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2006年2月 3日 (金)

女優の死

つい先日シェリー・ウインタースの訃報を聞いたばかりだが、今日(2/3)モイラ・シアラー(80歳)の死が報じられた。敗戦後間もない頃に陸続として封切られ、銀幕を飾った女優たちが次々に全うした人生に別れを告げて行く。

シェリー・ウインタースはエリザベス・テーラー、モンゴメリー・クリフトとの競演になるセオドア・ドライザー原作の『陽のあたる場所』(1951年)で貧しく身寄りのない工場作業員を演じた。エリザベス・テーラーの演ずる父の経営する工場を頼って都会へ出て来た甥っ子が、見習いで送り込まれた作業場で親密になる娘だ。父の開いたパーティーで出会ったE・テーラーと甥っ子は一目で惹かれ合う。顧みられなくなった娘の方は既に妊娠していることを明るみに出すと甥っ子に迫る。殺意を抱いた青年は女を湖に誘いボートに乗せて沖に漕ぎ出す。話をするうちに娘のひたむきな思いに殺意を失う男に、底意を感じ取った娘が恐怖で思わずボートから立ち上がる。男は鎮めようとしたが大きく揺れて傾いたボートから娘は湖に投げ出され、浮かび上がることがなかった。しばらくボートの周りを探し廻った男は諦めて岸に泳ぎつく。裁判で男は殺意は認めたが犯行は否認した。男に陪審員の全員が有罪を下し死刑の判決が下りた。刑の執行される日、獄舎に逢いに来た富豪の娘は男に永遠の愛を誓って去った。貧しい身寄りのない女工を演じたウインタースはおどおどして頼りなげだが、一人で強く生きて来た生活感のある女性を見事に演じた。当時20歳で世界一の美女と評判のエリザベステーラーのスクリーン一杯のアップは19歳の私の胸をときめかせた。

モイラ・シアラーはロンドンの入院先のオックスフォード病院で1月31日に亡くなっている。彼女はロンドンのサドラーズ・ウェルズ・バレエ団(現英国ロイヤル・バレエ団)で活躍中に映画界から誘われ、アンデルセン童話に基づく「履いたら死ぬまで踊り続けねばならない魔力を持つ靴」の話、バレエ映画『赤い靴』に出演した。今から58年前、彼女22歳の映画処女出演作である。
敏腕のプロデューサーに見い出された新進作曲家とバレーダンサー、音楽が気に入らないで上演されないままになっていた『赤い靴』に新進作曲家のつけた曲が気に入り、上演を決める。激しい稽古の間に徐々に惹かれあう若い二人。ダンサーの恋愛は芸術に邪魔、と認めないプロデューサーは作曲家を馘にする。踊ることに人生を捧げると云っていたダンサーだったが退団してロンドンに移る男の後を追って結婚する。
舞台を続けなければならないプロデューサーは、以前にも同じことで馘にしたダンサーを呼び寄せて各地で公演を続けていた。たまたまロンドンから一人で叔母のところに来ていたダンサーは、当地での『赤い靴』の上演を知る。社交界のつながりから彼女が来ていることを知ったプロデューサーは再び『赤い靴』の舞台で踊る契約を取り付ける。『赤い靴』再演の夜はロンドンに残した夫が新作オペラの初演を指揮する日でもあった。しかし、夫は妻の『赤い靴』再演で踊ることを止めようとして己の大切な初演を犠牲にして妻の元へ駆けつける。しかし、妻はここまで育ててくれた恩人と、夫との板挟みに苦しむが、すでに『赤い靴』の少女の扮装を終え、赤い靴を履いた彼女は夫を楽屋から追い返す。やがて開幕のベルが鳴り響く。ダンサーは舞台へ進める足を翻して気が狂ったように表へ走り出ると部屋を通り抜け、止めるまもなくベランダから飛び降りた。その時、追い返した夫が乗るはずであった列車が轟音とともに走って来た。乗り損ねた夫が駆けつけ、虫の息の彼女は赤い靴を脱がせるように頼む。舞台ではプロデューサーが‘彼女は今夜もこれからも踊れなくなった、彼女がいないままで幕をあける’と話し、夫の手で靴を脱がされた彼女はそこで息を引き取る。

私がこの映画を観たのは16歳の時、戦時下を潜り抜けたばかりの少年には恋愛沙汰など理解できる筈もない。17歳の若さで「肉体の悪魔」を書いたレイモン・ラディゲの才能もない私には男女の機微も解らず、初めて接するクラシック・バレエの世界が真新しく、トーマスビーチャム指揮によるロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラの紡ぐ「白鳥の湖」「コッペリア」「ジゼル」の響きが、この後観た『哀愁』(ヴィヴィアン・リー、ロバート・テーラー)の「白鳥の湖」とともに印象深い作品の一つだ。私がモイラ・シアラーを見たのははこの一本だけでしなやかで瑞々しい彼女の容姿があるだけだ。天寿を全うした80歳の彼女は思い描けない。 合掌。

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