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2005年8月12日 (金)

スーパーは子供の遊び場か

今までに何度も書いた、しかし何度でも書こう。
昨日妻と連れ立って何時もの食料品、雑貨を求めにスーパーに出かけた。入店と同時にいきなり物凄い悲鳴が聞こえて来た。出入り口に近い階段を4、5歳の男の子が一人、耳を切り裂くような声を長々と張り上げて見失った母親を求めてよろよろと降りて来るところだった。フロアに足が着いて走り出し悲鳴を上げながら“ママー”。三度、四度目で聞こえなくなった。

一体このバカ母は他人の大勢集まる場所を何処と思っているんだろう。自宅も公共の場も区別がつかないんだろうか。男の子が駄々をこね、いらいらした母親は先に階段を降りたものと察しはつくが、日常の躾もできていない子を放り出した結果は、周りにどれだけ迷惑を掛けることになるか母親なら解ろうというもの。
これなんかほんの一例だが、スーパーに限らず乗り物の中でも、レストランでも、甘やかすしか能のない親に躾をされていない子が周りに及ぼす迷惑は、数え切れないほど転がっているのを見ているはずなのに、この手の母親には対岸の火災でしかないのだろう。[古人の知恵は、「他人(ひと)の振り見て、我が振り直せ」と、角を立てずに学ぶことを教えた。余りの腹立たしさに声を荒げる私を宥める妻もまた興奮気味になっている。

この日のバカな母親はこれだけで済まなかった。友人同士で買い物に来た子供連れの二人は話に無中、暇を持て余した小学生低学年を筆頭に4、5人の女の子たちがけたたましい叫び声を発しながら追いかけっこを始めた。商品が所狭しと並ぶ店内を。行って戻ってまた行って、戻って私の前を横切りざま大声で怒鳴り付けていた。
子供達は途端に走ることを止め、静かにしてくれた。首を回して母親たちを見たが、ちらとも振り向かず、話に夢中のまま。このように子供に神経を注がない親が、子供を誘拐され、不幸な目を見ることになり、泣くことになる。転んで怪我をするかも知れず、商品を壊すことになるかも知れないことがどうして解らない。買い物に出る前に、これから行くスーパーがどういう場所か、皆んな話して解る可愛い女の子たちなんだから教えてから出かけるくらいの躾をしろ。

三つ目の話しはこうだ。
若い母親がまだ歩けない女の子をカートに座らせ、周りをそのお兄ちゃんらしい子が妹の笑いを誘って楽しんでいる。スーパーの中でなければ実に微笑ましい家族団欒の風景だ。だが、場所がいけない。きゃっきゃと喚く声は凄まじく、神経にぴりぴりと響く。母親は一向に注意しない、自宅の居間にでもいるかのような何ごともない顔で、纏わりつく兄が買い物客の邪魔になっても注意もしない。
四つ目。
これも母親と友人の二人連れ。兄と妹かそれぞれの子か。レジを通過する親たちを待つ間もレジの周りをふざけあい、追っかけっこ。やはり親たちは何の注意もしない。お互いの買い物を眺め、袋詰め。何も私がこの親たちをつけ回しているわけじゃない、隣のレジの妻が通過するのを待つ間のできごとだ。妻も後ろに続く人の迷惑になることがしばしばある。目も悪く、段取りもよくない方だ。几帳面に小銭を差し出す方で、財布の底をかき回して一円玉を拾い上げる。そんな妻を次の人に悪いな、と思いながら待っている間の観察であった。

私が妻の買い物を袋(レジの問題になっている例の袋は何年も前から使わない。買い物は分担して持てるように二つ、三つ用意して出ている)に詰めている間に、親を見失った二人の子は急いで後を追い掛けてレジ周りから離れた。

このスーパーには出口に近く小さな食堂を持っている。その前を通りかかった時、中から物凄い甲高い声でギャーと聞こえる長く引き延ばした声が一声、二声。何ごと!と思わず足が竦む。オープンタイプの店内に、なんと、さきほどの二人連れと子供たち。その声の主は変声期前の男の子。よくもあれほど高いキーの声がでるものだ。背筋に凍り付くような悪寒を覚えたまま店を出た。

以上の事はすべて同じ日の出来事。どの一つを取り上げても親は躾を怠っているとしか思えない。この母親を育てた両親はどんな親たちだったのだろう。そして、その親は。やはり私の疑問はここまで遡る。所謂それが団塊の世代と呼ばれる第一次ベビーブームで生まれ出た世代になるのだ。その前が私たち敗戦を体験し、価値基準を見失った世代。現在の世相全体を考察する時どうしても60年の長い道のりを遡らなければ原因を見誤ることになる。

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コメント

こんばんは!調子に乗ってまたまたお邪魔します。

そうなんですよーーーーっ!!
最近の、特に小学生くらいの子を持つ親って本当にタチが悪いんです。
私はデパート内にあるとはいえ某有名イタリアンで働いているんですが・・・最悪です。
「親ばか」ならいいんですけど「馬鹿親」なんです。こちらとしては店内をうろちょろされると危ないし料理を楽しみにいらしているお客様にも大迷惑なんです。
1家族なら「百歩譲って」まだいいんです。
最強にして最悪なのはランチの終わりごろにやって来てティータイムに突入してずっと居座る「ママグループ」プラス「子供たち」です。
トラックバックさせて頂きましたがあの日は本当に酷い有り様でした。
ウチはファミレスじゃなーーーいっ!!
躾のされていない子供たち、そんな子供を放ったらかして自分達の話に夢中な馬鹿親。トイレかなんだか知らないけれど子供は店を出たり入ったり。
きっと誘拐されても気付かないんじゃないでしょうか・・・。
中には帰りがけに「お騒がせしました」と一言おっしゃる方もいらっしゃいます。たいていそのような方は赤ちゃん連れで泣くのは仕方ないし、ぐずり始めればちゃんと外に連れ出してくれるんです。
先ほどの馬鹿親グループは子供にも気を使わなければ店にも何も言いません。しかも食べ散らかしもすごかったりするんですよ。

余談ですが、日本人って食事のマナーが悪い人が多いなぁと思うことがあります。
いい年したオヤジなのにテーブルをはさんで向かい合った「2人とも」靴を脱いであぐらをかいているのを見た事があります。絶句しました。
あと、だいたいオヤジ世代の人たちってキチンと椅子に座れない方が多い。背もたれに肩肘を乗せて斜めに座る。荷物を隣の席に置く。などなど。
こんな人たちにも「躾」が必要だと思う今日この頃です。

投稿: えのっち | 2005年8月13日 (土) 01時02分

こまめに目を通して下さって嬉しいことです。
(自分で読み返してみて未変換を含め、誤字あり、未熟な表現ありで汗顔のいたりです。言い訳けします、悪戯で中指の先端をカッターナイフでぐさり!です。)
えのっちさんの「ここは動物園か?!」、コメントを寄せる人たちの思いはこんなにあるのに、何故届かないのでしょう?
中の一文、“親の親の顔が見てみたい”は私たち世代(その親)の急所になります。

それにしてもえのちさん、頭の中には豊富な言葉と巧みな表現が溢れていますね。

これからも宜しくお願いします。

投稿: 小言こうべい | 2005年8月13日 (土) 10時45分

>悪戯で中指の先端をカッターナイフでぐさり!です。

キャーーッ!!そんなコトしないで下さ~い!

追伸ですが、私はお友達になってくれた方のブログは毎日チェックしております☆

>、頭の中には豊富な言葉と巧みな表現が溢れていますね。

そんな事は全然ありません(汗)
つたない文章でお恥ずかしい限りです^^;
では、また来ます☆

投稿: えのっち | 2005年8月14日 (日) 01時53分

いつもスイマセン^^;また来ちゃいました(汗)
トラックバックさせて頂いたんですが、こうべいさんはどのようにお考えになるのか伺ってみたくて・・・。
結構「カチンッ」と来るコメントが付いたので、思わず続編として「続・マナーについて考える(レストランでの授乳)」と言うのも作成してみなさんに意見を募っているトコです。
もし良かったら、こちらでも、私のページでもいいのでご意見をお聞かせください。ヨロシクお願いします☆

投稿: えのっち | 2005年8月17日 (水) 14時13分

今日は、えのっちさんのページで書こうとしましたが、文字化けして駄目でした。こちらでご返事しましょう。参考になるかどうかは解りませんが。

初めに えのっちさん が驚くようなことを書きます。あれほどマナーや、躾に厳しい私でも、母親の所構わずの授乳については何の抵抗もありません。

えっ!どうして!カチンッ!カチンッ!ですか。


まず“母”なる言葉について、少なくとも私の世代までは、“母”は、慈母、母なる河(川ではない河です)、たらちめ、などに代表されるような尊敬の念でイメージする大きな存在なのです。その母が慈しむわが子に胸を開いて命の水を与えるのは、男には命を産み落とせないのと同じく、不可能なことなのです。
だからこそ私が厳しく母親としての責任、躾を求めることになるのです。産み落とすだけなら猿でもできます。いや、猿でも危険があれば外敵から身を賭してわが子を守ります。(哀しいことですが最近では人間の母はわが子を殺すことが多いようです)

スキンシップとは授乳から始まっていることです。今は体型が崩れるからとか、一次預かり同然の託児所に入れて、これさえもしない母親がいますが、赤児は乳首に口をつけ、肌を合せた耳からは母の心臓の鼓動を聞いているのです。このように育てられた若者が戦死する真際に口にするのはよく云われるように、天皇陛下万歳ではなく、“おかあさん” なのです。

現在は性について(セックスではありません)とても殺風景ですが、昔は(また昔話で恐縮です)電車、汽車、人の集まるところならどこででも母親が授乳する風景を見かけました。誰も咎めないし、興味の目で見る男もいませんでした。戦時中ですが(男が不足していた時代)残った女たちは炭坑の奥深くまで入り、鶴嘴を振って石炭を掘り出しました。数少なくなった男に混じってです。その頃作られた戦時昂揚のポスターに、手拭いを姉さんかぶりにし、下半身はもんぺ、上半身は全裸で大きく鶴嘴を振り上げる女性が使われていたのです。

身を隠すという点では逆に私には奇異に映るのですが、温泉に漬かるのに海水着をつけることの不潔さが気になります。これが良いことなのでしょうか?身だしなみなのでしょうか?
現在は人前で女は肌を曝してはいけない、じゃなくて汚れた大人の観点で、それこそオスもメスも解らない小さな子供に違いを教え込む。子供はぴりぴりして却って興味の対象に異性を置き、汚れた大人の道徳律に染まって行く。躾は一層難しくなる。

子供の躾やマナーは両親の子への慈しみからしなければうまく行くものではないと思います。
目に止まったお母さんが、周りの顰蹙を買っていたなら別ですが、そうでないなら場所が何処であれ、そっとして置くのがいいと思います。私なら、そうします。

投稿: 小言こうべい | 2005年8月17日 (水) 18時07分

ほぉ~~~~~~~~!やっぱりこうべいさんは違いますねぇ(感心)
伺ってみて良かったと思ってます。ホントです。

>スキンシップとは授乳から始まっていることです。

確かにおっしゃる通りですよね。
授乳についても誰も咎めたりしません。もし私も公共の場で堂々とおっぱい(胸とは意味が違う気がするのであえてこう書きますが)をあげてるお母さんを見たとしたら「ぅわっ!」とは思いますが逆に微笑ましいと思います。

あのお母さんも片方をあげていた時は(気付いた時には飲ませていた)あらら^^;と思ったけれど、授乳って必ずと言っていいほど「もう片方も」あげるじゃないですか。
たまたま目撃してしまった私としては、まず赤ちゃんの向きを変えてから「サッ」とあげて欲しかった。

でもお母さん、まずシャツを捲り上げてもう片方のおっぱいを出してから赤ちゃんの位置を変えて・・・

「えぇ~~~!!」

おっぱい丸出しだったんですよね(*_*)
確かにどれだけの人がその光景を目撃したのか分かりません。見たからってクレームが付いた訳でもありません。でも・・・

私に子供が居ないから・・・なんて言われてしまうと身も蓋も無いんですけど・・・

私には、電車の中で化粧をする馬鹿な女性と交差してしまったんです。
二度と会うことがなければ何処で何をしても構わないのか?と。

そんな女性がいる反面、こうべいさんのおっしゃるように水着で温泉に入る若者(男性もいるのではないでしょうか?)。確かに不潔ですよね。何処の風呂に行っても「タオルは湯船に入れない事」って書いてあるし、子供の頃にまず親に教えられた事でしたもんね。(昔は銭湯に通っていたので)恥ずかしいんだったら温泉なんて来るなっ!と私も思います。テレビ撮影でバスタオルを巻いて入るのを見るのだって嫌ですもん。

話がそれてしまいましたが・・・

>目に止まったお母さんが、周りの顰蹙を買っていたなら別ですが、そうでないなら場所が何処であれ、そっとして置くのがいいと思います。私なら、そうします。

そうですね。と言うよりも、そっとしておくしか出来ませんよね。
こうべいさん、いつも貴重なご意見ありがとうございます!!今日は色んな方々のご意見が聞けて良かったです。
アクセスもいつもの3倍くらいになってビックリな一日でした☆

投稿: えのっち | 2005年8月17日 (水) 23時03分

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