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2006年6月14日 (水)

教室に入れない子

またまた投書による相談だ。

(概要)小学3年生の時に、教室に入れなくなってから、原因不明のまま現在5年生。
初めは保健室で1日の大半を過ごし、4年生の時は机を廊下に置いて授業を受けた。母親(茨城県・41歳)はフルタイムで仕事をしていて、時々しか様子を見に行けないまま、1年半が過ぎている。先日、担任から「そろそろカウンセラーに相談してはどうか」と言われた。どうしたらいいのか、専門家を探す手だては、と言うものだ。

随分のんびりした相談だが、回答者(臨床心理士・西脇喜恵子)も腫れ物に触るような生ぬるい話しぶりだ。投書だけでは父親がいるのかいないのか、男児のほかには子はいないのか、見えない。しかし、この母親、よくも子供の異常を原因不明で片づけて1年半も放って置けたものだ。3年生の時の教室へ入れなくなった時点で、そうなった原因を探り、解決してやるのが親の責任であった筈だ。フルタイムの仕事を自慢げに言い逃れに使うが、3年生になる以前の段階で、子供に寂しい思いをさせて来なかったか。何一つ予兆がなかったのかまるで子を見る親の目が感じられない。これからもこのまま6年生、中高生、大人へとなる子の将来を、他人(ひと)任せで預けるつもりなんだろうか。

回答者も言うように「廊下で一人授業を受けるのは、友達からの注目も集まるし、教室に入るよりは、余程の勇気も気力もいるはずだと思うのですが、そうまでして、教室に入らない理由があるのでしょう」。

登校拒否や不登校ではない、きちんと学校へは行っている。授業を受ける姿は異様だが、寒い風が吹き抜ける冬も廊下にいるのだろうか、(当然教師の話を聞くために、窓は閉められないから)中の子から風が入ってきて苦情はないのだろうか。授業は机に座っているだけではない、運動だってある、食事の時間はどのように過ごしているのだろうか、友人ができずに行者のように学校にいる間中無言の行を続けているのだろうか。母親は仕事など放って子供の一日をじっくり見たことがあるのだろうか。それを何日も続けて観察したことがあるのだろうか。もしも、母子家庭であるとしても、いや、母子家庭であればこそ心配する母親のその姿は、五年生にもなっていればぶつかり合い、話し合い、心の交流が生まれる筈だ。仕事を言い訳にしている間は改善することは難しいことと思う。

世の中、女性が働いていることに必要以上に価値を置き過ぎている。そのことを口にすることが現代社会ではタブーのようになっている。口にした途端に、反動のように必ず男尊女卑の社会や仕組み、男性の協力のなさを論(あげつら)う。が、暴論のようだが、核家族になった上、母親が抜けることで、先ずは家庭の崩壊が始まったのは事実だ。機会均等法が生まれ、一層拍車がかかった。子供を他人に預け、育児の責任を軽んじる風潮が生まれた。家庭から躾の喪失が始まった。会話がなくなった。今になって政府も三世代家族、などという分裂前の家族制度の見直しに目を向け始めている。

投書のお母さん、仕事を後回しにしても、子供と膝を交えてじっくりと会話を交わしてやってください。子供を懐に取り戻すのは、それしかないと思います。

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コメント

西脇喜恵子氏の批判に同感です。
小生も、以下のブログで批判を書いています。

http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou

投稿: 某ブログ | 2007年11月29日 (木) 09時09分

私も、廊下で授業を受けていました。
中学校の三年間のうちの二年間は廊下でした。

私の母は、私に原因をあまり聞いてきませんでした。
家庭内では、私はずっと昔から変わらない子供でいられました。
それが、学校で先生たちに怒鳴られ、冷たい目を向けられ続けていた私の唯一の救いでした。

もしあの時母が根気強く聞き出そうとしていたなら、普通科全日制高校に進学して周りの子と同じように過ごせる自分はいなかったでしょう。

何もなかったようにふるまうことも、大切なんですよ?
放っておくのとは違います。

ちなみに私は、冬の間もずっと廊下でした。
窓を閉めても声は聞こえるし、黒板も見えるようになっていたので何一つ問題はありませんでした。

投稿: 楼歌 | 2014年8月17日 (日) 20時40分

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