« それでいいの? | トップページ | 偏食の乳幼児が増加 »

2006年6月28日 (水)

児童の英語は

《小学校での英語教育については賛否両論がある。「日本語もろくに話すこともできないのに、外国語なんてとんでもない」や「まず、しっかり国語を教えるべきだ」という意見。これに対して「子どもの脳は柔らかく、さほど抵抗感もなく外国語が吸収できるから、早期に取り入れた方が良い」という声もある》。これはごく最近に投書された名古屋に住む60歳になる男性からの意見。

落ち着いた語り口にもう少し耳を傾けてみよう。《どちらも正しいと思う。日本語の正しい知識、能力を身につけることは、総ての学問をする上でとても重要なことだ。と同時に、国際語である英語に強くなることも必要だ。問題はこの二つをいかにスムーズに平行して進めて行くかだろう。》

英語が現在のように使われる以前の国際語といえばエスペラントという言語になる。ポーランド人のザメンホフが1887年に発明したもので、日本でも二葉亭四迷(日本で始めての教科書を作っている)や宮沢賢治(“銀河鉄道の夜”は表紙をエスペラントで書いている)も使用している。現在でもインターネットの世界で広く使われているし、有名なヴァチカン放送局からは毎年のクリスマスや新年の挨拶を法王の口から世界四十数カ国の言葉に混じってエスペラントが短波に乗り、勿論インターネットで聞くこともできる。

そのエスペラントに代わって国際語として上がって来たのが英語なのだ。それは何と言っても英語を母国語とする国の世界的な力が一層強まったことによるだろう。植民地政策により大英帝国として地球規模に版図を広げ、ほとんどの国の独立後もイギリス連邦として英語圏をつくっている。イギリスにとって変わったアメリカも同じアングロサクソンの英語を話し、以前のイギリス以上に強大な国力を誇示し、通信の世界でも世界の先端を走って来た。当然英語の普及を圧倒的に強いものにしてきた。現在の国際語と言われてもいいものになっているのは事実だろう。

《私自身の体験で言えば、英語学習は確実に国語の能力を伸ばすのにプラスになっている。また、英語は日本語よりも論理的かつ直接的な言い回しが多く、その分相手とのコミュニケーションが、ある意味で楽になる。小学校の英語教育導入は国語のみならず、理数系など他の教科にもきっと良い影響をもたらしてくれるだろうと、私は極めて楽観的だ。》とおっしゃる。

これまでにも学者も交えていろいろな考えを述べる人がいたが、じっくりと耳を貸すことのできる説は少なかった。それは大上段に国際化を口にし、グローバル化を唱えて自説の裏づけにしようとする口調が目立っていたからだ。私もそうだが、日本人の1割程度の必要のある人たち(それでも1000万人を超えるが)の英語に何も小学校から教える必要もない、と考えていた。必要なら成長してからでも十分だと。(それには現在の日本中に蔓延る乱れた言葉を意識してのことだが)ただ、投書者のように柔軟なものの考えをしていなかったことに気がついた。投書者のように二つの言語を比較してどちらが論理的か、直接的な表現が可能かなどという難しい言語学には触れる知識はない。しかし、子どもの愉しみの1つとして身につけるものであれば、コマーシャルやマンガの歌のように、口ずさむことには反対する理由はない。ただ、言葉をしゃべることができることが、即グローバルな人ではないことだけはハッキリと言えるが。

|

« それでいいの? | トップページ | 偏食の乳幼児が増加 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107998/10714029

この記事へのトラックバック一覧です: 児童の英語は:

« それでいいの? | トップページ | 偏食の乳幼児が増加 »