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2005年12月 4日 (日)

1936(昭和11)年

64年前の太平洋戦争の開戦の日(8日)が刻々と近くなる。昭和16年を当日に置きたいので2年分を載せる。

旧年齢で6歳、たった1つ本当にぼんやりとした記憶が残っている。小川に近く農家に飼われていたらしい馬が川に浸かり、男の人に体を洗ってもらっている姿だ。母の故郷鹿児島の田舎に連れて行かれた時のものであるらしい。やはり記憶力は相当に低いらしい。

2月26日未明、半世紀ぶりに降る大雪の中、青年将校が1400人からの兵を率いて決起、陸軍省、警視庁などを襲撃占拠する。天皇は激しい怒りとともに彼らを「反乱軍」として鎮圧を望んだ。このことがその後、軍部に抵抗するとこうしたテロに襲われるかも知れないという威嚇の力になって、後の太平洋戦争へ導く重要な役割を果たすこととなった。

小学生になったころ、大人たちの会話から洩れる“にー、にー、ろく”の響きについて、父に尋ねたことがあったが、唇に指を当てて「大きな声で云うものじゃない」、と嗜められたのを覚えている。当時の言論統制を受けて詳(つまび)らかには活字にならなかった事件の事でもあり(敗戦後になっても統制派、皇道派《ここにも2つの流れがある、改造派と天皇派》などが複雑に絡み合ったこの事件に関して、明らかになるにはまだ相当の年月が必要だろう)何も知らされない一般の国民には触らぬ神に祟りなしの心境であったのだろう。

(その他の出来事)
 1月 電話の緊急呼び出し 119番 決まる
 2月 日本職業野球連盟結成
 3月 ドイツがラインラントに進駐
 5月 阿部 定が男性の局部を切断して逃走する猟奇事件が発生
 7月 軍法会議で2、26事件関係者に判決。元将校13人、民間4人に死刑宣告。2名を除き宣告から7日目に刑執行
 7月 スペインで内乱勃発
 8月 第11回オリンピック・ベルリン大会開催。“前畑がんばれ”のアナウンスで有名な平泳ぎ、三段飛びの田島直人、当時日本国籍で参加したマラソンの孫基禎がそれぞれ金メダルを獲得
10月 『狂人日記』『阿Q正伝』の魯迅死去
11月 中国全土に抗日運動が高まる
11月 国会議事堂落成
11月 ベルリンで秘密協定、日独防共協定を結ぶ
12月 海軍軍縮条約が失効、無条約時代に入る

「スペイン内乱」
カナリア諸島に左遷されていたフランコ将軍が大規模な軍事反乱を起こす。55ヶ国から4万人の義勇兵が参加したが、翌年にはドイツ飛行兵団のゲルニカへの無差別爆撃、バルセロナの共和国陣営での市街戦など、共和国の不利が続き39年に反乱軍に無条件降伏をして内戦は終了。
この内戦のゲルニカ無差別爆撃の悲惨な状況を描いたのがピカソの『ゲルニカ』である。チェリストのカザルスはフランコが国家元首でいる限り二度とスペインには戻らない、と国外へ脱出。フランコの死後カタルーニアに戻りこの地で死去。

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