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2005年10月18日 (火)

ぞろぞろと靖国参拝

18日自民幹事長を先頭に101人の男たちが金魚のフン宜しく徒党を組んでぞろぞろと九段を歩いた。
小泉一座が圧倒的な人数を頼みにやり放題になることを予告した。本当にそうなった。恐ろしい時代の始まりだ。海外の反感が問題じゃない。小泉の云う如く他所さまから口出しされることじゃない。
しかし、命令一下背くことの不可能な極限状態の中で、死ぬことを命じ、多くの部下を戦死させ、家族に血の涙を流させた戦争犯罪人が合祀されているのだ。日本人の死者に鞭打つことを良しとしない風習は、60年の風雪を経過して悪人を有耶無耶のうちに忘却の中に閉じ込めて、忘れさせようとしているかに思える。一つには極東軍事裁判の記録が公になり、中の一人が唱えた「天皇が裁判に掛けられないのなら・・・」東條たちは無罪でなければならない、との少数意見を根拠に、或いは勝者が敗者を裁いたとして勝てば官軍(正義)で良いのかと、半世紀を越えた今、今次大戦を肯定的に見ようとする論拠になっている。

日本の戦争は侵略戦争ではなかった、東南アジアの諸国は西洋の植民地から独立するのを援助してくれた国としても評価している、などの見方が生まれて来ている。しかし、東條たち戦争最高指導者たちの責任は拭うべくもなく現実に歴史が証明している。アメリカ軍の艦砲射撃、機関銃、爆撃に対するに、竹槍を女子どもにまで持たせ、最後の一人になるまで戦えと教え、挙げ句の果てに原子爆弾の実験によって日本を焦土にしてしまったのだ。鬼畜米英で恐怖心を煽り立て、女は国土上陸になれば全員辱めを受けることのないよう、自ら命を断て、と教えた。現実に沖縄の女性たちは米軍上陸で戦火に追われ、日本軍に見放された末に魔文仁の丘に追い詰められ断崖から次々に身を投じて死んで行ったのだ。

喉元過ぎれば熱さを忘れる、とは良く云ったものだ。この先憲法を代え、自衛隊が軍隊になってよしんば戦争が起こっても国会のセンセイ方、死ぬような危ない所にはお出でにならないことははっきりしている。危ない目にあうのは何時も決まって・・・なんだから。

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