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2005年12月 4日 (日)

1935(昭和10)年

いよいよ日本は軍国主義の道を進み始め、はっきりと天皇制国家の精神を強調するようになって行く。8月、陸軍内部の派閥抗争からから天皇至上を唱える皇道派は、軍務局長の永田鉄山を刺殺、神国日本への転換の風潮は次第に暴力肯定の思想を生んで行く。関東・関西を未曾有の豪雨が襲い、前年に続く東北地方の凶作による大飢饉とも重なって、国民は疲弊のどん底に喘いでいた。ヨーロッパではドイツの再軍備宣言で危機が募り、日本では国家統制へ向ってダイナマイトまで使用した大本教本部への宗教弾圧、映画、言論にと着々と準備が進められていた。

(その他の出来事)
 2月 共産党機関紙「赤旗」が発行不能となり終刊、3月には共産党が事実上壊滅する
 2月 湯川秀樹博士が中間子理論を発表
 3月 ドイツは第一次大戦の敗戦による軍備制限を一方的に破棄し、ヒトラーはラジオ放送で徴兵制による再軍備を進めると宣言
 4月 美濃部達吉の天皇機関説が不敬罪で告発される
 5月 戦前最後のメーデーが行われる
 5月 ドイツのアウトバーンが完成(フランクフルト〜ダルムシュタット間)
 5月 吉川英治が朝日新聞に『宮本武蔵』の連載を始める
 9月 ドイツで「ニュルンベルク法」が公布される
10月 イタリアがエチオピア北部に進入
11月 大日本映画協会設立、映画の国家統制が始まる
12月 日・英・米・仏・伊によるロンドン第二次海軍軍縮会議が始まる

「ニュルンベルク法」
9月15日のナチス党大会で「ドイツ人の血と尊厳の保護のための法律」として制定され、8分の1までの混血をユダヤ人と規定し、公職は追放、企業経営は禁止などが決められ、ユダヤ人男性がドイツ人女生と性関係を持つと死刑という厳しい差別法で、「劣等民族」のレッテルを貼られ、ユダヤ人の市民としての生活権を否定した。

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コメント

アート系のブログに吉川英治「武蔵」について書きまして、関連記事ということで拝見にうかがいました。武蔵が書きはじめられた頃の時代背景がうかがえて、興味深いですね。

投稿: Dr.アート | 2005年12月20日 (火) 10時36分

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