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2006年2月28日 (火)

年金未納に差し押さえ

毎日新聞(2/28)から
埼玉県社会保険事務局は27日、国民年金保険料の未納者102人に対し、預貯金など差し押さえの強制徴集措置に踏み切るとを発表した。

これによると、同県内の国民年金保険料の未納者のうち、支払い能力がありながら納付していない102人に対し、24日までに預貯金など104件、計1.578万6.235円を差し押さえた、と発表した。県内の1月末の納付率は62・77%で全国39位に低迷し、同事務局は「納入を済ませている人との不公平がないように、強制徴集を強化する」としている。

差し押えは、03年度 2件
      04年度 7件
であったが、国民年金法改正(2004年10月)で今年度から市町村に全滞納者の所得情報を照会できるようになったため、急増した。今年度の同事務局の強制徴集対象者は7.400人で、今後も最終督促状を送付しても納付されない場合は延滞金(年利14・6%)を課した上で順次強制徴集して行くことになった。

国民年金は、今年度は月1万3.580円。今回強制徴集される102人の滞納総額は3.598万7.490円で、最大差し押さえ額は143万円だった。自営業者らに滞納するものが多く、県内の1ヶ月以上の未納者は昨年9月末現在で、約44万6.000人に上るという。

国民年金法は1959年4月16日に施行され「日本国憲法第25条第2項*に規定する理念に基づき、老齢、障害叉は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする」と規定されている。【第25条第2項の規定とは、国は、すべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と延べられた社会保障の充実である。1992年からは20歳以上の者で他の年金制度に加入していないものはすべて強制加入となっている。

国民年金保険料納付は20歳以上の国民の義務となり、年々歳々の世代間の受け渡しによって生活の安定が得られるものである。納得のいかない不祥事で不払いが激増したNHK受信料の問題とは次元の違うものである。保険料未納に対する強制執行は正規の納付者には当然の措置であり、遅きに失した感さえ否めない。更に厳しい現実が広島地裁に持ち込まれた裁判の判決で示された。

訴訟内容は「学生の国民年金加入が任意だった時代の未加入を理由に、障害基礎年金を受け取れないのは制度の不備で違憲である」として学生時代に障害を負った広島県の男性2人が、国に不支給処分の取り消しと、計4.000万円の損害賠償を求めた。これに対し22日、広島地裁の出した控訴審判決は、「強制適用対象外の学生も障害など、年金を手厚くしたい場合には任意加入制度が用意されており、(未加入者が受け取れない制度が)不合理とは言えない」とし、不支給処分を取り消し、計400万円の支払を命じた広島地裁の一審判決を取り消し、訴えていた原告、広島市西区の39歳男性と、東広島市36歳男性の請求を棄却している。

納入しなければならないものを納入しないのは本人の自由だが、当然取らねばならない責任のあることを忘れてはならない。

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2006年2月27日 (月)

国際運動会終わる

17日間に亙って行われた大運動会が終わった。
日本の成績は『大山鳴動して鼠一匹』の始末。まあ、どうやらたった一匹の鼠が金色に輝く鼠であったために、協会も言い訳のできる危ういところで止まったようだ。「銅メダル十個に値する」とでも云わないと申し開きもできないだろう。

一番メダルに近いところではあったが、最終選考競技で3度も転んだメンバーまで加えなければ揃わない人選ではメダルは一個も獲得しないと思っていた。4回転にチャレンジは自己満足の話、始めから転ぶことは分っている。十に一つの成功も期待しなかった。何度転ぶかだけが期待だった。大会で一つでも取れたのは日本オリンピック委員会としては命拾いも好いところだろう。責任の一つも感じない遅塚団長は、この甘い見通しを各競技団体のせいにして「団体には猛省を促したい、端的な例はスノーボード。メダルは確実と答申を受けた。きちんと情報収集して確実な情報をあげるようにしないと」と他人ごとだ。「最悪の場合はメダルはゼロだった。だが、悪い数字を目標にするわけにはいかない」とも。

選ばれた選手たちも、口々に「楽しんで来たい」と物見遊山に出かける前に似たコメントをする人間が多くいた。これじゃ、国の威信を掛けて戦う選手を送り込んで来る国との戦いに破れるのは当然と云えば当然だ。参加することに意義を見い出すのは同病愛哀れむレベルの争いで済む仲間同士の間のことだ。

今後について団長は続ける「選手団のスリム化にも手を着けなければならない。国内で競技原理を導入し、戦う選手団にする」なんて益々呑気な発言だ。今まで何をして来たんだ。浮かれた選手や直ぐにお祭り騒ぎにしてしまうマスコミと一緒になって踊っていただけなのか。選手におんぶした形で役員たちは大挙して首を揃え、役にも立たない人数を増やして来ただけだろう。選手よりも多い数のお偉いさんが、役得とばかりに数を増やして無駄金を浪費する。

下司なマスコミは、早速取り沙汰を交わしている。メダルの値は?、報奨金は?コマーシャルの金額は?と。腐り切った頭の中だ。

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2006年2月26日 (日)

人口減に里親制度

昨日の「中絶禁止法案を可決」に asahi.com からトラックバックがあった。妊娠中絶がテーマなのでブログで意見を述べたい。

(記事要約)人口の減少に悩む福祉県では、従来の「里親制度」を、人工妊娠中絶を減らし、出生率を高めるための施策として活用して行く方針を決めた。女性の「産む、産まない」の選択権が狭められないかなどの論議も予想されるが、県では「中絶を考えている人に産んでもらい、社会で子育てを担いたい」としている。

里親制度は、虐待などで親との同居が難しくなった子どもを一般家庭で育てる仕組み。労働省によると、出産前に制度を紹介するのは異例だ。

福島県によると、まず、産婦人科医に依頼し、出産を迷う妊婦のうち希望者に里親制度などを紹介し、出産後、実際に子育てが困難な場合には里親を紹介する。里親は18歳まで育てる「養育里親」を想定している。県議会はこのための予算を増やし、前年比2,000万円を上乗せした約7,400万円を計上した。

福島県の人工妊娠中絶実施率(女性の人口1,000人当たりの件数)
 04年度 女性全体  15・8
     15〜19歳  17・7
     (全国平均  10・6)
 一方県の人口の減少も大きく、97年の213万をピークに05年1月1日には209万人になっている。

県知事は「倫理的な問題を指摘する声があるかもしれないが、出生率の低下や中絶の問題は深刻だ」と話している、とある。(ここまで)

日本の現行法では『女性の「産む、産まない」の選択権が狭められないのかの論議が予想される』というのはアメリカのロウ対ウェイド判決で認められたアメリカの女性の権利とは違う。日本の場合は女性だけで下せる選択権は妊娠12週未満までで、それ以降は配偶者の同意というものが求められている。お腹の子は要らないから、と女性だけで勝手に医院で中絶することはできない。

現在国としての問題の、憲法改正や自衛隊の憲法違反と似た(堕胎罪は名目となった)解釈が定着しつつあるが、明確にしておく必要がある。敗戦後、戦地や外地からの引き上げにより人口が一気に増え、疲弊していた産業は多大な働き手を吸収し切れず、巷には失業者の群れが溢れ返っていた。大戦直後から米ソの冷戦は世界を二分し、1950年(昭和25)勃発した朝鮮戦争は在日米軍の殆どが朝鮮へ進駐した。在日占領軍指令部(GHQ)は急遽同年8月10日、日本国内の警察力の不足を補うという名目の武装部隊である「警察予備隊」を設置した。国内に溢れていた元軍人、失業者が大挙して集まった。これが時と共に保安隊となり、陸上自衛隊となって質量において変化し続けて来た。

日本は戦争を放棄し、吉田茂は「自衛のための戦争もこれを行わないということだ」と国会でも答弁した。日米安全保障条約が締結、国会でも批准し、見事にアメリカの枠に組み込まれて行った。日本の国土を提供し、税金で米軍の維持費を賄い、自衛隊も徐々に微妙に解釈に変化を見せ始めた。何か起こるとその度に詭弁を使い、憲法違反を積み重ねて来た。そしてとうとう現在のような解釈が市民権を得たように大っぴらに国会でも口に上るまでになった。アメリカに押し付けられた憲法だ、自分の国は自分の力で守るのが当然だ。どこかの国が攻めて来たら(この仮想敵国を作って危険を煽る考え方は半世紀の昔、ソビエトとアメリカがお互いを力で牽制し合い、原子爆弾、水素爆弾を量産して世界を恐怖に陥れた思想だ。)誰が日本を守るのか、軍隊を持たずに国が守れるのか、と叫ぶ。確かに軍隊を持ちながら永世中立を建て前にするスイスという国は実存する。しかし、何処かの国が圧倒的な戦力で攻めれば一夜にしてスイスという国は消滅するだろう。日本とて同じことだ、アメリカが守ってくれるとは云うものの、国土は灰燼に帰するだろう。

今の自衛隊が憲法に合わない、というのは憲法の意志に背いた運用を繰返し、既成事実として積み重ねて来た結果がそうなったのであって、憲法が悪いのではない。条文の解釈をねじ曲げ、詭弁を続け、民主主義と云う数の暴力を使って来た為政者にこそ問題があるのだ。日本の憲法は世界に冠たる思想を持つ末代に誇れる憲法なのだ。

それと同じく妊娠中絶に関しても同じことが言える。年間34万件、隠れ中絶を含め100万件ともいわれ、戦後行われて来た妊娠中絶の総計は3000万とも一億とも想定されている。優に現在の日本の人口に匹敵する水子がいる勘定になる。既に何度も書いてきたが、刑法には堕胎罪として第29章の第212条〜第216条に禁止条文があり、その罰則まである。妊娠12週を過ぎた中絶の場合、配偶者の同意を必要とするにも拘わらず、1996年の改正による優生保護法によって、最終的には女性本人の意志を優先する処置がなされ、堕胎罪の条文は有名無実の感がある。

福島県の15歳〜19歳までの堕胎の多さはこのような何時でも中絶可能な受け入れがあり、妊娠しても下ろせば済む、といった社会的風潮が蔓延していることが底辺にあると云っても過言ではない。現実問題としても、テレビのスタジオに集まる女子高生が、100人集まればその50%を超える数でセックスの経験者がおり、中には堕胎の経験者すら混じり、街頭インタビューでは臆面もなくそれを誇らし気に口にする。福島県の考えたことは、このような性の乱れを助長することになる危険を含み、もっと酷くは無責任な産み捨てさえ危惧せざるを得ない。また、誰が父親かの判らない胎児の出産後の鑑定も必要になり、県も心配するプライバシーや倫理面の問題も含んでいる。私見では、今ある法を遵守し、気楽に処置できる堕胎を禁止するべきだと考える。その上でなお手放さなければならない親から「里親制度」への受け入れは考えるべきだと考察する。県の側から「産んでくれ、産んでくれ」は働きかけるべきではない。

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2006年2月25日 (土)

中絶禁止法案を可決

アメリカの話。AP通信によれば、米サウスダコタの州議会は24日、人工妊娠中絶をほぼ禁止する内容の法案を可決した。法案にラウンズ知事が署名すれば7月1日に州法成立となる。成立すれば法廷闘争に発展するのは確実で、保守派判事が任命されたばかりの連邦最高裁で、妊娠中絶を合法化したロウ対ウェイド判決が覆される可能性も出て来ると見られている。

【ロウ対ウェイド判決】とは
テキサス州の中絶禁止法の合憲性が争われた裁判で、女性には中絶する、しないを選ぶ権利があり、州がこれを制限するのは違憲とした1973年の最高裁判決である。女性の中絶決定権を認め、妊娠3ヶ月以内の堕胎を合法化したものである。女性の中絶の権利を支える基礎となっており、これを守ろうとする中絶支持派と中絶反対派が30年間激しく対立して来た。

今度の法案は、命は受胎から始まるという考えに基づき、中絶手術を行った医者に禁固5年の刑と罰金5.000ドルを科す。中絶が認められるのは妊娠の継続や分娩が母体の健康を損なう恐れがある時だけで、日本では認められている暴行や脅迫によって、またはレイプされて妊娠した場合でも、この法案は認めないとし、日本では想像し難い近親相姦による妊娠の中絶も認めない、としている。

‘いのち’の始まりを受胎とみるのはカトリックの生命尊厳派の考えに基づくものであり、日本の母体外で生存可能な時期(22週155日以降)とする解釈とは随分異なる。共和党のラウンズ知事は24日、「中絶反対。命を守るためにできるだけのことをするべきだ」と話しており、法案に署名する可能性は高いと見られている。サウスダコタ州内で唯一の中絶クリニックを経営する「プランド・ペアレントフッド」は成立したら、憲法違反として提訴する方針だ。

ブッシュ2期目で、ロバート最高裁長官とアリート判事という保守派判事2人が任命されたことで、機が熟したと見ているようだ。同様の妊娠中絶禁止法案はインディアナ、ジョージアなど7州の議会に提案されている。

日本でも中絶は2つの理由(アメリカと同じ母体の健康を損なう場合と、暴行や脅迫、レイプされて妊娠した場合)を除き禁止されているが、実態は毎年34万人(未報告を入れると100万人)の中絶が行われ、「堕胎の罪」として刑法第212条〜216条による処罰規定があるにも拘らず、堕胎天国の名を恣(ほしいまま)にしている。現在日本でも政府が悩んでいる少子化対策も、法律をきちんと守れば隠れ堕胎も防止でき、子どもが増えなければならないのなら、どんどん増えてくれることだろうに。逆に日本の堕胎天国振りがアメリカまで知れれば、渡航費を使ってアメリカ女性が日本にやって来てくれることになるだろう。

(自ブログ内関連記事)
♦中絶胎児は一般ゴミか   2005・8・9
♦代理出産         2005・9・5
♦・・中絶すれば犯罪が減る 2005・10・2
♦出生率の低下と少子化   2005・12・24
♦「出産無料化」      2006・1・23 

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2006年2月24日 (金)

山口淑子(李香蘭)

毎日新聞(2/24)夕刊に久し振りに彼女の写真が載った。おん年86歳になる。当然インタビューの時のものだろうがびっくりするほど若く見える、エキゾチックな容姿は今も変わらない、70歳を過ぎたばかりのようだ。ずっと続いている特集記事、『この国はどこへ行こうとしているのか』で撮られたものだ。各分野の著名人に現在の日本を見て、将来への思いを聞き出したものである。

私の年代には日本名よりも「支那の夜」から知った中国名、李香蘭に親しみがある。本格的にイタリアで学んだ声楽は、後に満州映画社(満映)で中国人スターとしてデビューし、鈴を震わすような澄んだ声で歌う「赤い睡蓮」や「迎春花」が懐かしい。私の8歳9歳の頃だ。彼女は満州・奉天の女学校在学中に中国人高級官吏の養女となり、李香蘭と命名された。1945年の敗戦で満州国の消滅と同時に日本に協力した売国奴として銃殺刑に処されそうになるが、日本人であることが証明されて帰国する。帰国後は日本の映画界でも活躍していたが、渡米したおり知り合った日系アメリカ人の彫刻家イサムノグチと1951年に結婚。

彼女は二つの国の間で数奇な運命を辿ったが、イサムノグチもアメリカ(母の国)と日本(父の国)という二つの祖国を持つ人間として同じような運命を辿っていた。第二次大戦中、日本人の強制収容所に入れられるが、アメリカ人のスパイとして見られ、出所を願い出れば今度は日本人のスパイとしてアメリカ社会には戻れず、といった生き方を強要された。山口淑子と結婚して日本を訪れた彼は日本で丹下健三に依頼されて広島で平和大橋を架ける。その出来栄えに丹下は続いて原爆の慰霊碑の製作を依頼。しかしその原案は製作委員会から原爆を落としたアメリカ人のものとして却下される。(因に現在の原爆慰霊碑は丹下健三の1952年8月6日の完成になるもの)その後イサムノグチは日本の岐阜ちょうちんをヒントに現在でも照明器具として見られる「あかり」シリーズとなる照明器具をデザインする。竹を細く割いて周りを漉いた和紙でくるんだ器具である。円いもの、細長いもの、角張ったものなど変化に富んだ柔らかい照明器具として愛されている。

1956年イサムノグチと離婚した山口は1958年外交官大鷹弘との再婚を機に映画界から去り、1963年、テレビで司会者として活躍の場を持ち、ベトナム、カンボジア、中東、パレスチナを取材する。1960年の安保闘争の国会議事堂付近はデモ隊に混じって何度もジグザグ行進もしている。6月15日、デモ隊が国会に突入した日はご主人(当時外務省の安全保障課、現・日米安全保障課)と車で国会周辺を走っていた、東大生の樺美智子が死亡した当日の事だ、車の前を血だらけの学生3人が大手を拡げて車を止めた。「病院に運んで欲しい」と。乗車させて運び込んだ病院から「政府に反対するような若者は診察しない」と追い返されたことがあったらしい。

彼女が政治に参画していた期間は参議院議員3期18年(1974〜1992年)、彼女を国政へ転進させたのは田中角栄だ。ロッキード事件の刑事被告と、日中国交正常化の功罪については彼女の評価は『功』だという。「角さん級の幅、重さ、広さのある政治家がいなくなった。政治家が新しくなることは悪いことではないけれど、つまらないことを云う政治家が増えた」。小泉の靖国参拝には反対の立場で「教科書問題、歴史認識の問題をもう一度勉強して、けじめをつけるべき時です」という。

故大鷹氏と暮らしたマンションで一人住まい、引きこもる様子はないらしい。議員を引退してからも、中国、韓国の元従軍慰安婦への支援活動「女性のためのアジア平和国民基金」に参加し、これからは家庭内暴力に苦しむアジアの女性のための支援に展開して行くという。

トリノで開かれている冬期オリンピック、やっと取れたのが金メダルとあって朝から賑わうマスメディア、盆をひっくり返したような国家的大事件になった騒ぎを他所にこれを書いた。

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2006年2月23日 (木)

たばこ依存症に保険適用

懸案であったタバコが止められないで治療を受けている人たちに対して、中央社会保険医療協議会は喫煙による病気であるとして、保険の適用を決めた。「ニコチン依存症管理料」というのが正式名称。06年度の診療報酬改定で患者は12週間で5回に亙り専門の医師から治療を受けることができることになる。

「病気とはいうが、社会的な合意はまだできていない」
「指導の効果はあるのか」
「喫煙は趣味の問題で、公的保険で診るのは時期尚早」
など、さまざまな反対論もあったらしい。それらの理由から当面は、指導を行う医療機関の基準を厳しくすることで限定的に始め、2年後にデータを検証することで決着をみている。

平常狂気沙汰でタバコの害を説き、副流煙による健康被害を世論に訴える人たちが、なぜ喫煙で健康を害した人が保険で治療を受けることに今まで反対し、今なお固執するのだろう。喫煙による健康被害で約1・3兆円もの超過医療費がかかるという報告もあり(因にアルコールは約1兆円)また、ニコチン依存症はアルコール依存症に比べて軽く、病気ではないという意見もある(が、実際はアルコールの方が依存性は強く、ヘロイン、アルコール、コカイン、覚醒剤、マリファナ、LSD の順になる薬物性であることを世界保健機関【WHO】でも認めているのだ)。

政府が04年度に批准した「タバコ規制枠組み条約」は、喫煙やタバコの煙により死亡、疾病、障害を引き起こすことは科学的証拠により証明されていると指摘している(全く正反対に疾病との因果関係を否定する説もある)
さらに日本呼吸器学会、日本循環器学会、日本肺癌学会など9学会は、タバコを吸うことによりニコチン依存症と関連疾患からなる「喫煙病」を引き起こすとして、喫煙者には積極的な禁煙治療が必要と結論づけている。

アルコール依存症の治療にはすでに保険が適用されており、ニコチン依存症もそれにあわせることが時代の流れだ。タバコは嗜好品であり(同じく酒も趣味であり嗜好品だ)健康障害が心配だからといって、国が強制で禁止するものでもない。喫煙(飲酒)による健康被害を防ぐためには、禁煙(禁酒)指導の保険適用に加え、私が以前から云うように、もっとタバコ(酒類)の値段を引き上げることも有効な手段になる。値上げにより増収になれば、医療費や健康づくりの施策に廻せばよい。タバコの経済損失7兆円、酒類の経済損失6・6兆円も少しは軽くなる。

この問題に関連して22日、神奈川県の松沢成文知事は、未成年者の喫煙や飲酒を防止するために、全国で初めてタバコ、酒類の自動販売機に、成人識別機能の設置を義務付ける条例を制定すると発表した。07年度中に施行を目指し、罰則を設けることも検討中で、違反業者名の公表や違反ステッカーを自販機に貼り付ける予定。また、日本たばこ協会は08年度中に、ICチップ搭載の「たばこカード」の発行を予定し、発行を受けた成人しか購入できない自販機を全国で約62万台を導入する計画で、全国小売酒販組合中央会もすでに旧型の自販機の撤去を進めている。しかしながら対策は万全とは云い難い。カードは持たなくても仲の良い成人の友人を通して購入することは易々とできる。完全な対策はタバコは栽培を禁止し、酒類も製造を禁止(アメリカの禁酒法は失敗したが、裏の世界の酒場、飲み屋、バー、カフェも消さない限り)する以外方法はないだろう。その後は重税が待っている。タバコ税2・3兆円、酒税2兆円の合計にあたる税が課されることになるだけだ。

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2006年2月22日 (水)

賞味期限・消費期限

普通じゃない女がいた。スーパーで飲料のパックが足元の低い位置に積まれていた。店員らしき女性が三段積みになった上の段を片付けている様子なので、同じものが欲しいこちらは後ろで待っていた。当の女性は次いで二段目の商品を半分ほど隣に移した一段目の商品の上に積み重ねている。三段目がむき出しになった。その女性は底から一個を取り出して隣で待つ若い旦那らしき男性のカートに放り込んだ。そこに到達するまでには優に二十個以上は上の商品を取り除いていることになる。穴が空いた底に無造作に手にした一つを詰めて何ごともなかったように又、隣に除けた沢山のパックを戻した。勿論店員が客のために整然と並べていた姿は消えていた。その後に同じものを手に取る勇気をなくしたこちらは買う気にもなれずに退散した。常日頃、目につくのは大抵の主婦たちが並べられている商品を手前から取らない。必ずといっていいほど身を屈め、手を伸ばして奥に置かれた商品を手にする。そして確認するのは賞味期限や消費期限だ。散らかした棚をきちんと戻す人は皆無だ。

そのことに無頓着な私が失敗した買い物があった。日本海側の漁師町に近い田舎で育ったせいで魚が大好物だ。なかでも魚卵類を好むこともあって先日珍しく生の鱈の子を目にし、2船のうちの1パイを購入した。見た目にどうも不安があった。新鮮でないようである、しかし、期限は明日までとなっている、パックを通しては無臭でそのまま家まで持ち帰った。早めに調理しようとしてパックを開いた途端に部屋中が例えようのない腐敗臭に巻き込まれた。むせ返る中でパックし直して早速スパーに電話を入れた。“レシートを添えてお持ちになって下さい、お取り替え品はありませんのでお代金をお返しさせて戴きます”言葉が丁寧だけにかっとなって言葉を荒げていた。ガソリン代、或いは電車賃を使って腐ったものを返しに来い、ということか、と。消費期限のラベルの工作をしていないか、問い詰めた。勿論否定することは判っていた。営業ストップにもなり兼ねない事の重大さを判らせるために保健所に持ち込もうかとも思ったが、スーパーの取りに行くとの返事で納めた。これほど無頓着でも困るが余りに神経質なのも困る。

賞味期限や消費期限、一体どの程度把握していればいいものなのだろうか。東京都品川区のPCN株式会社のhealthクリニックの健康用語辞典によると、賞味期限・消費期限は飲食可能な期限をあらわしたもので、
 ♦賞味期限(品質保持期限) 缶詰めやレトルトのように品質劣化が緩やかな食品
 ♦消費期限         弁当などのように製造日を含めて5日以内で期限になる食品
のそれぞれに対して表示していることになっている。

毎日新聞(2/14)が参考になる試食テストをしたチームを紹介している。神戸市の甲南女子大学人間科学部・奥田和子教授(食物学)がまとめたものだ。
教授が学生130人の家族を対象にアンケートを取ったところ、ヨーグルトやチーズなどの加工食品の賞味期限が過ぎたものに関して約4割が「賞味期限が過ぎたら捨てる」と答えた。教授は昨年10月から11月にかけて期限を過ぎた食品を学生7人と自分とで実際に食べてみた。

食パン、ヨーグルトなど9食品を開封し、冷蔵庫で保管しながら1週間ごとに食べ、いつまで食べられるか記録して行った。
 見た目の色や形
 におい
 うまみ
 酸味
 ぱさぱさ度
などを基準に5点満点で採点する方法である。(9食品について8人のうち6人以上が‘まだ食べられる’と判断した日数)
 『期限切れ後、何日まで食べられるか』
  品目     日数     保管法 
 食パン    6週間    冷凍庫
 菓子パン   3週間     〃
 納豆     3週間    5度で冷蔵庫
 絹ごし豆腐  3週間      〃
 ヨーグルト  3週間      〃
 チーズ    1週間      〃
 クッキー   6週間    22度の室温
 甘納豆    3週間      〃
 コーヒー   1週間    5度で冷蔵庫
*チーズはピザ用のとろけるチーズ、コーヒーはパック容器入り飲料
となった。

乳製品メーカーはこの結果を見て当然ながら「責任持てない」とコメントしている。実験のように庫内温度の設定にしても、一般家庭では頻繁に開け閉めする条件では同様にはいかないことや、ヨーグルトでは口の中に入れて雑菌の付いたスプーンで1度でも掬えば、実験通りにはならないなど、「消費者の保管状況はさまざまなので、何か起きても責任は持てない」と慎重な言葉を使っている。しかし、一般的には未開封の状態なら大抵の食品は賞味期限の1・5倍程度は大丈夫であり、それが常に念頭にあって私は賞味期限には比較的無頓着に(先の例のように失敗も稀に起こるが)過ごしているのだ。

数年前になるが、やはり菓子好きとメーカーの共同実験によるケーキの期限を調べたデータがある。来客で多くを買い過ぎたり、菓子も好きな私はメモをとってずっと冷蔵庫に貼ってある。肉眼で確認できる最小限の黴の発生(1個にでも)を基準としていた。(無菌室ではない室温22度のテーブル上で20個づつの実験)
   品目            日数    
 カスタード・クリーム      2日
 いちごショートケーキ      3日
 レアチーズケーキ        4日と12時間
 チョコクリームケーキ      7日
 アップルパイ         10日と12時間
 ベイクドチーズケーキ     12日と20時間
であった。
 
消費生活アドバイザーの若村育子氏は「賞味期限を過ぎたものでも、においなどで確かめなながらできるだけ早く食べるのが良い」と、少なくとも期限日で捨てる風潮は改めたいと話している。これもマータイさんの云うMOTTAINAIに触発された動きなのだろうか。この運動はいろんなところ、方面に広がっているようだ。
 

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2006年2月21日 (火)

オリンピック

マスコミ上げてメダル、メダルと騒いだ選手たちが挙って無様な結果を残している。戦ったのならまだ良い、戦うこともできないで転んでみたり、己の体重さえ把握もしなで顔を並べてみたり、どこまでみっともない連中なのだろう。国内の成績は間違いであったのか、ひょんなことでまぐれで生まれたものか、兎に角安定していない、実力がない。

もともと参加することに意義がある、と慰めの言葉を吐いたクーベルタン、勝負はどうでもいいのだろう。日本選手は皆でわいわいがやがや時を過ごせば良いことのようだ。どん底で頑張るカーリングの女の子たち、もともとこの種目、私にはスポーツとは見えない。帚を持って氷を掃除しているだけだ。ゴルフと同じ、お遊技にしか見えない。こんなもので勝った負けたなんて確かにへんだ、これこそ参加することに意義があるだろう。昔、安心して外で遊ぶことができた時代、道路にローセキで丸を幾つか書いて“ケンケンパッ”“ケンケンパッ”と女の子たちが跳んではしゃいだ遊びがあった。今にこのお遊技がオリンピックに入るだろう。追い羽根つきが入っているように。

大体がマスコミの騒ぎ振りはなんだろう。選考前の取材陣が日本代表を見る目は『井の中の蛙』状態だ。小さく狭い器の中で誰が早い、誰が一番、と眺めていただけじゃないのか。世界のレベルにはまるで無知、それでも参加することに意義があるのなら、メダルの数なんか数えるな。選んだ協会側も過去の栄光にしがみつき、昔は強かった、素晴らしかったからメンバーに入れておこう、彼なら、彼女なら何とかするだろう、神様、お願い、助けてやって、が選考基準だったのか。彼、彼女の成績が実力だったのか、フロックだったのか、その見きわめもできない連中が中心に座っているようじゃこれから先も無駄な金を使うだけだろう。アメリカ代表のメダルを取った黒人選手、夏のオリンピックのアメリカが、殆ど黒人で編成されるように、今に雪の上のスポーツも、黒い色の選手たちで賑わい、賛歌を響かせる時代が近くやって来るだろうことを予想させる画期的な大会になった。この次は水の競技もそうなるだろう。

自国の庭で開かれた長野オリンピック、予想外のメダルが取れて慢心したのだろう。まだフィギュアーが残っているが、国内の最終選考会の女子のフリーで3度も転んだ人間をメンバーに入れたが、これも温情かどうか知らないが、みっともない事にならなければいいが。

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2006年2月16日 (木)

麻生太郎、このばかなるもの

2月4日、彼の生まれ故郷福岡県同市で講演した際、現在台湾の極めて高い教育水準は、日本が植民地時代に行った義務教育のお陰であるとした内容の話をしている。これは彼が学んで知った知識ではなくて、「台湾の偉い方から教えてもらった話」で、「年配者は全員知っていた。われわれの先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるな、と正直そう思った」のだそうな。

もう1つ1月28日名古屋での公明党議員の公演から、「英霊は天皇陛下万歳と云ったのであり、首相万歳と云ったのはゼロ。天皇陛下が(靖国神社を)参拝なさるのが一番だ」とも云っている。続けて「中国が(参拝を中断しろと)云えば云うほど行かざるを得ない」として彼は幼稚な例えを引用した。「これはタバコを吸うなと云うと吸いたくなるのと同じだ」と付け加えている。

このような低次元の発想で国の政治を動かされたのでは国民はたまったものではない。己の歴史認識や、己の戦争認識もなく、人に囁かれた言葉で歴史を解釈し、うわさ話で戦死した人の気持ちを踏みにじる。歌の世界、戦意昂揚の小説や読み物では決まって最後に口にするのは“天皇陛下万歳”となっているが、実際に帰還した人、傷痍軍人たちの話では、圧倒的に多い言葉は“お母さん”だったという。現在ほど家族の繋がりの薄い時代では想像できる人も少ないかも知れないが、家族が強い絆で結ばれていた時代、殆どの若い兵士が最後に想うのは“お母さん”なのだ。兵たちの遺稿集を読んでみれば良い、天皇陛下の為に、国の為に死にに行きます、とは書くが結びは必ず 今まで育ててくれた両親、取り分け母への深い愛情を告白しているのだ。確かに麻生が云うような首相万歳というバカは一人もいなかっただろう。

靖国の問題にしても、天皇の深い戦争への反省は昨年のサイパンへの慰霊の旅に現れるように、天皇は麻生以上に前の戦争をしっかりと認識し、諸外国との外交でも寄与しているのだ。それすらも理解出来ない麻生は禁煙問題に例えてみたり、昨年は韓国の“創氏改名は朝鮮人が望んだ、日本はハングル普及に貢献した”や、日本の国に関してバカな程の無知を曝した。曰く「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本の他にない」と。誰もが知っているアイヌや琉球人のことを知らないらしい。彼のこのような歴史観や戦争観、国家認識の無知はどこから来ているのだろう。彼の生い立ちや教育をみてみたい。

彼が生まれたのは福岡県、時は将に皇紀2600年、日本中が紀元は2600年と謳いはしゃいでいた最中。古事記の昔、高天原(たかまがはら)からニニギノミコトが地上に降り立った天孫降臨の聖地とされる地(宮崎県)に八紘一宇の塔を建てて祝い騒いだ年1940(昭和15)年である。これはニニギの曽々孫にあたる神武天皇が橿原宮で即位してから数えての数字。
1941年12月8日に太平洋戦争が勃発、早くも42年の暮ガダルカナルの撤退、43年のニューギニアのブナ島の玉砕、アリューシャン列島のアッツ島の玉砕、3月には植民地朝鮮に徴兵制度を取り入れると、早速8月には実施された。敗色濃い日本は遂に10月、学徒動員令を発した。44年に入るとその学生たちは神風特攻、人間魚雷に仕立てられ砲弾や爆薬代わりに死地に追い込まれて行くことになる。南方ではサイパン島玉砕、グアム、テニアン島玉砕、パラオ諸島ベリリュー島、ニューギニア地方のモロタイ島玉砕と、玉砕に継ぐ玉砕が連日報じられるようになる。政府は8月、女子学生までを動員し、女子挺身隊に作り上げる。

45年は敗戦を迎えることになるが日本本土への空襲が激しさを増し、3月にはアメリカ軍は沖縄・慶良間諸島へ上陸を開始、6月には沖縄日本守備隊は全滅する。そして、8月6日広島に、続いて9日長崎に原子爆弾が投下される。日本は8月14日無条件降伏を受け入れ、15日、天皇は終戦の詔勅を読み上げる。1937年7月7日深夜、廬溝橋で起こった小競り合いから端を発した日中戦争、南京虐殺から1945年の敗戦まで日本の被災者310万人、中国2,168万人*、台湾1.163万人と云われる人たちが被災を受けている。
 (*中国側からは幾度も数字が大きくなって変更されている)

この戦争の歴史を麻生は乳母の背か、或いは揺りかごの中で過ごしているのだ。0歳から5歳までに当る。裕福な家庭に生まれ、育てられた5歳までの記憶に戦争の悲惨さが生きている訳がない。原子爆弾さえ知らないことで済んでいる。戦争が他人事であってもおかしくない。冒頭の台湾の義務教育云々の話は日本に当てはめれば『日本の平和や民主主義はアメリカが落とした原子爆弾のお陰だ』と同じ論理になる。そうじゃない、台湾の義務教育は日本の戦争に協力させるためであり、東南アジアの西洋植民政策からの脱却も結果から生まれた怪我の巧妙というもので、朝鮮に徴兵制度を敷いたことと目的は同じ戦争協力だ。

現在日本にある民主主義は間違いなく敗戦で得られた(与えられた)ものであって、勝ち取ったものではない。憲法も、今話題の皇室典範も、日本が戦争に負けた結果だ。それでは若しも(歴史に若しもはないが)日本が戦争に勝っていたら、・・軍隊の横暴は凄まじく、本来の日本の歴史はどこに向っていたか見えて来ない。恐らくヒトラー以上の人間が出現していたろうと思う。日本の手本の民主主義はたかだか建国200年をやっと経過したアメリカのものだ。アメリカの民主主義の歪みはあちこちに見えている。武力を用いた他国への侵略、ゴリ押し、力は正義なり、人種差別、は決して民主主義ではない。日本はアメリカを手本にしては民主主義を踏み外す。

麻生は敗戦も、戦後の飢餓時代の闇市も何も知らない。彼は長じて学習院に入る。この学校が日本の歴史をどのように教えるのかは定かではないが、多くは麻生太郎のような歴史に疎い人間を作っているのだろう。天皇が戦争の歴史を深く理解しているのは父天皇の生きざまをじっと身近から観察して来たからだろう、と思える。麻生よりもずっと思索する力を備え、今次大戦を自分の頭で把握し、判断する力を備えている。麻生ごときが横から口を出すことではない。彼が閣内にいることもまして外相であることも諸外国との摩擦を大きくするだけだ。

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2006年2月14日 (火)

スクランブル

日本と云う国はおかしな国だ。朝からあちらの局、こちらの局で“今日はバレンタインデーです”が繰返されたり、新聞を開くとチョコレートの写真が掲載されていたり、女性国会議員までがチョコの袋を抱えて右往左往しているかと思うと、航空会社では乗客にチョコを振舞ったりする。キリスト教国でもない国の大騒ぎは可笑しくて仕方ない。おまけに一方で国はひな祭、端午の節供をジェンダーだ、ジェンダーフリーだと大騒ぎする。

世界一速い男、日本のお家芸、メダル、メダルと前宣伝で賑わった男女が次々と醜態をさらしている冬期オリンピック。この選手たちを見ましょうとこれも前宣伝に賭けた家電業界。シドニーオリンピックの年、爆発的な売れ行きを示したカラーテレビの伸びに期待して柳の下のどじょうを追った業界だろうが、今の所これほど惨めな選手たちを見るには綺麗な画面は必要ないだろう。技術革新ばかりが先行しても碌な施策も市場調査もしないで高価なデジタルテレビが売れる訳がない。

「2011年7月24日、この翌日から、いま国内にあるテレビの大半は、粗大ごみになる」、今年早々(1/5)毎日新聞がショッキングな書き出しで始め、現在も『テレビが消える日』が連載されている。日本からアナログ波によるテレビは姿を消す。2005年12月1日、東京・お台場のフジテレビに集まり、すでに実験的に先行して地上デジタル放送を開始している東京、大阪、名古屋の代表たちの2周年を祝う会で、地上デジタル放送推進協会の中村理事長が参加者約700人の前で挨拶した。「2011年のデジタル化は国策です」と。この協会は放送・通信・家電などの主たる受益業界で構成されている団体だ。

ところがこの数カ月前(05/3)に、デジタル放送の旗ふり役の総務省が、全国の15歳以上80歳未満の男女3965人を対象に「地上デジタルテレビジョン放送に関する浸透度調査」を行っていた。国民の周知度を調べたのだが、この調査データに、記事通りに書くと「関係者は蒼白に」なったらしい。
 地上デジタル放送の認知度は 73.0%
 アナログ放送の停波について 66.4%
その時期が2011年であることを知っている人はわずかに 9.2% しかいなかった。協会関係者は「全くの想定外、まさか一割に満たないとは、『9.2%ショックが走った』と振り返ったという。

毎日新聞も独自に世論調査を実施。当然起こって来るデジタル対応の受像機の買い換えや、アナログテレビには必要になるチューナーの購入などの対応を調査している。(全国の電話帳から無作為に選んだランダム・デジット・サンプリング法による、1,057人からの回答)
  デジタルテレビで見る          37%*
  チューナーをつけてアナログテレビで見る 17%*
  家ではテレビは見ないようにする      2%*
  しばらく様子を見る           43%*
     (*男女別から合計だけで表示した)
 テレビ本体の買い替えが厳しい生活保護世帯や低所得者層を対象に、アナログ放送終了後もテレビが見られるように、チューナーの購入補助や無償配布を求める声に関して国の支援策の是非んいついては
  賛成  68%* 
  反対  28%*
   (*男女計)

1996年のCS放送開始があり、地上デジタル放送については1997年旧郵政省がデジタル化のめどを2000年とし、1998年10月、スケジュールを発表、11月には東京タワーから実験電波を出す。2000年12月にBSデジタル放送が開始され、2001年6月に地上アナログ放送の停波が決まり、7月に2011年の最終停波の期日が決められた。

大型家電店には昨年暮頃まで並んでいたテレビ受像機はアナログが圧倒的に多かった。デジタル化の振興にも拘わらず、余りにも高額(20,30万から100万円以上)の受像機は購買層からそっぽを向かれ、比較的手ごろなアナログに触手は延びていた。銀塩写真がデジタルフォトにとって代わられたのとは逆に、アナログのデジタル化になるが、1万円代でも購入可能なアナログテレビとうん十万円のデジタルテレビ、大きいことは良いことだ、と買ったは良いが耐震偽造にあった人たちのようなことにならないとも限らない。たかだか10年程度で買い換えが必要な電化製品だ、高額投資を急ぐことはない。

また、複合商品としての機能も盛り沢山になり、双方向でのやりとりも可能になるが、高齢化社会に突き進む昨今、アナログテレビが消えるとなれば、眺めて楽しむことができるだけで良いテレビに盛り沢山の機能は、使い切れない携帯電話を持たされて、突然鳴り出す呼び出し音にあたふたするお年寄りには到底禦し切れない機能になるだろう。現在何不自由なく取り扱うことのできる子どもが、その世代の老人になる将来には恐らく心配はいらないのだろうが。

我が家は度々ブログにでも述べて来たことだが、当地は極めて受信状態のよくない地域、従ってケーブルテレビでないとまともな画像が見られない。幸いにも現在魁けて地上デジタル放送を享受している。アナログテレビで高画質ではないが受信料に含まれてチューナーもカードも無料で取り付けられている。1ミリ以下の誤差で生命が左右される手術、顕微鏡でなければ区別出来ない世界を眺めるのではない、近視の、遠視の、と見る人の差だってあることだ。大きは必要だが画質など問題じゃない人だって大勢いる。まだ5年ほどあるが、我が家のテレビが壊れたら、やはりもう一度アナログにするだろう。

それに放送事業者の意図に反する視聴を防ぐため、画像を乱して表示させなくする処理(スクランブル**)やコピーガードが掛けられ、ダビングに制限が加わり、従来のような気軽な作業も不可能になる。
 **【スクランブル】
従来この語は ①スクランブル飛行、②スクランブル・エッグ、③スクランブル交差点などと云った ①の接近する②炒り卵③の歩行者がどの角度にも横断できる などでしか知らなかったが、放送用語になると英単語本来の「引っ掻き回す」がよく理解できる。盗聴を防止するために信号を組み換えてしまうのだ。結果、画像を乱して表示させなくするのだが、アナログでは画像が乱れるだけになるが、デジタルになると全く何も映らない状態になる。これを解除するのに専用の器機が必要になるのだ。

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2006年2月10日 (金)

巨星堕つ

作曲家 伊福部 昭(91歳)が亡くなった。
私が彼の名を知ったのは1950(昭和25)年、敗戦後反戦映画が多く作られていたころだ。それらは多く広島や長崎に落ちた原子爆弾をテーマにするものであったり、学徒動員であったり、軍隊の内幕ものであったりしたが、その中の1本、日本戦没学生の手記をもとに作られた「きけ、わだつみの声」で接したのが切っ掛けだった。戦争半ば、政府は敗色濃く兵士の数が激減するに及んで、1943(昭和18)年10月2日には学生・生徒の徴兵猶予の停止を決めると早くも10月21日、明治神宮外苑競技場で出陣学徒壮行会をおこない、12月1日には第1回学徒兵を入隊させ、戦地に送り込んだ。引き続き従来の徴兵年齢を1歳引き下げ19歳とし、11月に決めていた45歳まで伸ばした兵役で19歳〜45歳までで日本軍は構成されることになる。更に政府は少年兵、幼年兵へと年齢を下げ、敗戦までの断末魔の戦時体制が続いた。

これら若者たちが家族へ、両親へ、兄妹へ、恋人へ届くかどうかも解らない手紙を書き、或いは日記にし、メモに残された遺稿をもとに製作されたものが映画「きけ、わだつみの声」(伊福部:36歳)となった。なぜ、タイトルにある伊福部昭の名を覚えたのかわからない。考えられることは恐らく映写が始まる、おや、凄い音楽だ、名前を確認しなくちゃ、で気をつけて捜したものと思う。【後年、全く同じ映写が始まると同時に、これは、これは何だ!と覚えた作曲家に武満徹がいる。映画は「切腹」(1962年:武満32歳)だ。】

伊福部の音楽は重厚な音づくりであったことだけははっきりと覚えている。当時映画の中の青年たちとほぼ同年齢の18歳になっていた私には、実体験をしているような錯覚さえ味わったのを記憶している。続いて彼は1952(昭和27)年「原爆の子」、1953年「ひろしま」の作曲を手掛けている。「ひろしま」は広島で実際に原子爆弾の被害にあった戦災児たちの書いた綴り方(作文)をもとに出来上がった作品だ。敗戦後8年を経過し、それまでに多く作られた戦争を暴き、反戦色を表に出した姿勢ではなく、大戦を冷静に見直し、戦災にあった子どもの生きる姿を愛情を持って描いた、静かに戦争を考えさせてくれた小粒ながら名作だ。

その翌年1954(昭和29)年「ハワイマレー沖海戦」の真珠湾攻撃の特撮で一躍名を馳せた円谷の「ゴジラ」の作曲を手掛け、10作以上続くシリーズを手掛けている。生涯に手掛けた映画音楽は約400曲と多い。

当初日本の音楽界では認められなくて、海外で高い評価を受けた武満を失い、ここに伊福部を失う。 合掌

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2006年2月 9日 (木)

紀子さん懐妊

このテーマは2月11日(建国記念の日・敗戦までは‘紀元節’と呼ばれ、今から凡そ2600年以上も前、初代神武天皇が橿原宮で即位したとされる日。この日は全国の小学校では紅白の饅頭が配られてお祝いした)に予定していた。

女性天皇の議論の雲行きが危うくなって来ている。紀子さんの懐妊が明らかになったからだ。本日の夕刊にも頑固な小泉でも「国会の議論を見てから」と一歩後退した感がある。だが、私見だが、女性天皇出現には全く異論はない。長い天皇家の歴史の中で、過去には複数の女性天皇の存在があるし、それを配慮しなくても現行憲法で云う男女同権を考えれば、国民の象徴としては尚更に女性が天皇になってはならない理由はない。

現在の日本歴史は「古事記」や「日本書紀」に書かれてあっても、第29代欽明天皇(?〜571年)からは認めるがそれ以前の神武から28代までは不確実なものとして取り扱いが杜撰だ。それでは飛鳥時代から順に女性天皇を列記してみよう。第33代推古(すいこ)、35代皇極(こうぎょく)、37代斎明(さいめい)【35,37は同一人物の重祚(ちょうそ)】、41代持統(じとう)天皇の3名、続いて奈良時代には8名の歴代のうちほぼ半数。先ず第43代元明(げんめい)、44代元正(げんしょう)、46代孝謙(こうけん)、48代稱徳(しょうとく)【46,48は同一人物の重祚】それから時代は下って江戸時代になる。第106代明正(めいしょう)、117代後桜町(ごさくらまち)の実在があり、8名で10歴代天皇がいる。

当時占領軍最高司令官のマッカーサーは日本のことをよく知ったアメリカ人、という見方がされていて、彼が云う‘日本人は天皇を中心に国家として歩んで来た、その拠り所の天皇を、ソ連が云う戦争犯罪人として裁判に掛けることはこれからの再建が困難になるだろう’が国体護持に血眼になっていた敗戦処理内閣、日本政府の思惑と一致した。彼らには敗戦後も天皇は神であったのだ。彼らが守ろうとした国体は日本国を指すのではなく、天皇その人を指していた。例えば敗戦後間もなく(1945・9・27)天皇がGHQへマッカーサーを表敬訪問した際、モーニングで正装して気を付けの姿勢で固くなっている天皇の横に、寛いで両手を腰にした司令官が並ぶ写真は不敬罪に当るとして政府はマスコミに掲載の禁止を指令したが、マッカーサーに掲載禁止を取り消されている。

1947年5月3日に施行された現皇室典範は憲法下では法律として制定され、皇室の制度そのものに国民が国会を通じて関与することができるとなった。施行されるまでの経緯は、当時まだ帝国議会と呼ばれ、衆議院、貴族院の2院制の時代だ。憲法と同じく皇室典範の草案はアメリカ側で作成され、それには“国会の決議した皇室典範”となっていた。明治憲法下では同格として扱われていた旧皇室典範は国家基本法とされていたため、日本側は国会の支配下に置かれるのかと詰め寄ったが、GHQは“皇室典範も国会が制定するのでなければ『天皇の地位は主権の存する国民の総意に基づく』とした国民主権の精神にそぐわない”として認めなかったからだ。

女性天皇の問題だけではなく、万世一系(ばんせいいっけい)については私なりに疑問を持つ。『日本書記』に記された過去における天皇家の重ねて来た殺戮の残虐行為や近親相姦などの不道徳な行為は、中国やイギリスを始めヨーロッパにはもっと残酷なも王家もあるが、悪逆無道と云われた第25代武烈(ぶれつ)天皇には子がなく、殺し合いが続いたために他に後を継ぐ皇子がいなかった。そのために12代前の第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の5世孫が丹波の国にいるのを探し出して口説いたが、断わられ、それではと今度は11代前の第15代応神(おうじん)の5世孫、男大迹王(をほどのおおきみ)の説得に成功し、第26代継体(けいたい)天皇として即位させた。11代前の天皇の5代目の孫なんて他人に等しい、これは王朝が代わったと見るのが真っ当だろう。

今回の紀子さんの妊娠は余りにもタイミングが良過ぎる。天皇の二人の男の子に計3人の子がいるが、何れも女性だ、雅子さんには第2子が期待薄となり、紀子さんにはまだ高齢(現在39歳)ではあるが第3子は可能性がある、と考えた当時の湯浅利夫宮内庁長官が、早手回しに03年12月には定例会見で「(秋篠宮ご夫妻に)3人目のご出産を強く希望したい」と云い、男女何れになるかも解らない問題に賭けた言葉を発している。兄皇太子の雅子さんへの思いやりの発言にも兎角もの云う弟君が、それではと、12年振りにお励げみになった結果としか思えない。

明治天皇から皇后は1人となったが、それまでは複数の女性を側に置き、天皇は沢山の子をなした。男系が途切れる心配は全く生じなかった。1人の女性が生涯に子を産む数は知れているし、男を産むとは限らない。(まして昨今国民の間では男女産み別けなる珍現象が流行し、女性優位になっている)女性天皇はよい、女系天皇は?断絶を防ぐには上に書いた11代も先の天皇の、それに5世の孫までを含めて考えると、男系天皇の男の子、男の孫は簡単に見つかるだろう。その時皇室に招けばいい。そうすれば男系が途切れることはない。

これから先の歴史には必ずついて廻る問題だ、早めに法制化して女性天皇を認めれば良い。

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2006年2月 6日 (月)

自傷行為

毎日新聞(2/6)夕刊から
国立精神・神経センター精神保健研究所は6日、同研究所の松本俊彦医師らのグループ調査で、刃物で自分を傷つける自傷行為について、学校内で深刻な状況になっていることが分った。この行為は中高生の間で目立ち始めたと云われていたが、国内での実態調査は初めてである。
 
  ナイフや尖った物で傷つけたことがある(04年:神奈川県内)                              
 私立女子高2年生 (1校)14.3%(1回以上)、6.3%(10回以上)/126人
 公立中学校2,3年生 (1校)女・9.3% /238人
              男・8.0% /239人
 この他にも頭や拳を壁や他の物にぶつけたことがある
  中学、高校を合わせて 女・12.2%
             男・27.7%
の少年たちが自らの体を傷つけている。

その理由については
 言葉に出来ない孤独や不安、怒りなどの感情から逃れるためだったり、助けを求める表現などさまざまだ。

学校現場も対応に追われていて、首都圏のある公立中学校では昨年、3年生の間で自傷行為が突然広まった。最初は数人だったが、その後続発し、200人足らずの3学年の中で学校が把握しているだけでも20人を超えた。何人もの生徒が次々に「切っちゃった」と保健室を訪れる事態になったという。

手当てをした養護教諭は「・・誰もがみんな自分の苦しさに気付いてもらいたがっているようだ」と云う。現在、中・高校の養護教諭たちの勉強会が各地で開かれるようになっているが、「自傷者の数が増えて1人ひとり話をじっくり聞く場所と時間が確保できない」や、「毎日、生徒に手首の傷を見せられると教師の側も苦しく、精神的に負担だ」、「学校は家庭にどこまで踏み込めるか」などといった悩みを抱えている。

調査に当った松本医師は、「人間関係の苦手な子たちは身近に自傷している子を見ると、仲間意識や所属意識を感じるために切りはじめる面もある」とし、「『苦しいんだね』と共感の言葉を伝え、相手にも言葉で苦しみを表現する機会を用意してやり、気持ちを受け止めてやってほしい」とアドバイスしている。

今までに何度も繰返しブログに書いて来たが、会話もなく、親からの躾を全く受けていない子たち、安易な仲間意識、連帯感情、いつも云う付和雷同、逆に云えば疎外感、あの人がやっているから、みんながやっているから、私だけやらないと何を云われるか解らない、兎に角真似をしておけば、などなど。“暗い日曜日”戦前ダミアが謳ったシャンソンだが、戦時下の厭世気分で聞きながらの自殺者が出、坂田山心中、三原山心中などが多発したことがあ。都度レコードの発売を禁止したり、続発する心中に警告を出したりで沈静化させてきた。これらは貧乏な時代の極度の貧困や人身売買、階級社会の歪み、次々に起こる戦争などの時の流れや時代の動きに影響された仕組みが底辺にあったが、飽食の現在の日本で起こる己を傷つける行為は甘やかされて育った結果の表れでしかない。

親は子の話に耳を貸さず、子は親への尊敬を失い、女の子は産んでくれた親の洗濯物と一緒にされることに我慢ならず、諭す親もいない。小さい頃からの躾がないから長じてからの説諭には効き目がない。云えば反抗する。学校では民主主義、自由主義を平等とだけ教え、責任や公平の意味を教えない。個性を育てないからスタンプで捺したような横並びの相似形の人間が出来上がる。人と同じでないと不安で仕方ない。切っ掛けはそんなものだ。あの人が手首に傷をつけたから私も。その同情する相手を支えてやる行為が自分も同じことをすることでしか、考えられない。何故?どうして?それ以外に打つ手はなかったの?一緒に考えてみようよ、聞いてあげるよ。これらは教師の仕事じゃない。本来わが子の成長とともに歩んでいれば親が受け止められる問題なのだ。親はわが子よりも仕事優先で何も見ないから、子の変化に気がつかない。家では親は留守がちの身を、甘やかすことが愛情だと勘違いする。子どもは駄々をこねると親が折れることを知り、親の気を惹く方法を考える。その繰り返しを学習する。

「切っちゃった」と医務室に来る子など放っておけばいい。若しくは、親との話し合いをさせれば良い。何も教師がその子の家庭に入り込む必要などない。教師が教えるのは自由と責任、平等と公平でいい。この教育が出来ていないからジェンダーだ、ジェンダーフリーだなどどいうばか騒ぎが起きるんだ。どうせ気を惹くだけの行為なのだから。動脈を切り、出血死するような覚悟でしていることじゃないだろう。それこそ彼らの得意なせりふを借りれば「若いからできるんだ、若者の特権だ、若いうちだよ」ぐらいの感覚でしかないだろう。かすり傷が何本増えようが騒ぐことじゃない。心配しなければならないのはその子どもたちの親だ。会社を休んでじっくり話し合うことも出来ないようじゃ、親の資格など無いに等しい。須(すべから)くは親の責任だ。


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2006年2月 5日 (日)

バカも極まれり

大の大人の相生市の市長さまが、萎れた野菜の葉を眺めて仰った「これはもう危篤状態です」。
野菜の萎れた姿は危篤状態とは云わない、ただ「枯れた」で良い。何だか日本中がバカになったように見える。まだ先がある、クローン処理をして科学的に再生させたいと研究室に持ち込んだ。

世間の『糞』を拾って歩くジャーナリズムは格好の餌に食い付いて、活字にしたりテレビ画面でマイクをぶら下げてお大根さまに取りすがって騒ぎ立てる。(私はその糞をもう1度拾い上げて自然に還そうと思う)。

何でも鋪装された割れ目から、種の力で地上に生え出て来た野菜の生命力を、勝手に無様な人間性を移し、見つけた次の日に誰かの手で折られていたのを可哀想として鬼の首を取ったようにレポートする。道端に生えるタンポポや菫を踏み付けても哀れとも思わない人間たちが、何を血迷うのか大根に同情する。誰かに折られて(収穫されて)すでにその人が美味、美味と腹におさめ、飢えを潤おしているとどうして考えないのか。それこそ、大根冥利に尽きる話だろう。野菜が芽(目でも眼でもない)を出すのは食糧として他の生き物に食されるためなのだ。

大根に同情する人間たちのどれだけの数の人たちが、殺される牛や豚、鶏など陸の動物を始め海に生息する魚たちの命に感謝しているのだろう。先日ブログにも記した「いただきます」を金と交換でしか口にできない‘やから’のいる現在の日本で。食物連鎖は生きとし生けるものの宿命だからこそ、そこに感謝の気持ちも生まれることになるのだ。それさえも理解出来ない相生市長を戴く相生市民、広くはそんな気風を拵え上げるジャーナリズムのバカたち、目を醒ませよ。

60数年以前には人間の命を塵芥同様の取扱いに終始した先輩たちを、日本中の新聞社は抱えていたのだ。その総括も真面目にしないまま、人間性を呼び掛けても、もう騙されない。テレビは論外だ、1億総白痴化に精出し、すでにその目的は達しているだろう。時には考えさせる番組にもぶつかることがあるが、そんなのは稀だ。無理矢理に話を拡げる大河ドラマ、年がら年中を時代劇で時間潰しをし、時々やる時事に関しては体制べったりの政治番組で国民を先導する。民放に至っては殆どが同じ時間に同じ内容で『糞拾い』をする。それ!あっちの川にアザラシが、それ誰某が離婚した、結婚の噂がある、それ、大根だ!、ブランドだ、大喰いだ、温泉だ!下らないお笑いだ!、それに人を殺して楽しむドラマだ。コマーシャル作りにも知恵が感じられない。金に縛られての画面つくりなのは解るが、どれもこれも物真似の域を出ない、面白くもないタレントのくにゃくにゃと体を捻るだけのもの、流行れば直ぐに飛びつく韓国スター、稚拙極まるCG、日本中の誰でもが好意を寄せている訳でもないのに一応有名人などで安易に作られる。特徴もないコマーシャルや放送局を幾つ作っても仕方ない。ディジタル化の波がテレビ界にも押し寄せ、チャンネル数が増え、双方向の楽しみ方もあるようだが、家電メーカーだけは潤っても年寄りには益々不便になる。この問題は日を更(あらた)めて書いてみたい。

再放送ばかりが目立つ教育番組もいい加減だ、娯楽番組があっても当然のテレビ、もっと頭脳を使った番組作りをして欲しいものだ。

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2006年2月 4日 (土)

高齢運転者と認知症

冬に逆戻りの立春の1日だった。例年そうだが、私には体感温度は2月が1番寒い。
高齢者の交通事故の多発するなか、警察庁は運転免許の制度の見直しを検討している。

05年度
 高齢運転者による交通死亡事故は1033件(前年比14件増)
         うち 70歳以上は758件(前年比68件増)

私もその高齢者層を構成する1員だが、昨年10月に免許書き換えのために講習を終えた(詳しくは昨年10/1のブログに書いた)ばかりだ。検査器具を使い、動体視力を、ハンドル操作を、勿論視力を調べたが、その時点で認知症のことは一切触れられなかった。しかし、認知症についていは02年6月の改正道交法で、すでに免許の取り消し・停止処分が可能になってるのだ。不勉強だったと思う。自分の体調から推定してまだまだ遠いことと勝手に判断していた。実際に処分を受けたものは
 05年度6月末時点で計113件(取り消し、110件、停止3件)
にもなっているが、この内75件は家族からの相談があったものである。

05年度の厚生労働白書によると、支援を必要とする認知症の高齢者は02年度に約150万人。25年には323万人に上ると推計している。また04年度末で65歳以上の免許保有者は約927万人で、警察庁は認知症の疑いのあるドライバーは約30万人と推定している。東京都老人総合研究所の本間昭彦参事研究員を委員長とした専門家委員会は、7日に初会合を開いて9月ごろまでに検査手法を纏める。委員会には簡易に判定できる検査手法の開発のほか、判定の基準作りなどが求められている。警察庁は最終報告を受けて道路交通法の改正を含めた運転面免許制度の見直しを進める予定。

警察庁は検査の結果、認知症の疑いがある場合には、臨時運転適性検査を実施し、医師の診断を踏まえて取り消し処分を行う方針で、認知機能が低下している高齢者には安全運転の指導や専門機関の紹介も行うとしている。警察庁は最終報告を受けて道路交通法の改正を含めた運転免許制度の見直しを進める予定。

認知症でなくても加齢とともに集中力が散漫になり、反射は鈍くなり、信号の見落とし、横断する人との接触や、出合い頭の事故になったり、正面衝突など車輌相互の事故ともなる。適性検査がどのようなものになるのか不明だが、検査を受ける段階で、体調不良の条件が認知症と判定されることも起こりうるのではないか。結果、極度な精神的なショックを与え、運転ができなくなった段階でその後の生活に生新傷害を惹起させるのではないか心配だ。私の場合、退職後は妻の買い物の専用運転手のようなものだが、どうみてもマナーの宜しくない街を移動する。勢い要らざる神経を使うことになる。よほど注意していないと何が起こっても可笑しくない乱脈の街を走っている。違法駐車、逆走さえあるのだ。今の所その緊張のお陰で事故もなく、ぼけることも出来ない。脚の弱い妻の荷物を運ぶことが使命の車である必要がある間は。

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2006年2月 3日 (金)

女優の死

つい先日シェリー・ウインタースの訃報を聞いたばかりだが、今日(2/3)モイラ・シアラー(80歳)の死が報じられた。敗戦後間もない頃に陸続として封切られ、銀幕を飾った女優たちが次々に全うした人生に別れを告げて行く。

シェリー・ウインタースはエリザベス・テーラー、モンゴメリー・クリフトとの競演になるセオドア・ドライザー原作の『陽のあたる場所』(1951年)で貧しく身寄りのない工場作業員を演じた。エリザベス・テーラーの演ずる父の経営する工場を頼って都会へ出て来た甥っ子が、見習いで送り込まれた作業場で親密になる娘だ。父の開いたパーティーで出会ったE・テーラーと甥っ子は一目で惹かれ合う。顧みられなくなった娘の方は既に妊娠していることを明るみに出すと甥っ子に迫る。殺意を抱いた青年は女を湖に誘いボートに乗せて沖に漕ぎ出す。話をするうちに娘のひたむきな思いに殺意を失う男に、底意を感じ取った娘が恐怖で思わずボートから立ち上がる。男は鎮めようとしたが大きく揺れて傾いたボートから娘は湖に投げ出され、浮かび上がることがなかった。しばらくボートの周りを探し廻った男は諦めて岸に泳ぎつく。裁判で男は殺意は認めたが犯行は否認した。男に陪審員の全員が有罪を下し死刑の判決が下りた。刑の執行される日、獄舎に逢いに来た富豪の娘は男に永遠の愛を誓って去った。貧しい身寄りのない女工を演じたウインタースはおどおどして頼りなげだが、一人で強く生きて来た生活感のある女性を見事に演じた。当時20歳で世界一の美女と評判のエリザベステーラーのスクリーン一杯のアップは19歳の私の胸をときめかせた。

モイラ・シアラーはロンドンの入院先のオックスフォード病院で1月31日に亡くなっている。彼女はロンドンのサドラーズ・ウェルズ・バレエ団(現英国ロイヤル・バレエ団)で活躍中に映画界から誘われ、アンデルセン童話に基づく「履いたら死ぬまで踊り続けねばならない魔力を持つ靴」の話、バレエ映画『赤い靴』に出演した。今から58年前、彼女22歳の映画処女出演作である。
敏腕のプロデューサーに見い出された新進作曲家とバレーダンサー、音楽が気に入らないで上演されないままになっていた『赤い靴』に新進作曲家のつけた曲が気に入り、上演を決める。激しい稽古の間に徐々に惹かれあう若い二人。ダンサーの恋愛は芸術に邪魔、と認めないプロデューサーは作曲家を馘にする。踊ることに人生を捧げると云っていたダンサーだったが退団してロンドンに移る男の後を追って結婚する。
舞台を続けなければならないプロデューサーは、以前にも同じことで馘にしたダンサーを呼び寄せて各地で公演を続けていた。たまたまロンドンから一人で叔母のところに来ていたダンサーは、当地での『赤い靴』の上演を知る。社交界のつながりから彼女が来ていることを知ったプロデューサーは再び『赤い靴』の舞台で踊る契約を取り付ける。『赤い靴』再演の夜はロンドンに残した夫が新作オペラの初演を指揮する日でもあった。しかし、夫は妻の『赤い靴』再演で踊ることを止めようとして己の大切な初演を犠牲にして妻の元へ駆けつける。しかし、妻はここまで育ててくれた恩人と、夫との板挟みに苦しむが、すでに『赤い靴』の少女の扮装を終え、赤い靴を履いた彼女は夫を楽屋から追い返す。やがて開幕のベルが鳴り響く。ダンサーは舞台へ進める足を翻して気が狂ったように表へ走り出ると部屋を通り抜け、止めるまもなくベランダから飛び降りた。その時、追い返した夫が乗るはずであった列車が轟音とともに走って来た。乗り損ねた夫が駆けつけ、虫の息の彼女は赤い靴を脱がせるように頼む。舞台ではプロデューサーが‘彼女は今夜もこれからも踊れなくなった、彼女がいないままで幕をあける’と話し、夫の手で靴を脱がされた彼女はそこで息を引き取る。

私がこの映画を観たのは16歳の時、戦時下を潜り抜けたばかりの少年には恋愛沙汰など理解できる筈もない。17歳の若さで「肉体の悪魔」を書いたレイモン・ラディゲの才能もない私には男女の機微も解らず、初めて接するクラシック・バレエの世界が真新しく、トーマスビーチャム指揮によるロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラの紡ぐ「白鳥の湖」「コッペリア」「ジゼル」の響きが、この後観た『哀愁』(ヴィヴィアン・リー、ロバート・テーラー)の「白鳥の湖」とともに印象深い作品の一つだ。私がモイラ・シアラーを見たのははこの一本だけでしなやかで瑞々しい彼女の容姿があるだけだ。天寿を全うした80歳の彼女は思い描けない。 合掌。

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2006年2月 2日 (木)

金、金、金の育児

毎日新聞(2/2)朝刊から
東京都千代田区は1日、妊娠5ヶ月の胎児*から高校卒業年齢までの区民に、所得制限なしで育児手当てを支給すると発表した。
 
 *妊娠5ヶ月とあるのは、胎児の生存可能な時期(22週、155日)を指し、“日本の法律”でいう「胎児は母体外で生命を保持することができる」と見做されている期間を云い、それよりも短い胎児は“法律的”には中絶すれば産業廃棄物として処理され、生命あるものとは解釈されていないゴミなのだ。

国が4月から0歳〜小学生に支給する児童手当の拡充策で、区の予算額2億5,800万円を4月から支給することになるが、高校生までの支給は初めてになる。国は従来小学3年生までを支給対象にしていた月額5,000円の児童手当を6年生までに広げ、第3子への1万円の児童手当も同様だ。

千代田区は国に魁けて04年度から支給対象を独自に小学6年生までに広げてきたが、今回は胎児、中・高生にも拡充すると同時に国の所得制限では区の半分の世帯しか対象にならないとして、所得の制限を撤廃した。
 支給額は 妊娠中の女性1人につき 5.000円/月
      未就学児   〃     5,000円/月
      小学生    〃    6,000円/月*
      中・高生   〃    5,000円/月
           (*第3子から1万1,000円)
と、なっている。千代田区は04年度の出生率が0.82で全国平均の1.29を下回り、少子化への配慮が今回の施策に現れているのだろうが、蝦で鯛を釣るように何でも金をやれば良い、というものではあるまい。‘心も金で買える’と云った人間が今どうしているか、考えてみるがいい。

苦しい、苦しいと云いながら、最近(2000〜2004年)5年間で日本人が海外旅行に出かけたのは延べ8千万人を超えているのだ。金の亡者でなくても金はあればあるほど助かる。日本女性が子どもを産まず、少子化に歯止めが掛けられない理由は金だけの問題じゃない。苦しくてもブランド物の消費は長い間世界のトップを守り続けていた。どこの家庭にも女性がおれば(20〜60歳)90%の人たちは何らかの高級ブランド品を所持しているとの調べ(セゾン)さえあるのだ。児童手当を上げればそれらブランドの購入資金の足しになったり、そのクリーニング代金の足しに換わることさえ考えられるのだ。勿論困窮を極める母子家庭のあることぐらいは承知している。千代田区のように所得に拘わらず、というのはやはり行き過ぎだろう、もっと緻密に家庭環境を調べ(個人情報の取扱いの問題もあるが)た上でそれぞれの家庭に合った施策を講ずる必要があるだろう。

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2006年2月 1日 (水)

流行(ペット)

先月の週間文春(1/19号)に面白いタイトルを見つけた。
佐藤愛子が寄せたものだ『犬にチョッキを着せるバカ』とある。中味を読みたくて購入するするつもりが買い損ねた。内容は何を書いたのか解らないがタイトルからして“我が意を得たり”と思う。

良く云われることだが、好みは犬派と猫派があるらしい。どちらを好きになってもそれは当人たちの勝手だ。私も嘗てはシェパードを飼い、警察犬として登録し、必要な時には犯人追跡の役にたてるところまで飼育した。この犬が死亡した後に代わりはいない。墓を掘って遺体を土に還したが、悲しがったのは私以上に妻だった。妻は本来猫が好みで捨てられた仔猫を持ち帰り、可哀そうだから、と餌を与え育てた。やがてその仔猫は親になり、子どもを授かった。うちの中は俄然賑やかになった。沢山の子を生んだ母親は、妻の与える餌だけでは満足せず、小さい時に捨てられた恨みからか、畜生本来の欲望からか、ご近所に上がり込み、時として近所の苦情になる騒動も起こった。仔猫は他人の手に渡しても大丈夫な頃を見計らって次々に貰われて行った。何時の間にかシェパードも可愛がる妻の時間が増えているのに気が着いていた。そして、やがて訪れた死だった。妻は何日も泣き明かした。

日本にも動物連れの客を泊める旅館ができるほどペットに対する理解が深まっている。マンションに住んで庭が持てない特殊な住宅事情から、ペットも大きなものではなく小型のものが好まれる傾向がある。小さいものと云えば、メダカや魚、蜘蛛やさそり、子供達に人気のカブト虫、それに昔からある小鳥。一般的ではないがトカゲ、蛇、亀やカメレオンなどの爬虫類がある。変わったところでは金属の犬が生まれ、大金を支払って購入して可愛がる心寂しい人たちもいる。(しかし、この犬、断種されてこれから先2度と生まれることはないらしい)大きくてもアメリカのようにミルクで飼育したライオンを家の中で飼う日本人はいないが、以前お寺さんが裏庭の檻で飼育していたトラが傷害を起こしたことがあった。

話題を絞ろう。
犬にチョッキだ。これほど人間が浅ましくバカに見える光景はない。これまでにも人間の自己満足で耳を切り、毛を刈り、今でもまだやっているのか知らないが交配で変種を作り上げて来た。賢い動物で人間の目となり、足となり、或いは羊の飼育、トナカイの飼育などいろいろなところで活躍し、人間は助けられている。
犬にチョッキか!人目につかないところで一人で悪趣味に浸るならいい、それを‘可愛いだろう’と自慢げに連れて歩く姿は連れられている犬以上に哀れな動物に見える。これ以上哀れな自己満足はないだろう。犬は自分が持って生まれた立派な毛皮を纏っている、雨に濡れようがお天道様に照らされようが代謝は完全にできるのだ(流石に暑さには弱く、夏は舌を垂らしてはーはー、と放熱しているが)。飼い主の哀れな心で推し量る必要など全くないのに。海外から女性が競って身に纏いたがるブランドメーカからお犬さま用にお洋服が送られて来る。貧しい心は(犬でも猫可愛がりに)愛玩犬にそれを着せたがる。犬の気持ちを考えたことがあるのだろうか。連れて歩く人と同じように“ああ、暖かい、暖かい、綺麗、綺麗”と鼻高々なんだろうか。

このようにしか犬が可愛がることのできないバカたちは哀れむ以外に眺めようがない。

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