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2006年4月30日 (日)

中2少女殺害

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 ぼたんの花、植えて5年が経つ、始めてこぼれるほどの花を着けてくれた




先日の秋葉からの帰り、男の子を連れた夫婦が乗って来て、座席に座っている私達夫婦の前に立った。早速男の子が空席のない車内を見回して父親の関心を引こうとして愚図った。腰を屈めた父親が子供に発した言葉に聞き耳をたてた。「子供は立つの」と言ったのだ。近頃稀少価値に値する親の躾の現場に出くわした。勿論私には自分の足で立てる子供に席を譲る気持ちはさらさら無い。しばらく観察していたが、当の子供は我慢強く父親の手に掴まったまま10分、15分が経過した。「やっぱり違うわね、2年生になると」今度は母親が夫に話し掛けた。ほのぼのと生き返ったような気になって見守った。

前がある、秋葉ではテレビでも見る話題の女の小間使い姿が路上で何人か目についた。「お帰りなさい、御主人さま」の気持ち悪い姿で店の宣伝をしている。私の世代ではとても入ることの不可能な店であり、聞く声さえ想像するだに薄ら寒くなる。どこまで日本は腐っていくのだろう。

そう言えば21日、岐阜県中津川の中2少女(13歳)の15歳少年による殺害事件が起こっている。マスコミは大騒ぎで報道したが、10日も経たない今日30日には、もう忘れ去られたように小さな記事でしか紙面を割かない。「直ちゃんは明るい性格で友だちが多かったのに」、同級生はショックを隠しきれず、近所の人たちは「なぜこんなことが・・・・」と頭を抱えている、と書き、「明るい性格」「友だちが多い子」だったと報道した。通っていた市立第2中学の校長は「まだ中学2年生、13歳ですよ。未来に可能性をいっぱい持っている。本人や保護者の気持ちを考えると憤りというか残念に・・・・」というと涙で言葉を続けられなくなった。

一方、同級生たちは、放課後、帰り道にカラオケやゲームセンターにいる彼女を見かけたり、中学に進学してからの彼女の様子の変化に気がついていたものもいた。これまでに分かった状況から、彼女は相手の男とは2、3年前から交際があった。男の方はこの街に引っ越してきてから3年が経っていた。交際の期間から判断ずると、2人は少年が街にやって来た頃からの知り合いになっていたことになる。彼女はまだ小学生だ。

15歳の少年とは言うが、街に引っ越して来て3年のうちに16歳の年上の女との間に2歳になる子供がいるという報道もある。倒産して空家になったパチンコ店は、彼ら、彼女らの日常の遊び場になっていた。亡くなった彼女もそこが小学生の頃からの遊び場ということになる。

同情の多い事件の中、これから書くことは厳しい意見になるが、書かねばならない。
もう飽きるほど書いて来たが、この事件も親の監督不行届き、責任放棄の結果としか考えられない。そしてここでもキーワードになるのは『携帯電話』だ。親と子が、顔見合わせてコミュニケーションを取ることもなく、電子機器から洩れてくる音の交信が頼りになる。顔を会わせることでお互いの微妙な変化を察知し、或いは心の変化を読み取ることで通わす感情など理解できるわけがない。男の親もそうだが、お襁褓がやっと取れたような幼い男女の夜遊びに、何の危機感も抱かないで放任していた結果がこうなったのだ。死んだ人間の悪口を言わないのが美徳(東條のような戦犯でさえ)とされる日本人、幼い子を悪く言うのは気が滅入るが、お互いに思春期にある男と女、女の方も学校帰りに夜まで道草をするような、道草の範囲を大きく逸脱した常識はずれの生活があったのだ。まして男はすでに15歳にして子まで成した常軌を逸した人間だ。少女は狼の餌食に捧げられたようなものだ。

如何に親が子育てを放棄しているか空恐ろしくなる事件が続く。校長が出て来て何を話しても参考になる意見は出るはずはない。どんなに優秀な校長でも全学児童の観察など全く不可能なことだ。同じように教師だってそうだ、生徒が学校にいる時間は知れたもの、たかだか7、8時間だろう。あとの時間は親の監督下に入ることを知らなければいけない。道草をしない子に育てるのは親、夜遊びをしない子に躾けるのも親、特に思春期の子を持つ親は『携帯電話』など持たせないで、お互いに顔を見てする会話を心掛け、起こってから嘆くようなことにならないよう、厳しく躾けるべきだ。

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2006年4月25日 (火)

銀座ぶらり

4月15日夜、パソコンの故障が発生してから10日経つ。
年金生活とは不便なもの。まだ車を利用するのに無理を感じないため、税金、維持費が重なる。重量税、任意保険に続いて7月には車検が待っている。検討中のパソコンの新機種への買い換えは到底無理、とした。秋葉原へも出掛けた、銀座のマックストアにも顔を出してきた。高級機種は別として、購入可能な予算内では従来構成していたクラシック環境が構築可能な機種がない。すでにMac・OS9は過去のものになっている。しかし、私にはOS Xよりも使い勝手がよかった。どうしてもクラシック環境を復活させたい。

中古か修理かになった。中古の保証は部品は90日、本体は別料金を納めて2年。それでもほぼ8万円になる。決めた、修理することに。27日にアップルへ修理依頼する。約一週間で戻って来る予定。

秋葉、銀座へ出掛けて目についた風景。天候も良かった土曜日。子育てに励む父親の家庭サービスが目立っていた。銀座の街を乳母車を押して颯爽と闊歩するお母さんとも何人もすれ違う。かと思うと、お父さんの胸に抱かれて(腕じゃない)“ねんのこ”の中で居心地よく守られている赤ちゃん。私自身の子育てで、自分の腕に抱いて歩いたことを書いた(3/22)が、今時のお父さんたちは、私には恥ずかしくて纏えなかった“ねんねこ”(今風にはスリング、或いはベビースリングと呼ばれている)で抱いてだ。アメリカ風に子どもはお父さんに背を向けた状態でスリングに腰掛けていたり、目を会わせられる向い合せであったりするが、夫婦連れ立っての散歩か、買物かでお出かけだ。こう見てみると、世の男性諸君、結構家庭サービスには勤めているらしい。

海外旅行で仕入れたものかと思っていた買い物袋、今まで何度も見かけた‘Harrods’のロゴ入りだ、何と云うことない三越で幾らでも売っているものだった。ブランドに弱い日本女性、CCの目立つロゴのついたカバンもそうだが、デパートやメーカーの宣伝をするのが余ほど嬉しいのだろう。昔懐かしい山野楽器店、中の様子が一変している。所狭しと並んでいたLPレコードが全く見えない。時代の移り変わり以上に己の時代錯誤に驚愕することになった。やはり銀座はモガ、モボ(モダンガール、モダンボーイ)の昔から若者の来る街のようだ。

アリダ・ヴァリ(伊・女優)が84歳で世を去った。ヴィスコンティ監督が、出自の世界、貴族の没落を描き続けて作品を作ったが、その中の一つ、『愛の嵐』(1954年)*で年若い青年将校に捨てられて、独り夜の街なかを狂気に取り憑かれたような声を絞り出して消えて行くシーンは、寒気すら感じさせる鬼気迫る名シーンだった。若い頃のイギリス映画「第三の男」(1949年)で初めて接した。麻薬を売る恋人の逮捕に協力したアメリカの通俗作家が、彼女の好意を期待して待つ前を、カメラがロングで引いた道の向こうから、コートを纏った彼女は徐々に大きくゆっくりと近づき、男の前をちらとも見ることなく無表情に取り過ぎて行く。その後「かくも長き不在」(1960年)で探し当てた男が戦場の恐怖から記憶を失った夫だったが、その男との触れ合うことのできない心のすれ違いの交流を味わう女を演じた。イタリアを旅行するとガイドは何処かで必ずヴィスコンティの「ベニスに死す」に触れるが、男色を臭わすこの映画、私は好みではない。それに比べると、ノイシュバンシュタイン城を建て、ワーグナーとも関係の深かった「ルートヴィッヒ(神々の黄昏)」(1972年)や、「山猫」「家族の肖像」がずっと面白かった。それにしても当時の映画はどれも面白かった。現在では特にアメリカ映画など、CGで拵えた紙芝居の域を出ない駄作ぞろいだ。

*恥ずかしいミスを訂正(5/4)
アリダ・ヴァリの出演作、『夏の嵐』を有ろうことか、その後観たもう一つのイタリア映画、ナチズムを追求した女流監督の『愛の嵐』と題名を取り違えていた。アリダ・ヴァリを好きだったから、内容の取り違えをしなかっただけ耄碌も軽い程度、と、ご勘弁を。平身低頭、低頭。

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2006年4月19日 (水)

「新庄」引退

朝早く、妻が鼻をくしゅくしゅさせながら話し掛けて来た。「新庄が辞めるんだって」。70歳を過ぎる彼女は、結婚する前から根っからの阪神タイガースファンだ。「ニュースを見て悲しくなった」という。彼、新庄がアメリカに行こうと、北海道に行こうとずっと阪神の新庄のままだ。藤井寺で生まれ育ち、近鉄がまだ藤井寺球場をフランチャイズにしていた頃から、近鉄ではなくて阪神贔屓だったらしい。勿論今でも贔屓筋に変更はない。

今年のペナントは、現在巨人が独走の気配で走っているが、冷たいもんだ。「パ・リーグの選手のお陰、小久保、小坂、リー、豊田、パウエル、工藤たちの力で勝ててるんや」ときた。「ロッテのバレンタインは阿呆や、あんな優秀な選手たちを売るんやから」である。

しばらく前から燻っていた村上ファンド、金儲けに抜け目のない株屋だ。大阪の街は早くもヒートアップしそうな勢いだ。大阪在住の芥川作家の玄月さんは「よもや『阪急タイガース』になるようなことはないでしょうね。そんなことになったら、長年のファンとして、ただではすませませんよ。子どものころから、ただただ阪神タイガース一筋で来たのですから」と力説する。阪神電鉄株45・73%(保有株の時価2000億円)を持つ村上氏について、阪神ファンの宮本勝浩・関西大学大学院教授(数理経済学)は「最初から株を高く売って利鞘を稼ぐ、それだけだったのでしょう。確かに、球団株の上場は面白いアイデアだったが、注目を集めて株価を上げる狙いだったのでは」と指摘している。元阪神の江本孟紀も「阪急タイガースはありえない」と強調し、現状に苦言を呈する。「広告宣伝のために一つの親会社が球団経営する形は限界に来ている。米国のように、複数の企業や個人がオーナーグループを作り、地域に密着した球団経営を考えるべきだ」という。
阪神株騒動は、プロ野球の未来像にも一石を投じそうだ。

夕方のニュースで東京・JR山手線で、今の所一輌編成の試みだそうだが、社内のディスプレイでプロ野球の巨人戦を映すという。巨人ファンには嬉しいニュースになったが、アンチも多い。迷惑がられることにもなるし、野球に関心のない女性や老人には乗り合わせた不幸を恨むことにもなりかねない。或いは酒癖の悪い連中同士の車内でのマナー無視の喧嘩騒動も心配される。

因に、私には現在贔屓にするチームがない。野武士集団の『西鉄』が消えた後は野球が面白くない。

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2006年4月18日 (火)

小学生に英語教育は

毎日新聞(4/18)“暮らし豊かに 役立つページ”から
取り上げ方が中途半端、筆者もいい加減だ。
ブログのタイトルについて、賛否を問うアンケート(MNS毎日インタラクティブへのネットと携帯電話での投票の形を取っている)の集計になっている。

大きく記事の中央に『ゼロサムじゃないよ』と書かれていて目を引く。横文字に疎い私には初めて目にする言葉である。何時ものように、早速意味を知ることから始めた。
Zeroとサム、零とサム、全く理解出来ない。サーフィンしてみた、[zero-sum]があった。sumは使い慣れた計算式の言葉だった。結局[零と合計]でも解らない。私が初めて知る日本語があった。‘零和の’と書いてある。次の解説でやっと理解できた。
《ゲーム理論・政治などで、一方の得点が他方にとって同数の失点となり、その和がゼロになることをいう》とあった。差し引きゼロではないらしい。勿論、プラマイ、ゼロでもない。
       必要     不必要
  男性  49.9%     50.1%
  女性  51.6%     48.4%
       (有効投票数10333 男性5400 女性 4933)
必要派の意見としては「やっておけば後が楽」「早いに越したことはない」があり、
反対派は「日本語を大事に」「読み書き、トレーニングをしっかり」などがある。しかし、かなりの数のコメントの大多数が反対意見で、母国語である日本語をちゃんとすべきという少々感情的な意見が大半であったという。

アンケートの設問で、ネットと携帯では年齢区分に違いがあり、全体の集計だけがまともな反映で、年代別にはそれぞれのパイが不明。
【毎日インタラクティブ(男1420 女1974)】
        必要  不必要      
  全体    50.7%  49.3%     
   男    38.2   61.8      
   女    50.0   50.0      
<年齢別>                
 10代以下  49.6%  50.4%  
 20代    50.1   49.9
 30代    46.5   53.6
 40代    42.2   57.8 
 50代    36.2   63.8 
 60代    37.1   62.9
 70代以上  38.8   66.2

【携帯での回答(男3980 女2959)】
        必要    不必要
   全体   53.5%   46.5%
    男   54.0    46.0
    女   52.7    47.3
<年齢別>
 20歳以下   42.9%   57.1%
 21〜30歳  51.9    48.1
 31〜40歳  56.0    44.0
 40〜50歳  53.5    46.5
 51〜60歳  53.0    47.0
 60歳以上   48.1    51.9
と、それぞれなっている。

記者のまとめはこうだ。英語教育=グローバル化の単純な思い込みに反対する気持ちはわかるけれど、その時間を日本語教育に使ったところで、それほど小学生の日本語力が向上するとは思えない。教育は一方が上がれば、残りは下がるゼロサムではない。一つの外国語を学ぶことが、その分だけ母国語教育のマイナスになるというのは、やはり誤った判断ではないだろうか。

記者は、文科省のいう英語教育が日本語教育の時間を減らしておこなう、という捕らえ方をしているようだが、例えそうであったとしても、国語の時間だけが日本語教育ではない。算数の時間だって生物の時間だって日本語の教育になるのだ。それに自分自身、ゼロサムなる言葉を使って日本語で説明することができていない。私はそうだったが、おそらく高年齢者の中にはゼロサムという言葉が理解できない人は多くいるはずだ。だから外国語が必要なんだ、とでも記者は云う積もりなんだろうか。反対者も外国語を学ぶことが母国語教育のマイナスになる、とは誰も云っていないと思う。誰がそのような判断をしているのだろう。記者の勝手な思い込みに過ぎない。手元に集まった回答者の意見の中にそのような意見があったのなら、示すべきだ。誤った判断をしているのは記者自身じゃないのか。


街に溢れる日本語ならぬ日本語。途切れ途切れに尻上がりに喋る幼児そくりの会話。とかー、とかー、でぁー。携帯やネットでの仲間同士でしか理解し合えないことば。会話の相手に関係なしにお父さん、お母さんで、父や母が言えない大人。仲間同士でないと通じ合えない言葉。全く敬語が使えない大人。現在でもすでに乱れ切っている日本語。母国語は、学校以上に家庭での会話で訓練されなければならないが、その親たちの日本語が怪しいのが現実だろう。映画や芝居の脚本家たちでさえ間違った言葉を平気で役者に喋らせているのだ。何が正しい日本語なのかわからなくなってきている。「ら」抜き言葉は最早標準語の範疇に入っているかのようだ。

これから先、「国際化」が大手を振って英語が必要だということになるのだろうが、国際化で必要な日本人が必要なのは解るが、それが日本人の大多数ではないのだ。私は原則不必要の立場だ。

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2006年4月16日 (日)

緊急事態発生

昨夜、突然マシン(新Mac)トラブル発生。
ディスプレイ中央に[?]マークが点滅を始める。アップルマシンの手順に従い再起動を試みるが益無し。
ハードディスクの破損の模様。
本日、アップルに修理の問い合わせをしたところ、約5万円近く懸かりそう。年金暮しの身には大金であるため、今現在キーを叩いている旧Macを使うことにした。

画面も小さくて老眼にはとても使いづらい。容量もメモリーも不足する。しばらく休めよ、とのお告げかも知れない、妻はそう云う。憎まれ口ばかり書いているからだ、と。

妻に譲ってLanで結んであった旧Mac,中古屋に出さなくて助かっている。故障の方も大金を払って修理するか、思いきってそれ以上の大金を掛けて新たに買い替えるか、思案のし所だ。

今まで、昭和一桁の繰り言に目を通して下さった人たちには深く感謝いたします。でも、全くブログから引き下がるのではなく、週2、3回休んでいたインターバルを、書き込み頻度を落として様子を見たいと考えています。

教科書問題、小学校英語教育の導入、ニート問題など、書かねばならない思いは強くあります。


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2006年4月15日 (土)

アイフル全店業務停止

明治の小説家・尾崎紅葉の『金色夜叉』[1897(明治30)年〜1902(同35)年 に読売新聞に連載した新聞小説]の昔から、高利貸しは社会のダニのように毛嫌いされてきた。金を借りるにはそれなりの訳があり、又借りた金を返すのも当然の約束事として契約を結ぶ。その貸借の間に違反があれば、どうなるか。

毎日新聞(4/15)から
借りた金を返さないために返済を迫られるのは至極普通の行為であるはずだ。ところが司法は金を貸した側のアイフルに全店業務停止の強硬処置を取った。金融庁は14日、強引な取り立ての違法行為が相次いだとして、国内約1900の全店舗を対象に、5月8日から3日間の貸し出し等の業務の大半を停止する行政処分を出した。

長崎県・諫早店では貸出し審査のために顧客名義の委任状を勝手に作成し、戸籍謄本や所得証明書を取り寄せたり、函館市・五稜郭店では判断能力に欠ける債務者に、家庭裁判所がつけた補助人から「契約取り消し」の意思表示書を受け取ったにも拘らず、支店長が債券取立て行為をおこなった。この他にも新聞は催促を受けた側の例を3つばかり上げている。債務者の職場に正当な理由なく取り立ての電話をした例、債務者の母親の家に何度も督促状を送ったり、電話をした例、そして債務者に対し、第三者から返済資金を調達するように執拗に求めたり、妻や母親を交渉相手に加えるように迫ったりした例をあげている。諫早店の委任状偽造、五稜郭店の取り立て行為はそれなりに理解できるが、あとの例については金を借りて返さない方に落ち度はある。

貸した金を返せというのは当然のことで、返って来なければ会社は倒産する。金持ちが慈善事業で与えているのであれば、返さないでも誰も取り立てないし、誰からも文句は云われない。借りた金を返さない債務者に電話で催促するのは当然で、家賃を払わない借家人に催促するのと同じことだ。それを「正当な理由もなく・・・」とは可笑しな話だ。これ以上立派な理由があるのだろうか。家賃を払わないで夜逃げする前に、取り立てに奔走する管理会社の苦労は度々テレビでも放映している。約束の日に取りに行くとそこはもぬけの殻になっている。飛ぶ鳥後を濁さずなんて言葉は死語だ。汚れ放題の部屋の中、払う気など端からない。こうならない為に金を返して欲しいから必死になって電話するんだ。

母親に督促したり、電話したり、第三者から借りてでも返してくれ、というのも貸した側の願いだ。私が若い(高卒の初任給が約35000円程度)頃、ブログでも書いた来る日も来る日もコロッケの時代、その若い部下の月賦で購入する物品の保証人になったことがある。それも複数の人間だった。誰もが苦しい生活を送っていた。一年、二年分割で購入し、毎月僅かの支払を続けて行く。つらい中小企業では長続きしないで辞めて行く人間が次々に出た。当時は姿を消した人間を追跡してまで厳しい取り立てを生業とする職業はなかった。代わりに必ず連帯保証人から取り立てた。私が残金の支払をするしかなかった。私はまだ家庭を持っていなかった。数年間部下の残した借金の支払が続いた。人を騙すよりも騙される方が救われた。信用された(利用されただけでも)ことに救いがあった。

結婚話が起こった。まだ月賦屋の支払は残っていた。東京都豊島区の区民税も2年以上滞っていた。当然督促状も舞い込んでいた。あれもこれも未解決のまま結婚した。結婚してから妻に打ち明けた。生活費からの返済を認めてくれた。どん底の生活が2年以上続いたが豊島区の区民税も支払うことができた。印鑑を捺すことの責任とはこういうことだ。

金を借りるのは自由だ、しかし、返すことの責任と義務がついて来るのだ。返せないほどの金額を借りて返せなくなる。返すために他所から借りて多重債務となる。果ては自己破産を願い出て受理されると一銭も返さないで済む。返さないで済むように法律が後押しする。生きて行く上で悲しい境遇に陥るがそれさえ耐えられれば金の苦労からは完全に解放される。テレビでキャスターまでやったことのある元ミュージシャンが、哀れな姿を時々見せるが金の苦労から解放されて気楽に見える。

借りた金を返さないのが悪いのか、多少強引でも返さない金を返せと云うのが悪いのか、どっちだろう。

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2006年4月12日 (水)

『卒業御礼』450万還して

毎日新聞(4/12)から。
バカ母にしてバカ息子あり、まるで喜劇だ。

埼玉医科大学(埼玉県毛呂山町)の理事長ら三人が、「卒業御礼」として現金450万円を受け取ったにも拘わらず卒業出来なかったとして、元同大学医大生(44)の母親(75)が11日、三人を相手取り、支払った現金と慰謝料の計1250万円の支払を求め、さいたま地裁川越支部に提訴した。

訴状によると、男性は85年に同医大に入学。6年生まで進級後も留年を繰返した。当時の学則で専門課程の在籍上限年数を過ぎた96年夏の追試にも合格せず、自主退学扱いになった。留年を重ねた間の学費は未納だった。12月に退学を知ったは、未納だった学費計約2360万円を全額納め、97年に一旦処分は撤回された。母親は97年3月から数回に分けて理事長と当時の学務委員長、教務課長に礼金として計450万円を支払った。しかし、男性は卒業出来なかった。

大学側から「卒業は翌年に延ばし、形だけの復学試験を受けて欲しい」と云われ、男性は99年まで試験を受けたが合格せず、04年になって、97年当時除籍処分になっていたことを知った、と云う。母親は「卒業を長引かされ、振り返ると全部嘘だった。息子は人の手で医者を目指す道を断たれた。卒業できると思わせて現金を受け取っており、親の足元を見る悪質な行為だ」と主張している。

埼玉医大は「すでに金銭の授受の経緯を含めて(かつて元医大生の起こした裁判で)最高裁まで争い大学側が完全勝訴している。あらためてコメントすることはない」としている。

茶番だよこれは、事件の真実などどうでもよい。子の才能を過信し、べったりとくっついて子離れもできないで、ママぶりを発揮した成れの果てだ。男性が卒業してくれなくて世の中の多くの患者は命拾いできているのだ。金の力で生まれたヤブ医者が、世間を騒がせている医療ミスを起こしている可能性だってないとは言えない。国家試験に最低点でやっとパスするレベルの医者だってごろごろいる筈だ。男性の場合、23歳で医者になる夢を実現させるべく見事入学できたが、ずるずると、最後の国家試験を受けたのが15年後の37歳だ。そうまで医者にこだわり続けたのは、余計なことだが親の経営する医院の後継ぎか。2360万円という高額の学費が未納になっていることさえ把握していないような抜けた男だ、医者が勤まる神経じゃない。本当にこの男、医者になってくれなくて良かった、大した人助けだよ。

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2006年4月11日 (火)

合祀から外し「家」の墓に

Rengeso

 蓮華草

プランターで育て
待ちどおしかったが
やっと咲いてくれた


ひと昔、いや二昔の前までは、田んぼ一面に可憐な花を咲かせ、桃色の絨毯を敷き詰め、春を告げる景色を拡げていた。小さい子供の頃は花の上に寝転び、春の日射しを浴びて何時間も空を眺め、友だちどうしで移り変わる雲の形を指さしてはああだ、こうだと名付けて遊んだ。蓮華草は咲き終わった後はそのまま、後に植える稲の肥料になるため、どんなに踏みつぶしても、お百姓さんから叱られることもなかった。女の子たちが沢山摘んで蓮華の首飾りを拵えて、首に掛ける姿は今も昔も変わらない。


このところ民主党の党代表に小沢一郎が選ばれたことで、小泉ら数を驕ってぬるま湯に浸かっていた自民党の中にも強い警戒心が生まれて来た。民主党内での就任挨拶が終わるや、早くも小泉が「蛙の面に小便」のごとく、聞く耳持たずに行って来た靖国神社参拝問題を取り上げ、正面切ってA級戦犯の合祀の無資格性を口にした。小沢が云う「祭られる資格はない」というのは、中国や韓国との間にある軋轢からではなく、原則の問題であり、第二次世界大戦・大平洋戦争で「死ね」と号令した14人の人間が、その命令で戦場に駆り出され、国家のために戦死した兵たちと共に神として祭られることの間違いを指摘したに過ぎない。極東国際軍事裁判(通称は東京裁判)で重大戦争犯罪人としてA級(政府・軍部主脳)の犯罪を指摘された人間が、戦死者と合祀されることの間違いを指摘したものである。東京裁判を勝者の敗者を裁いた裁判として見るものもいるが、日本人が自国の法律で裁いたとしても、為政者たちの犯罪性は免れようはなく、妥当性のある判決であったと判断する。

私も、幾度もブログで触れて来た。小泉の靖国参拝の言い訳は、歴史を理解することもなく無視し、日本人の宗教心を頼りにした「こころの問題」と位置付けて“何が悪い”と嘯いて来た。また、神社側も「今さら一度神様になった者を」と一歩も引かない考えであるようだ。

そもそも熱し易く醒め易い日本人の性格は、喉元過ぎてしまえば飲まされた煮え湯の熱さもすぐにけろりと忘れ、雨霰と降った爆弾や焼夷弾の火から逃げまどったことも、肉親を殺され、恋人を奪われた戦争のことも忘れた。敗戦からたった7年が経過した1952(昭和27)年には4月28日発効の対日講和条約11条によって、引き続き刑に服さなければならない「戦犯」1224名への同情が起こり、最終的には4,000万人の署名が集まったとされる。

翌53(昭和28)年、「戦犯」の遺族にも年金・弔慰金・扶助料の支給が行われるようになり、受刑者本人への恩給も支給されるようになった。続いてA・B・C級の区別なく「戦犯」は国内法の犯罪者とは見なされず、恩給権の消滅や、選挙権、被選挙権の剥奪もないとされ、刑死者は「法務死」として取り扱われることになる。
59(昭和34)年、「戦犯」にも恩給法が適用され、続いて靖国の祭神選考の対象となり、3月10日付けで最初の「戦犯」の合祀がなされた。A級戦犯についても66(昭和41)年2月8日付けで祭神名票が送付され、71(昭和46)年、崇敬者総代表で了承し、78(昭和53)年の靖国神社秋季例大祭前日の霊璽奉安祭で合祀された。

このことを一般の国民が知らされたのは79(昭和54)年4月19日の新聞の報道によってだった。
憲法と自衛隊の問題にしても、アメリカの都合を読みながら屁理屈をつけてその体質を変えることを繰返し、発足当時のアメリカから促されて作った警察予備隊を又、何時の間にかアメリカのご期待に添える姿の軍隊に作り替えてしまった。そして今度は、アメリカに押し付けられた憲法だからと、戦える軍隊にまで変貌させた自衛隊に合うように憲法を改定しようと企んでいる。『自衛のための戦争もこれを放棄する』とした憲法理念を無視し、憲法をねじ曲げ、仮想敵国を作って恐怖心を煽る、ここでも歴史を学ばない為政者の無能な知性を嘆かわしく思う。

小沢が取り上げた筋の合わない合祀問題、だからといって他に国立の慰霊廟のようなものを作る必要もない。「法務死」、訳のわからない戦犯の呼称、無理矢理に靖国に入れることを前提に目論んだ苦肉の策だろうが、戦死した英霊たちに無礼だ。『俺たちはお前たちの命令で殺されたんだ』の怒りの声が聞こえる。『お前たちは唱えた、生きて虜囚の辱しめを受けず』と。国民には捕虜になった時には死ね、最後の一人になっても戦え、と号令した。『そして俺たちは国のために命を捧げた。なのに、お前たちは生きて辱めを受け、潔く死ぬこともしなかった』。沖縄ではひめゆり部隊の女学生たちが、もうこれまで、と最後の時に洞窟内でアメリカ軍の辱しめを受けないために、配られた手榴弾で自決して死んで行ったことを知っていながらだ。その戦犯の彼らを何故、神として祀らねばならないのか。どこに移転させようもない戦争犯罪者なんだ。国立の廟を作ったとしても、そこには無名戦死者を祀り、空襲で死んで行った大勢の日本国民を祀り、徴用された学生たちを、軍属を、看護婦を、慰安婦を、多くの犠牲になった人をこそ祀るべきだ。

合祀から外した「戦犯」の慰霊は例えば東条英機ならば「東條家」で引き取り、その他の慰霊も各「家」で引き取り、満足がいくまで懇(ねんご)ろに弔えばよい。先祖代々一族の墓で安心して眠れば良い。苟(いやしく)も国家のために命を捨てて亡くなった人たちの仲間入りさせることは、もう断じてさせないように願いたい。

もってこいの故事がある、「過ちては改むるに憚る事勿れ」と。(論語)

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2006年4月10日 (月)

既婚女性の小遣い

先(3/19)に子供の小遣いに関して「子供には小遣いは遣らないに越したことはないが、遣っても少額を必要な時だけで良い。『労働の対価』としての金銭感覚が理解できるまでは」と書いた。

今回(4/9)は既婚女性の毎月の小遣いについてのアンケート結果が纏められた。05年10月〜11月に横浜や名古屋など政令指定都市と東京23区内の20歳〜69歳の既婚女性1,624人を対象にしたものだ。
  金額(円)    全体 フルタイム 家事専業
                   (含パート)
 1万未満     23・8  12・9  27・5
 1万〜3万未満   32・3  24・6  34・6
 3万〜5万未満   22・7  34・1  18・9
 5万〜10万未満   6・0  12・0   4・3
 10万〜20万未満  3・2   6・6   2・1
 20万以上      1・0   1・9   0・7
  ない       4・2   0・9   5・4
  無回答           6・9   6・4   
    (単位:% 国民生活センター調べ)
仕事の形態別でみると、家事専業(含パート)の「小遣い」は‘ない’を含むと7割が3万円未満だったが、フルタイムは5割を超える人が3万円以上と答え、既婚女性でも、自由に使える額に差が出ている。

「小遣い」の使い道を複数回答あり、で調査した結果は
  衣服・アクセサリー 48・5(%)
  化粧品       45・5
  美容院       40・9
  外食・喫茶     35・5
の順になったが、「結局、家計の足しにしてしまう」との回答も19・6%あった。特に40代、60代には家計のやり繰りに、と考える人が多く2割以上の回答があった。
その家計のやり繰りについて、こちらも複数回答では、「少しでも安いものを買うようにしている」66・7%、「デパートの積立てやスーパーのポイントカードを活用している」50・7%、「クリーニングにはできるだけ出さない」43・5%、「外食や出前を減らしている」37・3%となっている。

「家計のやり繰り」と「小遣い」との関係については『夫の小遣いを減らす』7・4%、『自分の小遣いを減らす』が21・7%と健気な妻もいる。

それぞれの家庭の生活水準が読めないので深く分析も出来ないが、一ヶ月の小遣いに10万〜20万円もの額が使える奥さまがこれだけの少数データの中で4・2%、68人(世帯)もいるなどとは、苦しい生活を訴える日本の現状とは余りにかけ離れてはいないだろうか。これでは豊かな日本ではないか。ブランド品を追い掛け、グルメ三昧、レジャー産業が賑わい、海外旅行が年を追って増加するのも頷ける。年間では120万円から240万円以上の小遣いだ。低所得に泣く家庭の一年間の生活費に相当する小遣いだ。反面全く小遣いなど‘無い’と回答した人数も同じ数だけいるのだが・・・。データの示す狙いは、これを貧富の差の激しい日本の現実と捕らえよということか。


  
            

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2006年4月 9日 (日)

団塊会社員と退職金

敗戦後の第一次ベビーブームで産声を上げた団塊世代の大量退職が社会問題として連日マスコミを賑わしている。2007年から2、3年間に起こる問題として300万人とも280万人とも目される数の凄さである。労働市場における労働力の減少、技能継承の問題、企業経営、貯蓄や消費、金融資本への影響、財政、税収の問題点などを抱える一方で、世界でも例を見ない80兆円、50兆円とも16兆円(随分幅があるが)とも目論まれる退職金を当てにした、観光業界、建築業界、金融業界などが手薬煉ひいて待ち構えている。80兆円という金額はお隣の韓国の年間の国内総生産(GDP)に匹敵する桁外れの規模だ。

毎日新聞(4/9)から
団塊会社員に「退職金 だれのもの?」との質問を行って、その回答を纏めた記事が載った。男性熟年世代の熟年離婚の恐怖が囁かれ、その果ての自殺(大抵は男性)等の暗い面が取り上げられる中、追い討ちを掛けるような男性にとってまことに憐憫を催す内容の記事だ。

NPO法人日本ファイナンシャル・プランナーズが取ったアンケートの集計になっている。昨年11,12月に首都圏、近畿圏、中京圏など都市圏を中心に56〜59の会社員470人(男性387人、女性83人)からの調査回答である。この総員数470人が300万とも280万人ともいわれる会社員の意見として類推可能と見て良いのか分からないが(0・016〜0・017%)「受け取る退職金は誰のものか」尋ねたところ、
 男性の7割が   「自分と妻のもの」
 女性の5割以上が 「自分のもの」
と考えていることがわかった。
 男性が「自分のもの」と回答したのは11・6%
 女性が「自分と夫のもの」と答えのは24・1%、「自分のもの」が55・4%
で、退職金に対する考え方の違いが浮き彫りになった。

退職金の使い道について、全体の70・2%が「生活費」。
定年後の生活資金(複数回答可)は 公的年金 98・2%
                貯蓄   67・4%
                退職金  67・0%
となっている。また「定年後一緒に暮らす相手」についての質問では
 男性が「妻」と答えたのが91・2%
 女性は「夫」と答えたのは61・4%
 「特に暮らしたい人はいない」男  3・4%
               女 13・3%
となっており、妻の頭の中には退職後の離婚がちらほら見え隠れする。職場を離れた後、妻との定年後の生活を望む男性に対し、退職金は自分のものと考える女性、4割の、夫とは暮らしたくない女性の中から、あわよくばプラス慰謝料を貰って離婚を望む女性が出るのだろうか。現実問題熟年離婚はすでに社会問題として取り沙汰されているが、お互いに別れては見たけれど、やはり伴侶のいなくなった生活には寂しさが付きまとう。家庭のために、子どものために頑張って家庭を作り上げて来たが、世の中の趨勢に押されて自由への憧れを獲得してみたけれど、一人になった空虚さに耐えられなくなって、現在、そのような熟年男女が女を求め、男を求めて再び壊した家庭を取り戻そうとしている。熟年結婚と呼ばれる爺さん婆さんたちの相手捜しだ。

団塊の世代と呼ばれるベビーブームで生まれた世代、戦後日本の興隆の礎を築いた世代だ。我が身を削って会社人間に成り切り、家庭を顧みず、寝食を忘れて働いて来た。その結果が妻からの離婚話だ。自殺する人間が出ても不思議はない。この現実を100パーセント男が悪い、と言い切る学者がいる。女が家庭を守り、子育てをし、夫の働きやすい家庭環境を支え、自由な時間も持てない妻が守ったと。男の側から云えば、骨身を削って仕事をし、家庭を築き、妻を守り、子どもを守ることが離婚届を突き付けられるような空しいことだったのだろうか。

団塊世代に欠けていたのは次代を担う子どもの教育に疎かったことだ。勿論わが子のことになるが。現在世間の問題児になっているニートを始め、切れる子、暴力を振るう子、人を殺すことに罪悪感を失った子、優しい心根のない子、他人の痛みの解らない子、ルールの守れない子、自分勝手な子、責任感の無い子、社会とのかかわりの出来ない子、我侭勝手な子たちを拵えた親の親たちが団塊の世代の人間だ。会社に忠実で仕事ができれば出来るほど家庭を顧みず、わが子の躾をして来なかったツケが世代を越えた現在の世相を生んだ最大の原因になっている。その結果は未熟な民主主義を振りかざして平等・公平も理解出来ないで労働争議を起こし、責任を無視した人間性や自由を声高に叫ぶことが多くなって行った。団塊の世代の子が結婚する年齢に近づく頃に不謹慎な言葉がもてはやされ、流行っていた。「家付き カー付き ばばあ抜き」は家庭崩壊の始まりとなった。働き始めた女性は子どもを他人に預け、昔なら家族が見守ることが可能だった子育てが、他人の手に委ねることが当たり前のことになって行った。親の躾が行き届かない子が増え始めた。このことが後に社会の崩壊に繋がることに警鐘を鳴らす学者も知識人もいなかった。今でもここまで遡った問題提起をする人もいない。しかし、この子たちが育って先に列記したような社会問題となっている子の親になっているのは事実だ。

団塊の世代が退職後何かをしようとするのならば、し忘れた子への躾、孫の教育をし直すことだ。ここまで遡らなければまともな日本には立ち直れない。恐らくは団塊の世代が生を終える時がきても、まだまともな日本にはなっていないだろうが、やらねばならない団塊世代の親としての責任だとおもう。

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2006年4月 8日 (土)

知財侵害輸入品差し止め

毎日新聞(4/8)から
知的財産権を侵害した(偽ブランド等)輸入品の差し止めが、05年は1万3467件(前年比47・3%増)と過去最高を更新したと、5日、財務省は発表した。この差し止め件数が激増した背景には、通常の税関を通らずに発送元が突き止め難い国際郵便を使う「小口化」が、ここ3、4年急増しており、昨年は差し止め件数全体の96%を占めたことによる。

ウォール・ストリート・ジャーナは2004年、全世界の偽物市場の規模は5,400億ドルに達することを報じた。05年度、日本に入って来た輸入差し止め件数は、記録が残る87年度以降で初めて中国が韓国を抜き最多となった。差し止め全体のうち、件数ベースでは殆どが偽ブランド品など商標権の侵害に関するもので、前年比2・5倍の6,829件に達している。点数ベースでは5・8%増の109万7,400点になっていて、こちらも商標権侵害は2・5倍の61万1,100点となっている。

差し止め品の内訳は、点数ベースで欧米の高級ブランドを模造したバッグ類が前年比1・5倍の約25万点で最も多く、全体の23・1%を占めた。アニメなどのキャラクターを採用したゲームカードや玩具なども約7万点と前年より4・7倍も増えた。
輸入元は中国が前年より1・9倍の6,278件で全体の半分近くを占め、初めて韓国の6,045件を逆転して1位になった。

日本政府は03年、知的財産戦略本部(本部長・小泉純一郎)を設置し、海外からの偽ブランド品流入を防ぐため、税関での検査を強化したり、相手国に模倣品・海賊版対策を徹底するよう要請して来た。今月2日には、中国と税関相互支援協定を結び、知的財産権侵害物品や不法薬物などを取り締まるために情報交換を行う枠組みを設けた。しかし、同協定を04年12月に結んだ韓国からの偽ブランド流入に歯止めは掛からず、05年の差し止め件数は前年比3割増にもなった。差し止め件数の急増は、取り締り徹底の成果ともいえるが、財務省では「模倣品が次第に精巧になっている上に、小口郵送など新たな手口もどんどん出て来る」と云い、検査技術の高度化や国際的な連携の必要性が一層高くなっている、としている。

何故これほど日本に偽ブランド品が入って来るのか、その前提には日本を狙ったブランド品メーカーの進出がある。世界でも有数のブランド品消費国である我が国は、不景気が続き、格差社会が口にされてもなお、銀座には次々と世界のブランドを冠したビルが建ち、高級商品がショーウインドを飾る。何を持って来ても羽が生えて飛ぶように売れる。犬畜生にさえ着せて見せたり、連れた犬に人相まで似て得意がる。こんな国民性、金儲けに目先の利く利口な人種が騙すには、本物そっくりの物を作って見せるだけで良い。いとも簡単に引っ掛かる。或いは少々お高いものは『もどき』で我慢できる手合いは幾らでもいる。ルイビトンもどき、シャネルもどき、グッチもどき、ティファニーもどきなどなどだ。ブランド、レジャー、グルメを追い掛ける連中は掃いて捨てるほどいる。如何に取り締まっても、偽者に対する何とも思わない無神経さがあるうちは日本はそれらずる賢い人種が金儲けできる良い国のままだろう。

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2006年4月 7日 (金)

わたしとおかあさん

毎日新聞に、しばらく連載された著名人が母を偲んで書いた『わたしとおかあさん』という文が載っていた。もう終わったが、その最終回に音楽評論家・湯川れい子(67歳)の母を想う一文が載り、目を通した。母上が40歳で生んだ子だとすると、お母さまは明治の生まれであることは間違いない。海軍の軍人であった父を彼女が6歳の時に失ってからは、湯川の言葉を借りれば“妥協を許さない愛情”を注いで女手一つで彼女を育てたようだ。後に、お父さまの出棺の日、「この子に白無垢の花嫁衣装を着せて送り出したらお傍(そば)に参ります」と約束したと、話しを聞かされて、これには湯川も参ったらしい。

“妥協を許さない愛情”とは明治の女性の毅然として立つ姿が自然に思い浮かぶ。たとえ友人の家でも外泊はもっての他、湯川が高校2年の年、独立プロダクションの女優の卵になった時も、門限は9時。降っても照っても嵐でも、(彼女の表現を借りれば)身体が弱いくせに、毎晩9時になると、玉電(現東急田園都市線)の駅まで迎えに出て娘の帰りを待つ母であったようだ。

長じて結婚話を打ち明け、母の望むような人と正反対の人で猛反対された時、「親の言いなりに結婚するなんて、永久売春と同じじゃないの」と言う湯川の言葉に、思いきり頬を引っぱたくようなお母さまでもあった。

「私の目の黒いうちは決して許しません」と、何ごとにつけても事あるごとにぴしゃりとけじめをつけるお母さまであった。本当に、さんざん心配をさせたようだが、どんな時も頑固に頑強に、娘の幸せだけを考え、決していい加減な妥協をしなかった人のようだ。「母様も苦労したから、腕に職を持つのはいいことだ」と湯川の仕事には積極的に協力し、理解を示した。それでも9時の門限を破らなければならない時には、必ず護衛役の人間をつけて彼女を守った。彼女が25歳の頃まで続けられたという。

言葉の端々に、凛とした明治女の母を想う湯川の文章が素晴らしい。そんな母親の目を楽しく盗みながら、過ごした日々を顧み、おかあさまの美貌と、品格と人間性、そして娘湯川れい子に対する絶対の愛情には、92歳で亡くなった今も、何処まで行っても彼女は勝てないと、思っているとしるしている。

門限と云う言葉、一般家庭では今は死語になっているのじゃないだろうか。小学生から携帯電話を持ち歩き、時間に遅れることには全く抵抗を持たない。一報すればすむそれで済む、親も全く意に介さない。夜中になろうと友人宅に泊まろうと電話1本で親は安心する。それで子どもの行動に責任を持った積もりになる。疑うことは決して良いこととは思わないが、監督責任の放棄だ。子も親もお互いの責任を放り出し、自由と野放途をはき違える。

世の変遷もある、全てに高望みする社会になり、教育は市立偏重で塾は華盛り、親の欲目は塾に通えばわが子も天才の仲間入りが出来る、とばかりに借金して学問だけの常識に欠ける無気力な半端人間を作り上げる。親の敷いたレールに乗り、大学は出てもニートになるだけ。社会を見る能力を養っていない。口だけは達者だが、自分自身が何ものかも分からない年齢で自分に合う仕事など掴めるなどは全く不可能だ。「ガラスのジョニー」を歌った歌手がいる。彼が最終的に歌手の道に辿り着くのに港湾労働者を始め、何と60回以上の職を転々している。彼が就いて直ぐに辞められた会社こそ迷惑だったろうが、己の道を突き進む努力はしてこそ理解されることになる。彼はアメリカに渡り、クラシックの殿堂・カーネギーホールで公演し、失敗したが当って砕けた結果だった。

我が家には門限があった。明治生まれの両親に育てられ、有り難いことに私自身厳しい躾を受けた。結婚して生まれた我が子にも躾けた。小学生5年までは5時、6年生になって6時。自分から望んだ塾の公文がある日だけは緩めた。夏冬関係なし、就寝時刻を8時に決めた。10時間寝て6時に起きる。中学生になってからは1時間遅らせて就寝は9時。私は仕事柄極端な不規則状態、すべて妻が躾けてくれた。男の子だが、中学・高校を通して外泊は全く認めなかった。十分寝かせたお陰で頭脳明晰な子になってくれた。

お母さんたち、湯川れい子の母のようになるのはとても無理だろうけれど、時代が違う、などと云わないで、少しでも近づくような子育てに責任を持って欲しい。

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2006年4月 4日 (火)

喫煙と低体重児

毎日新聞(4/3)から
国立保健医療科学院の滝本秀美・母子保健室長らの研究データから。

 ( 妊婦の喫煙率 )単位% 【厚生労働省】
     10代 20〜 25〜 30〜 35歳
        24歳 29歳 34歳  以上     
 90年 29.4 11.5  5.3  4.5  7.4  
 00年 30.6 20.8  11.6  6.4  6.0
(妊婦の喫煙率は10年間で1.8倍になっており、特に20代の増加が著しい)

低体重児は糖尿病等の生活習慣病に罹りやすくなるという研究結果もあり、橋本さんは「妊婦の年齢や生活習慣に合わせたきめ細かい個別指導が必要」と指摘している。

橋本さんらの研究チームは厚生労働省の乳児発育調査等のデータを分析した。2回の調査時に妊婦の喫煙習慣についても聞き取り調査を行っており、その結果、妊婦の喫煙率は90年の6・5%から00年には10・9%に増えていた。上の表に見るように10代の喫煙率が最も高く、00年は30・6%、喫煙率が大幅に増えたのは20代である。一方、35歳以上は微弱ながら減少している。

喫煙者から低体重児が生まれた場合は90年、00年ともに11%で、出産までの週数や妊婦の年齢などで調整すると、喫煙者が低体重児を出産するリスクは非喫煙者の2・2倍になっている。出生児の平均体重は、            
      妊婦が喫煙者  妊婦が非喫煙者(単位 グラム)
 90年    3095     3201
 00年    3047     3135
喫煙者、非喫煙者ともに出生児の平均体重が減少傾向にあるのは、痩せた女性や高齢出産、多胎妊娠の増加が影響していると見られる。と、ほぼ全文を引用した。

以上の記事に目を通して、喫煙と低体重児との関係が理解出来た人はいただろうか。私には理解出来ない記事だった。どこにもデータの基礎になるN数がないのだ。全くパイの大きさが分からない。まことしやかなパーセンテージは書かれているが何を基礎に比率計算が行われたのか不明だ。対象妊婦は10人、50人、1000、5000人?或いは10万人?対象がたった1人でも分母が二人なら比率は50%になる。国立保健医療科学院がこの程度の杜撰なデータで公表するわけはない。毎日新聞の記者(女性)が転載時に配慮を欠いて犯したミスだと思える。

禁煙ブームに乗ってタバコの害を一層誇大に示して見せ、人心の撹乱を狙ったような記事にしてしまっている。
私は低体重児の問題はもっと別の所に起因すると思っている。それは世に蔓延る過激なダイエットブームだ。考えてみれば喫煙だってダイエットの効果を狙ったものである可能性も高い。痩せることが女性美の究極であるかのような非健康的な生活をし、骸骨のような身体から、健康的な赤ちゃんが出産できる訳がない。

早速新聞社に問い合わせのメールを送ったが、まだ返事がない。

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2006年4月 3日 (月)

住職になりませんか

3/27日、テレビが後継者に困る新潟市の日蓮宗・妙光寺(小川英爾住職・53歳)が住職の一般公募を呼び掛けたことを報じた。

同寺は1989年、少子化、核家族化が進んで行く時代に合った新しい墓の形として、祭祀を継承する子孫がいなくてもいい、新しい永代供養墓を全国に魁けて始めた住職の寺である。これまでの寺は世襲か縁故で後継者が決められていたのが常識であった。今回の試みは1989年以降の脱「葬式仏教」を掲げた新しい時代の寺院作りの基盤が整ったことにあるようだ。

そのような志を継げるのは、先入観のない教団の外部にある人材と見込んだためだ。募集の対象は25歳〜30歳ぐらいまでの大学卒で実社会での経験がある人で、性別や国籍を問わないとしている。3、4人を採用し、3ヶ月間の研修、候補生として2人程度を本採用。その後、仕事や実務、他所の寺での研修など凡そ3年間決められたプログラムを終えて6、7年後に1人が副住職につく計画である。残りの候補生たちは寺に残り、寺務職につくか、他所の寺の住職を目指してなお研修を続けることになる。研修中は月3万円の研修費、候補生になると給与として月額12万円が出る。

新しい仏教の形を唱える町田宗鳳・東京外語大教授(比較宗教学)は「宗教の世界ではモチベーションが大事で、それが僧侶の資質を決定づける。一方で世襲などで住職になる場合は知識も社会体験も少な過ぎて信仰の受け皿になり得なかった。この公募で面白い人材が集まれば全国に広がる可能性がある。日本仏教改革野」切っ掛けになって欲しい」と期待している。

全国に7万5000からあるお寺。(因に神社は凡そ13万5000)寺に生まれればそのまま僧籍に入ってきた今までの後継者作りでは、大した努力もしなくてよい結果の「坊主まる儲け」なる陰口も出る背景となっていたのは事実だろう。寺によっては檀家との結びつきに苦し紛れに寺をコンサート・ステージにしてみたりして、信仰心の薄れた現在人の心を引き止める方法を模索してきた。冠婚葬祭以外は見向きもしなくなった現代人、寺は葬式とだけ深く結びつく。

日本に仏教を根付かせたいにしえの仏教びとたちが現在の日本のお寺を見れば何と云うだろうか。仏でもいい神でもいい小銭を持ってお正月行事の初詣にだけは人は群がる。お賽銭を投げるのは仏にか神にか。

日本の心の‘もったいない’を外国人から教えられている現在、ひょっとすると‘仏の心’も青い目のお坊さんから教えを受ける時代が来ることになるかも知れない。それも空しく昔ここはとっても栄えたお寺という仏教寺院だった、と過去の遺跡としてだけ残ることになるかも知れない。妙光寺の住職の試みが成功することに期待するのみか。

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2006年4月 2日 (日)

十三参り

毎日新聞(4/2)から
静岡県沼津市の孫を持つ祖父(76歳)の目を細める笑顔が思い浮かぶ一文が載った。我が娘が13歳になった年、ご自分の大病で祝ってやれなかったことの悔いをずっと持ち続け、その娘が生んだ子が女の子であったことを誰よりも喜び成長を見続け、やっと13歳、思いのたけをぶつけて祝ってやれる喜びを満面に表わした文章だ。

十三参りとは、生まれた年の干支が、始めて巡ってくる年(数え年の13歳)の旧暦3月13日(現在の4月13日)に、女の子*に本裁ち《大裁ちとも云い、着尺地一反(きじゃくぢ、いったん:0.37x12.5メートル)を使って大人用の着物を一枚仕立てる裁ち方》の着物を肩上げして身に着け、踊り華や、かかえ帯を結んで子どもから大人への第一歩を祝う行事。*元々は女の子の行事であったが、男女同権が叫ばれるようになって情けないことに男の子にもするようになっている。

関東を中心とする武家社会の男の子の元服(7歳)に対する関西の公家社会の女の子の十三参り。私が育ったのは関西だが、当時京都を中心に、七・五・三なる行事は存在しなかった。時代は移って近代社会で男の子にあったのは精々五月五日の端午の節句だけだった。かといって十三参りも何処の家庭でも行う女の子の一般的な祝い事でもなかった。公家社会が代表するように狭い地域、京都盆地を中心とする地域、もう一つは難波(なにわ)の都を中心とする大阪の、そう‘いとはん’‘こいさん’(谷崎潤一郎の「細雪」の世界)の限られた社会の中で続けられて来た行事であった。

時代が移り変わり、人の流れが生まれ、地域間の交流が網の目に走るようになり、天皇が東京に遷り、鉄道が施設されて文化の中心が東に流れて行った。それを切っ掛けにして多くの習慣や、風習が東に西に交流を始めた。西洋文明も輸入された。政治経済が整備され、人の流れ、学問の興隆や、婚姻により、就職により、地域差は取り払われて行った。七・五・三が関西で敗戦後(1945年以降)にぽつぽつと生まれ、東の真似をする風習が芽を出した。九州の地に届くのにさして時間は懸からなかった。その頃でも十三参りは現在ほど一般的な行事にはなっていなかったし、男の子が対象になるなどとは考えられもしなかった。あくまでも女の子の成人式の思い入れがあった。私には投書を寄せられた方が静岡なのが意外だったが関西の出身だろうと勝手に想像している。

十三参りでお参りするのは虚空蔵さん。本尊の虚空蔵は、本来大日如来の脇侍で功徳が虚空のように大きいという意味を持つ菩薩である。現在のように系統だった医学や医療のなかった頃、生まれた子の大半が成人まで生きられずに死ぬのが普通と思われていた時代、子どもの命を守るために御利益を得ようと虚空蔵さんに日参して、生まれた子の無事な成長を祈った。そして娘が13歳になった時、怪我なく無事に育ったお礼に家族でお参りに行くことが『十三参り』の姿であった。信仰心を失った現代人には形の面だけが残り、着飾った姿を取ることでその存在を踏襲しているのが精一杯のことだろう。子ども以上に負けじと着飾る親がいる七・五・三もおなじことだ。

虚空蔵さんで有名なのは京都の弘法大師(空海)所縁(ゆかり)の寺院・嵐山法輪寺だ。修学旅行の定番になっている渡月橋(昔は法輪寺橋と呼ばれていた)を渡るとその正面の山の中腹に建っている。本尊の虚空蔵とは始皇帝で有名な「秦」一族の祖神である。この地に1800年も前からいた「秦」(はた)の一族の信仰の対象となっていた。
十三参りには桂川に懸かるこの橋を北側から渡り始め、参拝を済ませて再びこの橋を渡り切るまでの間、絶対に後ろを振り返ってはいけないという事が参拝のしきたりとなっていた。振り返ると得て来た御利益がすべて消えてしまう、といわれている。

ギリシャ神話を思い出す。竪琴の名手オルフェウスは暴漢に襲われて逃げる途中、蛇に噛まれて死んだ妻エウリュディケを、黄泉の国の神ハデスに地上の世界に連れ帰ることを願い出る。ハデスは二人が地上に出るまで決して振り向いてはならないことを約束させる。オルフェウスを先に、後ろにエウリュディケがついて暗い小道を地上に着こうかという時、オルフェウスは妻が着いて来ているかどうか心配のあまり、つい振り返ってしまう。すると忽ち妻の姿は黄泉の国へ吸い込まれるように消えていった。それ以来オルフェウスは女を避けるようになっていた。女たちはオルフェウスを虜にしようと躍起になったが彼は見向きもしなかった。

後日譚がある。ディオニュソス(酒の神バッカス)の儀式のとき、酒に憑かれて踊り狂って騒ぐ女たちは、見つけたオルフェウスの身体をばらばらに千切り、手足を裂き、頭と竪琴を川へ投げ捨てた。ムーサ(英語読みでミューズは音楽を司る女神でオルフェウスの母でもある。父はアポロン神)の神は千切れた身体を拾い集めて葬ってやった。幽霊になったオルフェウスは再び黄泉の国へ行って妻エウリュディケに出会うことができた。

話を戻して、投書の家族は春分の日に三島大社を参拝され、その道すがら、可愛い女の子の晴れ着姿に外国人観光客の“ワンダフル”攻め、写真の被写体でシャッター攻めにあったようだ。何よりも、祖母に当る投書者の妻が、孫を見つめる嬉しそうな表情を喜こび、目を細めるお爺ちゃんの姿は、我が身には訪れないだろうことが一段と侘びしく感じられる。

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2006年4月 1日 (土)

さくら

Chidorigafuchi

 千鳥が淵

予定通り一時間掛けて神保町まで出かけた。目的のLPレコードは求められなかったが、さくらは眺めて来た。白川通りの交差点を左折して正面に靖国神社の大鳥居、物凄い人の波だ。肩がぶつかり合って前に進むのもままならない。満開のニュースも手伝ってどっと出て来た人、人、々で、さくらを堪能する余裕などない。ものの五分も居たろうか、2、3カット軽くシャッターを切って退散、引き返してきた。

電車の中で気がついたことがある。みっともない女性の化粧はもう怒る気もしない。このことを書いていたら電車に乗る度に書かねばならない。“私はどうしようもない女のクズです”でいいなら好きにするがいい。

インターネット書店のこと書いたばかりだが、そのことを実際に証明するような風景に出くわした。土曜日の十時からの一時間、私の乗り合わせた車輌には立つ人も少なくて、大方の乗客は座席に腰を下ろしていた。今日、ワンセグ放送がスタートした。恐らく携帯電話を手にした人たちのケイタイとの睨めっこで電車の中も賑わうだろうと想像していた。勿論携帯電話との睨めっこをしている乗客もいるにはいたが、それ以上に新書判の本を開いて活字を追い掛けている人の数が多いのに感心した。私の現役の頃は、活字は大抵新聞と相場が決まっていた。本を読んでいたのは私を含めても一車輌に2、3人だったろうか。それが今日はざっと十人からの人たちが開いたページの活字を追っていた。インターネットで書物を買う気は全く持ち合わせないのでどのような傾向のものが読まれているのか分からないが、書物に触れることは悪いことではない。

帰りの電車でも気をつけて眺めてみたが、午後の日射しのぽかぽか陽気に眠気を誘われた乗客が多く、乗車率は殆ど同じだったが本を開いていたのは一人だけだった。

明日の日曜日、天候が崩れると予報が出ているが、雨さえ降らなければ何処もかしこも今日以上の賑わいになること必定だ。

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