« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »

2005年9月26日 (月)

キレる小学生

毎日新聞(9/23)から
文部科学省の調査によると、04年度の全国の公立小学校で児童が起こした校内暴力は1,890件で、前年度(1,600件)に比べて18,1%増であったことが分った。小中高校を合計した校内暴力の件数は前年度より4,0%減っており小学生の突出ぶりが目立っている。

個々には中学校では 23,110件(前年比 △5,5%)
     高校 では  5,022件(前年比 △3,7%)

小中高の合計は、校内が30,022件(前年31,278件 △4,0%)
        校外が 4,000件 (前年 4,114件 △2,8%)
のように全体としては減少した傾向の中で、小学校での増加が際立っている。

小学校で最も多いのは児童間暴力で992件、対教師暴力が336件で前年度の253件から32,8%も増加している。これについて文部科学省の児童生徒課は「小学校で感情のコントロールがきかない子が増える傾向にあるようだ。忍耐力や自己表現力、人間関係を築く力が低下しているのではないか」と見ている。

千葉県北部のある小学校4年のあるクラスでは、休み時間、些細な口論から児童が暴れ出し、鉛筆や教科書を手当り次第投げつけ、椅子を振りかざす。この学校では事前に決めた抑止役の男性教諭たちが駆けつけ、男児数人を押さえつける。50代のベテラン女性教諭が担任だが、4月当初から授業は崩壊。5月の連休以降はほぼ毎日暴動が起きた。保護者有志数人が授業を監視する事態になり、学期途中で39人のクラスを二分し、小人数クラスにして対応した。それに暴れる児童は決まっていて、カッターナイフを持ち込んだり、級友の肩に噛みついて一週間の怪我を負わせたり、教師に悪態をついたりしていた。こういった児童には協調するものが2〜3人いて加わる。
保護者会には生徒の親は出て来ず、担任の家庭訪問で返って来る話は「家ではいい子。暴れるなんて考えられない」と繰り返すだけで解決の糸口もない。

小学校が荒れている背景について識者と云われる人たちはさまざまな意見を口にしている。
♦明治大学(教育学)斉藤孝、曰く、「少子化や核家族化で、人間関係の絶対量が不足しているのではないか。学校で感情をコントロールする訓練が必要だ」
♦フリースクールの草分け奥地佳子(理事長)曰く、「数年前から小学生の暴力は増えていると感じていた。少子化で子供に対し。親や教師を含めた多くの大人が期待を掛けるようになり、そのことが子供達のストレスや緊張になっている」
♦教育評論家、法政大(臨床教育学)尾木直樹曰く、「ゆとり教育の反作用で、週5日制のもと、以前より詰め込みが酷くなり、子供のストレスは高まっている。些細なことが対教師暴力に繋がるのではないか」
などである。

いずれも当を得ているようであるが、いずれも本質について見落としているものがある。少子化などではないし、ゆとり教育の問題でもないし、詰め込み教育などではさらさらない。答えは先の文章の中、親の無責任にあるのだ。「家ではいい子、暴力なんて考えられない」という親の無責任。小学校に上がってからでは既に手後れだ。親の目に映る自分を拵える悪知恵を身につけ、すでにT・P・Oを使い分けることができるようになっている。

家庭や校外にあっては父親が、或いは母親が、評論家もどきに教師の悪口を云う。「本来、勉強は面白いもの、学校は楽しい所だ。そうでないのは先生が悪い」と。これは一ヶ月ほど前のテレビでの先生たちと識者たちとの討論の場で、まあまあ頭が良い、と思われているタレント、ラサール石井の発言だが、その場で「それは、優等生の云う言葉」と揶揄されて、一層むきになり、額に青筋立てて反論していたが、このようなバカな親が口にする教師を蔑んだ発言こそが、子供に影響し、「そうだ、面白くない、先生が悪いからだ」と益々波及効果を生み、学級崩壊の糸口ともなるのだ。識者ぶったこのような一言がどのような結果を生むかを考えるのが大人の、親としての子供への愛だろう。

親は生んだはいいが、乳飲み子を託児所という手荷物一時預り所まがいの施設に預け、他人にわが子を世話させ、愛情の注ぎ方も知らない。他人がどんなに可愛がってくれようが、親の愛情にまさる育て方はない。盲目的に働いて家庭を、家族を支えた団塊の世代に育てられ、鍵っ子(託児所も、携帯電話もない時代、外に出る親は子供を家の中に閉じ込めたことからそう呼ばれた)として成長した現在の親たちも、やはり親の愛情を注がれることもなく子供を生むことになった結果が現在の家族を構成しているのだ。苦しい生活の中、父親の低収入を口汚く罵る母親、男女同権を声高に、女権運動が鬱勃として起こる最中でもあり、『男なんてなにさ』と女性の社会進出が目覚ましく、家庭にあって家を守る女性への蔑視を口にする同性まで出現するまでになって行っった。

しかし、よく考えてみよう、男には絶対に不可能なことがある。命を生むこと、母体に種を蒔くことは出来ても命をこの世に生むことはどんなに優れた天才であろうと出来ないことだ。そして、生んだ子は母親の乳房を吸い、スキンシップが始まる。しっかりと抱かれた胸を透して体内で聞いた心臓のリズムを聞き止め、満腹して安心して眠る。体型が崩れるから、と粉乳で済ます馬鹿女もいるようだが、自ら子供への愛情を放棄していることに気がつかない。(そのように望んでも母乳のでない女性のことは今は触れない)

私は母親は子供が母乳を必要とする間は働きに出ることには反対の立場を取る。父親の育児休暇など何の役にたつか。哺乳びんで乳房の代わりなど不可能だ。赤ん坊は満腹するだろうが、肝心のスキンシップが全く出来ないことを知るべきだ。お襁褓を代えることぐらいできるだろう、私の妻は全く勤めたことがない。私の世代の男には現在の男にはない古風な意地があって、“女房に働かせるなど男の屑だ”と教えられた世代。封建時代そのままの世代だけれど、勤めからどんなに疲れて返って来た時でも、首の座らない赤児の入浴を怖がる妻に代わって私が連れて入り、紙お襁褓のない時代だが、大小便の世話もした。しかし、これも妻が家にいたから効果があった。

女性の子供を生みたくない理由に、経済的なことが一番に上げられたり、託児所が少ない、働き易い職場でない、児童手当の増額を要求したり、子供に対する愛情の欠片もない。このような自己主張だけをする親に育てられた子供たちが今、切れているんだ。テレビで時々放映する大家族の子供達の成長記録、兄弟姉妹同士の喧嘩、殴り合い、親のビンタありの中で、それぞれお互いの羨ましい程の溢れる家族愛、信頼、尊敬が満ち溢れているのを見る。『元始、女性は太陽であった』と女性を称えた平塚らいてう(らいちょう)の言葉を今の世の女性に再び贈りたい。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年9月24日 (土)

六本木ヒルズで合コン

昨夜(9/23)フジ・テレビがセレブを売り物の男に群がる女の集まりを二つ放送した。
何でも六本木で行われる入会金100万円、合コン参加費用女で一万円が必要な集まりであるらしい。一つは若手IT関係や若手起業家の男性が多いもの、一つは30〜40歳代までの医者がターゲットの集まり。

放送の呼び物、セレブとは一体何か?
言葉どおりだとすれば「名声を得ている有名な人、名士のこと」のはず。そのニュアンスには上流社会の豪華な雰囲気を含んでいることが特徴だと思うが、放送された限りでは一見ゴージャスなのは建物だけで、中身は何処にでもあるパーティーと何も変わらず、集まった女たちが男どもに群がって会話を交わすのにうろうろするだけのこと。

セレブとは一体何?たかが年収2千万とか4千万があるだけで、或いは840万の車に乗るだけで名士?風采の上がらない今風の無精髭を生やし、得々と自慢話しをするだけの男どもの何処がセレブ?それに群がる飢えた女どもが目を輝かせ、うっとりと男の顔を見上げる。しかし、今さらながら横文字に弱く、劣等感を抱く日本人の醜い面がはっきりと写し出され、見物人としては恰好の見せ物を苦々しい思いで観た。

どうしてこうも美しいと思える女性がいないのか、毎月15、6万円をかけて美容院通いをしていて貯金などないと話す、素材から直さなければならないような30歳を過ぎた女、男にハワイ行きを誘われて『いく、いく、あなたも行くでしょ?』を連発し、仲間を引きずり込む若い女。喋る言葉は一言ごとに尻上がりのアクセントで話し、渋谷辺りをうろつくガングロ女子高生と紛うような会話を続ける女・・・・。どうして「女」は容姿だけじゃないことを知らないのか。

一方男たちは生活に多少とも余裕があるのか急いで女を必要とはしていない様子がありあり。医者の方の集まりでは(先の30歳を過ぎた美容院通いの女も呼ばれていた)コンパが趣味でこれまでに凡そ50回はパーティーを設けたと自慢する一人が六本木ヒルズの自宅の部屋を提供し、部屋から見渡す東京の夜景で驚かせ、容れ物で先ず女の気を惹いた集まりを催す。

肩書きはセレブ合コンと云うが、やっていることは古臭いと云われるお見合い風の集まりに過ぎない。いや、決してそうとは呼べないうさん臭い匂いを感じる。出来ちゃった婚が大流行りする末広がりの性の乱れを感しるのだ。ところがセレブと云う横文字の持つ魔力に引かれた女たちが低レベルの玉の輿を狙って群がっている。女たちはそれぞれに云う「話すことが他の人と違って楽しい」「同じレベルに高めてくれそうだから」などなど。他力本願の対応では自分自身の女の向上など望む方が無理。

同じように一っとき「カリスマ」なる言葉が氾濫し、日本中に数え切れない数のカリスマが存在したが、何でも横文字にして有り難がる日本人。本当にそれが「神の賜物」だと感じたかどうか?美容院でも紡績業でもデザイナーでも、金儲けをする手段に便利な言葉に過ぎないのだ。
コンピューターの発達した現在でも最後の仕上げは人間の指先の微妙な感触に頼る金属研磨がある。この人こそそう呼ばれるに相応しいが、実際には『熟練工』と呼ばれている。カリスマなどと横文字かぶれの下らない呼称など却ってその人には冒涜に等しい。

サカリのついた男と女が異性を選び合うのではなく、ただ飲み食いするだけならそのものずばり、「飲み会」ではいけないの? 六本木ヒルズで飲み会、いいじゃない。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月23日 (金)

阪神優勝と道頓堀川

どうやら今年は阪神が優勝してセ・リーグは幕を閉じそうだ。
日本の新聞、テレビは未だに自らが日本球界を凋落させようとしていることに気がつかず、日本を捨てたイチローや松井を追い掛けて独りから騒ぎしているが、セ・パ両リーグとも最後の追い込みに入った。

誰が観てもジャイアンツの落ちぶれた姿は今までの大砲主義が誤りであったことをはっきりと露呈している。寄せ集めの大砲も、ホームランを打った時は華々しいが、巨額を投じた時、すでにスポーツマンとしては峠を過ぎており、上り詰めた峠は下るしかないのだ。人は「巨人が強くないと野球が面白くない」というが、こんなのは幻想でしかない。別段巨人が強くなくてもどこの球団でも拮抗した試合であったり、その地域に根付いたファンに育てられた贔屓チームであれば、どこの球団であっても野球は面白いし人気も低迷しないですむ。

ところで阪神の優勝で得られる経済効果を計った数字が出たが、18年振りの念願の優勝を手にした二年前の数値に比べると半減して全国で1455億円(関西で1281億円)と、見られている。しかし、阪神が勝った翌日の駅売りのスポーツ紙は凡そ一割り増しで売れるという盛り上がりは健在であるらしい。因に中日の優勝で終わった場合、その経済効果は200億円との試算もあるらしいから、今回試算したUFJ研究所の主任研究員の鶴岡氏は「18年分のエネルギーがこもった03年は異常値で、それより低くても、阪神優勝の威力は絶大」と云う。

現在の阪神の勢いから大阪市でも優勝間違いなしと見て、浮かれ騒ぐファンの恒例のようになった道頓堀川への飛び込みを防ぐ対策として高さ3メートルの金網を張る検討をしている。前回死人も出たことからの防御策らしいが、こんなことに税金を使うことはない。川の水がどれだけ汚れていようが、臭かろうが、川底にどんな危険物が放り込まれていようが(自転車は何台も引き上げられた過去はある)、男も女も大阪人の騒ぎは抑えられない。好きにさせるのが人情というものだし本人たちの勝手だ。それこそ私のいつも云う自己の責任だ。飛び込んだ拍子に心臓マヒ、大怪我、死亡、或いは病原菌の汚染だってあり得ることは百も承知の上なんだから。

念願叶って死んだなら、或いは大怪我で川から上がれなくなれば、後始末は家族がすればいい。これこそが民主主義の責任の取り方なんだから。

それにしても、日本のプロ野球と変わらないアメリカの野球、(大リーグの大の字を冠するのも恥ずかしいような試合は幾つもある。最近は使用してはならない薬物の問題もあり、ホームランの量産が見られなくなったのは薬物の使用に厳しい目が向けられたからと云われてもいる。)いい加減に日本の新聞、テレビも劣等感を払拭して目を覚ましたらどうだ。


| | コメント (0) | トラックバック (3)

2005年9月22日 (木)

同じ気分だよ

9月19日午後7時55分頃、横浜市旭区南希望が丘の路上で乗用車のタイヤに男が穴を開けているのを神奈川県警署員が発見、器物損害容疑で現行犯逮捕した。
逮捕されたのは近くに住む無職の75歳の男。「路上駐車しているやつらは我慢ならない。30件くらいやった」と犯行を認める一方で「自分の方が正しい」と主張。

この近辺では6月頃から路上駐車の車ばかりを狙ったパンク事件が相次いでいたことから、同県警旭署が警戒していたところを発見されたものである。

75歳は私よりは数年の年長者、この男の言い分には十分納得が行く。自分に若しも家族や縁者がいなければ同じことを100件でも毎日でも実行するだろう。自分も車を使用する身、その保管には車庫証明を有したスペースがあり、必ず所定の場所に格納する。当然のことだしそれが常識だし、車を持つものの責任だ。

路上駐車をする輩たちも届けはしている筈。なのに、近所でも路上駐車は日常茶飯事で目に余る実体にある。今までマナーについては数多く取り上げて来たが、持ち主のマナー違反は勿論だが車庫証明を発行する側の、一度認可すれば後は何が起こっても存じません、の行政にも大いに落ち度がある。買い替えた車が以前よりも大きいものになり、入り切らずに前(あるいは後部)が道路にはみ出したり、狭い場所のために面倒くささに、或いはもっと横着に、あいつがやってるから俺もであったりする腐った奴らを厳しく取り締まる方が先決だ。後先考えない先のようなプッツン男が現れても仕方ない。

私がこの男と違いがあるとすれば「自分の方が正しい」とは言わない分別を有していることだろう。自分なら「いけない事は十分承知、しかしながらバカ共には腹に据えかねて」と、云うだろう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月12日 (月)

何も変わらない

選挙が寂しい結果で終わった。
テレビ、新聞が大騒ぎして面白可笑しく取り上げ、小泉の提灯持ちをした結果、狙ったとおりの終着を見た。マスコミは『国民がそれぞれに自分で判断した結果だ』と言い訳がましく口にしているが、数に流れるのは大衆の心理だ。宣伝効果は抜群だ、選挙戦中、街頭演説する小泉に“純ちゃーん”の合いの手がひっきりなしに飛び出す。韓国スターに群がる付和雷同の小母ちゃん宜しくお祭り騒ぎの風景だ。

馬鹿の一つ覚え“郵政改革”なくして全ての改革はない!。国民はこのレトリックに誤魔化され、洗脳されたように票は小泉に流れた。選挙の結果など始めから分かっているも同然。

もっと不可思議、というよりも選挙など不要とも思われる当選確実の発表。午後8時に閉め切られると間、髪を入れない時間で情報が流れる、そしてほぼそのとおりの結果が発表されて行く。選挙の意味など無いに等しい。新聞社が勝手にやってれば済むことだ。過去のデータ、電話アンケートなど、それらを取捨選択、集計してのものらしいが、どこよりも速く情報を出したいマスコミ側の理由は、害あって益なしのものと思う。こんな姿勢からA新聞のように、ありもしない会談をでっち上げてみたり、以前起きた沖縄で自ら傷つけた珊瑚礁をご叮嚀にも写真まで掲載して、スクープとしてでっち上げるバカな社員を生むことに繋がるのだ。

何時から日本人はこのような昼行灯のような人間になったのだろう。周りを見渡しても誰かの真似の流行がはやり、個性をなくし、何もかもが擬(もど)きの擬き。ファッションから刷り物のような眉毛の化粧、玉蜀黍のひげ擬きの色に染めてザンバラに切った髪(特に若い男のヘアスタイルと髭は汚らしい以外に表現がない)。他人と同じでないと疎外された感じになり、二人三人と徒党を組む。海の向こうで流行ればすぐにもぞくぞくと擬きの歌が生まれる。裏声が流行れば一層貧相な裏声の歌手が続く、そのようにして何もかも印刷機でコピーされたような個性のない人間が育って行く。

小泉が織田信長になぞらえて何か譫言(うわごと)を云ったが、人間が違う、信長は古今日本国が生んだ最高にして最大の傑物、小泉ごとき爪の垢ほどもない小物だ。それさえも理解できない人間が総理に居座る日本には当分明るい将来は期待できないだろう。今まで以上に‘ご無理ご尤も’に周りを囲まれて小泉は好き勝手をやるだろう。

やはり選挙に行かなくてよかった。またまた物言う権利は放棄した。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 9日 (金)

選挙に行くか行かざるか

11日の投票日を控えて未だに決めかねている。どの党にするか、誰にするか。
1960年、敗戦後15年が経過して借り物ではあったが日本人にも民主主義がどういうものか朧げにも解りかけていた。

遡って1951年(奇しくも日本時間9月9日、今日)アメリカ・サンフランシスコで48ヶ国と講和条約を結び、続いてアメリカとの間に安全保障条約を結んだ。1945年の敗戦後、予想よりも速い実現をみたのは、激化する米ソ冷戦のおかげであった。このことによって日本のその後の方向が決定づけられることになった。それまで西側との単独講和か共産圏を含む全面講和か、国論は真っ二つに分かれていたが、全面講和や永世中立論は退けられて西側陣営に組みすることになり、アメリカに依存する色を強めて行った。

そしてあの時1960年、A級戦犯のリストにも上っていた岸信介が総理に返り咲き、安保改定のためワシントン・ホワイトハウスで調印署名した(新安保条約)。これに先立って国民は、国会で強行採決された経過と、条約の日米間の関係が固定することに対する懸念や、日米間の準軍事条約があることで戦争に巻き込まれ兼ねない不安を抱いていた。この内容と、岸首相への反発も加わって安保改定反対闘争が続けられたが、5/19日 衆議院で警官隊を導入し、自民党は強行可決した。このことが火に油を注ぐ結果となり安保改定闘争は一層大きく世論を巻き込んだ。20日10万人、21日3万人、26日15万人が国会へ、6月になって4日には総評系560万人、11日200万人、そして15日560万人が参加、右翼のストへの殴り込みもあり、国会構内になだれ込んだ全学連と警官隊の衝突が起こり流血の修羅場と化し、東大生、樺美智子が死亡した。

それまで国民をリードして来た新聞七社は共同声明を出し、『暴力を排し、議会主義を守れ』と書いた。

19日、参議院は自民党が単独開会を行い、可決した。
22日、国民会議統一行動620万人、全国6万店鋪が閉店ストを行った。
しかし、6月23日、批准書の交換が行われ、岸は退陣した。

この以後、反安保闘争の波は急速に衰えて行った。

この事件を切っ掛けにして私の政治離れが起こった。その日まで隅から隅まで新聞のページを繰り、活字を追い、疎ましかった政治への参画を実行し、選挙は必ず投票に行った。敗戦から15年、貧しいながら経済も活気を取り戻し、個人としても倹(つま)しい生活を送りながら将来への希望を抱いた生活を送っていた。よもや戦争を賛美し、戦果を賑々しく報じ、国民を煽り立てたマスメディアが、再び降って湧いたとはいえ民主主義を学ぼうとする国民を裏切るようにストを『暴力』と断じるとは想像もしていなかった。
政治は国民の声を聞く耳を持たず、ジャーナリズムもまたその政府のご用聞きでしかなかった。

この日を堺に一切の新聞を拒絶し、選挙を棄権して半世紀近くなる。古くはラヂオ欄、現在はテレビ欄にしか目を通さない期間が長く続いた。それも特別好きなスポーツもないがスポーツ新聞に限って。会社員として勤めていた期間、新聞を読まないことが何ら傷害になったことは一度としてなかった。最近ブログを始めるようになってから常に引き合いに出す毎日新聞を拾い読みしている。ところで今度の選挙について。テレビで話す機会を貰っている政治家せんせいたち、人の意見を聞く耳持たず、おのれの云いたいことだけを青筋立ててまくしたてる(流石女性にはいないが)。それも親分の代弁をするだけだ。改革改革で何がどれだけ変わったのか。

時に役人の天下りを云々するが、政治やさんたちこそ親や爺さんが座っていた席に横滑り、親が、夫が死んだからと同情票だけが頼りのご婦人が混じり込み、能力もない連中で派閥、閨閥が作り上げられる。役人以上の天下りの世界だ。これでは役人の天下りのコントロールなど100年待っても不可能だ。

本来私の持論なのだが、政治家になる人間にはまともな人格者はいない。政治家に清廉を求めても、もともと持ってはいない。だから政治やになる。口では誰でも何とでも言える。まともな人間は政治家などと云う卑しい職業にはつかない。新聞など読まなくてもこれくらいの知識はある。政治家に善を求めるのは空しいだけ。求めるから裏切られた、と怒りたくなる、始めからないのだから期待しないがいい。やはり今度の選挙も棄権することになるだろう。 


| | コメント (2) | トラックバック (3)

2005年9月 6日 (火)

マリノス田中選手交通事故

五日、午後1時頃、横浜市港北区鳥山町の片側一車線の神奈川県道で、雨の中乗用車を運転していた同区小机町のJ・リーガー田中隼磨(23歳)が、横断中の同区鳥山町の無職の男性(72歳)を撥ね重傷を負わせた。男性は頭部を強打し、肋骨を折るなどの重傷で、警察は田中選手の業務上過失傷害として取り調べる。

歩行者と車、誰も考えるのは重傷を負った男性への同情だろう。しかし、本当にそうだろうか?
現場は片側一車線の見通しはよい道路である。
田中選手は法定速度を守って走行していた。(ブレーキ痕から40キロ未満と想定されている)
歩行者は横断歩道でない、信号もない位置で道路を横切ろうとしていた。

田中選手は「気がついたら人が前にいてブレーキを掛けたが間に合わなかった」と話している。彼を弁護するつもりはさらさらないが、見通しは良くてもフロントガラスは晴天と同じように良く見える状態ではなかったことは誰でも解る。しかし、片側一車線の道幅の狭い距離、土地の住人で交差点ではないことを知った上で、いつもそうしているから、と通い慣れた老人が、そこで気軽に飛び出したとしても不思議ではない。

いつもの私流に云えば、こんな所を横切る老人がいけない、となる。道路は人が通る道として発達して来た。しかし、現在この道理が通用する筈もない。車が進入できない道は別として優先順位は逆になっているのだ。だから人に危険が及ばないように安全な通路、信号が設けられているのだ。(往々にして安全ではなくなる無謀な運転をする輩がいるが)

普通に車を運転していて気がつくことだが、自動車以上に歩行者のマナーの悪さが目につく。上の老人もそうだが横断歩道でないところで横切る人が異常に多い。概ね若ものの場合歩行速度を考えて判断しているが、片側一車線程度の幅だと老人、特に老婆が横切る時は、全くと云ってもいいほど周りを気にしない(これこそ生まれたのは私が先だぞとでも云っているように)。悠然と自分の自然体を保ち、車は停まるもの、といった風情で斜に渡る。同じように自転車は老人以上だ。自転車が車に分類されていることを知らずにか、赤信号など眼中になく、逆走あり、斜め渡りあり、二列三列に並んでの走行ありで恐ろしいことこの上ない。

見通しが良い道路であれば、フロントガラスに流れ落ちる雫で見えにくい車を運転する人間以上に歩行者には左右ともに良く見えるはず。車のスピードと距離の測定を間違って飛び出したものと思う。田中選手の側に前方不注意がなかったとは思わないが、やはり飛び出した老人が左右確認をしなかったとしか思えない。

でも、車と人、喧嘩にはならない、車が悪いとなるだろう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 5日 (月)

代理出産

毎日新聞(9/2)から
東京港区西麻布の有限会社「エクセレンス」(1996年設立、佐々木祐司社長)が韓国で代理出産が受けられるルートの仲介業を始めたことが報じられた。
この会社は設立当初から不妊夫婦や独身女性らを対象に、有償で精子を提供する精子バンクを営んでいた。ここの顧客であった女性が自力で韓国の仲介業者を探して代理出産していたことを知って、韓国内の医療施設や代理母を仲介する業者と連携、代理出産を希望する日本人を、この業者に紹介する業務を始めた。

今年の始めには第一号となる独身女性(30代前半、子宮に病気をかかえている)が、8月には二組目が契約している。二人は同性愛者で一方の女性の卵子と知人の男性の精子を体外授精させ、もう一人の女性の子宮に入れる予定という。

国内では長野県の「諏訪マタニティークリニック」(根津八紘院長)が2001年に子宮摘出手術を受けた姉夫婦の姉に代わり、妹が代理母として出産したことを明らかにした。これ以前に情報を掴んでいた数社はスクープとなるところを、根津院長の出産後間もない当事者への心理的、健康的にも影響を懸念する配慮から、各社は発表を自粛していた。そこへ朝日新聞が情報をキャッチしてから状況が一変する。この新聞社の体質なのか“われこそ正義”のような姿勢でスクープとしてすっぱ抜いた。(僅か25年前、朝日新聞社は千代田区有楽町から中央区築地へ移転するまで、社屋の横を流れる数寄屋川へ、直径1メートルほどもある排水口から真っ黒なコールタールのような印刷インクの廃液を垂れ流していたのだ。今はない数寄屋橋の上に立つ度に嫌悪の思いで眺めたものだ。1980年11月今の地に引っ越すと同時にそれまでおとなしかった朝日新聞が、声高に全国の工場廃液の、或いは河川汚濁の摘発に乗り出した。)

日本では代理出産に関する法律はなく、日本産科婦人科学会は会告で代理懐胎の禁止を定めているが、あくまでも任意団体であり、法的な拘束力は持っていない。なのに禁じられてもいない行為を朝日新聞の論調に引きづられるように各新聞社はまるで犯罪であるかのように書き立てた。

代理出産には二種類ある。
夫婦の間の精子と卵子を体外授精させ、第三者の子宮に着床させる(ホスト・マザー)
夫の精子を代理母になる女性の子宮内に入れる。卵子は代理母になる女性のもの(サロゲート・マザー)
日本の場合はいずれも子供は分娩した女性が実母となり、依頼した夫婦とは養子縁組をすることになる。
ところが韓国では依頼した夫婦の実子として認められ、養子縁組の手続きをする必要はなく、従来アメリカ(約1000万円)に頼っていた日本からは、渡航費を含めた費用でも凡そ半額ですみ、技術的にもアメリカ並みとあれば韓国での代理出産が増えるだろう。

しかし、冒頭の同性愛者の代理出産問題については私は根本的に認めない。そもそも男性の介入を拒否し(男性同性愛者なら女性)、出産などあり得ない関係で結ばれた二人である筈だ。子供が欲しいから精子(卵子)だけ欲しい。なんという図々しさだ。いくら好き勝手が許されているからといえ、余りに身勝手に過ぎる。考えていることがまるでゲーム感覚だ。同性愛の存在は古代ギリシャの時代からあり、現在は同性愛者間の婚姻を認める国(州)さえあることは知っているが、認めない国の方が圧倒的に多い。宗教上、倫理上、道徳上、習慣上など諸々、それと私のような偏見も加えて。同性愛者の代理出産、これが認められれば金さえ出せば何でもありの歯止めの効かないものになる。

本当に子供が欲しいのに生めないでいる夫婦は沢山いる。長年不妊治療を受け、いつか授かることに望みを持つ人。それ以上に欲しくても生めない先天的に排卵があるのに子宮がない女性、或いは後天的に子宮を失った人、或いは健康上の問題などを思えば代理出産は法の整備を前提として認めるべきだと思う。
例えば、代理出産した女性が依頼された相手に子供を手放さない(アメリカで実際に起きたし、日本では分娩した女性が実母となる)ことや、未熟児、障害児などが生まれた場合の処置、同性愛者、大事な金銭的な問題など、起こるであろう諸種の問題を検討しておくべきだ。(長野の「諏訪マタニティークリニック」では実費以外の請求はしない)

現在 ドイツ、フランス、中国では代理出産は法律で禁止されている。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年9月 4日 (日)

悲しみよこんにちは

9月2日仏文学者朝吹登水子(88歳)が亡くなった。
1957年天才少女作家としてデビューしたフランソワーズ・サガン(18歳)の『悲しみよこんにちは』の翻訳を初めとして、ボーボワール(「第二の性」)を世に知らしめた。因にサガンは昨2004年9月24日、69歳で亡くなっている。

私の世代には誰の名前を耳にしても馴染みの深い人たちだ。生涯をJ・P サルトルの伴侶として送り、「私にとって恐ろしいことは、たった一つしかない。それはサルトルが死ぬことなのだ。」と云ったボーボワール。ご多分に漏れず、私も若い頃には(1950〜1960ころ)実存主義に嵌り、サルトルの著書は難解ながら読み耽った。「嘔吐」「存在と無」「自由への道」「弁証法的理性批判」などなど。当時の若者たちは彼の『実存は本質に先立つ』という言葉を知らないものはいなかったと言えるほどだ。その彼は1980年4月この世を去った。

ボーボワールもまた「第二の性」で‘第一の性’たる男性に依存する女性の問題を追求し、人は女に生まれるのではない、女になるのだということを唱え、概念的にも“男”と云われるすべてを同格で“女”が持って第二の性ではなくなる、と云った。

しかし、今日はこの人たちのことから離れて1958年に映画化された(愛に破れて自動車事故で崖から海中に落ち、死亡する女性を演じたデボラ・カー、この人から匂い立つインテリジェンスは日本の女優には探しても見当たらない)『悲しみよこんにちは』に出演していた歌手、ジュリエット・グレコとシャンソンについて語りたい。

確か、1952年、好きなシャンソンを原語で歌いたくて仏語辞典を購入し、独学でフランス語を学び始めていた頃のこと、なけなしの小遣いの中から発音に慣れるため片面4分弱のSPレコード(78回転)を何枚か手に入れ盤面に針を下ろした中に、当時はまだ新人の歌手として紹介されていたグレコの歌が三曲、‘若いうちに’‘蟻’‘街角’が含まれていた。歌い始めて総毛立つ歌が流れ出た。女性とは聞こえない太い声で歌うシャンソンは、数分のうちに今もなお続く(50年以上になる)彼女の虜になっていた。

パリの一角、サンジェルマン・デプレのカフェで歌っているところを、パリに住む文化人、文人たちが集まる中のサルトルに気に入られ、サンジェルマンのミューズとしてもてはやされることになる。時を経て私は関西から東下り。グレコが初めて日本公演に訪れたのが1961(昭和36)年、新宿の東京厚生年金ホール、貧乏な私にも職業柄カメラは携えられる身分になっていた。会場内での撮影はストロボを発光させなければ許されていた。彼女の黒ずくめの衣装がスポットライトの中に浮かぶ、今も続くグレコの世界だ。トライXを使用して増感現像で何枚も焼いた。公演の後は楽屋まで押しかけリバーサル・カラーフィルムで存分にシャッターを切った。豪華なパンフレットへのサインももらった。知性溢れる大きな瞳、舞台ではアクセサリーの類いは一切身につけない、それらのもの以上に表現できる両手がある。音楽誌の切り抜き、嵩じて電車の中吊りポスターを剥がして持ち帰りもした。肝心の歌の方も発売されるものは殆どを買い揃えて来た。メディアはSPからLP(33回転)になりCDに変わった。クラシックのフルトヴェングラーとともに私の大事な二つの宝物である。

サルトル、ジャック・プレヴェール、ジョセフ・コスマ、レオ・フェレたちを筆頭に現代の若いミュージシャンたちが今でも彼女グレコのために競うように曲を提供していると聞く。それらのミュージシャンの作った曲を集めて2003年76歳になったグレコはタイトル『愛しあいなさい、さもなければ消えてしまいなさい・・・』のCDを出し、彼女の最高傑作とまで評価された。10月には来日してコンサートを開いた。

今年78歳、今なお現役であり続けるグレコはミューズでもあり続けている。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年9月 1日 (木)

ペ・ヨンジュン来日

8/31日、テレビを眺めながらの我が家での会話
「え、また ペ が来たの?」
「違う、ヨンさん、よ。」
「だから ぺ だろ?」
「違うったら、ヨンさんよ。」
「だから、ペ なんだ。」
「・・・、あ! そうか。」
「垂れ目のペだよ。」
「可笑しい、ぺ・ヨンさん。」
「垂れ目でおかまの ペ だよ。」
「私は、ペさんと、ヨンさんと二人いるんだと思ってた。あなた、ペ しか云ったことないから。」
「気狂い騒ぎは小母さんと、お婆さんばかりだよ。」
「なんで男の人がいないの?」
「バカだな、締まりのない口は男は好かないんだ。」
「確かに、歯ばかり目立ってる。子供のころよくお父さんから叱られた、きちんと口を閉めなさいって。ああ、可笑しい、本当に ペさんと、ヨンさんと二人いるんだと思ってた。」
「テレビでもなよなよのおかま張りが持ててるし、男どもタレントのヘアスタイルも女と変わらない浮浪者ふうだろ、日本の小母さんたちは如何にも害のない、男を捨てたような奴が好きなんだよ。ホストに大金注ぎ込むのも小母さんたちだしな。」
「それにしても、あの女の人たち、馬鹿じゃないの!。」
「日本は今、女が尻に敷ける優しいだけの男じゃないと持てない時代なんだよ。トイレが汚れるからって立って小便することさえ許して貰えない男がいる時代だよ。」
「本当にバカよ。旦那さんが。」
「比べて見れば?あの女たちの旦那は皆んな、草臥れた男ばかり、飽きて来てるんだよ。」
「泣いてる、泣いてる。」

レポーターの問いかけに。
「感激!」涙を拭きながら。
「一生の思いでよ!」涙を拭きながら。
「旦那さんは何も云わないの?」
「高知からきたのよ、夕べはバトル、私は籠の鳥じゃない!私にも好きなことさせてよって。」えへら、えへら。
奥さんに同伴の 0.001パーセントの男性。
「身も、心も、お金も皆持って行かれてる。」

ああ、平和な日本。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »