集団で暴行繰り返す
暦便覧に「冷ゆるが故に雨も雪となりてくだるがゆへ也」とあり、日本のあちこちでは雪も降り、山も冠雪のニュースが続く季節『小雪』(しょうせつ)の今日も、我が家の垣根には朝顔が咲き誇っている。(約60輪)
殺伐としたニュースが続く日本列島だが、今朝も目に入って来たバカな親に育てられた馬鹿息子たちの殺人事件だ。毎日新聞(11/22)朝刊から。
事件は10月に起こったものだが、さいたま市見沼区の公園で男子高校生が意識不明の重体で見つかり、その後死亡した事件である。埼玉県警少年捜査課と大宮東署は21日、すでに傷害致死罪で家裁送致になっている同区に住む無職の少年(15)と、同市北区に住む県立高校2年の男子生徒(17)ら少年計5人を傷害容疑でさいたま地検に追送検したと発表した。
5人は10月2日夜10時40分〜翌3日午前4時ごろ、同市北区内の小学校校庭で、上尾市に住む県立高校1年の男子生徒(当時16歳)の頭部や顔などを殴る蹴るなどして頭に一ヶ月の怪我を負わせた疑い。うち建設作業員の少年(16)1人を除く4人は、それ以前の9月25日〜26日のほぼ同じ時間帯にも同市見沼区東大宮の東大宮親水公園で、同生徒の頭を素手で殴り、尻をシャベルで叩いたりして頭に2週間の怪我を負わせた疑い。
警察の話によると、男子生徒と少年らは遊び仲間で、中学・高校での同級生や先輩後輩の間柄であった。少年たちは「(男子生徒が)遊びの集合時間にいつも遅れて来るのでぼこってやろうと思った」と供述し、容疑を認めているという。
一体この加害者側の親にしても、被害者側の親にしても、15や16の幼稚な子どもの夜間の外出をどう考えているのだろう。1人は就職した若年労働者だが、まだまだ親の監督責任下にある子どもたちだ。新聞に書かれたのは少年たちだけだが、本当に書かねばならないのはこの少年たちの親一人一人なんだ。責任は親にあることの認識が世の中全般に亘ってなさ過ぎる。このような躾は学校で教えることじゃない、親が幼い頃から繰り返し身に着けさせていくものだ。今現在子どもの門限を決めて監督している親がいる家庭はどれくらいあるのだろうか?昔どおりには行かないこと(塾があったり、両親の共稼ぎで戻っても家は空っぽ)は百も承知の上で云うことだが、夜遊びを覚える前に子どもの夜間の外出はさせない躾をつけておくべきだ。
遊びにいつも遅れて来るから「ぼこって」やろうと思った。遊び仲間の少年たちの隠語だろうが、わけの判らない言葉を拵えて口にし、不良仲間の連帯を意識する。喧嘩も一人でできない弱虫が、仲間を集めて数の力で弱いものを虐める。平常から弱いものを労る躾がないから始めると止めどがなくなる。昔のガキ大将は弱いものを虐める仲間を牽制する知力を持っていたが、今のワルたちはそのような知能を全く持ち合わせてはいないようだ。
彼らの親たちをどのように考えればいいのだろうか、きっと常識の持ち合わせもなく、善悪の判断力も持ち合わせず、他人への心配りもできず、自分勝手で、他人に協力する余裕もなく、当然社会のルールなど守ることもせず、勿論できず、もしも勤めていれば職場では誰からも好かれない嫌われもので、周りのことには無関心、勝手で、独りよがりで無責任、間違いばかりやらかす満足な仕事もできない落ちこぼれの社員だろう。まともな親に育てられた子が、他人を傷つけ、殺人を犯すことになるとは到考えられることではない。
殺人を犯すほどではないにしても、少年たちの喧嘩や暴力、弱いものを襲う、飲酒や喫煙、暴走、ひったくり、窃盗などは小さい頃からの躾でその殆どは防ぐことは可能だ。親が見て見ぬ振りをすることなく、しっかりと監督し、家庭から教え躾けることで大半は無くなる。悲しいかな現在の親たちにはこのように子どもを躾けることのできる親がいない。早い話、スーパーの子連れの親たちの傍若無人ぶり、車内やレストランでのマナーの悪さ、どんなに子どもが騒いでいても注意もしない、躾けない。親自らが社会のルールを守ることが出来ないのだ。親は親で勝手なことを云い、勝手なことをする。悪いのは社会だ、政治だ、と。子どもを叱ることすらできず、放任しているのが実情だ。現在は夜の遊戯場辺りに小学生らしき低年齢の子どもさえ散見できるそうだ。当然親はいるのだろうが、生むだけで育成の責任を放棄した親が。産むだけなら猿でもできる。道ばたの猫でもできる。
この親たちへの教育は誰が、何時、どこで、どのようにすれば良いのだろう。気の遠くなりそうな時間が必要だと思うがしなければ日本に健全な未来はいつまでも来ないだろう。
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