったのだが。

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2006年8月 9日 (水)

E・シュワルツコップ逝く

Ejpg

 フーゴ・ヴォルフ
  没後50年記念リサイタル
       (LPとCD)


エリザベート・シュワルツコップが3日、オーストリアで死去。1915年12月9日ポーランドで生まれ90歳で天寿を終えた。先に亡くなったマリア・カラスと並ぶ二十世紀最高のソプラノ歌手であった。最高の当り役、リヒアルト・シュトラウスの「薔薇の騎士」の元帥婦人を始めとして「リゴレット」「椿姫」「ボエーム」「蝶々夫人」などで美しい声を聞かせ、バイロイト音楽祭ではワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」で歌っていた。

1947年夏、ルツェルン音楽祭でブラームスの「ドイツ・レクイエム」で歌ったのが彼女とフルトヴェングラーとの最初の出会いである。その後数あるベートーベンの第九でも未だに最高傑作と言われる1951年のバイロイト音楽祭で、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」モーツアルトの「ドン・ジョヴァンニ」「フィガロの結婚」ベートーベンの「フィデリオ」などでの共演が続いていた。一方彼女は歌曲の方でも輝かしい評価を得、すでに何度も彼女との共演をしていた名伴奏ピアニストのジェラルド・ムーアをして「およそピアニストであれば誰もが一度は共演してみたい、あの素晴らしい歌の伴奏をしてみたい、と願わずにはいられない魅惑のプリマ・ドンナです」と言わしめずにはおられない歌手になっていた。

1953年(シュワルツコップ38歳)、夏、ザルツブルク音楽祭でフルトヴェングラーは「ドン・ジョヴァンニ」を5回(シュワルツコップがドンナ・エルヴィラ)「フィガロの結婚」を4回(シュワルツコップは伯爵婦人)指揮しているが、ジャケットの写真は「フィガロの結婚」の第2夜の翌日、8月12日に行われたヴォルフ没後50年の記念リサイタルの録音のディスク化である。レコードは2種出ており、最初のものは1968年、13曲のみでレコード化され、自らピアノの伴奏を申し出て共演したフルトヴェングラーとシュワルツコップの見事に息のあった出来栄は、伝説的ともなり、その後全曲収録盤を望む声が強く、1983年になって全22曲を収めたLPが発売された。上の写真LPはその最初の13曲収録のもの。(ドイツ ELECTROLA C 063-01915) CDは22曲収録(FONIT CETRA K33Y 196) 

13曲盤の第1曲メーリケ詩「さようなら」
 「さようなら!」おまえはまるで感じないのだ、
 このむごい言葉が何を意味するかを。
 けろりとした顔つきで、いやに気安く
 おまえはその言葉を口にする

 さようなら! ああ、千べんも
 僕はその言葉を自分に告げてみた
 果てしない苦しみのままに
 その言葉で胸がはりさけた!

メーリケが告げられた‘さようなら’は若い頃、別れた恋人の口から出たものだが・・・ 合掌。
敗戦で軍国少年が目標を失って自分捜しをしていた頃、変声期前の喉に多少の自惚れも混じってドイツリートをかじっていたこともあって、歌曲には一方ならない愛着を持っている。シューベルトも良いが、やはりヴォルフだ。男声ではフィッシャー=ディースカウの大量のヴォルフも愛聴盤の仲間入りをしている。その多くの伴奏をしているのがジェラルド・ムーアだ。

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2006年8月 7日 (月)

K2登頂成功

8月1日、東海大学K2登山隊による登頂成功のニュースが伝わって来た。中国とパキスタンの国境、カラコルム山脈に聳える世界第2位の高峰「K2」(8,611メートル)の難しいコース、南南東支援ルートからの登頂だったという。二つの‘初’を冠する成功《日本女性で初、男性最年少(21歳)》となるそうだ。

気になることがある。世界遺産の登録も認められない汚れた山、富士山。野口健氏の呼び掛けもあり、徐々に綺麗にはなっているようだが、世界に名前の知れた山で最も汚い山、と評価されて見送られた。現在日本の世相を映してマナーの悪さは図りがたい。昔どおり信仰の山でなければならないとは言わないが、私が登山をしていた頃には山を汚さないために、日本の山程度は何日か前から体調を整え、当日下山の予定なら、入山中には排泄の心配のないようにしていた。勿論富士山とて同じことだ。下山するまでその心配はしないで済んだ。

ところが物見遊山の山登りが流行り、登山の心構えもないままに金魚の糞のように麓から頂上までの行列ができるまでになった。花見の見物と変わらない支度で食べ物を抱え、飲み、食い散らかしてゴミの山を造る。まるで桜の下で騒ぐ飲んべえの集まる上野の山と変わらない。樹海に入れば今でもなおゴミが散乱したままだ。

さて、東海大学の登頂パーティーだが、隊員からシェルパーまで、大所帯の移動に伴う登山道具から生活必需品の類いまで、膨大な装備をして山に挑んだ筈だ。野口氏がアルピニストたちが下山に際して残して行った残骸に驚き、今のような清掃事業に取り組んだことはすでに周知のことだ。彼らが登頂を目指す前には、すでに野口氏の活動は何度か繰り返されていた。登頂成功は華々しいが、先輩アルピニストの嘆くようなことはして来なかったろうか。野口氏の活動に協賛し、後援をしている毎日新聞社、登頂の記事はしっかりと載せたが、その辺りのことは聞いたろうか。

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2006年8月 5日 (土)

遂に馬脚を現した

見た目には穏やかそうに、しかし、発言の端々に何かを企んでいるような腹の底の分かり難かった男、安倍晋三。北朝鮮の線香花火騒動辺りから、身辺にきな臭い煙りが燻り始めたのを感じ、小泉以上に恐ろしい男よ、と書いた。《「世論も反対が増えている」07/24/

早朝7時半頃のことらしい、こそこそと人目を憚って九段へ出かけていたことをすっぱ抜かれた。今年4月のことだ。彼は「行ったか行かなかったかについて申し上げるつもりはない」「この先どうするかも同じだ」と問答無用の傲慢さである。言葉とは裏腹に、こっそりと見つからなければいいが、との思いだったのだろう。ポスト小泉を狙う彼は、小泉が日中・日韓関係を始めアジア外交を修復するのも難しい状況に陥らせ、ブッシュのアメリカだけに尻尾を振って来た外交関係を一段と最悪の状況に落としそうな危険を感ずる。

拉致問題で、頻繁にテレビに出ることで露出度を上げ、幸運にも知名度を上げること、総裁候補としても集票で優位に立つことに成功した。特に北に対する好戦的な言辞は、根強い反韓意識に支えられて支持されるだろう。小泉ではっきりしたことだが、現在の選挙はタレントの人気投票と五十歩百歩で、顔を売ったものが勝つようだ。多分、安倍あたりが次期総裁で、総理になるであろう。今以上、今まで以上に日本は国際社会から、アジア諸国から、信頼されない国になって孤立して行くことだろう。

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2006年8月 4日 (金)

分祀でなく、出てもらえばよい

この問題にはもう触れないでおく積もりだった。私の考えはすでにブログでも目にされた人もいるであろう。結論から言えば分祀するのではなく、A級戦犯は一刻も早く靖国から出て、それぞれの「家」の墓に入れば良い、という考えだ。(参照:「合祀から外し「家」の墓に」04・11

昨8月3日、遺族会が、自民党総裁選挙後に、分祀を検討していることを毎日新聞が報じた。しかし、遺族会としては靖国の存続を切望しており、国立の戦没者追悼施設建設には「靖国神社を形骸化する」として絶対反対の立場である。神社側は「分祀はできない」としているが、最大の支援組織である遺族会で分祀の検討が始まれば、対応を迫られることになりそうだ。

そもそも遺族会は戦没者遺族の相互扶助を目的に「遺族の救済と相互扶助、以って戦争を防止し、世界の恒久平和を確立し、全人類の福祉の為に貢献」するために、1947年11月17日に『日本遺族厚生連盟』として設立。6年後の1953年3月11日、財団法人への改組をすると、その目的は「英霊の顕彰、戦没者遺族の福祉の増進、慰藉(いしゃ)救済の道を開くとともに、道義の昂揚、品性の涵養に努め、平和日本の建設に貢献することを目的とする」となり、遺族会設立時には明確に明文化されていた“戦争を防止、世界平和、全人類の福祉に貢献”が取り払われ、代わって右傾思想の“英霊の顕彰”が最優先の目標として追加して書かれた。

遺族会の中からは「英霊を分け隔てすべきではない」と依然として分祀反対の声は強いようだが、だいたいが戦犯を英霊と見る見方に問題がある。日本の平和条約後の独立で、戦犯はいない、との解釈をするものもいるが、それは戦場で殺された側の論理には当てはまらない。行け、と命令されて命を亡くしたものと、行けと命令して、裁判で断罪されたものとが、今日からは新しい出発だからこれまでのことは何も無かったことにして水に流しましょ、で済まされるのか。命令された側は英霊でも、命令を出して戦死させた側は戦犯のままだ。

小泉は3日の「小泉内閣メールマガジン」で「戦争でなくなった方々を追悼するというのは、どこの国でも誰であっても自然なこと」との認識を示している。だが、日本人自体で裁けなかったが、もしもナチスドイツと同じく裁くことが出来ていれば、日本人の手でA級戦犯は絞首刑にしたであろうし、靖国に居座ることなど到底考えられることではない。小泉が言う「どこの国でも」は、自国の力で自浄作用が働くから(ヒットラーは自殺だが、イタリアのムッソリーニの広場での処刑、逆さ吊りなど)極悪人が善人面で祀られることはない。その上での「誰であっても自然なこと」として慰霊することが可能なのだ。事実、A級戦犯たちの処刑が執行され“絞首刑”の報道で、多くの日本人は胸を撫で下ろし、溜飲を下げ、胸のつかえが取れたのを鮮やかに思い出す。

分祀が問題になると、新たな国立の追悼施設の建設が話題に上るが、その必要は全くない。現在ある千鳥ケ淵戦没者墓苑に「国立」を冠すればそれで済む。墓苑自体1959(昭和34)年3月28日、国によって建設されたものであり、何ら矛盾もない。そこには幾多の戦場で亡くなった、名も判らない戦死者の多くが眠っている。毎年厚生労働省主催の拝礼式典が行われており、そのほかそれぞれの団体が、仏教形式で、キリスト形式で、あるいは神式で慰霊を行っている。このたび見つかった靖国絡みのメモではないが、昭和天皇も墓苑では慰霊の歌を詠み、骨壺を下賜して顕彰に係わってもいるのだ。不都合はなにもない。そして、未だに慰霊の対象から外されている名もない多くの《空襲で死んで行った国民、徴用されて亡くなった学徒兵、軍属、従軍看護婦、慰安婦たちを、沖縄戦で犠牲になった多くの人たち》*をこそ祀るべきだろう。新しい国立墓地は全く必要ない。例え分祀されたとしても、戦犯を神仏として合掌する者は身内の他にはいないだろう。ならば戦犯たちには早く先祖の墓に引っ越してもらえばよいことだ。
 *前記参照ブログから引用

参照「国立追悼施設の是非」05/11/21

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2006年8月 3日 (木)

奈良の放火殺人

昨日の毎日新聞から
《奈良県田原本町で母や弟妹を死亡させたとして高1の長男(16歳)が殺人と現住建造物等放火などの非行事実で家裁送致された事件で、父親の医師(47歳)が2日、事件後初めて長男と面会した際のやり取りを公表した。》《先月13日の面会の様子を付添人弁護士に伝えるために作成したメモで、弁護士を通じて明らかにされた。県警や地検は、父親の暴力も交えた厳しい指導への反発が長男の動機と見ている。このメモには、父親が暴力を振るったことを詫び、「死ぬまで一緒に罪を償うつもり」と語りかけ、長男が泣きじゃくりながら反省の言葉で応えた様子が記されている。》

ちょうど新聞紙面4分の1を埋めたメモに、まるで小説か戯曲か芝居の脚本でも書いているような書き振りで、私(父親のこと)「パパが悪かった・・・・」A(息子のこと)「せりふ」、私が見たAの素振り、私「せりふ」A「せりふ」などと、台詞のやり取りが何度も繰り返されている。

何を考えて弁護士はこのメモ(戯曲)を新聞社に送りつけたのか、また、受け取った毎日新聞もどういう心理で広い紙面で公表したのか。読者には、お互いに交わされる顔の見えない登場人物に同情でもせよ、と迫るつもりか。まっぴらご免だ。お互いの会話の中で何度“パパ”という語が飛び交うことだ。16歳にもなるまで男子高校生に父親のことをパパと呼ばせている家庭が日本に存在していることに我が耳を疑う。戦前、限られた上流家庭内ではステータスのように使用されていたことは知っているが、いくらアメリカかぶれをした敗戦後でも、16歳の男子高校生が乳ばなれも出来ず、“パパ”とは平民には あー、首筋が痒くなる、反吐が出る。父親の「一緒に罪を償おう」や殺人少年の「ごめんなさい、僕の代わりに、毎日花を供えたって」なんて、安っぽいお涙頂戴のお芝居だ。親子の傷の舐め合いに過ぎず、幼稚な親子関係を浮き彫りにしているだけだ。

父親は子に自分をパパと呼ばせ、何の違和感も覚えないまま気侭に育った16歳。蛙の子は蛙であることを求める親に厳しく叱られ、受験期になった途端に暴力を振るわれ(程度が分からないから瘤ができた程度か、歯が折れたのか、骨が折れたのかはわからない)、子どもの頃可愛がってくれた血縁はないが老夫婦のいる山野に遊ぶことを許されなくなったり、乳ばなれもしていない子に求めるにはハードルは余りに高いものだったのだ。

「地震 雷 火事 親父」昔の親父はそれほど恐いものに例えられていた。しかし一家の中心の大黒柱として威厳に満ち、尊敬されていた。父親と母親は車の両輪だった。親父が子を叱る。母親がそっと慰める、宥める。阿吽の呼吸で成り立っていた。その強い父親の立場が女性に取って代わられているのが今風の家庭になっているのじゃないだろうか。兎に角男は優しく威厳もなくした。叱ってくれる父親がいる家庭は幸せだと思えるのに、宥める立場の母親が学歴偏重を信じ込み一緒になって叱ると、「ウザイ」となる。

聞く耳持たぬ年齢になってからでは何事も手後れだ。小さいころからの躾を手抜きすると、何か事が起こらないと対処するのは難しい、もうその時は取り返しのつかない状況に陥っていることになる。子を持ち、親となったからには覚悟して子どもを育てないとならないのだ。

昔からある諺に言う、後悔先に立たず、と。

参照「続・子育て」05/10/15

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2006年8月 2日 (水)

子どもと過ごす時間

「ぎゃーっ」「きゃー」「ママ、ママ!」「うわーん」「だめ!」「いやだいやだ」「きゃー、きゃー」おお騒ぎしてぱた、ぱたと走り回るガキども。「これ、これ、これがいい」2、3歳の女児が商品の横に座り込み、その商品のパンを潰れるほどの勢いで叩き続けている。きゅっ、きゅっと鳴るサンダル。スーパーが撒いた安売りのチラシに呼び寄せられた主婦たち。老夫婦が店に寄った午前10頃からのおよそ1時間のあいだ。いつも以上の大音量で鳴らして天井から降り注ぐ店のテーマ音楽(?雑音)。学校が休みとあってはたまったものでなない。学級崩壊させる程の力を備えたガキどもが加わっての大騒ぎになっている。今更驚くことではないが、躾けに気がつく利口な親がそろそろ出て来てもいいと思う。躾けに厳しい明治生まれの両親に育てられたせいか、だらしない親子をみると我慢ならない腹立たしさを感ずる。買い物に出るたびに目に余る光景に出くわす。今までに何度書いてきたことか。

「スーパーは子どもの遊び場か」 05/08/12
「スーパー、レストランで」05/06/11

毎日新聞(8/2)から
昨年の10月にも同じ財団法人 日本女子社会教育会が1995年に実施した「家庭教育に関する国際比較調査」が発表されている。今回の2005年版との比較をしてみよう。

 《父親が子どもと一緒に過ごす時間》
       1995年     2005年
 タイ     6・0      5・9
 アメリカ   4・88      4・6
 韓国     3・32      2・8
 スウェーデン 3・6      4・6
 イギリス   3・32      ー
 フランス    ー       3・8
 日本     3・32      3・1

《母親が子どもと一緒に過ごす時間》
        1995年     2005年
 タイ     8・06      7・1
 アメリカ   7・44      7・1
 韓国     8・4       7・1
 スウェーデン 6・49      5・8
 イギリス   7・44       ー
 フランス    ー       5・7
 日本     7・44      7・6

日本の働く母親だけで子どもと一緒に過ごす時間のデータを採れば、おそらく父親とさして違わない短い時間になることは予想できる。フルタイムで働いていれば、多少差はあっても父親並みにはなる筈だ。男性と同じように、母親がフルタイムを求めれば求めるほど当然子育てに係わる時間は短くなる。各国の女性の就労率(或いは専業主婦の)が比較できて、日本の実態が正しい比較の中で論じられよう。

新聞は、父親と母親との前回比を棒グラフで示し、他国と比べて男女の時間差で、日本が最大であるとしているが、何の意味もない。他国の雇用形態も分析して見た上でなければ棒グラフを並べてみても何も出て来ない。故意に他国の男性と比べて、日本の父親が子どもとの接触時間が短かいことを強調させようとする下心にしか映らない。男の職場の厳しさは、サービス残業を含め、ストレス、ノイローゼ、鬱など過労死を覚悟の仕事が増えている。ますます子どもと一緒に過ごす時間など減少する傾向にある。何度もブログに実体験を書いて来たが、私の休日は休養に当てるために存在した。家族サービスどころではないのが男の職場だった。

男女雇用機会均等法が作られても尚、生理休暇は認められ、女性の特権を所有したままだ。深夜労働が厳しくて、ストレスや月経痛がひどいからとて泣き言を言うことはない。確かな男女差があることを解った上の機会均等法の成立を願ったのだから。ストレスは男性にだって山とある。折角勝ち取った機会均等法だ、どんなに厳しくてもやり抜いてこそ意味はある。それともやはり無理だったって女性の特権を武器に開きなおるか。

それでも私の知るかぎり、家庭サービスに励む父親は私の世代では考えられないほど確実に増えている。だが、前回と比べて「子どもと接する時間が短い」と悩む父親は27・6%から41・3%に増えており、同財団法人は「子どもにもっと接したいのにできないという意識の表れ」と受け止めている。また、子どもを狙った犯罪や生活を反映してか、子育ての悩みや問題点として「子どもの身の安全」を挙げる親が33・8%から46・9%の増加した。

肝心の躾けの面では5歳で「行儀よく食事ができる」割合が日本69・3%、韓国70・8%で9割前後の各国に比べると如何に日本の家庭の躾けがなっていないか、日常の生活の中でも窺うことができるが、そのままデータにも表れている。「日常の挨拶ができる」の項でも日本は83・0%で最も低く、15歳で「マナーを守ることができる」も9割台の各国に比べ、日本は85・8%と最低だ。社会のルールが守れない現在の日本の親を、そのまま子どもが写し取っている。同財団法人は「全体的に躾けの達成度や子どもの自立が低い傾向が見られる」と分析しているが、核家族から来る家族制度の崩壊が、その多くの原因となっていることに、早く気づくべきだ。

参照「父親と子 その1」05/10/19
参照「父親と子 その2」05/10/20

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2006年8月 1日 (火)

小中学生学力テスト

本題に入る前に、今日は何の日。海水浴シーズンの幕開けと同時に水難事故が相次ぐが、今日は水の日の他にもゴロ合わせものまで含めると、幾つかの記念行事が並んでいるようだ。
 水の日:1948年に消防法が施行された日(国土庁=現国土交通省、1977年に制定)
 観光の日:観光週間の初日(総理府=現内閣府、1967年に制定)
 自然環境クリーンデー(環境庁)
 花火の日:①両国の川開きが旧暦の5月28日であったことから5月28日も花火の日
      ②-1、第2次大戦後爆薬であったことから禁止されていたが、1948年8月1日に解禁された
      ②-2、東京の花火問屋で1955年8月1日に大爆発があった
      ②-3、PL教祖祭で毎年8月1日、世界一といわれる花火が打ち上げられる
    パインの日:パ(8)イ(1)ン(沖縄県・農林水産省)
 などがあるが、あとは単純にロゴ合わせで持って来られたようだ。
    肺の日 ハ(8)イ(1)
    世界母乳の日 おっパ(8)イ(1)など、まだまだあるが後は省略。

 《閑話休題》
来年4月、小学6年生と中学3年生を対象に行われる国の「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)が学校の序列化への危惧や教科が国語と算数だけなのが分からないなど、現時点で必ずしもテストに冷ややかな私立も含め、全国の自治体が参加するか危ぶまれている。

毎日新聞(7/15)から
文部科学省の国立教育政策研究所教育課程研究センターは7月14日、全国の小学4〜6年生と中学生を対象にした学力テスト「特定の課題に関する調査」を公表した。テストは昨年1月〜2月、全国の国公私立小中学校から無作為に抽出した計616校の約3万7000人を対象に実施したもの。

国語で漢字の読み書きや長文記述、算数・数学で計算力など、基本的な学力に絞った初の調査だという。
漢字は読みと書きを50問ずつ質問。中2の約8割は小学校で習う「功績」を正しく書けなかった。併せて質問した漢字学習に関するアンケートでは、家庭で漢字の練習に励む子どもが小4の約6割から学年に比例して減り、中3は約2割に低下。中学生全体でも約26%だった。漢字学習が好きな子どもも小4の約6割から、中3の約6割に下がり、年齢を重ねるごとに意欲や関心が低下する傾向が目立っていた。長文記述のテストのアンケートでは、「書くことが好き」と答えた子どもは小4の約5割弱から中3の3割強へと下がり、漢字と同じ傾向がみられた。

 正答率が特に低い漢字の読みとしては、
       小学生(4年)   中学生
  挙手   17・2% *けんしゅ
  改行   18・7% *かいこう
  試みる  29・9%
  誇張             31・0%(3)**
  趣(おもむき)        31・8% *しゅ(1)
  潤滑             36・2% *じゅんこつ(3)
  感嘆             40・0%(2年生)
  誓約             40・3% *けいやく(3)
  子孫   42・8% *こまご
     
 書きになると正答率は全体にもっと低くなる。
       小学生        中学生
  主力   17・5% *手力(4)
  功績              17・6% *功積、攻績(2)
  景品   18・8% *計品(4)
  展望              21・9%(2)
  奮って             24・1% *奪って(3)
  朗らか             25・7% *郎らか(3)
  観光   26・8%(5)
  拡張              28・0%(1)
  待機              28・9%(2)
  経験   29・5%(5)
     *主な誤答例   **カッコ内数字はそれぞれの学年

この成績、決して笑えないだろう、6月の始めに書いた《多すぎる大学》の大学生たちが、ちょうどこのレベルだった。いや、もっと低いかも知れない。

一方、算数・数学では、「足す」「引く」「掛ける」「割る」の四則計算が理解されていない実態も分かった。「3+2×4」の足し算の前にかけ算をする決まりへの理解不足で、正解の「11」と答えた子は小4=73・6%、小5=66・0%、小6=58・1%と下がる傾向があり、中1でようやく81・1%と上昇する。

来年4月の「全国学力テスト」について不参加の方針をすでに決めている東京都・渋谷区の富士見丘中・高校の吉田晋校長は「教科が国語と数学だけの意味もわからない。しかも、結果発表が8〜9月。業者テストなら1週間で出てくる。指導には業者テストで十分」という意見もある。この校長、学問の基本の読み書き算盤、が分かっていないらしい。数学で養われる論理性は、それこそ四則計算だけができれば良いというものではないだろう。

参照:「多すぎる大学」06/06/06

明日は何の日、8と2の語呂合わせでパ(8)んツ(2)、パンツの日、奈良県にある下着メーカー(イソカイ)が提唱したようだ。

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