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2006年1月11日 (水)

流行 (爪)

流行と呼ぶよりも既に定着して当たり前のようになっているものに爪の手入れに関するものが幾つかある。マニキュア、ペディキュア、付け爪などだが、男から見て感じる第一の印象は不潔感だろう。
顔の手入れが一段落し、髪が一段落し、身につける衣服が取り敢えず一段落して次に来たのが爪。

我が家のテレビはケーブルで受信しているが、チャンネルは12の全てが写る。その中の2つのチャンネルがテレフォン・ショッピングに充てられていて、次から次へ健康器具、家具、洋服、寝具、衣服、化粧品、宝石などが紹介される。人気商品には売り手の話が続いている内に瞬く間に買い手がついてソールドアップがテロップで流れる。日本には不景気風など(この‘など’は否定的・反語的表現に続くんだよ)というものはないように思えるほどだ。

ところで流暢に喋る売り手の爪は先ず間違いなくマニキュアで手入れしてある。ベージュ、黒、珊瑚色などで華やかに塗られ、手入れと云うべきか爪の垢隠しというべきか解らないが、宝飾品のクローズ・アップを商品の裏側から指先で細かい部分を見せた時がある。驚くべし、爪の裏の汚いこと、食事時だったので危うく嘔吐したくなるような気分になったのだ。表から触れたり見せたりしていた時は鼠色系統の色合いだったのでそれほど目立たなかったが、マニキュアを施した爪には長短があり、不揃いになったままだった。左手の爪は比較的長く伸ばした状態でほぼ揃っていたが、右手の爪は折れたのか親指、人さし指、中指は短くて後は左手とほぼ同じに見えた。裏から見た汚さは言語を絶するもので、それを見た後表から確認すると、恐るべし、その黒ずんだ垢は透けて認められたのだった。マニキュアの色が無彩色系統の色合いだったがあまり濃い色合いではなかったからだ。

彼女の場合、自分の爪の化粧だったが、更に不潔感を伴うのは付け爪をした場合だ。その昔、父から聞いた「アイアン・クロス」というこわーい映画があったそうだ。タイトルどおりの『鉄の爪』だ。如何に化粧しようとその怖い思い出の残像が頭を過(よぎ)る。誰を引っ掻くための爪だろう?あれじゃ細かい、とまでいかない小さい物を掴むのも不便だろう。まして料理が出来ないのは無理もないし、無理にあの手で食品に触れられたら、と考えるだけでへどが出る。それに最近流行の汚らしい乱れ髪(この言葉を使うのは与謝野晶子に申し訳ないが)をしょっちゅう掻き揚げる。しきりに睫毛に懸かる髪を掻き分ける。埃を爪の中に集めているようなものだ。

化粧品売り場で妻の爪の手入れ用のブラシを探したことがある。真っ当な化粧品を売っているマニキュアのコーナーだった。驚いたことに置いてない。表だけは飾るための化粧品やパーツは置いても、手入れのパーツは置かないのか、後はご勝手にということか、と店員に文句を云ったことがある。若い頃下宿した家に娘さんがいた。爪にお金をかける習慣は全くない時代だが、潔癖性か毎朝洗面で血が出るのじゃないかと恐れる程指先にブラシを掛けていた。

一人の不潔な女性の爪を見て全部の女性がそうだとは言えないが、付け爪や手の込んだ絵を描いたり(専門に描いてくれる女性がいるようだが)模様をほどこしたりした爪で自己満足するのは勝手だが、表だけではなく、裏の汚れには表以上に気をつけて手入れを怠らないで欲しいものだ。

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