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2006年1月21日 (土)

小澤征爾

ウィーン国立歌劇場の音楽監督、小澤征爾(70歳)が17日に日本に戻り、東京都内の病院に入院している。1週間程度だという。気管支炎や帯状疱診などの治療で、復帰するまでには4,5週間の療養が必要という。

昭和10年生まれの彼もすでに70歳、始めて彼の演奏に接したのは今から40年前の暮、1965年12月25日の日本武道館でのベートーヴェンの第九交響曲の演奏であった。

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30歳の小澤  

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当日のプログラムの表紙



桐朋学園を卒業したばかりの小澤が1959年のブザンソン国際指揮者コンクールで1位を獲得、ヘルベルト・v・カラヤンやシャルル・ミンシュから絶賛を浴び、61年にはニューヨーク・フィルハーモニーの副指揮者に就任。62年にNHKとの契約でベートーヴェンの第九を振るために帰国する。今でもその片鱗は残っているが、当時の彼の指揮ぶりは「ツイスト・ダンスでも踊るような」と例えられるほど若者らしく派手であり、傲岸でもあったようだ。彼の指揮態度に頑迷固陋のNHK交響楽団員との間でトラブルが起こったが、当時は管理下にあった楽団のもめ事を解決するべき立場のNHKにその解決能力がなく、業を煮やした楽団員がボイコットを発表してしまった。小澤は契約上指揮することを迫ったが、NHKは逆切れして公演の中止を発表した。所謂NHKによる『小澤の“第九”ボイコット事件』と呼ばれるものである。

小澤のその後の活躍は世界的にも認められる評価を受け、1965年の帰国時には先に挙げたニューヨーク・フィルハーモニーの副指揮者、シカゴ交響楽団音楽監督、カナダのトロントシンフォニー常任指揮者(1962年、NHKとのトラブル後この楽団の招きで日本から出て行った)、更に帰国の前にはロンドン・シンフォニーの向こう3年間の客演指揮者の契約を終えたばかりであった。輝かしい地位を築いて凱旋した小澤を迎えたのは日本フィルハーモニー交響楽団であった。プログラムはすべてベートーヴェンの第九で12月22,23,24日を東京文化会館大ホールで、25日を武道館に迎えての公演だった。

わたしは山陰の町から出てきてまだ5年が経過したばかりであった。その町で時々持たれるレコード観賞会(78回転のSP)でほぼ5,6分おきに裏表を返し、終われば二枚目を同様にして(鉄針も1枚ごとに取り替えて)30分、40分の曲を聞いたことがある程度だった。LPはまだ一般的な媒体とはなっていなかった。1時間に亙る第九をきける機会を失う訳にはいかなかった。1階席800円のチケットを握りしめ会場に入った。

静寂の中にオーケストラの音が響き始めた。音の洪水に浸っている時、突然驚くような声が耳に入ってきた。“んー、んー、んー”小澤が発するハミングの声だ。指揮棒を振りながら恐らく胸にでも仕込んであったのか鼻声を拾い始めていた。興に乗る小澤の鼻声は大きくなり小さくなり、それが聞こえ出すと耳に入ってベートーヴェンが何処かへ消えて行った。第4楽章の合唱では小澤も一緒になって謳った。もうベートーベンを聴くことができない感情のうちに1時間は過ぎ去っていた。

NHKが問題にした傲岸さは見えなかったが、違った意味でわたしの指揮者に対する評価は最近まで最低のレベルで捉えていた。その後彼の桐朋学園時代の恩師斉藤秀雄氏が亡くなり、1984年9月、世界の音楽界に活躍するソリストやオーケストラ・メンバーが日本で集まり、『斉藤秀雄先生を偲ぶコンサート』で演奏するバッハの曲の練習風景をテレビが放送した。武道館から19年が経過していた。偲ぶコンサートとは追悼コンサートだ。リハーサル時間が経過するに従って目頭が熱くなってきた。1965年の武道館以来二度と聴く気にならなかった小澤に引き込まれていた。今井信子がいた内田光子がいた。世界の超1流が揃っていた。現在『サイトウ記念オーケストラ』として世界で活躍する楽団の母体になったメンバーだ。

小澤とNHKの確執は深く、1990年代になるまで小澤はNHK交響楽団を指揮しなかったが、今では和解もされて合同公演さえ行う緊密ぶりで結ばれている。日本だけではなく世界が彼の紡ぐ音、音楽を待っている。元気に戻って来ることを祈念する。

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コメント

お久し振りです。
今年も世相を気持ちよく斬って下さい!
ギターを背負ってスクーターでシベリアを横断して武者修行に出た若き小澤氏、そんな印象でいたのですが、いつの間にか70歳なんですね。
私もかつては日本人のアーチストなんて、と敬遠する方だったのですが、彼を筆頭に、世界で活躍する演奏家達を近頃はしっかり応援しています。名前の出ています内田光子のモーツァルトなどは名演奏ですよね。
演奏中のうなり声は、カザルス氏やグレン・グールド氏の録音などでも聞くことができますよ。ある面、とても人間味があって面白いものです。
小澤征爾氏の活躍も、年齢からいくとそうそう続くものでもないでしょうが、かつてのベーム氏のように、出来るだけ長く現役を続けてほしいと願っています。

投稿: Bach | 2006年1月21日 (土) 17時45分

間、髪を入れないコメントありがとうございます。
ご指摘のカザルス、バッハの無伴奏組曲、わたしのものはもう25年か30年も前に購入したLPレコードですが買って帰って針がトレースを始めるや、何故か涙が溢れてきたのを覚えています。一気に6番まで聴きとおしました。その後何度聴いても同じです。何故でしょうかカザルスの唸る声は(そうです彼は咽から出ているのです)魂を絞るような声に聞こえた(今でもですが)のです。
また、グールドも聞こえますが、モダン・ジャズのセロニアス・モンクと共通するものがあって1種の乗りなのでしょう。
それにしても逸早いコメントを下さってありがとうございました。
これからも宜しくお願いします。

投稿: 小言こうべい | 2006年1月21日 (土) 18時51分

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