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2006年1月10日 (火)

団塊世代の定年

敗戦後の混乱期、戦争で多くの若者が命を落とし、日本の人口は若い男の減少が目立っていた。国内には女老人だけになっていたが、その中へ外地から生きて帰って来た兵隊やその他男たちに待っていたのは国民の数を増やすことだった。その結果第一次ベビーブームが訪れてその頃生まれたのが所謂団塊の世代だ。その団塊と呼ばれる世代にも早々と60年の年月が通り過ぎ、来年07年は大量の定年による現業からの離職現象が起こる。

今話題になっているのはどこの企業にも多数の企業戦士として戦後の日本を支えてきた男たちが一斉に職場を去るために起こる企業の引き継ぎの問題だ。新聞でも取り上げて話題づくりをしているが、この世代が培って来た技能を社内でうまく伝承していけるか、という問題だ。 私に言わせれば何を今さらという感が強い。

企業の技術やノウハウは難しければ難しいほど前もっての引き継ぎが必要だ。心ある企業(造船業)は既に数年前から熟練工と呼ばれる人間の神様クラスの技術の伝承に取組んでいるところがある。パソコンがいくら発達しても最後の所で人間の“カン”の働きに頼る部分が残る場合がある。文字では伝えられない究極の技術だ。しかし、問題は伝承には技術だけではない面が数多くあることだ。人おのずから備わっている人格、品位は別としても、人間には様々に違いがある、あって当然の差だ。企業の中で最も困るのは実力のない上役についた部下たちだ。一つ上に出れば叩かれる、潰される。部下の育つことに戦々兢々の日を送る上司だ。いきおい教え教育することを躊躇う。自分よりも出世されると困るんだ。いろんな技術、ノウハウが伝わらない。

こうして仕事を抱え込み、残業することでどうやら職責を守っている。並のぺいぺいである内は良い、ドングリの背比べで済まされるが、少しでも上に立つようになると様子が一変する。“後から来るもの突き落とせ”は私が幼稚園で学んだ戦時下の教育だった。男には弱さが不必要であった。上は下を従えさせれば良かった。数人のエリートだけが多数をコントロールし、成果を挙げればよかった。企業の仕組みはがらりと変わった。

ノウハウを伝え、技術を教えて部下を育てることのできない人間は現在の企業では用のない人間だ。私は現役時代多少無理と思える仕事でも分類して部下に下ろしていた。自分の体が楽になるからだ。例えそれを委ねた部下に落ち度があり、失敗してもその責任を取るのは当然私だ。上のものの給料が少しは多いのはそう云った部下の失敗に頭を下げて謝るための給料の上乗せ分だ。酒を飲ませるためのものではない。厳しい仕事を与え、チャレンジする精神を持たせなければ企業は停滞する。そうして上のものは時間に余裕を持って部下の教育、統率ができるようになるのだ。

団塊世代の退職は目前に迫っている。今さら慌ててもどうにもならない、事前に来ることの解っている節目なんだ、準備しておくのが当然の解り切ったこと、慌ててもどうにもならないだろう。
団塊世代の男たち、長い間ご苦労さん、後は貧富に拘わらず、これだけは誰にも公平に与えられる時間を有効に生かして余生を生きて欲しい。日本の戦後はあなたたちの力の結集で基礎作りされたようなものだから。田舎に戻るもよし(集団就職で都会に出て来た多くの男たちだ)、海外に移住するもよし。

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