美容整形
一時(いっとき)プチ整形の人気は韓国ツアーであったが、今、平和ぼけした日本のバカな女たちはその整形のためにタイを訪れているらしい。今までのその数およそ13万人という。
わざわざ国外へ出るのは懸かる費用の安いこと。同じ部位の整形で比較すると、タイでは日本国内で行う手術の1/2〜1/3ですむという。現地病院で若返りのための整形に訪れたあるカップルへのインタビューに答えた中年女性は「これからの残った人生をもう一度明るく生きていきたい」と云い、連れ添って来た亭主は女房の手術を「大賛成」と云った。そのためにこの夫婦が投資する金額は占めて100万円、これを日本でやれば200万円だって。飛行機代を支払っても見返りはあるらしい。
遠い昔、秦の始皇帝が不死の薬を探したのは有名な逸話だが、重なる年令と共に老いて行く我が身を悲しむ女は余りに多い。一つ年を取れば一歳増えるのが当たり前の話だが、それに耐えられないのが女なのか。年と共に増える皺、白くなる髪、脂気のなくなる肌、霞む目、抜けて少なくなる歯、どれを取っても当然の衰えなのに無駄な抵抗をする。七十歳、八十歳のお婆ちゃんに皺が無ければ化け物だ。髪が真っ黒いままだとこれも化け物だ。巷には帽子を被ったような鬘(かつら)を乗っけた人もいるし、男では反対側の側頭部まで撫で付けたバーコード擬(もどき)の頭もある。何故それほどに髪の薄いことが気になるのか、バーコード頭よりも禿頭のほうが余ほど見栄えがするのに。これら人の弱味に付け込んだ商売もまた上手い金儲けをしているものだ。
若い女たちが鼻を高くし、胸を大きくし、顎を削り、シリコンを注入しようと、二重瞼にしようと、あれもこれもと、どれだけの大金を投じようと勝手だし、本人だけは満足できるのだろう。しかし、例えば子どもが生まれて似ても似つかぬ赤の他人のような風采の子だったら、先ず“これ本当に俺たちの子?”となるんじゃないだろうか。幸いにも現代ではDNA鑑定なる手段があるからいいものの、打ち明けずにできた子なら浮気の疑いすら掛けられる羽目になり兼ねないし、“私は綺麗な女”と売り付けた商品に詐欺行為が存在することになる。
このことは何よりも昔の人間には考えられない行為なのだ。こう教えられて育てられた。
『身体髪膚(しんたいはっぷ)これを父母に受く、あえて損ない破らざるは孝の始めなり』。髪の毛一本と雖(いえど)も親から授かった大事な体だ、それを傷つけないことが何よりも親孝行なのだ、と。
今では納得する娘がいないのだろう。何故こんな顔に産んだ、何故一重の目に産んだ、何故こんな体、と親を攻めるのだろう。親孝行なんて何のこと?と。
世界には食べることもできない貧しい子どもたちがこれを書いている今も、次々に息を引き取っている国があるというのに。鼻が低いことぐらい、少しばかり乳房が小さいぐらい、一重瞼であることぐらい、どうということはない、と思うのだが。
そうは云っても私だって身内のためなら骨身を削って命だって与える覚悟は持っている。
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