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2006年3月19日 (日)

子供の小遣い

毎日新聞が16日から小遣いについて、夫婦、サラリーマン、妻に続いて今回は子供編でまとめている。

お菓子、ゲームカード、ガチャガチャ、漫画本・・・子供たちの周りには欲しい物がいっぱいある。「無駄遣いをするのではないか」、子供の小遣いについて悩んでいる親も多い。親は何に気をつければいいのだろうか。
  小遣いの移り変わり(平均月額・単位円)
 年度 小学1,2年 3,4年  5,6年    中学生   高校生
  71  749  742   804   1262   2475
  75  1111  1136   1260   2064   4002
  80  1455  1418   1621   2597   5484
  85  888  917   1175   2195   4696
  90  951  1067   1464   2692   5683
  95  1124  1147   1398   2921   6970
  00  1064  977   1423   2660   6444
  05  904  1021   1306   2877   6801     
        (金融広報中央委員会の調査による)

「小遣いをバンバン使う子と、ためる子では、どちらが安心だと思いますか?」東京都内で1月に開かれた講演会で、ファイナンシャルプランナーの上村武雄(36歳)氏は、集まった親たちに問いかけた。彼の考えでは「貯金は悪いことではありませんが、ためることだけが目的になってしまうと、使うことの難しさ、大切さを学べません。子供はお金を使う体験を積む必要があり、小遣いはそのことを学ぶ良い経験になります」ということになる。

続いて、小遣いを渡しても使わないでためる子には鉛筆、消しゴム、ノートなど文房具を親が買い与えるのではなく、小遣いから出すルールを親子で決めることを勧める。これは小遣いから買うことで、例えば鉛筆なら大切に使って、節約して買うことを覚える。親は無駄遣いを着にするが、「小さな無駄遣いを経験してこそ、お金の本当の大切さを学ぶことができる。大人になって無理な借金をして欲しい物を買ったり、ギャンブルに大金を費やさないようにするためには、子供のうちから正しい金銭感覚を身につけることが必要です」とも云う。

では、親は子供への小遣いをどのように渡せばいいのか。彼は「親の教育方針によって異なる」としながら、月単位で決めた定額を渡すことを勧めている。「欲しい物がある度に渡しているやり方を続けると、子供は『欲しい物があれば、お金はどこからか出て来る』といった誤った金銭感覚を身につけてしまう危険がある」と説明している。

本当にそうだろうか、私の考えは全く違う。子供に小遣いを上げる習慣は、貧しい時代の日本にはなかった。必要な最低限のものを親は買い与え、子供はそれ以上を求めることはなかった。その時代の日本人に、金銭感覚がなかったというのだろうか、上村氏は。子供は貧しくても必死に働く親をじっと見て育った。父親が毎月貰って来るお金が大切なことは母親が子供に教えた。鉛筆一本子供の指でも使いづらくなるほど短くなるまで余分なものは与えてくれなかった。《労働の対価》という言葉は知らなくても、父親が働いたことで手にしたお金であることは子供たちは全員知っていた。大事に使わなければならないものとの認識も持っていた。学校に必要な物は父や母に云えば苦しくても何とか工面してくれた。何でも云えば買ってもらえる、というような生易しい家庭ではないことは兄妹皆が理解していた。私は自慢じゃないが高校生活が終わるまでに、小遣いは一度も貰ったことはない。ただ一度だけ、絵が好きで堪らなく欲しくなった創刊号の芸術新潮を父から買ってもらった。シャガールが日本に始めて紹介されることになった記念の号だ。それで特に学生生活に不便を感じたことはない。授業料はお陰で免除される生徒ではあったが高校は無事に卒業した。

冒頭の小遣いの変遷をみても、如何に恵まれた家庭が多いのかと、驚く。一銭もやるな、とは言えない時代になったことは認める。然しながら小学生に金をやって使い道を勉強させるなどナンセンスだ。前にも書いたが、私の子供には私たち夫婦の両親からの入園、卒園、入学、卒業などに折に触れ金銭を贈られたが、都度子の欲しがる物を購入し、生活費に流用し、子供には与えなかった。正月のお年玉など考えもしなかった。お金が労働の対価であることが理解できるまでは無用のものだ。

今では少年法で禁止されているが、新聞小僧が毎早朝、肩から抱えた新聞の束を家庭に配っていた敗戦後。小学生、中学生になると貧しい家庭の子はそのようにして働いて収入を得、家庭の援助をした。立派に体で稼ぐことを学んでいた。はっきりと労働と賃金のことを理解していた。この当時に携帯電話でもあれば自力で購入したであろうし、通信費は働いた中から支払うことが可能だったろう。今、毎月小遣いをもらっている子供たちは通信費の負担、ゲームの電気代など、上の表の毎月もらう小遣いの中から支払っているのだろうか。

金銭感覚というのは労働の対価としてのお金をどのように認識するかということで、単なる使い方の多寡や用途をいうものではない。そんなことは今の時代、それこそマネーゲームとして幾らでもパソコンで可能だ。この方がよほど多彩な選択肢が揃っているし、子どもは熱中できるのではないか。実際のお金を持たせることは‘百害あって一利なし’だ。早い話携帯電話代に親が驚く金額を支払わされている家庭だって多くある。その電話の内容を確認している親はどれだけいるだろう。電話器を子が小遣いの中から購入したものであったとしても、子の電話の内容は監督下にある子の親として、チェックする責任があり、監督責任からも見る権利があるのだ。

子どもに小遣いはやらないに限るが、たとえやるとしても極力少ないに越したことはないし、毎月やることもない。

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コメント

お小遣いをあげて金銭感覚を養うということの反論に戦後のことを使うのは意味がないのではないでしょうか。なぜなら戦後と現代ではあらゆる環境が違います。戦後は子供は働かないと野たれ死んでしまうし、親に物をねだりもらったとして、食べ物などに直接その影響がでます。しかし現代は豊かになり子供が必死に働かないとのたれ死ぬという状況はないといっていいし親に物をねだってもらい食べ物に直接影響がでることはありません。長文を書いてすみませんが子供は昔と比べお金の大切さなどを学ぶ機会が減ったといえるのではないでしょうか。昔ならまだしも現代でお小遣いを与えるのはナンセンスというのはいささか早計ではないでしょうか

投稿: | 2010年4月26日 (月) 22時16分

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