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2005年12月27日 (火)

競馬、ゴルフがスポーツ?

Yahooの2005Y's Sports Inc.の投票結果を見て驚いた。競馬、ゴルフに関しては全くの門外漢だが。
1位にいるのが競馬馬、3位に女性のゴルファーだって。この投票の主旨には「スポーツを愛する皆さまとスポーツナビ編集部が協調して・・・、・・・日本のスポーツ界に最も貢献した人物をたたえたい」ということで創設された、となっている。

どうして走る馬が人間のスポーツ分野に入って来るのか理解出来ない。同じく芝生の上に鎮座する球(時には砂の中にいたり、池に沈むやつもいるようだが)を引っ叩くだけのことでゴルフがスポーツになるのか。走る馬の背から落とされないようにバランスを取り、尚且つ他の馬との駆け引きをするのは人間さまだが、こんなのをスポーツとは云わない。馬券を買い、いくがしかの小遣い銭を手にし、一時の楽しみを味わう。或いは大金をはたいて馬券が紙屑になり自棄酒の言い訳になる。稀に万馬券と呼ばれる奇跡が起こって巨額の金を手にする人も出る。要は手当たり次第の博打の世界だ。国ぐるみで行う賭博の世界をどうしてスポーツと呼ぶのか。時に財産をはたき込み一家離散の結果の野たれ死に。

さすがイギリスで発達してきた競馬とゴルフ。碌なものを産まない。遠く離れた東洋の国、日本の国技を博打にかける民族だ。根は博打にあると考えると分かりやすい。身近にいた人間だが「ゴルフはメンタルなスポーツだ」と云ったゴルフ狂がいた。バカか、一歩譲ってゴルフがスポーツだとしても、メンタルでないスポーツがあればお目にかかりたい。しゃがみ込んでグラブを立てて芝を読む、指を舐めて風向きを読む、距離を読むなどはスポーツじゃない。同じく球を引っ叩くのに馬に乗って手綱を取りながらするポロがある。これはゴルフよりはうんとスポーツに近い。

ゴルフのスポーツ性を見ようとすれば、クラブを振り回す動作だろう。しかし、これも片側回転だけで、左利き右利きで回転方向が決まっている。特別重いものを手にしている訳じゃない。力一杯振るのは第一打だけのこと、後は適当な力加減で引っ叩くだけ。メンタル性では止まったままの球でもビリヤードに軍配が上がる。入射角に反射角、打点に力加減、たった一つの球じゃない、クッションによる慣性、反撥力に回転が持つ方向性、どれを取っても遥かにメンタル性は高い。でもこれだってスポーツじゃない。ゴルフは芝生の上を歩くじゃないか、太陽を浴びて健康的だ、と云うだろう。それはそうだ、太陽光線を浴びるのはとても健康に良い。太陽に当たりたければ外に出れば良い。子ども連れの家族、若いカップル、杖をついた老夫婦のひなたぼっこ、軽い散歩。誰でも公平に照らしてくれる。公平ではないとも言える面もあるがこれは他の問題。そう、歩くことについて語らなきゃ。運動のために歩くのは、高年齢の人でなければ冬でも手のひらにびっしょりと汗ばむ速度、力強さが必要。芝生の上をのんびり進むのは健康のためにはなるだろうが、運動とは云わない。ゴルフの場合は後から来る人の邪魔にならない程度の進み方でいいのだ。特にプロともなれば周りに群がる見物人に見守られて拍手をもらって得意になって歩けばいのだから。スポーツ性など全くない。

ジェンダーだの性差だの云ってるが、ちょっと名が知れただけの女の子が男性の中に加わる。ただの自惚れから奇を衒って名をあげる。女だから許されるのか、男性が女性の中に参加することも門戸は開いているのかどうか知らないが、男は後込みするだろう。

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