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2006年2月16日 (木)

麻生太郎、このばかなるもの

2月4日、彼の生まれ故郷福岡県同市で講演した際、現在台湾の極めて高い教育水準は、日本が植民地時代に行った義務教育のお陰であるとした内容の話をしている。これは彼が学んで知った知識ではなくて、「台湾の偉い方から教えてもらった話」で、「年配者は全員知っていた。われわれの先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるな、と正直そう思った」のだそうな。

もう1つ1月28日名古屋での公明党議員の公演から、「英霊は天皇陛下万歳と云ったのであり、首相万歳と云ったのはゼロ。天皇陛下が(靖国神社を)参拝なさるのが一番だ」とも云っている。続けて「中国が(参拝を中断しろと)云えば云うほど行かざるを得ない」として彼は幼稚な例えを引用した。「これはタバコを吸うなと云うと吸いたくなるのと同じだ」と付け加えている。

このような低次元の発想で国の政治を動かされたのでは国民はたまったものではない。己の歴史認識や、己の戦争認識もなく、人に囁かれた言葉で歴史を解釈し、うわさ話で戦死した人の気持ちを踏みにじる。歌の世界、戦意昂揚の小説や読み物では決まって最後に口にするのは“天皇陛下万歳”となっているが、実際に帰還した人、傷痍軍人たちの話では、圧倒的に多い言葉は“お母さん”だったという。現在ほど家族の繋がりの薄い時代では想像できる人も少ないかも知れないが、家族が強い絆で結ばれていた時代、殆どの若い兵士が最後に想うのは“お母さん”なのだ。兵たちの遺稿集を読んでみれば良い、天皇陛下の為に、国の為に死にに行きます、とは書くが結びは必ず 今まで育ててくれた両親、取り分け母への深い愛情を告白しているのだ。確かに麻生が云うような首相万歳というバカは一人もいなかっただろう。

靖国の問題にしても、天皇の深い戦争への反省は昨年のサイパンへの慰霊の旅に現れるように、天皇は麻生以上に前の戦争をしっかりと認識し、諸外国との外交でも寄与しているのだ。それすらも理解出来ない麻生は禁煙問題に例えてみたり、昨年は韓国の“創氏改名は朝鮮人が望んだ、日本はハングル普及に貢献した”や、日本の国に関してバカな程の無知を曝した。曰く「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本の他にない」と。誰もが知っているアイヌや琉球人のことを知らないらしい。彼のこのような歴史観や戦争観、国家認識の無知はどこから来ているのだろう。彼の生い立ちや教育をみてみたい。

彼が生まれたのは福岡県、時は将に皇紀2600年、日本中が紀元は2600年と謳いはしゃいでいた最中。古事記の昔、高天原(たかまがはら)からニニギノミコトが地上に降り立った天孫降臨の聖地とされる地(宮崎県)に八紘一宇の塔を建てて祝い騒いだ年1940(昭和15)年である。これはニニギの曽々孫にあたる神武天皇が橿原宮で即位してから数えての数字。
1941年12月8日に太平洋戦争が勃発、早くも42年の暮ガダルカナルの撤退、43年のニューギニアのブナ島の玉砕、アリューシャン列島のアッツ島の玉砕、3月には植民地朝鮮に徴兵制度を取り入れると、早速8月には実施された。敗色濃い日本は遂に10月、学徒動員令を発した。44年に入るとその学生たちは神風特攻、人間魚雷に仕立てられ砲弾や爆薬代わりに死地に追い込まれて行くことになる。南方ではサイパン島玉砕、グアム、テニアン島玉砕、パラオ諸島ベリリュー島、ニューギニア地方のモロタイ島玉砕と、玉砕に継ぐ玉砕が連日報じられるようになる。政府は8月、女子学生までを動員し、女子挺身隊に作り上げる。

45年は敗戦を迎えることになるが日本本土への空襲が激しさを増し、3月にはアメリカ軍は沖縄・慶良間諸島へ上陸を開始、6月には沖縄日本守備隊は全滅する。そして、8月6日広島に、続いて9日長崎に原子爆弾が投下される。日本は8月14日無条件降伏を受け入れ、15日、天皇は終戦の詔勅を読み上げる。1937年7月7日深夜、廬溝橋で起こった小競り合いから端を発した日中戦争、南京虐殺から1945年の敗戦まで日本の被災者310万人、中国2,168万人*、台湾1.163万人と云われる人たちが被災を受けている。
 (*中国側からは幾度も数字が大きくなって変更されている)

この戦争の歴史を麻生は乳母の背か、或いは揺りかごの中で過ごしているのだ。0歳から5歳までに当る。裕福な家庭に生まれ、育てられた5歳までの記憶に戦争の悲惨さが生きている訳がない。原子爆弾さえ知らないことで済んでいる。戦争が他人事であってもおかしくない。冒頭の台湾の義務教育云々の話は日本に当てはめれば『日本の平和や民主主義はアメリカが落とした原子爆弾のお陰だ』と同じ論理になる。そうじゃない、台湾の義務教育は日本の戦争に協力させるためであり、東南アジアの西洋植民政策からの脱却も結果から生まれた怪我の巧妙というもので、朝鮮に徴兵制度を敷いたことと目的は同じ戦争協力だ。

現在日本にある民主主義は間違いなく敗戦で得られた(与えられた)ものであって、勝ち取ったものではない。憲法も、今話題の皇室典範も、日本が戦争に負けた結果だ。それでは若しも(歴史に若しもはないが)日本が戦争に勝っていたら、・・軍隊の横暴は凄まじく、本来の日本の歴史はどこに向っていたか見えて来ない。恐らくヒトラー以上の人間が出現していたろうと思う。日本の手本の民主主義はたかだか建国200年をやっと経過したアメリカのものだ。アメリカの民主主義の歪みはあちこちに見えている。武力を用いた他国への侵略、ゴリ押し、力は正義なり、人種差別、は決して民主主義ではない。日本はアメリカを手本にしては民主主義を踏み外す。

麻生は敗戦も、戦後の飢餓時代の闇市も何も知らない。彼は長じて学習院に入る。この学校が日本の歴史をどのように教えるのかは定かではないが、多くは麻生太郎のような歴史に疎い人間を作っているのだろう。天皇が戦争の歴史を深く理解しているのは父天皇の生きざまをじっと身近から観察して来たからだろう、と思える。麻生よりもずっと思索する力を備え、今次大戦を自分の頭で把握し、判断する力を備えている。麻生ごときが横から口を出すことではない。彼が閣内にいることもまして外相であることも諸外国との摩擦を大きくするだけだ。

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