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2005年7月29日 (金)

ビロウ

東京テレビ(7/28)に朝から宣伝されてテレビ画面に出て来た文字ビロウ。私のような旧い時代の人間にはビロウの文字は直感的に下(しも)の話に思いが行く、意味は『汚い様子』で字は尾籠と書く。

勘違いと気付くには暫く時間が必要だった。宣伝のビロウはどうやら違うもので、当日の夜、放映さる2002年アメリカで作られたサスペンス、ホーラー、SFに分類される映画とわかった。
 ‘below’も‘billow’も日本語表記にするとビロウとなるが、アクセントの位置が異なる。
しかし、どっちでもいいことだ。現在は映画の題名に英語の原題をカタカナ表記にするだけのことが圧倒的に多くなっている。映画製作会社、或いは監督やプロデューサーの意志で、日本側の輸入配給会社が勝手に変更できないことが多く、英語に馴染みの薄い、英語は敵国語として排斥した世代にはチンプンカンプンになることがある。

要はアメリカ版“ひゅーどろどろ”【日本の映画では恨みを抱いて殺された多くは女の幽霊が出てくるお化け映画で(サスペンスあり、ホラーあり、SFの世界まである)、これも多くは川端の、或いは墓場の柳の木の下で、脚をなくした死装束姿で両手を前にかざしておどろおどろしく現れるときの表現に使われた】か。

私たち世代に現在のアメリカ映画が魅力がなくなっている要因に、コンピューターグラフィック(以下CGと表記)の無闇矢鱈な多用がある。これ見よがしの技術には面白さの欠片もない。単純に紙芝居を綺麗にして見せただけの価値しかなく、「ああ、これもCGか」「この程度なのか」「やっぱりCGの世界だな」で、金の力でどう複雑に細密に作っても迫力もなく、凝れば凝るほどお笑いになる。良い言葉がある、こう云うのを「噴飯もの」と云う。可笑しさに堪え切れず、食べかけていた飯粒を吹き出す意味で、馬鹿馬鹿しくて思わず吹き出して笑うことだ。映画界テレビ界はCG流行りの世界だが、策に溺れた技術自慢の行き過ぎの感は免れない。

日本のテレビ・コマーシャルでは顔の表情を変えるだけの幼稚な技術から、野生の動物の平原の世界にCGを持ち込み、ライオンとシマウマの抱擁を作って見せた馬鹿もいるが、これこそ哲学を云々する前に典型的なお遊びの噴飯ものの例に過ぎないものだ。

やはりお月さまには兎がいて、餅搗きをしている方が好ましい。

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コメント

はじめまして。 X子と申します。

映画「ビロウ」を検索していて、迷い込みました。(´v`)
映画の内容とは関係ないのですが、興味深い記事でしたので、コメントさせてもらいます。

CGで作られた映像ってほんと多いですよね。
精巧すぎて実写と見分けがつかないほど技術が向上してきてるのは良いことなんでしょうけど、個人的にはCGばかりの映像は嫌いですね。
しかし、昔と違ってCGで作り上げたほうがお金がかからないのも事実ですから、これからもどんどん活用されていくのしょう。

技術が向上すればするほど、人間の考える力や、創造性が失われていく気がしてなりません。
クリック1つで、どんな映像も作れてしまったら物づくりに対する気持ちがいい加減になっていきそうです。

投稿: X子 | 2005年7月30日 (土) 21時38分

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