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2005年10月31日 (月)

誕生日

この世に生を享けて七十と有余年、物心ついた少年時代を軍国少年として過ごしたのも遠い昔になった。凛々しい軍服に憧れ、七つボタンの予科練(予科練習生)に入るために勉学に励んだ。皇国の華として散り、やがて軍神として靖国に祀られることを願って育った。

敗戦が、一、二年遅ければ恐らく願ったとおりになっていたであろう。1945年、神国日本に原子爆弾が落ち、焼野原になって『無条件降伏』をすることになる。政府は国民は最後の一人になっても戦え(本土決戦)、と志気の鼓舞に必死になっていたが、既に日本には戦うことのできる飛行機も、軍艦も、戦車も、兵隊もなくなっていたか足りなかった。ミッドウェー海戦では従兄の戦死、敗戦直前に兄の入隊(外地へ出るまでに広島で被曝)もあった。

戦争を指揮し、煽り立てた指導者たちが裁かれた。今、第二次大戦の日本の行動を侵略ではなく、止むに止まれぬ戦であったとする考えがある。しかし、上官の命令はただちに朕(天皇)が命と心得よ。とする軍人勅諭は厳然として存在し、命令に反することは死を意味した。その頂点にあったのが大元帥陛下であった。そのため極東国際軍事裁判はその人を裁けないのなら日本には戦争犯罪人はいない、とした少数意見書をつけて判決をくだした。

「生きて虜囚の辱めを受けず」と軍人に命令した張本人東條は、敗戦で捕えられた身を始末も出来ず、謀った自殺も狂言自殺で死に切れずに逃れた。裁判は生き恥を曝した東條を含む軍の最高指導者たちを1948年12月23日巣鴨プリズン内(現池袋サンシャインの地)で絞首刑に処した。日本は戦争犯罪を認めてサンフランシスコ平和条約ならびに日米安全保障条約に調印する。全権が日本に帰り着いて間もなく、間、髪を入れない素早さで独立した上はその事を認めない、と裏をかいたような言動が出るようになる。日本の戦争肯定への傾斜はこの頃から芽生えていた。

     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

74歳の誕生日を迎え、生きて来た年月を遡って振り返ってみる。そう、誕生の前年血生臭い匂いが漂い始めた日本の世情から書いてみよう。適時、年度を追って続けたい。

1930(昭和5)年、私がこの世に生まれ出る前の年、ニューヨーク・ウォール街に始まった金融恐慌は、その影響を世界中に広げて人々の生活を脅かし、日本でも失業者が激増、農産物価格の暴落による労働者や農民の暮らしは疲弊の一途を辿っていた。時の浜口内閣は緊縮財政で経済の立て直しを図ったが失敗。不況、失業に喘ぐ国民は行き場のない捌け口を過激なエロチシズムに向け、エロ・グロ・ナンセンスのばか騒ぎにはまり込んだ。

1月に開かれたロンドンの軍縮会議での対米英国比を不満とする軍部強硬派の攻撃に曝されながら、10月の国会で批准。その直後の11月14日、対外協調路線を貫いた浜口首相は東京駅のプラットホームで右翼の青年の撃った凶弾により重傷を負った。

(その他の出来事)
  3月 インドでガンジーの反英第二次非暴力抵抗運動(塩の行進)
  7月 第一回ワールドサッカーがウルグアイのモンテビデオで開催(ウルウアイが優勝)
 10月 超特急「つばめ」登場、東京〜神戸間を9時間で走る
 10月 アメリカ映画「西部戦線異常なし」(レマルク原作)上映
 11月 倉敷市に日本初の西洋美術館開館

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コメント

日付的には2日遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます☆
そうですか、こうべいさんは74歳になられたんですね。昭和一桁とおっしゃっていたので70代だなぁとは思ってたんですけどね。
私の両親は来年還暦を迎えますが、義理の両親は、父81歳・母71歳なんですよ。
なんだか身近に感じます。
私の主人同様、義理の両親もあまり多くを語らないのでどんな生活を送ってきたのか分からないんですが、きっとこうべいさんと似てるのではないかと勝手に思ってます^^;
これからも色々なお話聞かせて下さいね!

投稿: えのっち | 2005年11月 2日 (水) 02時14分

ご叮嚀な誕生祝いのメッセージありがとうございます。
敗戦後の混乱期に自らの進路を見い出すのに遅れを取り、気付いた時には、周りはずっと先を進んでいました。

日本とは、国体とは、戦争とは、人間とは、自分は何であるのか、と問い、結局何も掴めないままに国民に辛酸を舐めさせた国の行く末を、命のある限り見極めたい、との思いで生きています。

五味川純平の「人間の条件」(1955年第一部発行:最終1300万部の空前絶後のベストセラー)を弟にも読ませ、100歳まで生きて日本を見届けると云ったけれど、その弟は昨年順序を間違って先に他界。『兄ちゃん、きっと100まで生きてよな』見舞いのベッド脇の私に云った。50年も前の事を忘れないでいてくれた。

戦争認識欠除の首相を頭に頂く日本、偉大なるイエス・マンと云って憚らない提灯持ち、ますますアメリカの植民地化に走りそうな危険を憂慮する昨今です。

これも昨夜見た愚作『火垂るの墓』に怒りすら覚え、ずっと前に見た原作の漫画映画(アニメというのでしょうか)の感銘に遥かに及ばない平成版の戦争認識に呆れ果てた影響です。私には戦争はまだ終わってはいないのです。

いつも目を通して頂いて嬉しいことです。旦那さまのご両親ですよね、お元気で何よりです。お父上の方は私など以上に戦争の苦しさを体験なさった世代です。残すべき何かを聞いてあげて下さい。そしてえのっちさんのご両親ともども労ってさしあげて下さい。

メッセージありがとうございました。

投稿: 小言こうべい | 2005年11月 2日 (水) 14時39分

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